白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2015/02/22(日)   CATEGORY: 未分類
仏像が実はミイラだった!
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 東スポみたいな出だしですいません。中国から展示のためにはじめて海外にでた仏像がオランダでスキャンしてみたら、中にミイラが入っていたというお話。禅宗では瞑想(座禅)している時の姿は仏の姿そののままといって、有名な禅師のご遺体をそのままミイラ化するのは知られているが、まわりに金属をはって仏像風にしていたのが、なんかこうチベットと共通の文化なので、興味をもったのだ。

そう、チベットでもダライラマ、パンチェンラマクラスの高僧になると、ご遺体は内蔵を取り除いてミイラ化し、金箔をはって仏塔に納入する。この一見金銅仏じつはミイラのもともとの所蔵箇所がしりたい。中国政府承認サーチエンジン百度でひいてみたが、漢字がわからんとヒットしない。

では以下にニュースを和訳。

1000年前の仏像をCTスキャンしたら中にミイラが!
by Christopher Jobson 2015/2/21

11世紀か12世紀の仏像だと思われていたものが、最近それ以上のものであったことがわかった。
オランダのドレンツ美術館(Drents Museum)が゜MersfoortにあるMeander医療センターでCTスキャンと内視鏡検査を行ったところ、仏像内には中国の禅宗の一派のLiquanという禅師のミイラ化した遺体が内臓されていることがわかった。
 人体の一部が内臓されていることは知られていたが、スキャンによりさらに驚くべきことがわかった。
ミイラ化する前に内臓はまえもって取り除かれており、漢字経典の束もみつかった。Liquanのミイラはハンガリーに移送されハンガリー自然歴史美術館において2015年5月まで展示される。
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DATE: 2015/02/08(日)   CATEGORY: 未分類
博多でチベット話します
お知らせです。博多でチベットのお話します。無料ですので、チベット知らない方にも気軽にきて頂ければと思います。

   〔演題〕「チベットって、知っていますか」
   〔日時〕2015年3月21日(土) 13:00~
   〔場所〕福岡市市民福祉プラザ 視聴覚室(福岡県福岡市中央区荒戸3-3-39) 
   〔会費〕無料

Facebookのページは→ココ
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最寄り駅は唐人町。地図はコレ↓
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ゼミ卒業生が今二人、九州にいるので、もしかしたら会えるので楽しみ。

近況です。 風呂場の蛇口とシャワーの切り替えがうまくいかなくなったので、とりあえず電話するとすぐ来てくれるアクアナントカという会社にきてもらう。68000円くらいかけて総取っ替えをすすめてくる。 もう一つガス大×屋にかけると、そこは修理はやっておらず、やはり全取り替え対応のみ。

そこで、ネットで調べてみると、取り替えパーツはネットで取り寄せられて、安い所を極めたらtoto製品でも一万円以下で手に入る。工具もレンチくらいしか必要ないが、これもネットでとりよせられる。

ダンナ問題はとりつけ方だよ。パソコンの修理なんかだと、詳しく手順を写真入りで説明したサイトがたくさんあるけど、シャワー 取り替えでひいてもあまり情報がない。取り付けは業者にまかせるしかないなら、部品だけあってもねえ

ちょっとまて。グーグルにひっかからなくても、Youtube で動画解説されているかも。

 実は去年私が海外旅行から帰ってきた時、カートにかけた南京錠の鍵がどうしてもみつからなくて(後で見つかった・・・)、南京錠を工具でぶちきらなければ荷物はとりだせないかという時、ひらめいた。

 海外ドラマ、ホワイトカラーでは天才詐欺師のニールはどんな金庫でもあけていて、こんな原始的な鍵は、素人も数分のレクチャーで開けられるようになっていた。Youtubeにきっと解説があるはず、と探してみたら、あるわあるわ・・・。

 南京錠はクリップ伸ばしたようなはりがねが2本あれば何でも開くとな。で、それをみて技術移転をしたダンナはめでたく私のカートを開錠したのであった。みなさん、南京錠は、まったく盗難防止になりませんよ-。

 ちなみに、その動画には何度も何度も、これは盗難などに利用してはいけません。あくまでも鍵をなくした際に困った時のための知識です、と断られていた。ワロタ。この分だと、Youtubeの動画の中には犯罪技術に悪用されるようなものはたくさんあるであろう。

