白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2016/01/11(月)   CATEGORY: 未分類
センゲ首相の来日
9日土曜日は来日中のロプサン・センゲ首相の歓迎パーティへ。六時開場に間に合う時間に大学をでたものの、途中財布を落として探しに戻ったりして、15分遅刻でホテル・オークラについた(財布は早稲田駅の改札口に届いていた。届けてくださった方、ありがとうございます。)。

 すでに首相のスピーチは始まっていて、その演説は40分ほどつづいた。アメリカ生活が長く、演説のうまさに定評のある方だけあって、聞き入ってしまいその長さを感じさせない。センゲ首相のスピーチはリベラルの普遍的な価値観をプレゼンするキング牧師とかオバマ大統領とかの演説を想起させるので、途中から記録したくなった。 しかし、アイホンがクロークに預けたカバンの中だったので、以下の内容はまったくの記憶に基づく再構成である。

 私はダージリンの郊外の貧しいチベット難民の家庭に生まれました。両親はともに1959年の動乱の中でインドに亡命してきたチベット難民です。私が学校(亡命政府の作ったチベット人学校)にあがる年になった時、三頭いる牛の一頭をうってそのお金で学校に行きました。でもそれでも足りなくて残り半分の学費は誰かのだしてくれた奨学金でした。それがなければ私は教育を受けることは出来ませんでした。

 学校は貧しく、給食に出てくるのは石のまじったごはんや、床におとしたら跳ね返ってきそうな固い黒いパンでした。跳ね返ってくるので、落としても口に戻るのは良いですが(笑)。それからデリー大学に進学することができました。これも、アメリカか、ヨーロッパか、はたまたみなさんのような日本人か、どなたかがだしてくださった基金のおかげです。さらに、そこからハーバート大学に行くことも出来ました。これも篤志家の奨学金のおかげです。

 今の私があるのはみなさんのような支援をしてくださった方たちのおかげです。また、貴重な土曜日の晩、野球の試合も見に行かず、相撲の試合も見にいかず、楽しいことがたくさんあるのにそれらを諦めて、この集まりに出てくださって本当にありがとうございます。

 私はアメリカ、主にボストンに17年いて、野球のファンで土曜日の晩は野球を見ていて、もしレッドソックスとヤンキースの試合があったら、たとえこのような集まりがあったとしても行こうかどうしようか考えてしまったかもしれません。みなさんも、野球にいったり、相撲みにいったりすることを諦めてここにきてくださってありがとうございます。
 
 まだ希望を捨てていない本土のチベット人は毎日ラジオにかじりついて、何か一つでも良いニュースがないかといつも耳を澄ましています。私がこうやって海外に出て、たくさんの方が応援してくれていることがラジオに流れれば、彼らは力づけられます。みなさんによって本土チベット人々は希望を持ち続けることができるのです。

 私はアメリカに住んでおり、娘もそこで生まれました。アメリカでの生活を楽しんでいた2011年、私を亡命社会の首相に据えたいという人によってチベットの首相になりました。そのときから私はスターバックスコーヒーをインドのチャイに、ホットドッグをインドのビリヤニに、ハリウッド映画をボリウッド映画にひきかえることになりましたが、私はチベットの社会に仕えることができてとても嬉しいです。私の学費を払ってくださった方にもお返しできたとも思います。

 私はチベット人ですから、もし日本に17年いてワサビをつけた寿司をすきになっていたとしても、チベット社会が私を必要とするというのであれば、それを捨ててインドに戻るでしょう。世界中を精力的にとびまわっておられるダライラマ猊下をお助けすることができるのであれば、それらを捨てることなど何ともないことです。

 イタリアででしたか。「中国はどんどん強くなっていて、みなが中国を恐れている」という人に対して「私は恐れていない」と言いました。するとみながその理由を聞くので「私はチベット人だからだ」と答えました。

 私が中国を恐れない理由は三つあります。

1 かつてはチベット(古代チベット)が中国の都を占領し、今は中国がチベットを占領しています。これまでの長い歴史の中でチベットと中国はそのような状況を繰り返してきました。今もそのような歴史の一部を見ているに過ぎないからです。

2 法王がつねづねおっしゃっているように、我々は事実に基づいて戦っています。長い歴史の中で、必ず、正義は不正義に勝ち、非暴力は暴力にかち、自由は不自由に勝ってきました。いずれ正義は勝ちます。

