白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2016/07/24(日)   CATEGORY: 未分類
「祈りの2400km」でトークします!
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 渋谷のイメージフォーラムで。チベットの巡礼をテーマにした映画「ラサへの歩き方 祈りの2400km」が封切られる(公式サイト)。

 この映画では、チベット仏教における最高の礼拝様式、「五体投地」による巡礼をテーマにしている。
 五体投地とは、合掌した手を頭上心臓の3カ所にあてたのち、体を地面になげだし、再び立ち上がり、体の長さだけすすんで、また同じことを繰り返す礼である。この礼拝の仕方では一回の礼拝で身長の長さしかすすまない。しかも、空気のうすいチベット高原でこの礼拝を行うのは平地で行う以上の重労働である。それでもチベット人は朝夕、お寺や仏塔のまわりをこの五体投地でまわり、ある場合にはこの五体投地礼で何百キロも先の聖地をめざmap.jpg
したりする。
 この映画は、東チベットのマルカムの村人が中央チベットのラサを拝み、その後さらに西のカイラスまで五体投地礼で2400kmを踏破する巡礼の旅をドキュメンタリータッチで描いている。

 村人が巡礼を思い立つ動機、巡礼の準備、集団巡礼の開始、野営、旅のトラブル、 88カ所巡礼の「お接待」を思わせる道中でのチベット人同志の助け合い、情報交換、など、実際に巡礼を行っている人々がとおりぬける様々な情景がうまくつなぎあわされており、それがチベットの雄大な自然を背景としているため映像人類学の記録を見ているようである。
 もちろん中国映画であるから、ラサのポタラ宮の前でチベット人たちが感動のあまり呆然としていても、そこがダライ・ラマの宮殿だからとかいう解説はつかないし、海外にみせるためか巡礼団の新生児が紙おむつていたりとか、微妙な部分もあるのだけど、全体としてはチベット人の視点からそしてチベット人の文脈で「巡礼」をとらえている。

 キリスト教のサンチアゴ巡礼であれ、カイラス巡礼であれ、徒歩の巡礼を行う人たちの体験は万国共通である。それはどんなにゆっくりとしたペースであっても目的地にむかって意思をもって毎日進めば、どんなに時間がかかろうともかならずめざす地にたどりつくということである。そしてかりに途中で死んだとしても、それは巡礼にでなかった人よりも百万倍も善い死に方とされている。

 なぜかといえば、そもそも我々の人生もこの巡礼のようなものだからだ。毎日行う少しずつの積み重ねが我々を良い方にも悪い方にも形作っていく。しかし、良い方に向かって進み出していれば、たとえそれが道半ばで終わったとしても、良い方向へ勢いのついた心のベクトルは必ず来世においてもよい方へいこうとする。
 巡礼とは少しずつでも自分を向上させていけば、あそこまではむりと思ったような遠いあこがれの目的地にも、いつかはつける自信をつけてくれる旅なのである。

「幸福とは、あなたの思考と言葉と行動の三つが調和している時。」マハートマ・ガンディー
Happiness is when what you think, what you say, and what you do are in harmony.
 
 で、突然、現実に引き戻して恐縮なのですが、映画のトークイベントにでます。8月3日の最終回(18:30〜) の上映終了後、チベット人視点からみた聖地としてのラサやカイラスについて語ります。もし映画にいってもいいよ、という方はぜひ8月3日の最終回トークのある日におこしください。

『ラサへの歩き方〜祈りの2400km』
◆7月23日〜、シアター・イメージフォーラムでの上映時間
 連日: 10:50 13:20 16:00 18:30


◆上映後トークイベント
7月26日(火)18:30の回 辻信一さん(文化人類学者・明治学院大学国際学部教授)
7月27日(水)18:30の回 ロディ・ギャツォさん(在日チベット人/『ラサへの歩き方〜』字幕監修協力)
7月30日(土)16:00の回 星泉さん(東京外語大学教授/『ラサへの歩き方〜』字幕監修)
7月31日(日)16:00の回 池谷薫さん(映画監督『ルンタ』)
8月3日(水)18:30の回 石濱裕美子さん(早稲田大学教授)
8月11日(木・祝)13:20の回 渡辺一枝さん(作家)
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DATE: 2016/07/03(日)   CATEGORY: 未分類
歴史的な灌頂の募集始まる
 7月2日、ホテル・オークラで恒例のダライ・ラマ法王の誕生会が行われた。今回は亡命政府の内務大臣ソナム・トプギャル(1954-)氏が、来賓として来日した。

 乾杯の発声はその年ダライ・ラマ法王をお招きする方が務めることがなんとなく決まっているのだが、今年は清風学園の平岡校長がその役にあたった。11月にダライ・ラマ法王は清風学園において秘密集会の灌頂会を行われるからである。フライヤーは↓クリックすると大きくなります。

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 秘密集会タントラはダライ・ラマの属する宗派において最も広く研究・修行されているタントラ(密教経典)で、平岡校長は20代の頃ギュメ大僧院に留学してこの秘密集会タントラを学んで以来、ずっとこのタントラの研究と行を続けている。

 私が平岡先生に「せっかくですから、先生の修行のこととかお話しては」と耳打ちすると
 平岡校長「〔法王のお誕生日なのに〕あまり自分のことは話すのはね。それにマニアックすぎてみんな引くでしょう
 私「みなが引くか引かないかではなく、私が聞きたいんです」(強引 笑)
 そして、内務大臣のお話のあと、先生が演壇に立たれた。

