白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2016/06/27(月)   CATEGORY: 未分類
自分は何のコレクションも残せんことに気付く
25日は片山章雄先生が「マンネルヘイムのアジア旅行」に関する著作類を学内展示するというので、東海大学湘南キャンパスにいく。「東海」「湘南」という言葉から海でも見えるかと思いきやキャンパスから海は見えず、しかし、富士山がかなり近いところにみえる。

 展示はすべて片山先生の「私物」で、マンネルヘイムの日記もスエーデン語版・フィンランド語版・英語版の新旧版が全部揃って展示されている。片山センセは古本収集家なので、本にかける思いがアツイ。私より上の世代の東洋史学者はサザビーズで古地図や古物を購入したりする人などがわりといたが、片山先生もそのタイプである。
13537773_10205696047074600_2533863210465075491_n.jpg

 片山センセ「この本はね。古本だと一万円くらいだけど、箱にはいって、紙カバーがついて、美本であると百万するんですよ。大学の図書館に買わせましたよ」とか「〜は娘の学費より高くて、持ち主の教授が退官する際に、ファミレスで取引したんですよ」とか「〜堂のオヤジは私の顔をみると『今夜は飲みに行くので遅くなる』と家に電話をいれるんですよ。」とマニアな話が繰り広げられる。

 私は自慢じゃないけど史料はすべてリプリントかpdfでしかもっておらず、かつ、必要に迫られて古本を買うときでも底値のものをかう。なぜなら我が家にくると同時に私と愛鳥と愛猫に破壊されるため、美本を買っても意味がないからである。箱なんてついた初日に踏み壊す。

 片山センセ「大谷探検隊の隊員である、藤井宣正は、エドワード七世の即位式とお葬式の時両方ロンドンにいたんですよ。だから当時の空気をしるために、これを買ったんです」とエドワード七世の即位や葬儀の当時のポスターをみせてくださった。当初1902年に6/12に戴冠式が挙行されるはずが盲腸になって八月にのびたので、古い方の日付の部分が飾り模様で消されていることなどを解説してくださる。

 私は「早稲田のY先生は今在外研究期間でロンドンにいて、イギリスのEU離脱を目の当たりにしましたが、隔世の感がありますねえ」としょうもないコメントをする。

13533155_10205696047474610_5454943115487911641_n.jpg

 翌26日はゲン・ゲレク先生がインドにお帰りになる前の最後の東京法話ということで、ゴマンハウスをWくんとともに訪れる。法話のテーマは、14世紀の前半に活躍したカダム派のトクメ・サンポという人の書いた精神の修養法に関するテクストである。

 簡単にいうと、「悪いことを習慣化してはならない」。中毒化して自分の意志ではやめられなくなる。そして、悪い行いを習慣化しないためには、自分の心を客観的に監視し、悪徳のもたらすものについて常に思考せよ、悪が習慣化しないうちにとめなさい、習慣化したらもうとめられません、という話。非常に有り難く、家に帰ってダンナに読み聞かせた。

先生は最後にこのように結ばれた。
 今日は日曜日です。お休みの日に楽しいことがたくさんあるのに遊びにいかず、仏教の勉強しにこられてとても有り難いことです。みなさんのおかげでこのテクストを紹介することができました。私はこのテクストを法王から伝授されているので、全部でられた方には全部の、一回の人には一回その伝統につらなったことになります。この伝統は著者である菩薩トクメサンポから続くものです。
 あなたがたが、可能であれば今生でなく来世もこの教えのように菩薩行を実践できますように。それができなくとも少なくとも今生でこのテクストの内容を活用できますように祈願します。

 法王は何度も日本にいらして、日本において説法しているのは、日本において仏教の哲学と実践(顕密)の教えを学ばれることが重要だと思っているからです。日本は生活環境がよく、人々は衣食に困っていないし、社会も安定しています。仏教を学ぶだけの条件がととのっているのです。チベット人は亡命社会にいるので、その両方がありません。今チベット本土でもふたたび、セタのラルンガロ僧院が破壊されるという告知がされています。つい最近まで文革があって仏教を学ぶことも困難な状況でした。
 なので、仏教を学ぶ環境がある日本において仏教の教えがきちんと残ることは意味のあることです。日本人が是非仏教の教えを学んで欲しいと法王も我々も考えています。
 また日本にくる機会もありますし、また来たいと思っています。
 現在、アメリカでチベット語の大蔵経を英語に翻訳する計画が進行しています。これはアメリカ人にチベット仏教徒にするためではありません。チベット仏教をになってきたチベット語危うい状況にあり、本土も漢人社会が優勢となりチベット語をまもっていける状況ではないため、仏教を後世に残すために行っているのです。
 まだ仏教のテクストがナーランダーの解釈にそって正しく理解できる人々が存命の間に他の言語にうつしておけば、20年30年後、チベット語が今のままとは言えない状況になった時にも仏教が存続することができます。
 仏教は民族とか言語をこえて内容が伝わることが重要なのです。


 法話の間中、ゲン・ゲレクはiPadにはいった仏典を参照したりしていた。Nくんによると今デプン大僧院の僧侶はみなiPadで仏典を読んでいるそうで、「内容がわかれば媒体は紙媒体でなくてもいい」という感じなのだという。

 そういえば私が所有しているチベット語の史料やテクストはみな新装本か写本だったらpdfでまったく現物志向ではない。私も知らず知らずのうちに内容さえ分かれば、コピーでも電子情報でも媒体はどうでもいいという姿勢で研究していたんだなあと改めて思う。片山センセは20世紀初頭の探検家関連のコレクションを残せるが、私はチベットに関して何のコレクションも形成してこなかった。
以下に「菩薩行の37の実践」の最終部分の法話をあげる。全文は文殊師利のサイトにある。私がきいたのは最終回なのでそれ以前の解説はサイトでご覧ください。