3 もう一つはみなさんのような支援してくださる方々の存在です。チベット人はたかだか600万人にすぎませんが、世界中の我々を支援してくれている人々の声が私たちの小さな声を大きくしてくれています。

だから、私たちは中国を恐れないのです。

チベット仏教の歴史は2500年ですが、中国共産党の歴史はたかだか100年です。
チベット人のDNAは長い時間をかけて高地に馴化しました。中国人の移民が増えようが、同化が進もうが、チベット人はチベット人です。漢人カップルもチベット高原で子供を生みますが、チベット人夫婦から生まれた子供より死亡率が高いことが研究の結果分かっています。漢人の遺伝子が高地に馴化するまで500年はかかるとのことです。
 
 ソ連が崩壊することは誰も予測していなかったのに、ソ連は崩壊しました。
 マンデラが23年もの間、牢獄入れられている時、彼が南アフリカの大統領になることを誰が予測していたでしょうか。
五年前にアウンサンスーチーさんが町中を歩くなんて考えられたでしょうか。それがいまやビルマやオスロの町を歩いているばかりか、選挙にかって大きな発言力をもとうとしています。

 レフ・ワレサがこう言いました。1989年に、東ドイツの外務大臣がベルリンの壁を前にして「私が生きている間はこの壁は崩れないよ」といった二週間後にその壁は崩れたんだよ。」

 歴史は若い人たちの力で思いもかけず早く進むことがあります。それがなぜチベットに起きないといえるでしょうか。
 正義は不正義に、自由は不自由に、非暴力は暴力に勝ちます。
必ずそうなると信じています。

再びこのようなことが起きてくれたなら、それは21世紀で最高のストーリーになると思います。
このストーリーを見聞きしたいまだ抑圧されて人々も希望を持つことができます。
 ダライラマが本来の座であるポタラ宮にお帰りになることがないとは誰がいえましょうか。
 この次はチベットで、この次はラサでお会いしましょう。


このスピーチの中でセンゲ首相が、「アメリカでの快適な生活を捨ててチベット社会に仕える」という件をちょっと説明すると、インドとアメリカ両方の難民社会に身を置いたことのあるKくんによると、チベット難民の中にも格差があり、主にインドやアジアの国々にいて貧しい生活をしているチベット人と、アメリカに定住できて定職を得たチベット人の間には大きな開きがある。アメリカに定住したチベット難民はチベット語すら怪しくなっており、インドに戻ることを考えていない人々もたくさんいるため、これを貧しいチベット難民は非常に複雑な感情を抱いてみている。センゲ首相は勝ち組のチベット人であるため、2011年に就任した当時には彼のチベット語に失笑するような人もいたらしい。

 しかし、センゲ首相は一期をつとめあげる間に、何とか難民社会の人望を得た。それはこのスピーチにもあるように、首相が「個人的な快適さをなげうってチベット社会に奉仕する」ことを身を以て証明したからであろう。

今回の来日でもう一つ注目すべきは、朝日新聞を含めた日本の主要なメデイアがすべてとにもかくにも首相の来日とその発言を発信したことである (しかし、なぜか朝日新聞はセンゲ首相をサンガイと表記する)。ネットで簡単に記事をあげられる時代だからか、世の中の意識が変化したからか、何であれ、チベット問題をメディアがとりあげてくれるようになったことはありがたい。

 以下、各社の記事タイトルを貼っておきます。

● 14世後継で中国けん制(共同通信)
2016年1月9日
●「中国開発で氷河消失が加速」チベット亡命政府首相インタビュー ダライ・ラマ制度は「必ず存続」 (産経新聞)
2016.1.10 09:54
●チベット亡命政府首相 中国政府に対話再開求める(NHKニュース)
1月9日 21時50分
●チベットに「真の自治を」=来日中の亡命政府首相(時事通信)
2016/01/09-20:22
●中国当局に抗議、チベット族の焼身自殺140人 (読売新聞)
2016年01月09日 20時58分
●「生まれ変わる場所は亡命の地」センゲ首相(毎日新聞)
2016年1月9日 22時42分
●「習政権、チベット抑圧強まった」 亡命政府首相が会見(朝日新聞)
2016年01月10日
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DATE: 2016/01/04(月)   CATEGORY: 未分類
新年のチベット・イベントのお知らせ
みなさま明けましておめでとうございます。
今年も、ゆるゆるご覧いただければ幸いです。

