白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2017/07/28(金)   CATEGORY: 未分類
劉暁波氏の死を悼む
6月6日の私の誕生日の日、愛鳥(オカメインコごろう様19才)が突然逝った。
 以来喪に服して、ベジタリアンを続けており、ツイッターもFBも自分に関する更新は控えていたところ、スポンサーサイトから「一ヶ月以上更新のないサイトには広告のせます」みたいなことになり、無人の地に勝手に看板がたっているような状態になったので、喪には服しつつ更新したい。

 そういうわけで個人的に劇ウツな中、7月15日に劉暁波の獄死の報は効いた。病院で死んだことになっているが、これは独裁国家がよくやることで獄死のカウントを減らすために瀕死になると釈放するのだ。アバルトヘイト下の黒人活動家や、チベットの政治犯もよくリンチで瀕死になると家族の下にかえされたので、「ああまたか」と思った。このような非人道的なことをやっている時点で中国政府はかなり問題がある。

 80年代は劉暁波の生き方が世界史を動かす原動力たりえていたが、現在彼の獄死は何も影響を与えていないかにみえる。だからこそ、彼の生きていたこと、彼が考えていたことを言論の自由をもつ国の人間は一人でも多く書き残しておかねばならないと思う。

  劉暁波が一般に知られるようになったのは1989年の天安門事件である。この年にベルリンの壁が崩れ、実質社会主義圏が崩壊をはじめたことが示すように、天安門での学生の動きは世界的な社会主義世界の民主化の流れの中にあった。アメリカのコロンビア大学に在籍していた劉暁波氏は急遽帰国しその歴史的な意味をもつ学生デモの一員となった。

 しかし、この丸腰の学生デモは6月4日に中国軍によって暴力的に鎮圧され、学生指導者や民主化の指導者たちは逮捕・投獄された。このうち、海外に亡命することを条件に自由を得た人々もいたが、劉暁波氏はあくまでも中国国内にとどまって民主化を訴え続ける道を選んだ。しかし、彼は出版も、ネットもできないので発信はできない。

 劉暁波氏の名前を一躍有名にしたのは2008年の北京のオリンピックの年の世界人権デーに零八憲章を発表したことであろう。これは社会主義体制下のチェコで、バーツラフ・ハヴェル(ダライラマ14世のお友達)が1977年に発表した77憲章にちなんだもので、ハヴェルは投獄されるも、1989年のビロードによってチェコの共産党が倒れると大統領に就任した。
劉暁波はこの08憲章で中国共産党の一党独裁を批判し三権分立、少数民族の権利の保護などを訴え、2009年に投獄された。

 08憲章が発表された日の拙ブログは↓である。
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-entry-330.html

 1989年の天安門事件は現在中国では報道規制がしかれており、若い世代の中国人はこの事件について知らないか、知っていても「政治家に踊らされた」と距離をとる人ばかり。劉暁波の死について中国の電脳事情に詳しい方がツイッターで「何の影響もなし」とひとくくりにしたのを見て、2008年にチベット蜂起があった時、某新聞者の元記者の方に「これだけ毎日大騒ぎしていても一ヶ月もたてばみな忘れますよ」と言われてイラッときたことを思い出した。

 毎日のニュースをおいかける記者とか、新聞紙面的な方々にとってはそのような実感しかわかないのだろうが、劉暁波の存在はもっと長いスパンで、死後の影響力も考慮すべきものである。彼の言葉は普遍的であり、彼の生きている間、その言論が奪われていたとしても、必ずその言葉は時代をこえて影響する。なぜなら彼の言葉は個人の生死をこえた内容を持つからだ。

 以下のNHKのサイトに2009年の有名な辯論「私に敵はいない」の全文和訳がある。
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/luixiaobo_fulltext.html

彼は声高に政権を批判するのではなく、言論の自由や三権分立は国にとって必要なものだと穏やかに訴えている。、人々の道徳性を目覚めさせる言葉は道徳的にアレな独裁国家にとってはもっとも忌避すべきことであるため、中国当局は普遍的価値観を語ることを禁止した。

 2013年5月13日香港の新聞に「中国当局はこのほど、北京や上海の大学に対し、「報道の自由」や「公民権」、民主や人権の尊重を意味する「普遍的価値」など7項目について授業で教えてはならないとする指示を出した」という記事がでた。いわゆる「七不講」である。