智慧がなければ五波羅蜜によってさえ
正等覚を得ることなど不可能である
それ故 方便を具え三輪無分別の
智慧を修習する これが勝子の行である

*智慧とは分析的な智慧の中でも最高のものであり、空性を理解する智慧である。この智慧がなければ他の五波羅蜜があっても仏陀にはなれない。たとえば、車を作りたいと思っても、材料を集めたり、作り方を知らなければ作れないのと同じように、車よりもっと重要な仏陀になるためには、空性を理解する智慧によって煩悩障と所知障の二つを断たねばならない。
*智慧と方便が二つあわさって仏陀となれるが、方便は六波羅蜜のうちの智慧を除いた残りの五波羅蜜である。
*三輪とは対象と、行為主と行為の三つである。布施波羅蜜を例にすれば、布施を授ける対象、布施する人、布施という行為という三輪、忍耐波羅蜜であれば忍耐の対象である敵、忍耐する自分、忍耐する行為の三輪。精進波羅蜜であれば精進の対象である善と善を行う我々という主体と、善に精進するというという行為の三輪であり、これら三つを区別して実体視しない無分別の智慧を持つことが大切である。どんな仕事をする上でも対象を分析してただしく見た上で、五波羅蜜を三輪を区別せずに行いなさい。

自らの迷乱を自らが検証しなければ
法師の姿をしても非法を為し得てしまう
それ故 常に自らの迷乱を
検証し断ち捨てる これが勝子の行である


*本説ではなぜ智慧(般若)が必要かについて説いている。たとえば仕事を例にとると、自分はなぜ仕事をするのか。仕事にどういうメリットとデメリットがあるのか、などと智慧によって分析すること、自分の行いを検証する知性が必要である。貪嗔痴に動機づけられて、行動すれば、たとえ僧侶や行者の格好をしていても、法でない行為をしていることになる。だから自ら自分の間違いをよく検証し、「違うな」「正しい方向ではないな」と少しでも思うような行為は、最初からやらないこと。菩薩は常に絶えず、自分の心を観察している。

*自分が「間違っていること」(迷乱)を認識することはとても重要である。間違っていると悪業(十不善)を犯してしまう。十不善の一つである殺生を例にとれば、アメリカで銃の乱射事件がおきた。犯人は「悪い人を殺したら社会がよくなる。悪い人を殺したら楽しい」と思っていたかもしれないが、殺す前にこう考えなければならない。「殺人を犯したら監獄に入ることになるし、友達も家族もつらい思いをする」と。こう考えれば「あいつを殺したら楽しいだろう」と最初思っていたとしても、その考え方が間違っていることが分かるだろう。
 十不善の一つ邪淫(邪なセックス)も同じである。邪なセックスは家族を崩壊させる最大の因であり、離婚ともなれば互いの財産もへる。よく考えたら何一ついいことがないのに、そういう不善な行為をする瞬間には、だいたいは間違った考え方に支配されているのでやってはならないことが分からない。平気でウソをついてまで実行してしまう。なぜ十不善がよくないのかは考えたらすぐ分かることである。自分が「間違っている」ことを理解することが重要である。

煩悩に支配され他の勝子たちの
過失を語れば自らが堕落するだろう
大乗に入っている人たちの
過失を語るまい これが勝子の行である

*三大煩悩とは執着(貪)、怒り(嗔)、愚かさ(痴)である。たとえば怒りを例にとる。嫌いな人がいるとその人の欠点を数え上げて、その人の間違っているところを訴えようとする。しかしそんなこといくらしても相手は傷つかず、自分が堕落するだけである。相手は悪くなく、無知から悪口を言っていることもあるだろう。悪口をいっても何も利益はない。自らが堕落するだけだ。
*ここでは「大乗に入っている人」と書いているが、大乗に入っていない人の悪口を言うのはいいというわけではない。
*菩薩行をなぜ学ぶのか。菩薩の生き方はそれを実行できるとは限らなくとも、菩薩のようになるといいことがある。そしてその逆は不幸になる。ある時、夫婦が仲違いし、互いに別の愛人をつくったとする。別れた夫婦は新しい相手に元のパートナーの悪口をいうだろうが、その時自分の欠点を含めて相手との関係を公平に話す人は少ない。また、怒りという煩悩に支配されているから相手を正しく語ることもできない。新しいパートナーはそんなあなたをみて「この人は人と仲良くしても、いったん喧嘩したら掌を返したようにこんなに悪く言うのか。性格が悪いんだな、この人と仲良くするのはやめよう」と思われるだけだ。本来別れた人の悪口は慎むべきなのである。人の悪口をいう人を褒める人は世の中にいない。悪口は言わない方がいい。
 執着という煩悩に支配されている場合は、今度は過剰に相手を美化する。

富や名声に支配されれば互いに諍い合い
聞思修という為すべきことが失われる
それ故 友 親族 家族 施主の家にて
執着を断ち捨てる これが勝子の行である

*この世のほとんどは財産・名声を得るための生存競争に費やされている。ある人が洋服を売っているとする、別の人がもっとよい服を売るよになると、その人の洋服はうれなくなる。だから、新しい商品を開発しなければならなくなる。政治家が世に出ようとすると、いろいろなところで人の機嫌をとらければならないけど、このような競争をしていたら、いつまでたっても仏典を学ぶ時間は生まれない。だから菩薩は財産・名声への執着を断たねばならない。

言葉の暴力は他人の心を混乱させ
勝子の作法を失落させてしまう
それ故 他者の意にそぐわない
悪口を断ち捨てる これが勝子の行である

*十善の中に粗い言葉(悪口)を言わないというものがある。粗い言葉とは、布に喩えればトゲトゲざらざらした、さわるだけで痛いようなものである。荒っぽい言葉は耳障りで、その言葉を吐いた人をみれば表情がゆがんでおり、その言葉の意味を理解しようとするといやな気持ちになる。だから、そんな言葉は言わないこと。
*六波羅蜜は自分の心を成熟させる。他人の心を成熟させるのは四攝事である。四攝事の一つに「優しい言葉」(愛語)とは、聞いただけでもここちよい、心にも心地よい言葉のことで悪口の反対である。
*忍耐をどういう場面でするかは特に重要である。怒りがおきている時は忍耐はしようと思ってもできない。だから、忍耐が有効なのは、怒りとか嫌悪感がおきる前の段階なのである。ある人を嫌いになりはじめる時、最初はそんなに嫌いでなかったものが、いろいろなことをへて、ある時、そういえばあの人とはあんなことも、こんなこともあったと相手の欠点を数え上げるうちに必要以上のその人が嫌いになり、果ては殴ってやろうとか思うようになる。だから、忍耐とは相手の欠点を数え上げている時におこすべきである。
 執着の場合は対象に意識が過剰に依存していく段階において、それをとめるべく起こすべきだ。