さて、チベット新年のイベントの詳細が決まりましたので、以下にお知らせします。

それと、今週末と急ですがチベット亡命政府のロプサン・センゲ首相が来日されます。
2011年にダライラマが政界を引退されたあと、チベットの難民社会の首相をつとめている方です。

チベット亡命政権主席大臣ロブサン・センゲ来日講演
演題『融けゆくチベット氷河、アジアの新たな脅威』
日時 :平成28年1月9日(土) 15:30~16:30
会場:大本山護国寺(有楽町線護国寺駅下車0分)
詳細はここクリック
ダライラマ即位の映像を見ながら、チベット新年を祝う夕べ
◇日時: 2016年2月11日(木) 17:00〜21:00
◇会場: チベットレストラン&カフェ「タシデレ」(東京都新宿区坂町26-21)
◇会費:3000 講演、食事、資料附き。

◇内容
・ダライラマ14世の即位とチベットの正月の映像を、解説付きで。映像は即位時の1940年にイギリスによって撮影されたもので、解説は私です。
・即位式に出席したイギリス人グールドの見聞記から、トピックを紹介。トークは、この史料の講読会で見聞記を翻訳した研究者たちです。
・現代の高僧即位式、ロプサン・ガワン先生(1937-2008)の生まれ変わりの2014年の即位式の映像もあわせておみせします。基本的な構造はダララマと同じです。
・チベットの年越しの料理の軽食がでます。
・グールドの見聞記の翻訳(小冊子)をお土産にどうぞ。

◇ご予約
本ページ(←ここクリック)からお申し込みください。
・申し込みは会場「タシデレ」でも受け付けています (03-6457-7255 営業時間11~22時 / 水曜日定休日)。人出がありませんので営業時間内にご連絡ください。 

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DATE: 2015/12/22(火)   CATEGORY: 未分類
Iさんからの年末便り
このブログでネパール大地震の際にみなさんに募金先をご紹介したことを覚えていらっしゃいますでしょうか。

 募金先の「ヒマラヤ眼科耳鼻科医療を支援する会」は自腹でヒマラヤにいって山間部の村を歩き回って人々の健康を支えていた医師集団で、現地の事情をしりつくしているため末端まで支援を届けることのできる人たちでした。さらに、この時、窓口になったIさんも、チベタン・チルドレンズ・プロジェクト(TCP)の東京事務局を担当されており、またまじめで仕事ができる方です。

 そのIさんから、年末のご挨拶をいただきました。縁起のよいエピソードが二つはいっているので、ご本人の了解をとってみなさんとシェアしたいと思います。チベット支援の「あるある」なカンジを共有していただけると嬉しいです。
 実話であるだけに、不思議・面白いですよ〜

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TCPがEArTH (ヒマラヤ眼科耳鼻科医療を支援する会)と共に取り組みました被災地での支援活動を行うための募金をブログを通してたくさんの方々にお声掛けを頂き、ありがとうございました。

当初ツイッターで拡散もして頂いておりましたが、次々に募金が集まる事に対して、驚きを隠せませんでした。あの段階では一体どれだけの組織を動員してどれだけの事が出来るのかが未知数だったため、巨額の資金が集中しても、急性期支援で捌き切れないとの不安もあって、ツイートを取り下げて頂く様にお願いした次第です。失礼な申し出ですみませんでした。

地震直後の事で、一体どれだけの事が現地で出来るのかが全く把握できないまま発進したので、途中、資金不足で大赤字に傾いた時など、自腹を切る覚悟でドキドキしましたが、最終的にはわずかな黒字で終わりました。

この収支の数字には、実はちょっと驚くような出来事がありました。

最終的に募金を締め切って、収支を出した段階では、残金が963円でした。これは本当に、何の操作もしていない数字で、純粋に口座に集まった募金額が約600万円。そしてネパールで複数のチームが、それぞれの責任で活動して使ったお金の合計が約600万円。最終的に963円の黒字なんて、ほとんど奇跡です。これだけだって観音菩薩様のご加持があってこそですが、観音様の計らいはそれだけでは終わりませんでした。