 でだ。今回もきっと蛇口とりかえの動画があるはずと思ったら、あったあった。サ×エイという会社が、実に細かく手順を説明する動画を流してくれている。レンチであける場合は
「何回回したか記録しておいて、締め直す時にはそれを一回少なく回すこと。もし回しすぎたら最初からやりなおし。」などそのアドバイスは細かい。これを見たダンナは早速とりかえパーツをネットで注文した。

 仮にこれがうまくいったら、部品と工具の実費だけで蛇口が治ることになる。ずべてこれ、一切智者グーグル様とユーチューブ様とアマゾン様のおかげである。

 昔は部品にいくらかかるのかわからなかったら、工事費こみで70000円近い金額を言われてもほいほい払っていた。それは特殊な部品をとりよせる知識がなく、選択肢が他になかったからである。しかし、今は部品の価格はわかるし、とりつけ方もネットでわかるので、自分でやることも可能となったわけ。

 しかし、こうやってみながDO it yourselfやりだしたら、金物屋と水道屋はあがったりではないか。Youtubeによる民業圧迫である(笑)。

私がその不安を口にすると

ダンナその心配はボクがちゃんと取り付けに成功してから言うんだね。結局できなくて継ぎ目からプシューとか水がふきでたら業者に頼むしかないんだから

 ごもっともです。 さあ、うまくいくか?
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DATE: 2015/02/02(月)   CATEGORY: 未分類
もはや耳タコプロパガンダ
 ダライラマが二月の第一週火曜日に「全米祈りの朝食会」(National Prayer Breakfast)に招待され、この公式の席でオバマ大統領とツーショットとなる可能性があることから、中国がまたまた過剰に反応している。アメリカ大統領と会うfのもきにいらないのだろうが、この会のテーマが、信教の自由であることも中国の痛いところ。今の中国は仏教であれ、キリスト教であれみな共産党の管理下におかれ、事実上逼塞しているから。ローマ法王は中国政府に対話を呼び掛けているけど、たぶん今の政府が続く以上形だけ以上の話し合いには応じないだろう。

 ちなみに、この朝食会は朝食会とはいっても実際は一連の会合であり、アメリカの連邦議会がホストとなり、1953年の初会以来歴代のアメリカ大統領を迎えて、1980年代からはワシントン・ヒルトンで開催されている。100以上の国からの招待客も含めて平均3500人が参加し、政治的、社会的、ビジネスエリートたちと関係を築くことを意図した公開討論会である。

日本人は「宗教」に対して否定的な向きが多い。ので今回の「イスラム国」の人質殺害事件などをみて、単純に「イスラムガー」、または「宗教ガー」または「一神教ガー」と単純に直結し、イスラムとか神とか、宗教と名のつくものを一括して嫌悪の対象とする人も一定数でてくるだろう。
 しかし、言うまでもないが、それは間違っている。

 なぜなら、聖書の教えを奉じて、アメリカの先住民を殺戮したスペイン人も、黒人を奴隷化したアメリカ人も、イスラームの名を騙って人質を殺したあの元ラップ歌手も、彼らはただの殺人者で、その宗教をハイジャックしたにすぎないからだ。その行為を彼らの神--あらゆる愛と善と智の源--はまったくお認めになっていないし、その宗教のあるべき道をたどっている兄弟姉妹たちも心底迷惑している。

 あなたが社会主義思想を奉じており、宗教がなくなればあのようなラップ歌手もいなくなると思い込んでいるなら、こう考えてみては。極左のテロリストが金持ちを誘拐して身代金を要求し、結局殺し「こいつはブルジョワで反動的だから殺した。ざまあみろ」みたいなことを言ったら、それ認められますか? そう、本来社会主義思想は分かち合いの思想でーとか思うでしょ? それと同じ。無神論といっても、よく考えて見れば、一神教、多神教と同じく、人の信仰のあり方の一つにすぎない。

本来、思想も宗教も、業の深い人間や人間社会を、赦しや利他や英知を通じて教育していくために生まれたもので、それを正しく実践する環境の中に身を置いている人の多くは、尊敬できる行動や発言をしている。世の中にいろいろな宗教があるのは道徳の伝達様式が土地によって様々だからであり、その意味では宗教を統一する必要もない。