 つまり、大学では普遍的な価値を語ることが禁止され、当座・実務的な知識・技術のみを扱うように指示したわけである。なんか文学部の廃止を臭わせたどこぞの国の文科省を思い出す指示である。理由は簡単、普遍的な価値観にふれると、みながなぜ自分たちには選挙権がないのか、法治ではなく人治なのか、大気や水が汚染されていてもなすすべがないのか、以上のことを訴える言論の自由がないのかということに気付いてしまい、独裁体制が揺らぐからだ。

 ためしに中国国内では絶対読めないダライラマが1989年にノーベル平和賞を受賞した時の「普遍的な責任感」が説かれるスピーチを以下に引用する。皆が自分のエゴを追求していたら全体としては破滅に向かうという趣旨は独裁中国の価値観の中で生きる人たちにはもっとも耳が痛いことであろう。

私たちは同じ人間であって、苦しみを逃れ、安楽を求めるものであることを理解することは、人類愛、つまり他人に対する愛情のこもった暖かい思いやり、すなわち慈悲の心を育てる助けとなります。このことは、ゆれ動く現在の世界に生きていくためには、なくてはならぬものです。そうでなければ、私たちは自分の利益になると思い込んでいるものを、他人のことを意に介さずにがむしゃらに求め続け、他人ばかりでなく自分自身をも傷つけてしまうことになります。この事実は今世紀に入ってよりはっきりとしてきました。たとえば、核戦争を今起こしたら、それはそのまま自殺行為です。あるいは、目先の利益を求めて大気や海を汚染すれば、それは私たちの生存の基盤を破壊していることになります。個人や国家の相互依存(縁起)の度合いが増加しつつある現在、私が「普遍的責任感」(増上意楽)と呼ぶものを育てていく他、残された道はありません。
 今日では、私たちは本当に地球家族なのです。世界の一地域で起きたことが、私たち全員に影響を及ぼします。もちろん否定的なことばかりでなく、肯定的なことについても同じことがいえます。現代の非常に進歩した通信技術のお陰で、遠くで起きた事件を知ることができるばかりてはなく、その影響をも直接受けます。・・・・大陸を隔てて敵対する国々の間に平和がもたらされれば、私たち自身の安全もより確かなものになります。



 中国に生まれると、ネットでも、大学でも、普遍的な価値観に触れることなく、このダライラマ14世の言葉も、劉暁波の言葉にも、接することはできない。大学でも普遍的な価値観を教わることはできない。従って、中国国内で育った人は自らの精神をせいぜい社会常識で調整する程度であり、。全体を省みることなく自分の利益のみを追求し、結果、汚れた大気の中で咳き込みながら、選挙権がないことも、明日突然財産を奪われたり、逮捕されたり、自分の特許が他人に勝手にパクられても相手が役人となかよしだったら泣き寝入りしても当然、みたいな生を生きていく。

 国レベルでも普遍的価値観を無視して道徳感ゼロの自国ファーストで行動するために南シナ海とかで問題を起こす。
 行き着く先は個人レベルでも国レベルでも、最も恐ろしいのは地球レベルでも決して幸せなゴールは見えないことである。普遍的な価値観を受け入れられない時点でその政府も人もやんでいる。

 最後に、ダライラマ14世が劉暁波の死を悼んだコメントをのせる。

ダライ・ラマ法王、劉暁波氏の逝去に深い哀悼の意を表明(ソースhttp://www.tibethouse.jp/news_release/2017/170718_Liu_Xiaobo_20170714.html
)
2017年7月14日

ノーベル平和賞受賞者の同胞である劉暁波氏の逝去の報に接し、私は深い悲しみに打ちのめされています。劉氏は長期にわたる拘禁後、逝去されました。劉氏のために祈りを捧げるとともに、夫人の劉霞氏とご遺族の皆様にお悔やみを申し上げます。

劉氏はこの世を去られましたが、劉氏が長く体現されていた基本原則を残された私たちが引き継ぎ、中国がより調和し、安定し、繁栄する国となることが、劉氏に対する最高の敬意の表明となるでしょう。

ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏は自由のために絶え間なく努力を重ねられました。その努力は遠からず実を結ぶ、と私は信じています。