平岡宏一(清風学園校長)スピーチ
 今日はどうしてもお話しさせて戴きたいことがあります。私たちは「秘密集会灌頂実行委員会」をつくりまして、11月11日から13日に清風学園講堂で、ダライ・ラマ法王を導師にお迎えして秘密集会の灌頂をやらせて戴く事になりました。実行委員長は弘法大師がお生まれになったお寺、大本山善通寺の宗務総長の菅智潤師です。 ここにいらっしゃるほんどの方は関係ないかもしれないですが、私のこの話を聞いたことでご縁ができる人がいるのでないかと思い、少しだけ私のお話をさせていただきます。

 私は今回の灌頂を単なるイベントに終わらせることはあってはならないと考えています。

 少しだけ私の話をさせていただきます。私たちの学校の理事長の平岡英信、私の父ですが、1985年から当時経済的に苦しい状態にあった密教の学問寺ギュメの応援をさせていただきました。このお寺の由来を話しましょう。〔ダライ・ラマの宗派の宗祖〕ツォンカパがなくなる前年に、弟子たちを前にして、自分がずっと修行してきた密教である秘密集会タントラの本を手にし、「このタントラの伝統をつぐものはだれかいないか」と呼びかけました。
 その時に〔後にツォンカパの二大弟子と呼ばれる高弟の〕ケドゥプ・ジェもゲルツァプ・ジェもどちらも手をあげませんでしたが、若いシェーラプセンゲが三礼をして、「継ぎたい」といったので、ツォンカパはとても喜ばれて、自分のもつ秘密集会の伝統を、この若いシェーラプセンゲにあたえました。彼が秘密集会の伝統をつぐために作ったお寺がギュメです。

 私はこのお寺に1988年から1989年の二年間留学させて戴いて、そのお寺の再興をお手伝いした功徳で、当代第一の秘密集会の行者にして学者のガンデン大僧院のロプサン・ガワン先生について131日かけて秘密集会を勉強させていただきました。ロプサン・ガワン先生は後に99代のギュメの管長になられました。2005年にガワン先生に大阪で秘密集会の灌頂を主宰していただきますが、その年〔ダライ・ラマ〕法王様に謁見させていただいた時、「お前、秘密集会の勉強もいいが、行(成就法)もちゃんとやりなさい」とおっしゃられたので、毎朝の成就法を始めました。以来2005年の5月9日から今日にいたるまで一日も欠かさず、秘密集会の成就法を続けてまいりました。その間、〔2008年には〕ガワン先生はなくなってしまいましたが、それから法王様に謁見の機会を戴くたびに一年の間に行をやっている間で疑問に思った点、たとえば〔成就法の〕最後ヨガシュド〜ハムというマントラの後に仏様を体にしみこませる際、「仏様をしみこますのは、行者の胸の奥底なのか、皮膚なのか」などの細かい質問をさせて戴くことを続けて参りました(おお、いい感じにマニアックだ!)。

 〔また、毎年欠かさずギュメ寺に詣でておりますが〕昨年、ギュメ寺に行った時に、一般の大衆に対する教化がはじまっていることを感じました。これはどういうことかと申しますと、密教の伝統はお坊さんが継いできましたが、それがどこかで途切れるのではないか、という危機感をもち始めているからなのです。ギュメで修行しているゲシェ(博士)がこうおっしゃいました。「今は〔ギュメに〕たくさんのお坊さんがいる。でも30年後、40年後これだけの数の僧侶がいるかどうかはわからない」そういう風な危機感をもっていらっしゃるんですね。だから一般の人にも密教の伝統を伝え始めたのです。

 この秘密集会は密教の奥義です。〔チベット仏教がこのように危急存亡の折〕インドからチベットに伝わってきたこのタントラを日本の人々に伝えたいのです。私一人が学んでいても。私が死んだら終わりです。「あの人は特別変わったシュミをもっていた」で終わりです。法王がアメリカでカーラチャクラ(時輪)・タントラの灌頂を授けられた時にこうおっしゃっていました。自分は仏教の伝統を受け継いでいかねばならないからカーラチャクラの灌頂を授けるけど(カーラチャクラ・タントラは仏教存亡の折に一人でも多くの人に仏縁を結ばせるために行われている)、自分の行の中心は秘密集会タントラだ。」
 秘密集会タントラは法王様の密教の奥義なのです。この秘密集会の行をはじめるためには秘密集会の灌頂を必ず受けねばなりません(灌頂とは修行の許可のための儀式)。
 法王様がこの秘密集会の灌頂をインド以外で行うのは実はこれが初めてのことです。〔法王様が平岡家の要請を受けた背景には〕「もともと日本には仏教の伝統があるし、秘密集会が根ざす可能性がある」とお考えになっているのではないかと思います。

 「千人も集めてどうするのか」とおっしゃるかもわかりませんが、千人くらい受けないとその中から秘密集会を受け継いでくれる方もでないと思うんですね。10人や20人ならいなくなってしまう可能性もありますが、千人うければ必ずその中から修行し、秘密集会の伝統を受け継ぐ人間がでてくると思います。そしたら法王様がずっとまもってきた密教の真髄を日本に根付かせることができます。日本にはずっと真言宗や天台宗の密教の伝統がありますから、その密教の伝統にとっても、失礼な言い方ですが、さらに息を吹き返させるようなそういう動きになると思います。
 インド以外の外国で行われる、法王様81歳になられての灌頂です。これはたった一回、最初で最後のチャンスになることでしょう。是非ご縁のある方はこの灌頂に参加して戴ければと思います。

 すみません。個人的な話ばかりさせていただいて。それでは乾杯にうつりたいと思います。

 法王様が一日でも長生きされることは世界に一日でも長く仏教が止まることです。ダライラマ法王はチベット人であるけどチベット人ではありません。我々仏教徒の宝だと思っていますので、この法王様の法が一日でも長くこの世に止まりますように。そして我々がそれを応援できますように。そして法王様の一日でも長いご長寿を祈念致しまして、杯をあげさせていただきます。 乾杯!