 とこのようなカンジを共有する朝食会はレッテルからも解放された柔軟な思考に基づく非常に洗練された世界なのだが、この会議を非難する中国のセリフは、60年間変わることはない頭こっちこち耳タコプロパガンダなのであった。

 以下、ロイターとタイムズの記事を連続してはります。
オバマ、ダライラマ両者は2月5日の祈りのイベントに参加予定
By David Brunnstrom WASHINGTON Fri Jan 30, 2015 6:25pm EST ロイター通信

写真は2010年2月18日、バラク・オバマ大統領とヒラリー・クリントン国務長官との会見後、メディアの取材に答えるダライラマ。ワシントン

アメリカ大統領バラク・オバマとダライラマは次週ワシントンで開催される「全米祈りの朝食会」に参加する予定である。しかし、昨年北京を怒らせた非公式会合のようになるかどうかは不明である。

ホワイトハウスによると、オバマは信教の自由の重要性をうたう2月5日のイベントにおいて所感を述べること、そして、主催者はダライラマもまた招待していることを述べた。議会補佐官はチベットの精神的な指導者は出席を確約したと言った。

ダライラマとの非公式の会見予定があるのかと問われると、ホワイトハウスの報道官Bernadette Meehanは「オバマは過去にも会見を行っている。大統領はイベントで多くの宗教者たちとあうが、ダライラマのみとの会見はない。」

ホワイトハウスの副報道官Patrick Ventrell は「大統領はダライラマと強い関係を築いている。」「彼らは去年二月も含めて過去三度会見している。大統領はダライラマの教えと、チベット独自の宗教、文化、言語の伝統の保存を強く支持している。」と述べた。

ワシントンにある中国大使館の広報官に来週の計画についてのコメントを求めると、「チベット問題は中国の『国内』問題である」「ダライラマ14世は政治的な亡命者であり、いかなる国の指導者ともいかなる形でも彼と会見をもつことを中国は反対する」と答えた。

北京は「ダライラマを1959年の反乱に失敗した後にインドに逃げた『羊の衣をきた狼』であり、独立を実現するためには暴力的な手段も辞さない者である」という。
一方のダライラマは「ただチベットの実質的な自治をほっしているだけで、独立や暴力は認めてていない」と言う。

人権活動家たちは「1950年に人民解放軍がチベットを『平和的に解放し』て以来、中国はチベットの宗教の自由と文化を踏みにじっている」という。
 一方、中国はこの批判に対して「中国の支配はチベットの農奴制を終焉させ、後進的な貧しい地域に発展をもたらした」と反論する。

•中国はお約束通りオバマとダライラマの会見に強硬姿勢
Hannah Beech / Shanghai @hkbeech 3:03 AM ET TIMES

亡命中のチベットの精神的な指導者ダライラマが、全米祈りの朝食会においてオバマアメリカ大統領と合流するというニュースに中国は三日後に反応した。しかし、やっとでた北京の反応は楽しそうなものではなかった。

「チベット中国の不可分の一部である。」「ダライラマは1959年に中国領チベットから逃げたのは、この地域における農奴制を維持しようと試みて失敗したからである。農奴制の下でチベット人の大半は奴隷であって悲惨な人生を送っていた」

中国の公式見解はこう主張する。「チベット人は60年以上前に人民解放軍が進軍した前には僧侶の拳の下でぶるぶる震えていた。それからチベットの生活水準は上がり、今年中国政府は西蔵自治区で他の地域よりも12%高い成長率を見込んでいる。」

しかし、多くのチベット人は中国政府が組織的に彼らの信教の自由や文化の維持を抑圧していると非難している。チベット独立を要求しないばかりか、ただ土地の伝統が尊重されるようにといっただけでもダライラマの写真をもっている者は投獄される。

チベット僧は定期的に共産党が運営する愛国教育の授業の中で、ダライラマを非難するように強要される。亡命政府によると、これらのチベット人の絶望はあまりにも深いので、結果として130人以上の人々が2009年以来焼身抗議を行っている。抗議者は燃えながら、最後の息でダライラマを称え、中国の支配を非難している。