最終合計の数字を見て「わー、惜しいな。あと5,000円寄付が来てたら残金が5,963円で「ゴクロウサン(ご苦労さん)」でゴロが良かったのに!」なんて冗談で話していたら、その数日後にサポーターさんから「遅くなってすみませんが、友人から預かっていた募金を送金しました」とのメールが来て、何とそのお振込金額が5,000円。そう、こうして残金は5,963円「ゴクロウサン」になったのでした。

最終的には収入6,055,217円、支出6,049,254円、計5,963円の黒字で終わりました。

さすがにこんなふざけた事は、収支の発表の時には言えなかったのですが、私個人としては本当に観音様のご意志があっての数字だと勝手に深く信じています。たくさんの方々のご協力あってこそ成し得た支援だったので、これは観音様から皆様への労いの言葉なのだと思います。本当にありがたい事です。

今年はネパールだけでなく、個人的にも波乱な1年でした。先月は大阪で手術、入院していました。

ちょうどネパール地震の直前から、左眼が良からぬ感じになって来て、最初は東京の大学病院に通っていましたが、手術以外に治る方法が無いのに、リスクの高い手術らしく、また担当の医師にとっては初めての特殊なケースとかで、婉曲に手術を断れられてしまいました。

しかしまた、ここでも観音パワーが炸裂。その症例では日本一のN教授という方がいらっしゃるのですが、この教授は偶然にも、EArTH (ヒマラヤ眼科耳鼻科医療を支援する会)の理事長で、大阪の大学病院で眼科医をやっている松山先生の指導教授でした。

 松山先生が直々に手術を教授に頼んでくださいました。しかし、大学病院の手術は恐ろしく混み合っていて、夏に予約しても手術は来年の春と言う状況だったのですが、N教授が週に1回、それも午後の遅い時間だけ執刀される別病院で手術を受けました。そんな事情で手術日は自由には選べず、決定したのは11月11日。全部1並びで何だか縁起も良さそうですが、何と2015年のこの日はヒンドゥー教徒にとっては1年の内で最大の祝日「ディーワ―リ―(Deepawali)」だったのです!ディワーリーは「ランプの灯・光」を語源とする「光の祭典」で、目の手術の日が、光の祭典と呼ばれる最大の祝日だなんて、もうこれ以上ない吉祥だと思いました。

私の網膜が先天的に薄すぎたため、手術中に網膜が2ヶ所破れてしまい、眼球にガスを注入し、その浮力で網膜を押し付けるという治療も必要になりました。何しろ浮力を利用するので、2週間の間、24時間うつ伏せで過ごさないといけなくて…。寝ている時も、食事も、トイレも、全て顔を伏せたまま。明けても暮れても、ただうつ伏せ姿勢を取り続けなければならない日々は昔読んだ『食う寝る坐る永平寺修行記』に出てくる修行にも似て、無心で過ごしたので、案外集中していて早く過ぎました。

たまたま私は病室が脳外科のフロアーに振り分けられて、重篤な状態の患者さんに囲まれて、生きる事の質や意味について、観察したり、考えたりする貴重な体験の機会を得ました。現在もまだ左眼は見えにくく、これから半年から1年かけて、徐々に視力が安定するでかなりスローダウンした生活をしています。

状況的には厳しいところから、最短で最高のオペが受けられる状況がどんどん整って行く一連の流れはやはり私としては何か神的な計らいの様に感じて、本当にありがたい体験でした。

今年は眼の病気の事に気を取られて、TCP等の活動に於いても取りこぼしの多い部分があるかと思います。
ネパール大震災支援のご協力のお礼をきちんとお伝えせねばとずっと気になっていて、略式で失礼ながら、メールにてご連絡をさせて頂きました。ご協力を頂きまして、本当にありがとうございました。

今年も残すところあとわずか。来年は、チベットにとっても、世界にとっても、平和で調和のとれた年になるようにと願っています。

どうぞ時節柄、お身体ご自愛ください。

TCP東京事務所:I.M.
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DATE: 2015/12/14(月)   CATEGORY: 未分類
2015年チベット五大ニュース
それでは今年も、チベット関係のニュースを総括したいと思います。URLは関連するこのブログのエントリーです。慶事を二つ、悲劇を三つ、日本のチベット・ニュースを三つあげました。

●7月6日 ダライラマ法王80才のお誕生日
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-entry-757.html