 というわけで、清風学園でダライ・ラマ法王主催の歴史的な秘密集会の灌頂が行われます。無上ヨーガタントラ、父タントラで法王様が毎日修行されている法です。20年秘密集会を学び行じて内容に通達した平岡先生が通訳を行い、会場は清風です。こんな縁起がととのった灌頂は、もう二度とないでしょう。
 私は二年前から予約リストに連なっております(笑)。

こちらのサイトから予約ができます。
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DATE: 2016/06/27(月)   CATEGORY: 未分類
自分は何のコレクションも残せんことに気付く
25日は片山章雄先生が「マンネルヘイムのアジア旅行」に関する著作類を学内展示するというので、東海大学湘南キャンパスにいく。「東海」「湘南」という言葉から海でも見えるかと思いきやキャンパスから海は見えず、しかし、富士山がかなり近いところにみえる。

 展示はすべて片山先生の「私物」で、マンネルヘイムの日記もスエーデン語版・フィンランド語版・英語版の新旧版が全部揃って展示されている。片山センセは古本収集家なので、本にかける思いがアツイ。私より上の世代の東洋史学者はサザビーズで古地図や古物を購入したりする人などがわりといたが、片山先生もそのタイプである。
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 片山センセ「この本はね。古本だと一万円くらいだけど、箱にはいって、紙カバーがついて、美本であると百万するんですよ。大学の図書館に買わせましたよ」とか「〜は娘の学費より高くて、持ち主の教授が退官する際に、ファミレスで取引したんですよ」とか「〜堂のオヤジは私の顔をみると『今夜は飲みに行くので遅くなる』と家に電話をいれるんですよ。」とマニアな話が繰り広げられる。

 私は自慢じゃないけど史料はすべてリプリントかpdfでしかもっておらず、かつ、必要に迫られて古本を買うときでも底値のものをかう。なぜなら我が家にくると同時に私と愛鳥と愛猫に破壊されるため、美本を買っても意味がないからである。箱なんてついた初日に踏み壊す。

 片山センセ「大谷探検隊の隊員である、藤井宣正は、エドワード七世の即位式とお葬式の時両方ロンドンにいたんですよ。だから当時の空気をしるために、これを買ったんです」とエドワード七世の即位や葬儀の当時のポスターをみせてくださった。当初1902年に6/12に戴冠式が挙行されるはずが盲腸になって八月にのびたので、古い方の日付の部分が飾り模様で消されていることなどを解説してくださる。

 私は「早稲田のY先生は今在外研究期間でロンドンにいて、イギリスのEU離脱を目の当たりにしましたが、隔世の感がありますねえ」としょうもないコメントをする。

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 翌26日はゲン・ゲレク先生がインドにお帰りになる前の最後の東京法話ということで、ゴマンハウスをWくんとともに訪れる。法話のテーマは、14世紀の前半に活躍したカダム派のトクメ・サンポという人の書いた精神の修養法に関するテクストである。

 簡単にいうと、「悪いことを習慣化してはならない」。中毒化して自分の意志ではやめられなくなる。そして、悪い行いを習慣化しないためには、自分の心を客観的に監視し、悪徳のもたらすものについて常に思考せよ、悪が習慣化しないうちにとめなさい、習慣化したらもうとめられません、という話。非常に有り難く、家に帰ってダンナに読み聞かせた。

先生は最後にこのように結ばれた。
 今日は日曜日です。お休みの日に楽しいことがたくさんあるのに遊びにいかず、仏教の勉強しにこられてとても有り難いことです。みなさんのおかげでこのテクストを紹介することができました。私はこのテクストを法王から伝授されているので、全部でられた方には全部の、一回の人には一回その伝統につらなったことになります。この伝統は著者である菩薩トクメサンポから続くものです。
 あなたがたが、可能であれば今生でなく来世もこの教えのように菩薩行を実践できますように。それができなくとも少なくとも今生でこのテクストの内容を活用できますように祈願します。

 法王は何度も日本にいらして、日本において説法しているのは、日本において仏教の哲学と実践(顕密)の教えを学ばれることが重要だと思っているからです。日本は生活環境がよく、人々は衣食に困っていないし、社会も安定しています。仏教を学ぶだけの条件がととのっているのです。チベット人は亡命社会にいるので、その両方がありません。今チベット本土でもふたたび、セタのラルンガロ僧院が破壊されるという告知がされています。つい最近まで文革があって仏教を学ぶことも困難な状況でした。
 なので、仏教を学ぶ環境がある日本において仏教の教えがきちんと残ることは意味のあることです。日本人が是非仏教の教えを学んで欲しいと法王も我々も考えています。
 また日本にくる機会もありますし、また来たいと思っています。
 現在、アメリカでチベット語の大蔵経を英語に翻訳する計画が進行しています。これはアメリカ人にチベット仏教徒にするためではありません。チベット仏教をになってきたチベット語危うい状況にあり、本土も漢人社会が優勢となりチベット語をまもっていける状況ではないため、仏教を後世に残すために行っているのです。
 まだ仏教のテクストがナーランダーの解釈にそって正しく理解できる人々が存命の間に他の言語にうつしておけば、20年30年後、チベット語が今のままとは言えない状況になった時にも仏教が存続することができます。
 仏教は民族とか言語をこえて内容が伝わることが重要なのです。