ダライ・ラマ

[ TB*0 | CO*2 ] page top
DATE: 2017/06/27(火)   CATEGORY: 未分類
七月のチベット・イベント
七月六日はダライラマのお誕生日です。この日チベット人はダライラマの長寿を祈り(テンシュク)、世界中で法要を行います。日本では8日に法王事務所などでパーティが行われます。ダライラマの実妹でチベット子供村の名誉校長をつとめていらしたジェツゥンペマ氏がお誕生日にあわせて来日されます。
 また、オーストラリア在住のチベット難民歌手テンジン・チューゲルさんも来日されます。
 それ以外は直下にかいた自分のエクステンション・センターで公開授業の情報です。

●授業名「赦し」は暴力の連鎖を断ち切るか」
講師 石濱裕美子(早稲田大学教授)
曜日 7月22日(土)、7月29日(土) 全二回
時間 13:00〜16:30
場所 早稲田大学エクステンションセンター、八丁堀校

現在特別研究期間中で授業をもっていないので久しぶりに授業が楽しみです。教室は東京駅の近くらしいです。お申し込みはこちらから

一回目 7月22日 (一回目)非暴力体制転換運動の歴史 18世紀アメリカのディヴィッド・ソローによって提唱された非暴力運動の理念は、インド独立の父ガンディーによってはじめて社会変革の手段として現実に機能した。以後ガンディーの運動方式は、キング牧師によるアメリカの公民権運動、ミャンマーのアウンサン・スーチー氏の民主化運動、ダライ・ラマのチベット自治を求める運動などに受け継がれ現在も広く体制転換の手段の一つとして用いられている。初回はソローからダライラマにいたる非暴力運動の歴史をたどる。

二回目 7月29日 「赦し」と「裁き」の間で アパルトヘイト後、ネルソン・マンデラは真実和解委員会をたちあげ、アパルトヘイト期間中における犯罪を、加害者に加害の内容を告白させ、被害者ないし被害者の家族がそれを赦すことによって、「あったことは埋もれさせないが、裁かずに赦す」という施策により分断された社会を癒そうとした。しかし、加害者が裁きを受けないことに対する批判もよせられている。赦すことと裁くことを考えることを通じて、暴力の連鎖を断ち切るためには加害者・被害者ともに何を行うべきかについて学んでいく。

*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜
ジェツン・ぺマ氏(ダライ・ラマ法王の実妹)のご講演

演題: 「難民と教育」シンポジウムーチベットの民の知恵と経験ー
日時:2017年7月8日(土)13:00~
会場:聖心女子大学グローバル共生研究所ブリット記念ホール(聖心女子大学4号館 聖心グローバルプラザ3階)
参加費:無料
参加申し込みフォーム
主催:チベットサポートグループKIKU、聖心女子大学難民支援団体SHRET
共催:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

テンジン・ショーギャル日本ツァー (Tenzin Choegyal Japan Tour 2017)
Heart Strings Live Tour
縮小テンジンショーゲル17

・6/30(金) 新宿 「チベットの歌」
出演:Tenzin Choegyal 、寺原太郎 、池田絢子(タブラ)
会場:常圓寺 新宿区西新宿7丁目12-5
18:30open 19:00start ※予約不要 参加費:2,000円
主催:NPOチベットハウス・ジャパン
イベント情報ページ(チベットハウスジャパンHP内)

・7/1(土) 北安曇 「テンジン・チョーギャル×大福 Live」
会場:池田町 シピリカ
16:00~「ブリンギング・チベット・ホーム」上映
19:00~20:30 ライブ
     テンジン・チョーギャル×大福(熊坂義人(con)スパン子(acc)ほうすけ3(dr))
予約¥2,000 当日¥2,500 映画のみ¥1,000
予約先:kikisosotibet@outlook.com(柳田)
https://www.facebook.com/events/1924788424428879/

・7/4(火) 松本「テンジン・チョーギャル×Padge Live」
出演:Tenzin Choegyal 、Padge 「The Road」上映有り
会場:松本 ナチュラルマーケットてとて
松本市岡田下岡田454-1 18:30 open 19:00 start
参加費:予約2,000円、当日2,500円
予約先:kikisosotibet@outlook.com(柳田)
https://www.facebook.com/events/228583214297397/

・7/5(水)鎌倉「Heart Strings Live」
出演:Tenzin Choegyal 、寺原太郎、池田絢子
会場:cafe & bar 麻心 鎌倉市長谷2-8-11 2F
19:00 open 20:00 start 40人限定 参加費:2,500円
予約先:Tel.0467-38-7355(麻心)