煩悩が習慣化すれば対治によっても退け難くなる
正知正念こそが人の武器として手にし
貪りなどの煩悩が起こったその瞬間に
直ちに破壊する これが勝子の行である

*1行目は重要なことを言っている。本来は善を習慣化するべきなのに、多くの者は煩悩を習慣化しており、煩悩は習慣化すると退け難くなる。たとえば、麻薬中毒とかアルコール中毒はアルコールやドラッグに対する執着が習慣化すると、ドラックやアルコーをやめようと思ってもやめられなくなる。麻薬中毒の対治とは麻薬の欠点、たとえば「違法なのでみつかると監獄にはいる」とか、「人格が破壊される」と考えることであるが中毒者はそのような対治があってもやってしまう。
 また、いつも怒っていて、人のせい、政府のせいといっている人に、「落ち着け」といっても聞くことはない。このように、よくないと思っても習慣化してしまうとやめられなくなってしまう。
*2行目の正知とは「心を外側から監視すること」である。たとえばアルコールをとる時「今のみすぎている」と気づけば飲み過ぎることはない。また、「正念」とは「アルコールはよくない」と思い出すこと。正念と正知を我々の武器として、たとえばアルコールに依存している場合、アルコール飲もうとした瞬間に、飲み過ぎていると心を監視し、飲んだらまずいことがおきると思い出す。こうして心を客観的にみるのが煩悩に支配されないコツなのである。

つまりはどこでどのような作法で何を為すとも
自らの心の状態はいまどのようななのかを
常に正念し 正知するということにより
利他を成就する これが勝子の行である
*どのようなものを得たり、何をしても、誰とあっても、常に菩薩行をわすれないで自分の心がどういう方向にいっているか監視することによって利他行を行うことができる、それが菩薩である。長期的なビジョンをもって活動しなさい。

〔廻向〕
そのように励むことで成就した諸善を
無辺の衆生の苦しみを取り除くため
三輪清浄なる智慧により
菩提に廻向する これが勝子の行である
*この前で文章は終わり、本節は廻向文である。菩薩はこれまで積んできた自分の善によって他の命あるものの苦しみがなくなるようにと祈る。行為の対象と行為者と行為は真実としてないことを理解して、どのような時も利他の活動を思いなさい。救うべき命あるものは、空間に果てがないのと同じく無限にているのである。

顕密の経論で説かれている意図を
勝れた者たちが説かれているのに随順し
勝子の実践の三十七よりなるものは
勝子の道を学びたい者のために示した
*ここからこの著作の執筆の事情を示すコロフォンとなる

智慧が弱く学びも小さいがため
賢者を歓喜させる韻律もないけれど
経と正法に説かれるものに依っているから
誤ることのない勝子の実践の善なるものと思う
*なぜこのように謙遜しているのかというと、仏教はインドにはじまって、チベットに伝わった。インドの仏教大学ナーランダーやヴィクラマシーラでは学者が新しい著書を書くと査読委員会のようなものが作られて、みなで吟味し、その本が世の役に立つかどうか、韻律がまちがっていないか。出典を間違えていないか、内容に間違いが無いかを検証する。
 その委員会をとおると、テクストを旙にくくりつけ、僧院のいただきにかざって、その本を世の中に広めることを許可する。吟味の結果却下されると、犬のしっぽにくくりつけて人間以外の動物に役に立つようにする。
 このような史実をもとに、本書の著者トクメサンポはチベットの人であるため、インドの人の著作のように美文ではないと謙遜しているのである。しかし、インドの聖典を勝手に解釈したのではなく正法に基づいているから内容に間違いはないと断っているのである。

しかし勝子行は広大なるものにして
私のように劣った知性では計り難いため
矛盾や無関係などの過失の集まりを
勝れた者たちは忍んでいただけるよう願わん

ここから生じた善により一切衆生が
勝義 世俗の最勝なる菩提心により
有辺と寂静辺に住することもなく
主観自在に等しきものたらんことを


*このテクストの最初と最後に観音菩薩がでてくるのは、二説ある。菩提心をおこすには慈悲が必要なので、慈悲の仏である観音菩薩をここで称えるというのが一つ。
もう一説には、ツォンカパは人生の最後は文殊菩薩と会話しながら著作をしていたように、この著作の著者であるトクメサンポが観音を本尊としていたからという説。

*「勝義の菩提心」は「空を認識する智慧」。「世俗の菩提心」は「一切有情を救おうという心。有辺とは六道輪廻にいる人。寂静辺とは声聞・独覚・阿羅漢果をえた涅槃にいる人。大乗では輪廻も涅槃もこの二つのどちらにも住せず、人々を救い続けねばならないことを説いている。

以上は自他を利益するために経典の言葉と正しい論理を語る僧侶トクメーがグルチュー・リンチェン窟で記したものである
[ TB*0 | CO*0 ] page top
DATE: 2016/06/12(日)   CATEGORY: 未分類
バースデー・ウイーク点描
6月2日
  院生のWくんとIくんがオカメインコドーナツときっついコーヒー買ってきてくれた。このドーナツは「イクミママのどうぶつドーナツ」の「オカメインコちゃん」である。元住吉の店舗でもいつも品切れ状態なのを、わざわざ入る日をきいて買いにいってくれたのだ。二人とも本当に素直でいい子たちである。
 彼らの前途に幸多からんことを。
160602院生