 法話の間中、ゲン・ゲレクはiPadにはいった仏典を参照したりしていた。Nくんによると今デプン大僧院の僧侶はみなiPadで仏典を読んでいるそうで、「内容がわかれば媒体は紙媒体でなくてもいい」という感じなのだという。

 そういえば私が所有しているチベット語の史料やテクストはみな新装本か写本だったらpdfでまったく現物志向ではない。私も知らず知らずのうちに内容さえ分かれば、コピーでも電子情報でも媒体はどうでもいいという姿勢で研究していたんだなあと改めて思う。片山センセは20世紀初頭の探検家関連のコレクションを残せるが、私はチベットに関して何のコレクションも形成してこなかった。
以下に「菩薩行の37の実践」の最終部分の法話をあげる。全文は文殊師利のサイトにある。私がきいたのは最終回なのでそれ以前の解説はサイトでご覧ください。

智慧がなければ五波羅蜜によってさえ
正等覚を得ることなど不可能である
それ故 方便を具え三輪無分別の
智慧を修習する これが勝子の行である

*智慧とは分析的な智慧の中でも最高のものであり、空性を理解する智慧である。この智慧がなければ他の五波羅蜜があっても仏陀にはなれない。たとえば、車を作りたいと思っても、材料を集めたり、作り方を知らなければ作れないのと同じように、車よりもっと重要な仏陀になるためには、空性を理解する智慧によって煩悩障と所知障の二つを断たねばならない。
*智慧と方便が二つあわさって仏陀となれるが、方便は六波羅蜜のうちの智慧を除いた残りの五波羅蜜である。
*三輪とは対象と、行為主と行為の三つである。布施波羅蜜を例にすれば、布施を授ける対象、布施する人、布施という行為という三輪、忍耐波羅蜜であれば忍耐の対象である敵、忍耐する自分、忍耐する行為の三輪。精進波羅蜜であれば精進の対象である善と善を行う我々という主体と、善に精進するというという行為の三輪であり、これら三つを区別して実体視しない無分別の智慧を持つことが大切である。どんな仕事をする上でも対象を分析してただしく見た上で、五波羅蜜を三輪を区別せずに行いなさい。

自らの迷乱を自らが検証しなければ
法師の姿をしても非法を為し得てしまう
それ故 常に自らの迷乱を
検証し断ち捨てる これが勝子の行である


*本説ではなぜ智慧(般若)が必要かについて説いている。たとえば仕事を例にとると、自分はなぜ仕事をするのか。仕事にどういうメリットとデメリットがあるのか、などと智慧によって分析すること、自分の行いを検証する知性が必要である。貪嗔痴に動機づけられて、行動すれば、たとえ僧侶や行者の格好をしていても、法でない行為をしていることになる。だから自ら自分の間違いをよく検証し、「違うな」「正しい方向ではないな」と少しでも思うような行為は、最初からやらないこと。菩薩は常に絶えず、自分の心を観察している。

*自分が「間違っていること」(迷乱)を認識することはとても重要である。間違っていると悪業(十不善)を犯してしまう。十不善の一つである殺生を例にとれば、アメリカで銃の乱射事件がおきた。犯人は「悪い人を殺したら社会がよくなる。悪い人を殺したら楽しい」と思っていたかもしれないが、殺す前にこう考えなければならない。「殺人を犯したら監獄に入ることになるし、友達も家族もつらい思いをする」と。こう考えれば「あいつを殺したら楽しいだろう」と最初思っていたとしても、その考え方が間違っていることが分かるだろう。
 十不善の一つ邪淫(邪なセックス)も同じである。邪なセックスは家族を崩壊させる最大の因であり、離婚ともなれば互いの財産もへる。よく考えたら何一ついいことがないのに、そういう不善な行為をする瞬間には、だいたいは間違った考え方に支配されているのでやってはならないことが分からない。平気でウソをついてまで実行してしまう。なぜ十不善がよくないのかは考えたらすぐ分かることである。自分が「間違っている」ことを理解することが重要である。

煩悩に支配され他の勝子たちの
過失を語れば自らが堕落するだろう
大乗に入っている人たちの
過失を語るまい これが勝子の行である

*三大煩悩とは執着(貪)、怒り(嗔)、愚かさ(痴)である。たとえば怒りを例にとる。嫌いな人がいるとその人の欠点を数え上げて、その人の間違っているところを訴えようとする。しかしそんなこといくらしても相手は傷つかず、自分が堕落するだけである。相手は悪くなく、無知から悪口を言っていることもあるだろう。悪口をいっても何も利益はない。自らが堕落するだけだ。
*ここでは「大乗に入っている人」と書いているが、大乗に入っていない人の悪口を言うのはいいというわけではない。
*菩薩行をなぜ学ぶのか。菩薩の生き方はそれを実行できるとは限らなくとも、菩薩のようになるといいことがある。そしてその逆は不幸になる。ある時、夫婦が仲違いし、互いに別の愛人をつくったとする。別れた夫婦は新しい相手に元のパートナーの悪口をいうだろうが、その時自分の欠点を含めて相手との関係を公平に話す人は少ない。また、怒りという煩悩に支配されているから相手を正しく語ることもできない。新しいパートナーはそんなあなたをみて「この人は人と仲良くしても、いったん喧嘩したら掌を返したようにこんなに悪く言うのか。性格が悪いんだな、この人と仲良くするのはやめよう」と思われるだけだ。本来別れた人の悪口は慎むべきなのである。人の悪口をいう人を褒める人は世の中にいない。悪口は言わない方がいい。
 執着という煩悩に支配されている場合は、今度は過剰に相手を美化する。