50年以上つづくダライラマをおとしめるプロパガンダは失敗している。チベットの指導者はいまなおチベット高原で広く尊敬されている。西蔵政府の官僚ですらそうなのである。中国国営メディアは「ダライラマの分離勢力に情報を流した」というかどで、昨年15人のチベット人官僚が規律違反で罰せられた。」と幹部の弾圧を報じている。

オバマはダライラマと過去三回会見しているが、常に非公式であった。全米祈りの朝食会は公式の席での二人の登場となるであろう。中国国営放送は「中国の副外相が北京のアメリカ外交官を召喚し、2月5日の件について公式に不快感を表明した。」と報道した。しかし、全米祈りの朝食会のニュースチベットに届くまで時間がかかるだろう。焼身抗議が増えてきたがゆえに、チベットの一部地域ではインターネットや電話回線は切断されているからである。


「全米祈りの朝食会においてダライラマとオバマは同席するもツーショットにならず」2015年2月5日 AP通信

オバマ大統領は火曜日にワシントンで開かれた注目の朝食会でダライラマを称えはしたものの、さらなる中国との関係悪化をさけて公式の会合は行われなかった。

火曜日の全米祈りの朝食会(National Prayer Breakfast)---宗教界・政界の指導者の集会--は3600アメリカ人と国際的な指導者と中国からの批判を引き出した。中国はダライラマを大チベット地域の自治を求めているが故に、"分裂主義者"とみなしている。ホテルの外にはチベット旗をふる数百人の抗議者が集まった。

オバマは3600人の聴衆の中でも演壇の前のテーブルにダライラマを座らせ、"良き友よ"と特別な歓迎の言葉を述べ、合掌してダライラマに頭をさげ、手を振り、笑顔を向けた。

大統領は仏教の精神的な指導者を"慈悲を実習するための手段が何であるかの力強い実例"と呼んだ。

大統領とチベット仏教の指導者が同じ公式イベントに出席するのはこれが初めてのことだ。中国はダライラマは大チベット地域の自治を求めているが故にダライラマと外国首脳が会合することに反対をしている。オバマは過去三回ダライラマとあっているが、この敏感な状況をうけていずれも私的な会合にとどめている。

ホワイトハウスがダライラマを支持していることを表明して、ダライラマはオバマの側近中の側近Valerie Jarrettのテーブルにつき、ダライラマの友人にして支援者の俳優のリチャードギアも近い席となっていた。

大統領はダライラマと直接の交流はもたないまま、祈りの朝食会の席を離れた。大統領の車列は、警戒下でチベット旗をふり、太鼓をたたく数百人のデモ隊の前を急いで通り過ぎた。

ダライラマはワシントン訪問を三日できりあげ、木曜日には仏教徒とムスリムの平和的共存のための対話においてスピーチをする予定だ。著名なアメリカのムスリムであり、イラクの最も著名なシーア派の聖職者・大アヤトラ Ali al-Sistaniが対話相手に予定されている。

中国はオバマとダライラマの三回にわたる会合は問題の敏感さから取材を許さなかった。しかし、ジョージ・ブッシュ大統領は2007年にアメリカの国家議事堂でダライラマにゴールド・メダルを授与した際には、怒れる中国を無視した。

中国はふたたびいかなる国の元首であろうとダライラマとの会合には反対すると警告した。ダライラマは1959年に中国に対して蜂起したものの失敗し、後インドに亡命した者で、それは中国の国内問題だからだとのことである。



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DATE: 2015/01/25(日)   CATEGORY: 未分類
能海寛研究会に行ってきた
 能海寛は島根の浄蓮寺(浄土真宗)に生を受け、1891年(明治24)に哲学館 (現在の東洋大学) に入学し、ここで井上円了から哲学を、イギリスのオックスフォード大学に留学した南条文雄から近代的な仏教学を学んだ。そして、世界には様々なタイプの仏教があること、ヨーロッパでは仏教が思想として高く評価されていることを知る。

 世界では仏教ブームが起きていたのに、日本仏教は惨憺たる状況であった。
 廃仏毀釈によりお寺は既得権を奪われ、仏像が道路に野積みされるレベルで荒廃していた。これらの仏像がアメリカやフランスに流出してボストン美術館やギメ美術館に収蔵されていったことはよく知られている。このように仏教が衰運のど真ん中にあって、寺の跡継ぎとなった能海寛の悩みは深刻だった。そこで彼は日本仏教をグローバル化し世界にうってでる一発逆転ホームランをねらうのである。