6月4日
 天安門記念日。チベット語の勉強会があったので、私の誕生日を強制的にお祝いしてもらう(自分でシャンパンとケーキとクラッカーを買ったwwww)。思ったより欠席者がでたので、ご先祖の史料を撮影したくれたOSくんを無理矢理よびつける。大学の近くに住んでいて連絡がすぐつくのがいい。
 バースデーメガネが意外に似合ってが悲しい・・・。Sくんはなぜか南三陸の復興グッズ、院生Mはベルギー土産の大麻柄カップ、K嬢はインコソックスをプレゼントしてくださる。みなさんありがとう。チベット学がこれからも栄えていきますように。
16インコソックスjpg
0604研究室

6月6日 
誕生日本チャンの日。午前零時をまわると従姉妹のKちゃんとOSくんからハピバメールがくる。私は両親も兄弟もいないけど多くの方々に幸せを戴いている。すべての魂に幸いあれ。K嬢とサン・マキアージュでランチをいただく。なぜか店の向かいに松田聖子のグッズショップがあり、プレゼントにガチャをひく。
あくび母様から、ANTAWARAのワインと本格的ワイン・グラス、とともに、京都因幡神社のインコ守りとペット守りがとどく。これが秀逸で(写真下)、お守りを裏返すとちゃんとインコの後姿になる。ごろう様とセキセイ様たちのお籠につけることとする。
16ワイン

 ペット守りはるり用であるが、二重にしてきっちりつけるとすごく無表情で怒っているので、撮影のためにさっくり首にかけてみた。迷子札がついているから常時つけておいた方がいいんだけどね。みんなも因幡薬師でインコ守りを買おう。
 他にもTTさんから、インコぱらぱらメモ、インコメモパッドを頂戴しました。あとFから鳥乃都のインコメガネケース。メガネふきもインコまみれで、インコが写実的でカワイイです。
16インコまもり
16猫間守
みなさんありがとうございます。世界中のオカメインコが幸せでありますように。そしてみなさんも
16メガネケース

6月7日 
 岡田鴨里と立木兼善のパネル展が淡路市役所ロビーで始まる。

6月10日 
 現役ゼミ生は自由すぎる子たちの集まりなので、誕生日祝いなんていうても、エイジハラスメントになるのは分かっていたので、お祝いをしなくていいですとあれほどいったにも関わらず、誕生日が近いSくんと一緒のケーキが準備されていた。まあSくんの誕生日を祝うなら仕方ない。彼は天然で人気者なのである。心が優しい子たちなのは分かるが、いつかはめをはずしすぎて何かやらかしそうで怖い・・・。
160610jpg.jpg


以上、みなさん、本当にありがとうございました!

6月8日からはじまったご先祖のパネル展には、鴨里とその子孫たちのその後や資料についての情報をもつ方がいろいろ訪れてくださり、鴨里の電子資料を一つにまとめてデジタル史料館ができそうな勢いです。詳しくはまた!
[ TB*0 | CO*5 ] page top
DATE: 2016/06/08(水)   CATEGORY: 未分類
分断を癒す「益習の集い」の活動 (鴨里シリーズ5)
 5月8日、「益習の集い」という歴史サークルが稲田騒動に関係した志士たちの足跡をたどる歴史散歩を企画し、そこに招待講師として参加させて頂いた。
 実は今年3月3日、四国大学太田剛先生にこのサークルさんを紹介いただき、その後「淡路の有名人子孫枠」で顧問を拝命させて頂いたのである。三月当時、まだ肌寒く、隣の家からかってにはいこんできたジャスミンの蕾はまだ堅く小さいものだった。 「この花が咲くときには私は淡路でご先祖のことをしる人たちとの交流が始まっている」と思うと何か大きなものにつながったような不思議な感動を覚えた。

 鴨里の資料のデジタル化を手伝ってくれたOS君は前日徳島に入り、当日は洲本で一緒に行動し、翌日は京都で賴山陽の史跡をみる予定で、私は翌日平日だし、四月以後体調がいまいちなので大事をとって日帰りする。

 「阿波踊り空港」(正式名称 笑)につくと、車の運転のできない私のために益習の集いの方が迎えにきてくださった。
 益習の集いの会名の由来から説明しておこう。
 江戸時代、淡路島はかつて徳島藩の領地で、七万石のうちの一万石は徳島藩の城代家老稲田家が治めていた。洲本には徳島藩の藩校である洲本学問所と稲田家の私塾益習館があり、うちのご先祖岡田鴨里は洲本学問所で、篠崎小竹などは益習館で教鞭をとり、それぞれ勤王の志士のサロンとなっていた。とくに益習館は賴山陽、木戸孝允も訪れていた。

 しっかーし! 明治の世になり、明治2年に淡路に禄制改革が行われた。武士は首になってみなが年金生活者になった時、稲田家の家臣は武士の家臣なので卒族となり、年金額が士族より少なくなった。稲田家が藩ととしてみとめられれば臣下は士族となることができる。このため、稲田は新政府に北海道開拓に協力するから稲田家を独立した藩として認めてくれとの分藩運動を始めた。これに対して徳島の藩士が怒った(くわしくは『洲本市史』をご覧あれ)。
 「新政府のお達しに従わず、パーソナルな理由で独立かあっ? 」というのが表向きな理由だけど、本当の理由はグローバル化した新しい世において元藩士たちが感じていたストレスが噴出したのであると思う。

 この独立運動は明治三年に徳島藩士が稲田方の屋敷を襲い17名の死者をだすという最悪の結末を迎え、益習館も炎上した。この出来事は稲田騒動、または勃発の年の干支によって庚午事変と呼ばれる。襲撃側の徳島藩士は切腹・流罪となり、稲田方も北海道へと転封を命ぜられ、淡路はその後、目と鼻の先にある徳島藩から切り分けられて兵庫県に属することとなった。この事変によって淡路と徳島は心理的にも制度的にも分断されたのである。

 「益習の集い」さんはこの時炎上した益習館の庭園(下の写真)を保存するために結成された団体である。会の名前からしても稲田に縁の人々の集まりと思われた。一方、私のご先祖の岡田鴨里は洲本学問處で思い切り徳島方である。で漢学者なので稲田騒動を調停しようとしたものの果たせず、あまつさえ嫡孫の真はつっぱしって騒動を煽ってしまった。つまり、私の置かれている立場は、被爆地を訪れるアメリカ大統領みたいな気分なのであった(そんな偉い立場じゃないけど)。正直緊張した。
 益習庭園