富や名声に支配されれば互いに諍い合い
聞思修という為すべきことが失われる
それ故 友 親族 家族 施主の家にて
執着を断ち捨てる これが勝子の行である

*この世のほとんどは財産・名声を得るための生存競争に費やされている。ある人が洋服を売っているとする、別の人がもっとよい服を売るよになると、その人の洋服はうれなくなる。だから、新しい商品を開発しなければならなくなる。政治家が世に出ようとすると、いろいろなところで人の機嫌をとらければならないけど、このような競争をしていたら、いつまでたっても仏典を学ぶ時間は生まれない。だから菩薩は財産・名声への執着を断たねばならない。

言葉の暴力は他人の心を混乱させ
勝子の作法を失落させてしまう
それ故 他者の意にそぐわない
悪口を断ち捨てる これが勝子の行である

*十善の中に粗い言葉(悪口)を言わないというものがある。粗い言葉とは、布に喩えればトゲトゲざらざらした、さわるだけで痛いようなものである。荒っぽい言葉は耳障りで、その言葉を吐いた人をみれば表情がゆがんでおり、その言葉の意味を理解しようとするといやな気持ちになる。だから、そんな言葉は言わないこと。
*六波羅蜜は自分の心を成熟させる。他人の心を成熟させるのは四攝事である。四攝事の一つに「優しい言葉」(愛語)とは、聞いただけでもここちよい、心にも心地よい言葉のことで悪口の反対である。
*忍耐をどういう場面でするかは特に重要である。怒りがおきている時は忍耐はしようと思ってもできない。だから、忍耐が有効なのは、怒りとか嫌悪感がおきる前の段階なのである。ある人を嫌いになりはじめる時、最初はそんなに嫌いでなかったものが、いろいろなことをへて、ある時、そういえばあの人とはあんなことも、こんなこともあったと相手の欠点を数え上げるうちに必要以上のその人が嫌いになり、果ては殴ってやろうとか思うようになる。だから、忍耐とは相手の欠点を数え上げている時におこすべきである。
 執着の場合は対象に意識が過剰に依存していく段階において、それをとめるべく起こすべきだ。

煩悩が習慣化すれば対治によっても退け難くなる
正知正念こそが人の武器として手にし
貪りなどの煩悩が起こったその瞬間に
直ちに破壊する これが勝子の行である

*1行目は重要なことを言っている。本来は善を習慣化するべきなのに、多くの者は煩悩を習慣化しており、煩悩は習慣化すると退け難くなる。たとえば、麻薬中毒とかアルコール中毒はアルコールやドラッグに対する執着が習慣化すると、ドラックやアルコーをやめようと思ってもやめられなくなる。麻薬中毒の対治とは麻薬の欠点、たとえば「違法なのでみつかると監獄にはいる」とか、「人格が破壊される」と考えることであるが中毒者はそのような対治があってもやってしまう。
 また、いつも怒っていて、人のせい、政府のせいといっている人に、「落ち着け」といっても聞くことはない。このように、よくないと思っても習慣化してしまうとやめられなくなってしまう。
*2行目の正知とは「心を外側から監視すること」である。たとえばアルコールをとる時「今のみすぎている」と気づけば飲み過ぎることはない。また、「正念」とは「アルコールはよくない」と思い出すこと。正念と正知を我々の武器として、たとえばアルコールに依存している場合、アルコール飲もうとした瞬間に、飲み過ぎていると心を監視し、飲んだらまずいことがおきると思い出す。こうして心を客観的にみるのが煩悩に支配されないコツなのである。

つまりはどこでどのような作法で何を為すとも
自らの心の状態はいまどのようななのかを
常に正念し 正知するということにより
利他を成就する これが勝子の行である
*どのようなものを得たり、何をしても、誰とあっても、常に菩薩行をわすれないで自分の心がどういう方向にいっているか監視することによって利他行を行うことができる、それが菩薩である。長期的なビジョンをもって活動しなさい。

〔廻向〕
そのように励むことで成就した諸善を
無辺の衆生の苦しみを取り除くため
三輪清浄なる智慧により
菩提に廻向する これが勝子の行である
*この前で文章は終わり、本節は廻向文である。菩薩はこれまで積んできた自分の善によって他の命あるものの苦しみがなくなるようにと祈る。行為の対象と行為者と行為は真実としてないことを理解して、どのような時も利他の活動を思いなさい。救うべき命あるものは、空間に果てがないのと同じく無限にているのである。

顕密の経論で説かれている意図を
勝れた者たちが説かれているのに随順し
勝子の実践の三十七よりなるものは
勝子の道を学びたい者のために示した
*ここからこの著作の執筆の事情を示すコロフォンとなる