・7/6(木)横浜「Heart Strings Live」
出演:Tenzin Choegyal 、寺原太郎、池田絢子
会場:エスニカ ethnica 横浜市青葉区桜台25−1     
19:30 open 20:00 start   予約2,500円 当日3,000円   定員:40名
予約:Tel.045-983-1132(エスニカ)
https://www.facebook.com/events/677179729149607/

・7/9(日) 西東京「チベット、遥かなる歌声」
with 寺原太郎(バーンスリー)
会場:響き床 西東京市富士町6-6-13
18:00open 18:30 start 3,000円(1drink付)
予約:hibikidoko@gmail.com Tel.042-445-0487 (響き床 遠山)
→Facebookイベントページ

・沖縄八重山ツアー with寺原太郎
Tenzin Choegyal ×寺原太郎 沖縄初公演
→沖縄八重山ツアー詳細ページへ
出演:Tenzin Choegyal、寺原太郎、山本英里(唄)、 大浜修(唄、三線)7/14、澤井毎里子(唄、笛、三線)7/11

・7/11(火)那覇 柏屋
那覇市松尾2-11-22 Tel.098-869-8833
18:00 open 20:00 start 50人限定
予約2,500円、当日3,000円+1drink オーダー
予約先:okinawa.indianclassics@gmail.com

・7/12(水)石垣 Barうるべ
石垣市新川2425-10 Tel.0980-83-9070
19:00 open 20:00start 40人限定
予約2,000円、当日2,500円+1drink オーダー
予約先:okinawa.indianclassics@gmail.com

・7/14(金)西表 大原中学校 体育館
八重山郡竹富町南風見仲29-2
19:00 open 19:30 start
予約1,000円 当日1,500円
予約/お問合せ先 singinglotus@hotmail.com
080-1081-3324(西表文化交流推進会 今村)

・7/15(土)宜野湾 COTONOHA
宜野湾市赤道1-5-7 Tel.098-893-7299
19:00 open 19:30 start 50人限定
予約3,000円 当日3,500円 +1drink オーダー
※COTONOHAでは演奏前にオーストラリア国営放送で放送 されたテンジン・チョーギャルのドキュメンタリー「The Road」を上映します(日本語字幕付/30分)。
予約先:okinawa.indianclassics@gmail.com

・7/17(祝/月)西荻窪「T&Y 20th Special Live」
出演:Tenzin Choegyal(歌、ドラニェン他)、寺原太郎 (バーンスリー)、武藤景介(シタール)、池田絢子(タブ ラ)、ちゃるぱーさ(アフガニスタン音楽) 他
会場:音や金時 杉並区西荻北2-2-14 B1F
16:30open 17:00start 参加費3,000円
※予約不要です。直接会場にお越しください。
[ TB*0 | CO*0 ] page top
DATE: 2017/05/31(水)   CATEGORY: 未分類
春のモンゴル学会雑感
5月20日(土)に東京外国語大学で行われた日本モンゴル学会に行ってみた。私はモンゴルゼミ出身なのでこの学会にいくと受付からはじまり、後輩がぞろぞろいて同窓会状態。みんな元気そうで何より。

聞いた分についてざっと演目をあげると(最後の部分はすいません、聞いてません!)、以下の通り、


●講演 O. バトサイハン (モンゴル国科学アカデミー国際研究所教授)「近代モンゴル政治の基盤を築いたボグド・ハーンの思想

●研究発表

1.額日登巴雅爾(エルドンバヤル)(内モンゴル大学)「内モンゴル人民共和国臨時政府の設立過程及びその目的」
2.哈木格図(ハムゴト)(広島大学大学院総合科学研究科)「近代内モンゴル民族主義運動とラマ勢力――近代内モンゴルの政教関係(1924〜1936 年)」
3.娜荷芽(ナヒヤ)(内モンゴル大学)
「「満洲国」期におけるモンゴル人留学事業について」
4.包宝海(バオ・バオハイ)(東京外国語大学大学院)「文化的記憶としての「ガーダー・メイレン蜂起」」
5.N. アムガラン(モンゴルガンダン寺)「あるモンゴル僧の未報告の著作の概要」


このうち講演のバトサイハン先生と、研究発表の2番のハムゴトさんと、5番のアムガランさんが仏教関係の発表。ちなみに、この後も含めて一人の日本人を除いて、発表者が全部モンゴル国か内モンゴル出身の方であるのには驚いた。