 そこで、迎えに来て下さった方におそるおそる「益習の集いさんって名前からして被害側の稲田方の中心になっていらっしゃいますよね。ぶっちゃけ、私暗殺とかされませんか」と聞いてみると、「もう時代が違いますよ」と笑い飛ばされた。ちょっとほっとする。

 歴史ウォークの出発地点は益習館の故地にたつ洲本中央公民館前。敷地の隣にはこのサークルがまもった庭園がかなり整備されて古の姿を取り戻しつつある。
 公民館で会長の三宅玉峰さんに始めてご挨拶をし、先に到着していた四国大学の太田剛先生と合流する。一応私も歴史散歩の講師であるが、コース設定や解説のほとんどは太田先生が行われたため、私には岡田鴨里の子孫として「生きた展示品」としての役割があったものと思われる。
 2時間かけて幕末に活躍した儒者や志士の墓をまわり、稲田騒動で命をおとした人々の慰霊碑、稲田のお殿様のお墓など幕末の淡路を代表する人々の墓をめぐる。
志士の碑jpg

 私は遍照院の石濱純太郎先生のお墓のところで、儒学者たちの子孫が明治維新以後、どのような人生を送ったのかを語り、「私の曾祖父のお墓はここ遍照院におそらくはあったと思われますが、お参りの途絶えた幕末のお墓を整理してしまったそうで、今はないとのことです。万が一みつけてくださった方は私に通報してください」と支援を仰ぐ。
 そして、ご先祖と稲田騒動の関わりについて事実関係を述べる。
 岡田鴨里が大村純道とともに徳島藩士を説得して事変を防ごうとしたが、結局失敗したこと。まだ若い鴨里の孫真が純道の息子純安とともに檄文を書いちゃったこと、純安は襲撃の主犯であるため切腹となったが、真は儒者であるためか襲撃には加わらず、事変後も罰されることなく徳島藩の官僚になったことなどを語る。
 とにかく「本当にすいません」としか言いようがない。
 真実和解委員会にならって、事実を確認するという形にしてみたが、幸いなことに怒り出す人はいなかった。
 それどころか会の後発行されたニュースレターにこうあった。

「又、賴山陽の高弟で江戸時代の淡路を代表する学者である岡田鴨里の子孫である石濱裕美子早稲田大学教授の軽快でユーモラスを交えた話に参加者は引き込まれて笑みを浮かべ聞き入っていた。参加者の満足度は終了後のアンケートにも顕著に現れ、筆記しにくい屋外のイベントにもかかわらず80%を超える高いアンケートの回収率にも驚かされたが、設問の、とてもよかった85%、よかったが10%で、未記載5%、よくなかった0%というすべての参加者が満足したという驚くべき結果であった」(益習だより 14号)

 淡路の皆様やさしい・・・。本当にやさしい・・・。ありがとうございます。

 このあと、益習の集いの方々と懐石料理のお昼をいただき、そのあとは2014年に太田先生から「廃墟ですね」とバッサリきられた鴨里の生家に行く予定であったが、その前に蜂須賀桜の植樹会を行うという。

 蜂須賀桜とはかつて徳島城に植えられていた美しいヒカンザクラで、地元のロータリークラブがこの桜を日本全国、最近は世界にまででてバチカンとかにおいて植樹してまわっているそうだ。で、益習の集いさんは昨年、この蜂須賀桜の会の趣旨に賛同し淡路においてはじめてこの桜を植樹することに成功したという。これは、徳島と淡路の分断が長い年月をへて癒やされた、象徴的な出来事として報道された(よみうりの記事をここにつなぎます)。

 で、この日の植樹は、淡路十三仏霊場の第一番、先山千光寺の境内で行われた。聞けばそのお寺には秘仏の観音様が祀られており、植樹に参列すると秘仏が拝観できるとのこと。そこで食事を早々にきりあげて寺に向かうが、この寺が遠い。そして山奥。高野山ハイウエイのような道をあがって、車をおりてからも結構な石段をあがる。喘息で気管支が弱っている私はゼイゼイいいながら石段をよろよろ上がることになった。

 OSは若いので先にさくさくあがっていって、恋愛みくじとか引いている。私だって喘息でなければこの程度の石段なんてこたないのに・・・。法要はこのお寺の縁起を読み上げる部分が一番面白かった。観音様をお祭りする寺なので見晴らし抜群の清水の舞台もある。

 秘仏は確かに拝観できた。笑ったのが、お経がはじまると電動カーテンがサーッとあいて、秘仏がライトアップされて、しばらくすると、さーっとまた閉まってしまった。写真をとっていいかどうか確認をとっていなかったため躊躇しているとサーッとしまったので、本当に秘仏であった。美しい千手観音様である。法要の後、境内で住職さまと植樹。みなでかわりばんこにスコップもって記念撮影。天気が良いので暑い。

 このあと、みなで車を連ねて鴨里の生家へ。2014年に太田先生とおとずれた時は中をみせて頂けなかったので、今回は益習の集いさんのお力で市役所の方にお願いして中をあけていただいた。レトロ体験村として長い間一般の宿泊施設になっていたので、トイレや流しが増設されており、いにしえの庄屋建築はみるかげもなくなっている。その上、阪神淡路大震災で壊れて、まあおっしゃる通りの廃墟ですよ。みなさんにこの惨状を見て頂くことが実は訪問の本当の目的であったりする(笑)。
廃墟2
生家廃墟jpg

 生家(廃墟)の中庭で六月八日から始まる立木兼善と岡田鴨里のパネル展の構成をみせていただく。太田先生が詳細な家系圖と人間関係図を作って下さっているので、それを指しながら、ご先祖の資料がどのような経緯で神奈川県立歴史博物館に入ったのかを私の知る範囲内でみなに語る。

 鍵を開けてくださった市役所の方も一緒に聞いてくださる。淡路市の財政は夕張市なみに苦しいという話を聞いていたので、もちろんこの状況が一朝一夕に解決できるとは思わないが、市の財産がこのようにむなしく朽ち果てていくのはもったいない、との認識はみなが共有してもよいと思う。