2015年は何といっても、ダライラマ法王が80才のお誕生日を迎えられたのが、最大の慶事である。難民社会の僧院はそれぞれ法王を迎えて長寿儀礼を献じたが、つい一週間前の12月9日には南インドのフンスールにたつチベット密教の本山ギュメが法王様をお迎えした。ガンデン大僧院の二大法主、クンデリン・リンポチェ、サキャ猊下などがそうそうたるメンバーが集結して法王のご長寿を祈願し、法王の法話を聞いた。法王は菩薩行を行っているので、人々のために世界中をかけまわることは苦ではないだろう。しかし、法王を慕う人々は、世界から紛争や圧政がなくなり、チベットが自由になり、ダライラマが走り回らなくていい日がくることを心からのぞんでいる。
 法王様の蓮華座が堅固でありますように。

●8月サンクト・ペテルブルグのチベット僧院が100周年
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-entry-760.html
もう一つの慶事は、サンクト・ペテルブルグのチベット僧院が100周年を迎えたことである。私はこの夏、この100年の寺を訪れ、チベット医療を施しつつ、信者を増やしている地道な活動を目撃した。僧院長によると、ロシアのチベット仏教徒はハンバラマが統括する組織に統轄されているという。しかし、ダライラマ法王は去年の10月24日にロシアのチベット仏教の代表としてテロ・リンポチェ(Telo Tulku)を任命した。この二つの、組織は表向きは別であるようだが、ハンバ・ラマの組織の方もチベットとは草の根交流があるようで、なかなかたくましい。この調子でがんばって伝統を維持してほしい。

●7月13日 テンジン・デレク・リンポチェの訃報
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-entry-757.html

 次に、悲劇的なニュースを三つ続ける。
 中国の刑務所に12年も入れられていたテンジン・デレク・リンポチェの死が中国より発表された。リンポチェはチベット人のための小学校や僧院などをつくり、非常に名望のある僧であったが、2002年突然、成都で爆弾テロを行った容疑で逮捕された。世界中が釈放運動をした結果、死刑→終身刑→懲役20年にまで減刑されたが(そもそも罪状自体が濡れ衣だが)、釈放の日を待たずして死んでしまったのである。リンポチェの遺体の返還もされなかったため、死因も正確な死亡時期も不明である。
 リンポチェに限らず、今年中国では人権派の弁護士が次々と拘束されている。本日も中国政府の少数民族政策をネットで批判し、逮捕された浦志強弁護士の裁判が行われた。裁判はもちろん非公開である。
 12月10日には、国連が中国政府が人権活動家への「弾圧・拷問」を非難した。以下に記事をはる。

拷問・弾圧 中止を”国連が中国を非難 12月10日 8時30分 NHKニュース

“拷問・弾圧 中止を”国連が中国を非難
国連の委員会は、中国で、当局による取り調べの際の拷問や人権活動家などへの弾圧が依然として行われていると非難し、中止するよう求めました。
国連が拷問などを禁止する条約に基づいて設置している、10人の有識者で作る委員会は、中国の人権状況に関する報告書をまとめ、9日、スイスで記者会見を行いました。
この中で、委員会のメンバーは、先月、2日間にわたって中国で活動する人権団体から聞き取った内容として、「自白を得るために拷問が頻繁に行われているとする数多くの報告がある」と述べ、当局による取り調べの際の拷問が依然として行われていると非難しました。
そして、「人権活動家や弁護士などが拘束されたり、脅迫を受けたりしていることを強く懸念している」と述べ、体制に批判的な人々への弾圧が続いているとして、こうした行為を中止するよう求めました。
国連の委員会は、中国ではことし7月以降、弁護士など200人以上が当局に拘束され、今も25人が監視を受けているとしていて、これまでの要求にもかかわらず、状況は改善していないと指摘しています。
この発表に先立って中国外務省の華春瑩報道官は、9日の記者会見で、「中国は法に基づく統治を全面的に推進しており、残虐な刑罰に反対する取り組みなどでも大変な努力をし、多くの人が認める成果をあげている」と、けん制する発言をしています。