智慧が弱く学びも小さいがため
賢者を歓喜させる韻律もないけれど
経と正法に説かれるものに依っているから
誤ることのない勝子の実践の善なるものと思う
*なぜこのように謙遜しているのかというと、仏教はインドにはじまって、チベットに伝わった。インドの仏教大学ナーランダーやヴィクラマシーラでは学者が新しい著書を書くと査読委員会のようなものが作られて、みなで吟味し、その本が世の役に立つかどうか、韻律がまちがっていないか。出典を間違えていないか、内容に間違いが無いかを検証する。
 その委員会をとおると、テクストを旙にくくりつけ、僧院のいただきにかざって、その本を世の中に広めることを許可する。吟味の結果却下されると、犬のしっぽにくくりつけて人間以外の動物に役に立つようにする。
 このような史実をもとに、本書の著者トクメサンポはチベットの人であるため、インドの人の著作のように美文ではないと謙遜しているのである。しかし、インドの聖典を勝手に解釈したのではなく正法に基づいているから内容に間違いはないと断っているのである。

しかし勝子行は広大なるものにして
私のように劣った知性では計り難いため
矛盾や無関係などの過失の集まりを
勝れた者たちは忍んでいただけるよう願わん

ここから生じた善により一切衆生が
勝義 世俗の最勝なる菩提心により
有辺と寂静辺に住することもなく
主観自在に等しきものたらんことを


*このテクストの最初と最後に観音菩薩がでてくるのは、二説ある。菩提心をおこすには慈悲が必要なので、慈悲の仏である観音菩薩をここで称えるというのが一つ。
もう一説には、ツォンカパは人生の最後は文殊菩薩と会話しながら著作をしていたように、この著作の著者であるトクメサンポが観音を本尊としていたからという説。

*「勝義の菩提心」は「空を認識する智慧」。「世俗の菩提心」は「一切有情を救おうという心。有辺とは六道輪廻にいる人。寂静辺とは声聞・独覚・阿羅漢果をえた涅槃にいる人。大乗では輪廻も涅槃もこの二つのどちらにも住せず、人々を救い続けねばならないことを説いている。

以上は自他を利益するために経典の言葉と正しい論理を語る僧侶トクメーがグルチュー・リンチェン窟で記したものである
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DATE: 2016/06/12(日)   CATEGORY: 未分類
バースデー・ウイーク点描
6月2日
  院生のWくんとIくんがオカメインコドーナツときっついコーヒー買ってきてくれた。このドーナツは「イクミママのどうぶつドーナツ」の「オカメインコちゃん」である。元住吉の店舗でもいつも品切れ状態なのを、わざわざ入る日をきいて買いにいってくれたのだ。二人とも本当に素直でいい子たちである。
 彼らの前途に幸多からんことを。
160602院生


6月4日
 天安門記念日。チベット語の勉強会があったので、私の誕生日を強制的にお祝いしてもらう(自分でシャンパンとケーキとクラッカーを買ったwwww)。思ったより欠席者がでたので、ご先祖の史料を撮影したくれたOSくんを無理矢理よびつける。大学の近くに住んでいて連絡がすぐつくのがいい。
 バースデーメガネが意外に似合ってが悲しい・・・。Sくんはなぜか南三陸の復興グッズ、院生Mはベルギー土産の大麻柄カップ、K嬢はインコソックスをプレゼントしてくださる。みなさんありがとう。チベット学がこれからも栄えていきますように。
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0604研究室

6月6日 
誕生日本チャンの日。午前零時をまわると従姉妹のKちゃんとOSくんからハピバメールがくる。私は両親も兄弟もいないけど多くの方々に幸せを戴いている。すべての魂に幸いあれ。K嬢とサン・マキアージュでランチをいただく。なぜか店の向かいに松田聖子のグッズショップがあり、プレゼントにガチャをひく。
あくび母様から、ANTAWARAのワインと本格的ワイン・グラス、とともに、京都因幡神社のインコ守りとペット守りがとどく。これが秀逸で(写真下)、お守りを裏返すとちゃんとインコの後姿になる。ごろう様とセキセイ様たちのお籠につけることとする。
16ワイン

 ペット守りはるり用であるが、二重にしてきっちりつけるとすごく無表情で怒っているので、撮影のためにさっくり首にかけてみた。迷子札がついているから常時つけておいた方がいいんだけどね。みんなも因幡薬師でインコ守りを買おう。
 他にもTTさんから、インコぱらぱらメモ、インコメモパッドを頂戴しました。あとFから鳥乃都のインコメガネケース。メガネふきもインコまみれで、インコが写実的でカワイイです。
16インコまもり
16猫間守
みなさんありがとうございます。世界中のオカメインコが幸せでありますように。そしてみなさんも
16メガネケース

6月7日 
 岡田鴨里と立木兼善のパネル展が淡路市役所ロビーで始まる。

6月10日 
 現役ゼミ生は自由すぎる子たちの集まりなので、誕生日祝いなんていうても、エイジハラスメントになるのは分かっていたので、お祝いをしなくていいですとあれほどいったにも関わらず、誕生日が近いSくんと一緒のケーキが準備されていた。まあSくんの誕生日を祝うなら仕方ない。彼は天然で人気者なのである。心が優しい子たちなのは分かるが、いつかはめをはずしすぎて何かやらかしそうで怖い・・・。
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以上、みなさん、本当にありがとうございました!