 チベット学会ではまだ日本人研究者の発表の方が数多いが、これはやはり在日チベット人の数が少なく、そこから大学院に入るような学生はもっと少ないことが影響しているのだろう。喜んでいいのか悪いのか。

 ご存じの通り、モンゴル人集団は現在モンゴル国以外にもロシア、中国と分断されている。1911年にジェブツンダンパ8世がモンゴルの独立を宣言した時には、中国国内のモンゴル人(内モンゴル)にも参加を呼びかけ、いくつかの集団はそれに応じたが、中国とソ連の政治的なかけひきの結果、内モンゴルは現在も中国の領域内にあり、年々漢化が進行している。厳密にいえば漢人移民の内モンゴルへの怒濤の移住は清朝末期の19世紀からすでに始まっており、1911年時点では中国人の集落があちこちにできていてもう足がぬけられない状態になっていた。

 ハレー彗星のようにたまにしかモンゴル学会に参加しない私には今回がたまたまそうなのか、それとも毎回そうなのかは知るよしもないが、内モンゴルからきた人もモンゴル国からきた人も、とかく分断されていない理想的な一つ「モンゴル」について熱く語るのが印象的。バトサイハン先生は普段は実証的なご研究をされているのだが、講演になると

「精神文化の面で、民族の文化遺産をさらに豊にして、世界の文化遺産を国民の手の届くものとし、人々の精神的な能力や知恵を開花させ、全面的な教育を受ける条件を備え、民族芸術、文化を復興させ、宗教によって国家をまとめあげ、精神を平等に発展させることは、モンゴル民族の存続する根本要素の一つであり、ボグド・ハーン(ジェブツンダンパ8世)が実効していたモンゴル国の基盤を固める基本政策の重要事項であった」

 みたいな感じで、何か政治演説臭というか、「モンゴル民族よふたたび」みたいな色が強く押し出される。日本の大学で学位をとった方は比較的たんたんと事実をのべる研究をされていたが、その場合でも「モンゴルはいかに近代国家として脱皮しようとしていたか」みたいな大テーマが通奏低音のようにあったりして、やはりそこはかとなく民族意識が感じられる。

一方、モンゴルに大きな影響を与えた他文化、たとえば、中国文化なり、チベット仏教文化なり、ロシア帝国とモンゴルの関係とか影響なりとを論じるような研究は、いまいち手薄だし、いまひとつ学術的な水準がこうアレに感じられた。

 たとえば、ウランバートルのガンデン寺から参加されたアムガラン師は、ガンデン寺に所蔵されるモンゴル僧のチベット語で記された全集の紹介を行われた。しかし、その全集の作者であるお坊さんについて、所属していたお寺も、誰の先生だったのかも、誰の弟子だったのかもまったく分からないとのことで、ただ、粛正記録にのっている75才で死んだという情報のみしか分からないという。その全集の内容についてももちろん検討していない。この状態で発表をするのもアドベンチャーだと思うのだが、アムガラン氏は「モンゴル仏教」を明らかにする上で重要な資料だということで、高揚した声で語り続ける。

 実は17世紀以後多くのモンゴル人は中央チベットや東チベットの僧院において学び、教え、そして研究成果をチベット語で記した。中央チベットの大僧院の僧院長の座にも多くのモンゴル人がついている。チベットからモンゴルに戻って、モンゴルの僧院で教授を行う高僧も多く、この人たちはの業績はチベットの仏典を網羅的に蒐集しpdf化を行っているBDRCに輯録されている。しかし、このようなグローバルに活躍したモンゴル人僧は現在のモンゴル人たちの目には入っていないようで、とにかく地元、地元限定で崇拝をうけた僧侶が「モンゴル仏教」の担い手として重要らしい。モンゴル外で活躍したモンゴル僧は彼らの目からみると「名誉チベット人」なのかもしれない。そんなことないのに。

 まあ、ついこの間までモンゴル研究のフィールドではチベット語文献の利用は極めて低調であったことを考えれば、まだモンゴル人作者のチベット文献に日が当たっただけよしとすべきかももしれない。

 しかし、会場を見回して集まっている人の数、また、理事の数をみても、チベット学会にくらべてほんと数が多い。ここにいる人の三分の一、いや一人でも二人でもいいから、チベット文化を理解した上でモンゴル史を研究してくれたらなあと、しみじみ思う。日本でも漢文を授業で教えると中国を尊敬するようになるから漢文の授業やめろとかいう人がいるが、そんなことをしたら日本人の残した文献のかなりのものが読めなくなる。朝鮮、ベトナムと近代以前の東アジアでは知識人は漢文で著作することが多く、じゃあ彼らはみな中国人でベトナム人、朝鮮人、日本人でないかといえば違うだろう。