●4月25日ネパールでM7.9の地震
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-entry-748.html
二つ目の悲劇は、ネパールで大地震がおき、多数の死傷者をだし、古都バドガオンのヒンドゥー寺院をはじめとする多くの文化財が崩壊した。
 チベット系の住民が多数くらすランタン渓谷も土砂に埋もれ村人の三割がなくなった。貞兼綾子先生が長年にわたり支援を行ってきた地域であったが、この地震によって文字通りゼロ、いや、マイナスになった。
 内戦の後のこの地震でネパールは疲弊しきっていた。しかし、さらに追い打ちがかかる。9月にネパールが新憲法を制定したところ、インドが「インド系のネパール人を排除するものだ」と怒り、9月下旬からネパールを経済封鎖したのである。その結果、ネパール全土でガソリンと医薬品が欠乏し、今や車はほとんど走っていない。カトマンドゥ郊外にはチベット難民の孤児院、クンデハウスがあるが、(日本発のNPOのTCPが支援している)、ブログを拝見する限りではいろいろ不便をきたしているよう。
以下に彼らの生活の様子をつないでおきます。
http://tcpnp.blog9.fc2.com/blog-date-201511.html

●9月15日 西蔵自治区設置50周年
三つ目の悲劇は、中国がチベット政府を廃止して、「チベット自治区」を設置して今年が50周年であったこと。共産党系の人民日報は、9月の8日からチベット人を動員したセレモニーがポタラ宮前広場で行われていることを各国語で喧伝している。ちなみに、中国がチベットを「併合」した1951年に、チベットに強制したチベット平和解放17条協定には、チベット文化の尊重、チベット人の望まない改革は強制しない、ダライラマ、パンチェンラマの地位は変更しないなどの条項が並んでいたが、すべて守られることはなかった。

 以上、暗いニュースばかりでは、景気が悪いので、明るい日本のチベット三大ニュースをあげます。


● ダライラマ法王事務所が南落合に自社ビルを購入。
● ダライ・ラマ法王日本公式サイトが4月の来日にあわせて公開。
●曙橋にチベット難民が経営するチベット・レストラン「タシデレ」開店
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DATE: 2015/12/07(月)   CATEGORY: 未分類
新春のチベット講義のお知らせ
早稲田大学のエクステンションセンターで「ダライラマ13世と帝国主義のプレイヤーたち」という演題で四回講座をやります。30名定員です。詳しくはすぐ下に書きました。

●二つ目は時間その他はこれからつめますが、2016年2月11日にチベット暦の新年パーティもかねて、曙橋のチベット料理屋タシテレで「転生僧の即位式の映像をみながら歴史資料を読む夕べ」 という演題で、映像みながら漫談します。 映像は1940年のダライラマ14世の即位式と、2014年のガワン先生の生まれ変わりの即位式で、私が映像を解説しながら、チベット料理を食べようという、企画です。
 お見えになった方には、ダライラマ14世の即位を目撃したイギリス人のベイジル・グールド卿の報告書を翻訳した小冊子もお土産にさしあげます。
 時間などの詳細が決まりましたらここで告知します。興味のある方は夕方以後を明けておいてください。
 
●チベット卓上カレンダー

 今年もあとわずか、毎年恒例SFT Japanのチベット・オリジナル・カレンダーの発売が開始です。個人的には小坊さんの3月と法王様の7月がいいですね~。
 今年も一年チベットをあなたのおそばに。
購入フォームはこちらです。
ダライラマ13世を取り巻いた帝国主義のプレーヤーたち

◇主催・会場 早稲田大学エクステンションセンター

◇【講義概要】
20世紀初頭チベットは地図上に残された最後の空白地帯チベットは各国のあこがれの下にあり、英・露確執の舞台でもあった。1904年のイギリスのチベッ ト侵攻で亡命を余儀なくされたダライラマ13世は、一転はからずも各国の大使たちと接触する中、チベット近代化の必要性を痛感。一方各国の大使たちはチ ベットの豊かな文化とダライラマに魅せられていく。大使たちの記録、ダライラマ13世の親書より、西洋世界とチベットとの初の触接接触の時代を読み解いて いく。

◇【各回の講義予定】各 14:45~16:15
第1回 2016/ 1/ 9(土) イギリスのチベット侵攻とダライラマの亡命
第2回 2016/ 1/16(土) ジェブツンダンパ8世との不和
第3回 2016/ 1/23(土) ダライラマ13世に魅せられた各国大使たち
第4回 2016/ 1/30(土) 1913年清朝崩壊をうけチベット独立

詳細・問合せ先:早稲田大学エクステンションセンター TEL:03-3208-2248
紹介URL : http://www.second-academy.com/lecture/WSD31379.html

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