6月8日からはじまったご先祖のパネル展には、鴨里とその子孫たちのその後や資料についての情報をもつ方がいろいろ訪れてくださり、鴨里の電子資料を一つにまとめてデジタル史料館ができそうな勢いです。詳しくはまた!
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DATE: 2016/06/08(水)   CATEGORY: 未分類
分断を癒す「益習の集い」の活動 (鴨里シリーズ5)
 5月8日、「益習の集い」という歴史サークルが稲田騒動に関係した志士たちの足跡をたどる歴史散歩を企画し、そこに招待講師として参加させて頂いた。
 実は今年3月3日、四国大学太田剛先生にこのサークルさんを紹介いただき、その後「淡路の有名人子孫枠」で顧問を拝命させて頂いたのである。三月当時、まだ肌寒く、隣の家からかってにはいこんできたジャスミンの蕾はまだ堅く小さいものだった。 「この花が咲くときには私は淡路でご先祖のことをしる人たちとの交流が始まっている」と思うと何か大きなものにつながったような不思議な感動を覚えた。

 鴨里の資料のデジタル化を手伝ってくれたOS君は前日徳島に入り、当日は洲本で一緒に行動し、翌日は京都で賴山陽の史跡をみる予定で、私は翌日平日だし、四月以後体調がいまいちなので大事をとって日帰りする。

 「阿波踊り空港」(正式名称 笑)につくと、車の運転のできない私のために益習の集いの方が迎えにきてくださった。
 益習の集いの会名の由来から説明しておこう。
 江戸時代、淡路島はかつて徳島藩の領地で、七万石のうちの一万石は徳島藩の城代家老稲田家が治めていた。洲本には徳島藩の藩校である洲本学問所と稲田家の私塾益習館があり、うちのご先祖岡田鴨里は洲本学問所で、篠崎小竹などは益習館で教鞭をとり、それぞれ勤王の志士のサロンとなっていた。とくに益習館は賴山陽、木戸孝允も訪れていた。

 しっかーし! 明治の世になり、明治2年に淡路に禄制改革が行われた。武士は首になってみなが年金生活者になった時、稲田家の家臣は武士の家臣なので卒族となり、年金額が士族より少なくなった。稲田家が藩ととしてみとめられれば臣下は士族となることができる。このため、稲田は新政府に北海道開拓に協力するから稲田家を独立した藩として認めてくれとの分藩運動を始めた。これに対して徳島の藩士が怒った(くわしくは『洲本市史』をご覧あれ)。
 「新政府のお達しに従わず、パーソナルな理由で独立かあっ? 」というのが表向きな理由だけど、本当の理由はグローバル化した新しい世において元藩士たちが感じていたストレスが噴出したのであると思う。

 この独立運動は明治三年に徳島藩士が稲田方の屋敷を襲い17名の死者をだすという最悪の結末を迎え、益習館も炎上した。この出来事は稲田騒動、または勃発の年の干支によって庚午事変と呼ばれる。襲撃側の徳島藩士は切腹・流罪となり、稲田方も北海道へと転封を命ぜられ、淡路はその後、目と鼻の先にある徳島藩から切り分けられて兵庫県に属することとなった。この事変によって淡路と徳島は心理的にも制度的にも分断されたのである。

 「益習の集い」さんはこの時炎上した益習館の庭園(下の写真)を保存するために結成された団体である。会の名前からしても稲田に縁の人々の集まりと思われた。一方、私のご先祖の岡田鴨里は洲本学問處で思い切り徳島方である。で漢学者なので稲田騒動を調停しようとしたものの果たせず、あまつさえ嫡孫の真はつっぱしって騒動を煽ってしまった。つまり、私の置かれている立場は、被爆地を訪れるアメリカ大統領みたいな気分なのであった(そんな偉い立場じゃないけど)。正直緊張した。
 益習庭園

 そこで、迎えに来て下さった方におそるおそる「益習の集いさんって名前からして被害側の稲田方の中心になっていらっしゃいますよね。ぶっちゃけ、私暗殺とかされませんか」と聞いてみると、「もう時代が違いますよ」と笑い飛ばされた。ちょっとほっとする。

 歴史ウォークの出発地点は益習館の故地にたつ洲本中央公民館前。敷地の隣にはこのサークルがまもった庭園がかなり整備されて古の姿を取り戻しつつある。
 公民館で会長の三宅玉峰さんに始めてご挨拶をし、先に到着していた四国大学の太田剛先生と合流する。一応私も歴史散歩の講師であるが、コース設定や解説のほとんどは太田先生が行われたため、私には岡田鴨里の子孫として「生きた展示品」としての役割があったものと思われる。
 2時間かけて幕末に活躍した儒者や志士の墓をまわり、稲田騒動で命をおとした人々の慰霊碑、稲田のお殿様のお墓など幕末の淡路を代表する人々の墓をめぐる。
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 私は遍照院の石濱純太郎先生のお墓のところで、儒学者たちの子孫が明治維新以後、どのような人生を送ったのかを語り、「私の曾祖父のお墓はここ遍照院におそらくはあったと思われますが、お参りの途絶えた幕末のお墓を整理してしまったそうで、今はないとのことです。万が一みつけてくださった方は私に通報してください」と支援を仰ぐ。
 そして、ご先祖と稲田騒動の関わりについて事実関係を述べる。
 岡田鴨里が大村純道とともに徳島藩士を説得して事変を防ごうとしたが、結局失敗したこと。まだ若い鴨里の孫真が純道の息子純安とともに檄文を書いちゃったこと、純安は襲撃の主犯であるため切腹となったが、真は儒者であるためか襲撃には加わらず、事変後も罰されることなく徳島藩の官僚になったことなどを語る。
 とにかく「本当にすいません」としか言いようがない。
 真実和解委員会にならって、事実を確認するという形にしてみたが、幸いなことに怒り出す人はいなかった。
 それどころか会の後発行されたニュースレターにこうあった。