 帰りはOSは会長の車で高速バスの停留所におくってもらい本土に向かう。私は太田剛先生に阿波踊り空港へ送っていただく。何しろ幕末も日本史も漢学も基本的なところから知識がないので、「関所によって藩と藩が分断されて人の往来が厳しく制限されていた時代にも、儒者は自由に関所をこえて交流し、世界の情報をいちはやく長崎などから得ていた」などの話を興味深くうかがう。鴨里も江戸や現在の群馬や九州を歴訪して、二冊の紀行文を残している。太田先生には本当に感謝している。ご先祖と私の間をつないでくださるシャーマンのようなお方である(普通男女が逆な気がするが笑)。

 というわけで、本日から淡路市役所のロビーで、淡路市のうんだ偉人二人、立木兼善と岡田鴨里のバネル展が行われます。是非みなさん起こしください。私とOSが撮影した資料が提供されております。縁の地の写真は2014年、太田先生のご案内でまわった時、私がとったものです。

ここにバネル展について告げ神戸新聞の記事をあげておきます。
[ TB*0 | CO*2 ] page top
DATE: 2016/05/28(土)   CATEGORY: 未分類
テンジン・チョーゲル「心の琴線」
5月28日(土)、来日したテンジン・チョーギャル(亡命チベット人)のライブ初日にいってきました。
相変わらず魂のきれいな、心揺さぶられる歌声で、あった。

1曲目は 「ハート・スートラ」(般若心経)。テンジンさんいはく「15年この曲を歌っているけど、この経典の深遠なる意味についてまだ理解できていない」日本でギャーテーギャーテ、ハラソウギャーテーと読むあのマントラを、彼はチベット風にガテー・ガテーとサビにするのだが、ガテーって「行け」ていう意味なので、あの声量で「ガテー」をやられると、Go! Go! Go !て言われているように聞こえる。テンジンさんはいつもこの曲からライブを始める。

 
2曲目は「五大元素を鎮める歌」。仏教では人間も世界も地・水・火・風・空の五つの元素からなりたつと言われている。これらに我々に障りをもたらさず、慈悲を与えてくれるように祈る曲。おそらくはこれは熊本地震などで大変な日本のために歌ってくれている。

3曲目「鶴の歌」(crane song)恋愛詩人として名高い、歴代ダライ・ラマの中でもとくに変わり種の6世の詩をもとにした曲。

4曲目は「スノー・ライオン」。スノーライオンはチベット国旗の真ん中に描かれる「おそれなきもの」の象徴。白い体ニ緑のたてがみをたなびかせ、優雅で傲岸不遜。チベット人は今中国の支配下で大変だけど、スノー・ライオンのようにおそれなきものであり続けている。

5曲目は「トンカ」(空) 1曲目の般若心経に説かれているのが空(くう)思想。形あるものは実体がなく、実体がなくとも形はある。「虚空は空」「大海も空」というさびは雄大。

6曲目は「ワン・ノート・ソング」

7曲目は「赤い湖」(ツォマル)  チベットには赤・青・白・黄・緑の五色の湖があると言われる。それぞれの色はこの世を構成する五大元素を表しており、我々の体内の水分とも呼応している。

8曲目は歌ではなく、リンブ(笛)。テンジンは物心つかないうちに国境をこえてインドに亡命した。チベット・ゲリラであったお父さんは顔もよく覚えていないが、長い髪をあんだ後姿と、笛をふいていたのを覚えている。だから、テンジンは父親の面影をおもって小さい頃から笛の練習をしていた。インドの笛をふいても吹き方はチベット風。

9曲目はサウンドチェックでできた今日できたばかりの即興の歌。「二つのラブソング」。弾き語りが終わると、寺原太郞さんが「さっきとぜんぜん違う曲になっている!」

10曲目が「小さな鳥」。この曲を歌う時のテンジンさんは小鳥のように楽しそうに歌う。小さい頃校庭の木にとんできた小鳥に、離れてくらすお母さんに自分のことを伝えてくれとたのんだ時のことを歌にしたもの。

そしてラストはテンジンのアルバムの題名にもなっている「Heart Strings」(心の琴線)「チベット人は観音菩薩の真言オンマニベメフンをみな唱えます。チベットにとってもっとも大切な方はダライ・ラマです。そのダライ・ラマは故郷を追われて60年になります。ダライ・ラマ法王が早く故郷に戻れますように。同じような境遇にある世界中のホームレスの人々も早く故郷に帰れますように」といって歌い出した。いつも思うのだが、彼のライブはいつも歌というよりは祈りである。

 さびは『チベットが勝利しますように」(プウ・ゲルロー)で、いつ聴いても泣ける。最後にこの曲の動画をはったのでみてください。さびの音量はかなり抑えて録音してあるので、実際はさらに迫力があります。そして最後に笑い話があるので、最後までご覧ください。