 能海は、大乗仏教・小乗仏教の区別のない、宗派の別もない、ビルマ・タイ・中国・朝鮮・日本などと国別の仏教でもない、それらを統合した思想としての仏教を日本でたちあげ、それを海外で布教しよう、と決意した。その準備としてチベットに潜入してチベット仏教の大蔵経を求める必要が生じたのである。
 しかし、1901年、雲南から鎖国中のチベットに潜入しようとした能海は行方をたち今に至るまで帰ってきてない。1903年頃、道中のトラブルで殺されたのではないかと言われている。

 能海と同時代の哲学館にはあの河口慧海も学んでいた。こちらもやはり既成の仏教教団のあり方、人々を痛烈に批判したものの、1901年にチベット潜入に成功し、帰国後新聞に旅行記を掲載したことによって一躍有名となり、明治の日本にチベット・ブームを巻き起した。20世紀初頭、チベットには多田等観、青木文教、寺本婉雅なども入ったが、中でも河口慧海が一番有名なのは、一番にラサに辿り着いたということと、旅行記がヒットしたことが大きい。
 生きて帰り、記録を残すということは重要である。そのいずれも行わなかった能海寛は長く忘れられていたが、郷里の人は違った。隅田正三氏は40年以上前から能海に興味をもち、能海寛研究会を立ち上げ、また、講演や執筆を通じて能海寛を顕彰し続けてきた。

 「能海寛研究会」は二ヶ月に1回のペースで学習会を行っている。普段は能海の生地の島根県を中心に活動しているのだが、第119回目となる今回は、6年ぶりくらいに東京で行われるとのことで、昨年末出雲で会長先生自らお誘い下さったので、会場となる東洋大学の井上円了研究センター訪問とかが楽しそうだったので行ってみることとした。

 東洋大学は言うまでもなく能海寛の母校である哲学館の後身である。同大8号館前にて集合し、井上円了の研究者三浦節夫先生のご案内で井上円了研究センターと井上円了記念博物館を訪問する。井上円了の自筆原稿などがおいてあったが、多くは哲学堂においてあり、それらの大半は戦後散逸してまったので、古書店などから買い戻しているという。

 私が井上円了の揮毫した書とかはあるのですか?と伺うと、「日本中を講演して寄付を集めていたので、全国あちこちに井上先生の書はあり,今もそれを寄付してくれるかたがあとをたちません。つい先ほどもそのような方がいらっしゃってました」とのこと。

 博物館の入り口には井上円了が尊崇した四聖(ソクラテス・カント・仏陀・孔子)が祀られている。三浦先生曰く、この古今東西クロスオーバーの人選が示すように、彼はお寺に生まれたから仏教を信じるのではなく、仏教の教えが真理であるから仏教を尊んでいたとのこと。

 さて今回の学習会の内容はこんなカンジでした。

 第119回定例学習会 : 2015年1月10日
14:00 -14:30 開会式・プレゼン「能海学」への招待
「研究会20年の歩み」

14:30-17:00 研究発表
 (1) 岡崎秀紀「最近の研究から」
 (2) 中村保「最近のチベット情勢」
 (3) 飯塚勝重「能海寛と新仏教徒論 渡清日記に見る」
 (4) 盛田武士「四番目の入蔵者 矢島保次郎」
(5) 江本嘉伸「能海寛との関わり」
 (6) 三浦節夫「井上円了と能海寛の師弟関係」