 現在朝鮮半島の若者たちは漢字が読めなくなったことにより、自分たちの国の先人が書き残した漢文文献がじぇんじぇん読めなくなってしまっている。中国でも古典漢文をよめる若者はすくない。東アジアはとくにナショナリズムが激しく、自国の歴史を自国民の言葉でのみ純化させようとするが、それにくみせず冷静に実証的に過去をみることができれば、それが結局は視野の狭い他国より上にたつことになる。なので漢文廃止は絶対やめた方がいい

 モンゴル人も僧侶はチベット語で読み書きし、官僚は満洲語・漢語を読み書きしているのが普通だった時代があるのだから、それらも含めて自分たちの愛する国の歴史をきちんと把握してほしい。相手の真の姿はおかまいなく、ただ自分たちの思う姿を一方的におしつけるのは愛とはいわない。

[ TB*0 | CO*2 ] page top
DATE: 2017/05/17(水)   CATEGORY: 未分類
曾祖父終焉の寺を訪ねて
 3月中旬、下関出張の帰りのケータイに5月13日(土)に「触れ太鼓を聞きながら柳橋で天ぷらを食べませんか」というお誘いが入った。まだ冬のコートを着ていた時期で、五月の新緑の時期を思うとそれだけで明るいところに出たような気持ちになった。日が近づいてくると、江戸つながりでそのあと曾祖父が明治九年に命を終えた地、松が谷の海禅寺(合羽橋道具街の近く)を訪れようと計画した。

 楽しみにしていた13日がやってきた。しかし、朝から土砂降りで想像していた雰囲気とはほど遠い。東日本橋で降りて柳橋まで歩く間にもスカートがびちょぬれになる。しかし、雨模様の新緑は晴れの日よりも深緑色でこれはこれで美しい。

 めざすは柳橋のたもとにある老舗大黒屋である。柳橋は早稲田近辺を流れる神田川が隅田川に交わる地点にかかる橋で、お店は本当に橋のたもとの柳の木の前にあった。しかし柳橋もすぐそこの両国橋も情緒のかけらもない鉄橋である(写真)。江戸情緒どこ?
大黒屋二回から
達筆看板jpg

 お店の看板の字があまりに達筆すぎて通り過ぎたので(写真)、お店に着くのが若干遅くなりもう他の皆様方は天ぷらをあげるお部屋に移動中。みな早稲田大学名誉教授の石居先生のお友達である。目の前で次々とあがっていく天ぷらをいただく。
てんぷらの席

 じつは5月の2日に親知らずをぬき、何か予後がよくないなと思っていたら顎関節症になっていたので、痛み止めで痛みを押さえつつ、口があくだけのサイズに天ぷらをきって参戦。いろいろ想像していた絵と違う。歯はいじるものでない。

 天ぷらを食し終わって、お座敷に戻りしばらくたった二時頃、玄関から相撲甚句が聞こえてきた。河の対岸にある両国から「呼び出し」の方たちが「明日から場所が始まりますよ~」と触れ歩く「触れ太鼓」の一行が到着したのである。
触れ太鼓

とはいってもどしゃぶりなのでみな合羽を着て、太鼓もビニールで覆われている。峰崎部屋の呼出し・弘行さんなどが明日の取り組みを読み上げる(写真)。最近は相撲部屋が両国から離れる傾向があり、触れ太鼓もすべての部屋は回れないそうで、ひいきのお店や報道機関を触れ歩く。
 「相撲は明日が初日じゃぞえ~」という末尾の「ぞえ~」がいい(笑)。

 太鼓が終わると、お店の人からご祝儀を戴いていた。これぞ江戸情緒である。石居先生ありがとうございました。

 そのあとは単騎、曾祖父の臨終の地海禅寺に向かう。つくばエキスプレスの浅草からわりとすぐの合羽橋付近にあるのだが例によって迷走し、またびちょぬれ。海禅寺は江戸時代妙心寺派の四触頭(幕府と本山のパイプ役。宗派の江戸大使)の一つであった。
 