●テンジン・チョーギャル 日本ツァー 2016 feat. Jesse Paris Smith
■5月30日(月)高野山 青巖寺「Heart Strings」
 【出演】テンジン・チョーギャル(ドラニェン)、ジェシー・パリス・スミス (ピアノ)
寺原太郎(バンスリー)、ロビン Dupuy(チェロ)、ナナコ (Vocal)
 【時間】18:30 open 19:00 start 30名限定、お志
 【会場】高野山 青巖寺(せいがんじ)和歌山県高野町高野山628 1予約不要
■6月1日(水)大阪 チャクラ 「Heart Strings」
 【出演】テンジン・チョーギャル (Vo.Dra nyen)、ジェシー・パリス・スミス (ピアノ)、寺原太郎(bansuri)、ロビン Dupuy(チェロ)、中尾幸介(Tabla)、ナナコ (Vocal) 
 【会場】ヂャクラ http://www.chakra-jp.com/
〒530-0046大阪市北区菅原町6-12 Tel.Fax. 06-6361-2624
 【時間】開場18:30 開演19:30
 【参加費】予約3,000円 当日3,500円(ドリンク別)全席自由
 【予約先】Tel. 06-6361-2624 (チャクラ受付時間:15:00~23:00)
■6月5日(日) 東京タシデレTalk & Mini Live
 「What's Festival of Tibet?」テンジンさんがブリスベンで開催しているFestibal of Tibet の報告会&ミニライプを開催いたします。
 【出演】トーク:テンジン・チョーギャル、ゲニェン・テンジン、柳田祥子、寺原太郎ミニライブ:テンジン・チョーギャル(歌、ドラニェン)、寺原太郎(バーンスリー)他 【会場】チベットレストラン&カフェ タシデレ
 〒160-0002東京都新宿区四谷坂町26-21四谷坂町永谷マンションIF Tet.03-6457-7255 【時間】18:00開場、18:30スタート 20:00終了予定
 【参加費】1500円 定員:30名 ※要予約
 【予約先】Tel.03-6457-7255 (タシデレ)
NEWS!
☆テンジン・チョーギャル&ジェシー・パリス・スミスは今回、以下の公演にオープニングアクトとして出演予定です。イベント詳細は各会場HP等でご確認ください。
■6月4日(土)すみだトリフォニーホール
 「パルコ・プロデュース THE POET SPEAKES ギンズバーグ`へのオマージュ」 音楽:フィリップ・グラス、朗読:パティ・スミス
■6月7日(火)ビルボードライブ東京「パティ・スミス」昼夜2公演
■6月9日(木)ビルボードライブ大阪「パティ・スミス」昼夜2公演
■6月10日(金)音や金時「Heart Strings」ライブ
 18:30 open 19:30 start 2,700円
 【出演】テンジン・チョーギャル(歌、ドラニェン)、寺原太郎(バーンスリー)、池田絢子(タブラ)
 【会場】音や金時 東京都杉並区西荻北2-2-14 BF Tel.03-5382-2020
■6月14日(火)新宿 常圓寺 ミニコンサード
 19:00 start 2,000円
 【出演】Tenzin Choegyal (歌、ドラニェン)、寺原太郎(バーンスリー) 池田絢子(タブラ)
【会場】新宿常圓寺 新宿区西新宿7-12-5
【主催】チベットハウス・ジャパン
http://www.tibethouse.jp/event/2015/150904miniconcert.html
■6月16日(木)テンジン・チョーギャル ソロライブ@松本 てとて 18:30 open 19:00 start 予約¥2000 当日¥2300
 【出演】Tenzin Choegyal (歌、ドラニェン)
 【会場】ナチュラル・マーケットてとて 長野県松本市岡田下岡田454-1 Tel. 0263-88-6936  駐車場あり
https://www.facebook.com/events/1706428579606854/
■6月19日(日)テンジン・チョーギャル ソロライブ@
安曇野シヤロームヒュッテ 15:00 start 予約¥2000 当日¥2300 
 【出演】Tenzin Choegyal (歌、ドラニェン)
 【会場】オーガニック・レストラン&カフェ・シヤロム
長野県安曇野氏穂高有明7958 Tel. 0263-83-6245  駐車場あり
https://www.facebook.com/events/1057937314300959/
■6月20日(月)鎌倉 麻心「Heart Strings」 18:00 open 19:30 start
 2、500円40名限定 ※要予約
 【出演】テンジン・チョーギャル(歌、ドラニェン)、寺原太郎(バーンスリー)    池田絢子(タプラ)
 【会場】cafe & bar麻心
〒248-0016神奈川県鎌倉市長谷
2丁目8-11 Tel.0467-38-7355



※笑い話 

テンジンが寺原太郞さんの奥様、ゆり子さんの名前、「ゆり」について

テンジン「ユリはチベット語ではトルコ石の山っていう意味なのでとってもきれいな名だな」

寺原太郞「ボクの名前の『太郞』の音はチベット語でどういう意味になるの?」

テンジン「『馬の死骸』」

寺原太郞「ひどい。」

テンジン「お前は良い『馬の死骸』だ」
wwwwww
[ TB*0 | CO*2 ] page top
DATE: 2016/05/17(火)   CATEGORY: 未分類
ダライ・ラマを中傷し続けてきたアノ集団が解散
四日間にわたる大阪講演をおえてダライ・ラマは土曜日に離日した。今回は大阪に行くことができなかったので、可能な限りライブ中継を見ていたが、その便利さに感動した。ノートもとれるし、愛鳥や愛猫にダライ・ラマ法王をおみせすることもできる。何かすごいよかった。ちなみに、すべての講演の録画が以下のYoutubeで公開されている。しかも、日本語同時通訳つき。

http://dalailamajapanese.com/webcasts/post/350-

 いにしえは、施主が高僧にお布施をはらって説法会を組織し、多くの人が高僧の教えにふれられるようにして、功徳を積んだものであるが、今や仏の教えは何カ国語にも訳されて電脳空間で聞くこともできて、電脳空間が封鎖されている中国人以外はどこでもその教えに触れられる。あとは聞く気になる心構えだけ。

 さて、朗報です。ダライ・ラマ法王の行く先々でアンチ・ダライ・ラマ・デモを行っていた某団体が、背後に中国共産党がいることをロイター通信に暴かれた後、解散を表明した。幸いにも日本ではこのグループの活動は上陸していなかったが、欧米ではかなり悪目立ちをしていた。

 かねてから「この運動の背後には中国政府がいる」とささやかれていたが、確固たる証拠がでないのに中国政府が背後にいるとかいうと、「日本のチベット支援者はアメリカから金銭をもらっている」などという陰謀論者と同じになってしまうので、疑わしきは罰せずと黙っていた。しかし、この抗議する人たち、異様に阿Q臭がするし、タイムズ・スクエアにダライ・ラマを批判するカンバンをだすなんてただの仏教集団にしてはお金がありすぎるとは思っていた。

 そしてロイター通信によって彼らはまっくろなことが判明した。

 では、以下にロイターの記事を翻訳します。原文はこちらをごらんください。

アンチ・ダライラマデモをしかけていた仏教集団が解散
2016年5月11日 ロイター
ジュネーブ、DAVID LAGUE AND STEPHANIE NEBEHAY