 「20年のあゆみ」によると、能海関連資料の大量発見は過去2回あり、昭和61年(1986)8月31日に上海から800点、平成8年(1996)11月10日に能海の生家浄蓮寺書庫から2000点余りである。これらの資料は同会の隅田正三さんが整理・管理されているとのこと。また、同会は平成22年(2010)に『能海寛著作集』全15巻(USS出版)を発刊し、これにも同氏が解説を付している(早稲田大学図書館に入ってなかったので購入希望申請をしたら一昨日受理された)。1996年創刊の機関誌は『石峯』。
 次に会長の岡崎さんの話。1889年にスリランカ独立の父ダルマパーラが訪日した際、能海とあっていて、ダルマパーラの日記の1890年(明治23) 3月5日の条に能海の名前が確認できたとのこと。また、日本初の英字仏教雑誌The Bijou of Asia(1888-1899)と、1989年10月11日にダルマパーラが発刊した雑誌The Buddhist の第一巻の冒頭には同じ表現が見いだせると。
 ラフカディオハーン(アイルランド人の父とギリシア人の母)よりも20年前に日本にきて日本の修験道や天台で修行をしたチャールズ・フォンデュス(Charles James William Pfoundes ;1840–1907)というアイルランド人について研究し学会にも参加されてきたと。

 そこで家に帰ってチャールズ・フォンデュスで検索してみたら、去年の暮れに、「西洋人初の仏教徒 チャールズ・フォンデュス」という記事がアイリッシュ・タイムズに掲載されていた。 コレ↓

チャールズ・フォンデュスが最初に仏教を西洋にもたらした (『アイリッシュ・タイムズ』2014年12月15日)

アイルランドと日本の研究者の最近の研究によって明かになったことによると、1889年に西洋へ最初にやってきた仏教伝道団は、アイルランド人のチャールズ・フォンデュスによって率いられていたようだ。これまではそれは1899年にカリフォルニアにおくられた仏教伝道団が最初のものだと信じられていた。

 仏教は道徳と瞑想を涵養し修習することにより、個人の精神性を向上させ、覚りを得ることを目標としている。ゴータマ・シッタルダ、すなわち仏様は現在のネパールに2500年以上前に生まれた。

 チャールズ・ジェームズ・ウィリアム・フォンデュスは1840年にウォーターフィールドの近郊に生を受けた。最初期のアイルランド人の日本研究家であると信じられてきた。彼の日本の関する研究はラフカディオ・ハーンよりも20年も遡るものである。
Maynooth大学のローレンス・コックス博士、UCCのブライアン・ボッキング教授、国立舞鶴工業高等専門学校の吉永進一教授は1889年、フォンデュスが日本仏教普及協会(Japanese Buddhist Propagation Society)のロンドン代表になっていたことを発見した。
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フォンデュスは14才でオーストラリアへ移住し、広く旅をしながら日本に辿り着いた。彼は日本の風習や文化に魅入られ、すぐに日本語に堪能となり、名前も日本語のすスペルを反映したPoudsに改名した。.
1879年から1893年にかけて彼はロンドンに居住し、その後日本に戻り、1907年の12月2日に神戸でなくなった。今日、吉永教授とコックス博士は神戸外人墓地に埋葬されているフォンデュスの墓参りを行うという。


記事のソース→ここ

記事の内容は以上であるが、記事の写真はチベット僧が砂マンダラを作っているものである(笑)。これは最初に西洋に仏教を組織的に伝えたのは日本であったろうが、今や西洋で仏教と言えばチベット仏教になっちゃったことを示している。アメリカ西海岸の仏教も最初は日本禅が流行していたが、今はチベット仏教だし。

 フォンデュスの同時代の能海寛もチベットに向かおうとしていたわけだから、考えようによっては、国際的に通用する仏教を提唱するにはやはり日本仏教では力不足で、チベット仏教の方に軍配があがろう。思想は論理的で難民となっても僧院生活を維持し続け、その伝統の力から発信しているのだから、チベット仏教は底力があるのだ。
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DATE: 2014/12/29(月)   CATEGORY: 未分類
チベット・オタクから見た2014年の世界
△無理が通れば道理ひっこむ

 例年、この時期チベット関連五大ニュースを発表しているのだが、今年はチベットをとりまく世界情勢をまず概観したい。

 1959年にチベットが中国に占領されて国として消滅して以来、チベット人は非暴力と許しをもって中国の心を変えようと努力しつづけきた。非暴力運動による独裁政府の転覆自体は世界の趨勢となり、1989年のポーランドの普通選挙実現、ベルリンの壁崩壊、ハンガリーの民主化、ビロード革命など東ヨーロッパの北部では無血の体制転換が実現した。いずれも市民の体をはった非暴力デモがきっかけである。一方、ルーマニア、旧ユーゴスラビアでは血が流れ、中国に至っては天安門事件で大流血したあげく、一党独裁体制すら変わらないまま今年で25年である(笑)。