 ご先祖岡田鴨里は娘しかいなかったため長女の息子である真を後継者としていた。賴山陽の弟子であった鴨里は山陽の死後も息子の賴三樹三郎と交わり、娘を天誅組の資金源となった古東領左右衛門に嫁がせるなど志士たちとのつながりが深かったが、基本は学者であり、古東領左右衛門にも自重を説いていた。しかし孫の真は行動派で明治二年の庚午事変にかかわったため廃嫡され、明治九年ここ海禅寺で30才の若さで没している。真の残した二人の娘、アイ、イマのうち、今が私の祖母である(にしても女系だよ)。

 18時からの座禅会に会わせて本堂に風をいれるご住職から、お話を伺う。このお寺は徳島藩の殿様が庇護していたため、阿波(徳島藩)様寺とかつては言われていた。が、廃仏毀釈、関東大震災、東京大空襲で次々被害を受け、そのたびに境内はどんどん縮小し現在のような小さな寺域になってしまった。つまり、想定内であるが、今の海禅寺には曾祖父、岡田真が死んだ時のお堂も文書類もない。

 東京大空襲でなくなったご住職までが戒律をまもった禅僧で、そのあとの住職たちは妻帯したが、禅寺なので今のご住職と先代の間には血縁関係にないそうな。過去帳は原典は燃えたが写しはあるとのこと。狭い墓域には古くからの墓石がいくつかあり、そこにはかつて阿波様寺と呼ばれた名残があった。享和2年の「故従四位下行侍従阿波淡路守××」とか、「阿波中将故妃鷹司藤原姓夫人之墓」とかの碑文や、藩主と同じ名字の「蜂須賀」とかの墓石がある。ちなみに、有名な写楽も徳島藩主お抱えの能楽師であったため、かつては墓石があったそうな。
18485299_10207870065303697_7820901879050074648_n.jpg

 また、新しくは安政の大獄(1858)によって獄死した梅田雲浜と但馬の守藤井尚弼の墓がある。明治の世の訪れと共に幕末の志士たちは名誉回復したが、同時に武士の身分もなくなってしまった。血の気の多い志士だった曾祖父真はしばらくは徳島県の官僚となり、年金生活者となった武士に新聞を発行させて生活をたちゆかせようという自助社の発起人にも名前を連ねている。そして安政の大獄から18年後の西南戦争の年、この阿波様寺でひっそりと生を終えた。
 また座禅会にでもこようと思い、寺を後にする。
雨は小降りになっていた。
[ TB*0 | CO*3 ] page top
DATE: 2017/05/11(木)   CATEGORY: 未分類
近々行われるチベット・イベント
ギリギリになってしまいましたが、もうすぐ行われるチベット・イベントです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『故郷チベットを見つめて ~日本在住ロディ・ギャツォさんの話~』

・日時: 5月14日(日) 午前10:15~12:30
・会場: 新宿歴史博物館 (講堂) 
     <新宿区三栄町22、四谷三丁目駅から8分>
・話者: ロディ・ギャツォさん (東チベット出身、埼玉県在住)
・会費: 1,000円 (チベット人無料、学生500円)
・主催: カワカブ会 (代表:小林尚礼 bakoyasi@gmail.com )

*案内チラシ http://www.k2.dion.ne.jp/~bako/LodiKouenkai.pdf
*facebookお知らせ: https://www.facebook.com/events/252118225255240/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『東京で感じる天空の聖地「チベット」」の日帰りツアー』

・日時 5月27日(土)
・講師 石濱裕美子
・主催 日経カルチャー
・ツァー内容

新宿駅集合 

ダライ・ラマ法王事務所で代表のお話をうかがい、チベットの基本的な知識をえる

大本山護国寺(江戸時代の美齢な十二神将が圧巻)で中村天風や大隈重信の墓参をし、講師よりこの二人にゆかりのチベット話を聞く。かつごダライ・ラマ法王がおくられた仏陀像を拝観

都内唯一のチベットレストラン「タシテレ」で昼食

河口慧海が住職をつとめた五百羅漢寺(羅漢さんは字圧巻)

河口慧海顕彰碑のたつ九品仏浄真寺(巨大な九体阿弥陀像で有名。慧海終焉の地の近郊)

新宿駅解散

※ お土産に拙著がつきます♥️

詳細はこちらから

[ TB*0 | CO*1 ] page top
Copyright © 白雪姫と七人の小坊主達. all rights reserved. ページの先頭へ