ダライ・ラマをしつこく追い回していた集団が中国が裏にいることをロイターに暴露されたとたんに解散。

ダライラマ14世に対して世界中でいやがらせキャンペーンを繰り返してきた仏教集団が、自らのウェッブサイトに「デモを停止し解散する」と告知した。

12月に「ダライラマが訪問するほとんどすべての国でダライラマに対してなされてきた抗議の背後には、仏教セクトがあり、このセクトは中国共産党が支援している」とのロイターの調査がでた後、この告知が出された。ロイターは「このセクトはチベットの精神的な指導者の評判をおとすための中国のキャンペーンの主要な手段となっていた」と明らかにした。

このセクトは国際シュクデン・コミニュティ(ISC)といい、このセクトの代表はウェッブサイト上の告知文の中で「ダライラマに対するアンチ・デモを組織することを完全にやめると決定した。」とのべ、何の説明もないまま、「3月10日以後、ISCとそのウェッブサイトは閉鎖する」と付け加えた。

この日付のないメッセージはISCの広報レン・フォーレイ(Len Foley)の名の下にだされた。このセクトの初期の出版物に記載されていたフォーレイの電話番号にかけると、現在は不通である。

香港を拠点とするISCの広報ニコラスピット(Nicholas Pitts) にコメントを求めたが返信はなかった。

ダライ・ラマはISCが解散したことについて気づいており、告知文の背後に何があるかについて問われると「分からない」と言った。

そして、ロイターの調査に対しては「あなた方の記事は完璧だよ。非常に総体的な説明で、とても有用だ。」と付け加えた。

本日ジュネーブで行われたマスコミの説明会を傍聴しながら、チベットの精神的な指導者はロイターの記者にそう告げたのである。

1959年に中国の支配に対してチベット人が蜂起し、それが失敗して、ダライ・ラマがインドに亡命してから50年以上たつにもかかわらず、ダライラマはいまなお中国の国内に住む600万人のチベット人に相当な宗教的な権威を行使している。このことが北京をつねにいらだたせ、彼らは日常的にダライ・ラマを分離主義者と非難し、中国からチベットを分離させようとしていると責め続けている。

アメリカでISCはカリフォルニアにおいて慈善団体として登録されており、2014年以来、その広報官は「自分たちは〔ダライ・ラマに対する〕抗議運動を組織する責務を担っているが、中国共産党との関係は否定する」といってきた。

抗議運動を行う人々はチベット仏教のパンテオンの中のドルジェ・シュクデン神を崇拝するセクトの構成員である。ダライ・ラマはこの神に対する信仰を禁止し、シュクデン信者にはこの神は悪霊であると警告してきた。

ドルジェ・シュクデンの信者たちは、80才になるノーベル平和賞受賞者を自分たちを弾圧し、チベット仏教を分裂させるものと責め立ててきた。

ダライ・ラマは「私もかつては無知からこの神を拝んだことがあります。しかし、この神はとてもネガティブで有害であることに気づきました」という。

●西洋人の抗議者たち

これは非常にわかりにくい、宗教的な論争である。しかし、それは西洋にもちこまれ、ダライ・ラマが説法に向かう先々の、北米、ヨーロッパ、オーストラリアの町で、ダライラマに対する抗議運動がおきた。

大半の抗議者は西洋人の新参者であった。彼らはより少数のチベット人の信者たちと協力して、スローガンを唱え、太鼓を叩き、時にはダライラマの説法を妨げ、予定を教えた。彼らはダライラマが偏屈者でニセモノだと責め立てた。

ダライ・ラマのもっとも最近の仕事に際してはおおむね抗議はなされていない。ダライ・ラマに近い人々の話によると、今週マディソン、ウィスコンシンを訪問した間、小規模のデモがあったのみだという。

ジュネープの国連ビルの向かい側には、ダライ・ラマの話を聞くために太鼓とチベットの旗をもった数百人の人が集まった一方、ダライ・ラマにむけての抗議行動はまったくなかった。

アメリカを中心に活動するチベット人で、昨年の抗議行動の際にISCの広報官をつとめた、ソナム・リンチェンは、集団がデモを中止した理由は分からないといった。

ソナム・リンチェンは中国との関係を否定し、「抗議を続けるかどうかは決めていない」といった。彼もシュクデン信者たちもダライ・ラマのシュクデンを拝むなという要求は内外チベットにいる信者とその家族を村八分にするものだ、と主張する。ロイターはこの主張の裏を取ることはできていない。

リンチェンは「真に苦しんでいるのは難民として生きるチベット人とチベットの内にいるチベット人だ」という。

ダライ・ラマはジュネーブで「なぜ私がドルジェ・シュクデンを拝むことを辞めたかを説明するのは自分の義務だ。彼らが耳を貸そうと貸すまいとね」と言った。

●ダライ「一派」との戦い

12月にロイターは以下の報告を行った。「2014年に中国の官僚に配布された中国共産党の内部文書には、シュクデン問題を「ダライ一派との闘争における重要な戦線」と記していた。

インドとネパールを基地としてシュクデン活動を行っていた元メンバーの僧ラマ・ツェタは「中国の強力な統一戦線工作部がアンチ・ダライ・ラマキャンペーンを指示していた」とロイターに語った。

ツェタは今はアメリカにすんでおり、中国は彼や他のシュクデンの僧にアンチ・ダライ・ラマ活動を計画しまとめるように金銭をわたしたという。彼は中国が抗議活動に金をだしたという文書による証拠を提出することはできなかった。

ロイターの調査はまた、「〔シュクデンの〕抗議が非常に執拗なので、アメリカ、インドそのほかの情報機関はシュクデンがダライラマの安全に脅威となると警告していた」という内部文書も明らかにした。昨年、二度にわたり行われたダライ・ラマのイギリス訪問に先立って、イギリスのダライラマ・法王事務所の代表は安全評価を行った。

シュクデンの信者たちが、共産党の支援を受けていたことについてロイターが中国外務省に問い合わせると、中国外務省は「ダライラマは宗教上の専制を行っている」と応えた。


12月のロイターの調査記事はこちらをご覧ください。
[ TB*0 | CO*4 ] page top
Copyright © 白雪姫と七人の小坊主達. all rights reserved. ページの先頭へ