 あの魔法がかかったような1989年、ノーベル平和賞の受賞者はダライラマ14世であった。

 天安門事件に激怒した国際社会は、非暴力をもって中国と気高く闘ってきたダライラマ14世を顕彰することによって、国民を虐げないように警告したのである。この年を境にダライラマ14世の認知度は世界レベルとなり、ダライラマは世界中で尊ばれるようになった。しかし、そのような時代は長くは続かなかった。1997年に中国はWTOに加盟し、世界市場に参入した経済力を武器に、自らの体制に批判的な言動を封じ始めたからである。

 2008年に中国の民主化をとなえる劉暁波氏が08憲章をリリースすると、投獄され、氏がノーベル平和賞を受賞すると、中国はノルウェーサーモンを禁輸し、倉庫で腐らせるままにした。2年前中国がフィリピンと領海を争った時はフィリピンバナナが大量に倉庫で腐った。ゲッティンゲン大学は「ダライラマ効果」という報告書で「ある国の国家元首がダライラマと会見すると、その国の対中輸出は必ず減少し平均二年続く」という研究を行っている。

 このような中国による地道なイヤガラセが功を奏して、近年はダライラマ法王との面会を避ける国家元首が増えてきた。現実を前にして理想が敗北しているのである。

 つい最近では、ノーベル平和賞サミットでローマを訪れたダライラマ14世は、ローマ教皇に面会を断られた。フランシスコ法王は国交のない中国政府に対話を呼び掛けているからだと解釈する向きがあるが、これまで中国政府は対話するするといいつつ、対話の席では自己の主張を述べるだけということを繰り返してきたので、ローマ法王がそれを知らないはずはない。おそらくフランシスコ法王は対話よりも中国国内のカトリック教徒がイヤガラセで弾圧されるのを恐れたのだろう。

 まあ早い話、中国は経済力と軍事力と国際法無視の不条理さによって、〔事なかれで〕穏健な国際社会を黙らせつつあったのである。

 今年、キッシンジャーが世にだした『世界秩序』(world order)の中で「東アジアはナショナリズムで頭に血が上っていて、民主主義とか西側の理想を根付かせるのはムリ。もう東アジアはほっとけ」というようなことをいったのは象徴的である (この本は中国の方々に大変評判がよいとのことである)。

 中国とは関係ないが、ロシアがクリミアとウクライナ東部を力で編入したのも同じ流れである。思えばロシアのこのような行動は、2008年の北京オリンピックの開会式に行われたグルジア侵攻から始まっている(今もグルジアは国土の一部をロシアに占領されたまま)。我々が異常と思ってきたことが、常態化しそうなイヤな気配が漂う今日この頃である。

△隣国のリアクション

 中国のこのような行動は直接間接に隣接する国々に脅威を感じさせ、香港、ベトナム、日本、台湾では以下のようなリアクションが始まった。日付順に並べる。
 
(1)台湾のひまわり学生運動 
  3月18日~4月10日 馬英九政権が中国政府との間に「サービス貿易協定」を結ぼうとしたため、これに反対する学生が、立法院議場を占拠。その時差し入れられたヒマワリの花(太陽花)が運動の象徴に。政権は学生に譲歩し、馬英九率いる国民党は統一選挙で大敗。

(2) ベトナムで反中デモ
   5月13日~15日 南シナ海で中国の石油会社が違法な掘削リグを設置し、それを阻止しようとするベトナムの巡視船と衝突。ベトナムは国際社会に法に則って中国の不法を訴えつつも、このデモは暴徒化し中国人を中心に16人が死亡。

(3)香港雨傘革命  
7月~12月12日 7月1日に香港返還20周年を記念して返還以来最大の50万人デモがおきた。その後、民主的な選挙の導入を求める学生たちが、香港の金融街など数カ所を占拠して行政機能を麻痺させた。当局の催涙弾や唐辛子スプレーに雨傘で防戦したため雨傘が運動(中国政府にとっては取り締まり)の象徴に。香港政府は一切譲歩せず、12月、金鐘にあった最大拠点が強制排除されたのを受け、学生2団体は撤退を決定。これは暗いニュース。