「又、賴山陽の高弟で江戸時代の淡路を代表する学者である岡田鴨里の子孫である石濱裕美子早稲田大学教授の軽快でユーモラスを交えた話に参加者は引き込まれて笑みを浮かべ聞き入っていた。参加者の満足度は終了後のアンケートにも顕著に現れ、筆記しにくい屋外のイベントにもかかわらず80%を超える高いアンケートの回収率にも驚かされたが、設問の、とてもよかった85%、よかったが10%で、未記載5%、よくなかった0%というすべての参加者が満足したという驚くべき結果であった」(益習だより 14号)

 淡路の皆様やさしい・・・。本当にやさしい・・・。ありがとうございます。

 このあと、益習の集いの方々と懐石料理のお昼をいただき、そのあとは2014年に太田先生から「廃墟ですね」とバッサリきられた鴨里の生家に行く予定であったが、その前に蜂須賀桜の植樹会を行うという。

 蜂須賀桜とはかつて徳島城に植えられていた美しいヒカンザクラで、地元のロータリークラブがこの桜を日本全国、最近は世界にまででてバチカンとかにおいて植樹してまわっているそうだ。で、益習の集いさんは昨年、この蜂須賀桜の会の趣旨に賛同し淡路においてはじめてこの桜を植樹することに成功したという。これは、徳島と淡路の分断が長い年月をへて癒やされた、象徴的な出来事として報道された(よみうりの記事をここにつなぎます)。

 で、この日の植樹は、淡路十三仏霊場の第一番、先山千光寺の境内で行われた。聞けばそのお寺には秘仏の観音様が祀られており、植樹に参列すると秘仏が拝観できるとのこと。そこで食事を早々にきりあげて寺に向かうが、この寺が遠い。そして山奥。高野山ハイウエイのような道をあがって、車をおりてからも結構な石段をあがる。喘息で気管支が弱っている私はゼイゼイいいながら石段をよろよろ上がることになった。

 OSは若いので先にさくさくあがっていって、恋愛みくじとか引いている。私だって喘息でなければこの程度の石段なんてこたないのに・・・。法要はこのお寺の縁起を読み上げる部分が一番面白かった。観音様をお祭りする寺なので見晴らし抜群の清水の舞台もある。

 秘仏は確かに拝観できた。笑ったのが、お経がはじまると電動カーテンがサーッとあいて、秘仏がライトアップされて、しばらくすると、さーっとまた閉まってしまった。写真をとっていいかどうか確認をとっていなかったため躊躇しているとサーッとしまったので、本当に秘仏であった。美しい千手観音様である。法要の後、境内で住職さまと植樹。みなでかわりばんこにスコップもって記念撮影。天気が良いので暑い。

 このあと、みなで車を連ねて鴨里の生家へ。2014年に太田先生とおとずれた時は中をみせて頂けなかったので、今回は益習の集いさんのお力で市役所の方にお願いして中をあけていただいた。レトロ体験村として長い間一般の宿泊施設になっていたので、トイレや流しが増設されており、いにしえの庄屋建築はみるかげもなくなっている。その上、阪神淡路大震災で壊れて、まあおっしゃる通りの廃墟ですよ。みなさんにこの惨状を見て頂くことが実は訪問の本当の目的であったりする(笑)。
廃墟2
生家廃墟jpg

 生家(廃墟)の中庭で六月八日から始まる立木兼善と岡田鴨里のパネル展の構成をみせていただく。太田先生が詳細な家系圖と人間関係図を作って下さっているので、それを指しながら、ご先祖の資料がどのような経緯で神奈川県立歴史博物館に入ったのかを私の知る範囲内でみなに語る。

 鍵を開けてくださった市役所の方も一緒に聞いてくださる。淡路市の財政は夕張市なみに苦しいという話を聞いていたので、もちろんこの状況が一朝一夕に解決できるとは思わないが、市の財産がこのようにむなしく朽ち果てていくのはもったいない、との認識はみなが共有してもよいと思う。

 帰りはOSは会長の車で高速バスの停留所におくってもらい本土に向かう。私は太田剛先生に阿波踊り空港へ送っていただく。何しろ幕末も日本史も漢学も基本的なところから知識がないので、「関所によって藩と藩が分断されて人の往来が厳しく制限されていた時代にも、儒者は自由に関所をこえて交流し、世界の情報をいちはやく長崎などから得ていた」などの話を興味深くうかがう。鴨里も江戸や現在の群馬や九州を歴訪して、二冊の紀行文を残している。太田先生には本当に感謝している。ご先祖と私の間をつないでくださるシャーマンのようなお方である(普通男女が逆な気がするが笑)。

 というわけで、本日から淡路市役所のロビーで、淡路市のうんだ偉人二人、立木兼善と岡田鴨里のバネル展が行われます。是非みなさん起こしください。私とOSが撮影した資料が提供されております。縁の地の写真は2014年、太田先生のご案内でまわった時、私がとったものです。

ここにバネル展について告げ神戸新聞の記事をあげておきます。
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