(4) 日本は集団的自衛権を閣議決定
  7月1日安倍内閣は集団的自衛権を閣議決定。12月の衆院選挙で自民党圧勝。しかし、共産党が躍進し、極右の次世代の党が壊滅したので、右傾化したとは言えない。

 つまり、今年は中国とロシアの「力による現状変更」が一線を越えたため、周辺の国々で具体的なカウンターアクションが始まった年ともいえる。

 一つ明るい話しをすれば、香港の学生を制圧するために、一応中国は銃はうたなかったので、天安門に多少は学んでいるのだろう。あと、ロシアもクリミア東部を編入する際、覆面の男たちを使い、彼らがロシア軍属であることをかくしていたので、少なくとも威張ってやっていいこととは思っていないところに、わずかながらの良心を感じた。わずかだけど。

  そして、忘れてはならないのは『朝日新聞』の凋落。朝日新聞といえば、かの文化大革命の際に中国政府の言うことをそのまま日本に流し、唯一北京から支局が追放にならなかった外国メディアである。1989年のダライラマのノーベル平和賞受賞の際に社説で「中国を怒らせるなら平和賞の名にふさわしくない」と水を差したのも朝日である。つまり、朝日はずっと中国に配慮した記事に終始していたが、最近は2010年に劉 暁波さんがノーベル平和賞とった際には、劉さんの側に全面的に立ち中国政府を批判するなど 随分中国政府に辛口になっていた (ダライラマの場合と状況は同じなのに社説の内容が変わった。ちなみに中国政府のコメントは25年たってもまったく同じ 笑)。
   
私は朝日新聞をたたく気は毛頭ない。もう社会的な制裁は受けているし、権力は監視した方がいいし、水に落ちた犬を叩くみたいなこともしたくないから。でも一言言いたい。

  文化大革命の時、市民がリンチで次々殺されていた時、あなたたちはそれを報道せずに、エドガー・スノーの毛沢東会見記とかを詳細にのせて彼の偶像化に貢献していましたよね。あの時、あなたたちは中国という権力を監視していましたか? チベットにいってチベット人達のナマの声を取材していましたか?

 チベット報道は吉田証言を裏を取らずに使った誤報問題と同根なのである。『朝日新聞』の偉い人たちは自らの主張を読者にすりこむことを優先し、都合の悪い事実は見ないようにした。 今からでもいいから、チベット問題をとりあげてください、心からお願いします。
 
  △年末におきた変調

 とこのように、中国とロシアのゴリおし振りが際立つここ数年であるが、この年末にきて少し情勢が変わりつつある。シェールガスなどにより原油がだぶついて、原油価格がさがったため、12月16日、資源輸出国のロシア通貨が二割暴落。最安値を記録。

 また、フランシスコ教皇が仲介して、12月18日、アメリカ、キューバが国交回復。これはロシアにとって寝耳に水であった。ヨハネ・パウロ二世が1991年のソ連の崩壊に力があったことは有名だが、フランシスコ教皇は先々代のようなイニシアチブを発揮するのか? 中国との実質的な対話を行えるのか? などなど来年どうなるのか世界情勢は予断を許さない。

 ちなみに、中国の経済成長は鈍化を続けており、ナショナリズムを利用して国内をまとめる手法も頭のいい人たちからそろそろ見抜かれはじめている。中国もロシアも25年前とは違う。「未来を考えて体を張った」香港や台湾の若い中国人たちは従来の中国人のイメージ「自分の利益につながることにしか興味ない」を打ち破った。

 来年は、どんなことが起きるのだろう。私は歴史家なので未来は予言しないが、いろいろな未来を思い描いている。願わくば、圧政や紛争で苦しむ人が一人でも少なくなる明日がきてほしい。

 最期に、日本のチベット関連のニュースを日付順に

 4月 ギュメ元管長ガワン先生の生まれ変わりテンジン・ロプサンが正式に即位
 4月 高野山でダライラマ法王胎蔵界灌頂
 5月 ゴマン・ハウス、オープン
 6月 法王代表事務所の代表がラクパさんからルントクさんへ
 10月 ゴマン学堂のゲン・ロサン先生がギュメ大僧院の副館長(ラマ・ウムゼ)に就任。いずれ管長になることが確定。

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