白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2006/08/24(木)   CATEGORY: 未分類
「若仲と江戸絵画」で美しい鳥たちを堪能
本日、終盤にさしかかりまくった、国立博物館の「若仲と江戸絵画展」を見に行く。

jyakuchu


明治維新以後、日本人は自国の文化に自信を失ったため、多くの日本美術がアメリカやヨーロッパに流れ出した。今回国立博物館で行われたこの江戸絵画も、プライスという西欧人があつめたものが日本にきている。

自国の美術の優品を、他国で保存してもらうとは悲しい話である。

現在でも、京都の骨董品のもっともいいものは、京都ではなく外国に出すのが常識らしい。

日本人はお金もつと、自国の美術品ではなく、洋モノをかうため、国内ではいい値がつかないからである。

しかし、よく考えると、そうやって日本の古美術かいあさってる西洋人は、たぶん自国の美術品には興味ないんだろうから、お互い様である。

日本人はドレスきてウィーンフィルをきいてブラボーとかいい、西欧人は能や歌舞伎をみて、ワンダホーとかいうのである。

ちなみに、国際チベット学会の西欧人の学会会員は嫁さんの東洋人率が異常に高い。
チベットに興味もつような人たちだから、西欧文化よりも、東洋文化にシンパシーをかんじるからだろう。

その点わたくしは東洋人で東洋の歴史学を学び、また仏教をまじめにまなんでいるのだから、そんじょそこいらのハンパな西洋かぶれの日本人とはちがうのだ(おおえばり)。

なので、若仲を見に行くのである。

とエラソーなことをいったが、展覧会にいった理由は、彼の絵柄に動物、とくに、鳥(軍鶏や鶴や鶺鴒や雲雀)がおおいからである。

コバタンやワカケホンセイインコをかいた屏風まであった。
行って良かった。

清朝にもインコを書いた図譜があるくらいだから、江戸時代にインコをかく日本人画家がいても不思議はない。

若仲のさまざまな鳥の絵をみていると、彼が「鳥の普遍」に美をみていたことがよくわかる。

若仲は、晩年に自分の書いた絵を一斗の米にかえては、その米で羅漢像を一体ずつ造り、仏教への信仰をたかめていたそうである。

美しい絵をかき、その絵を聖なる像にかえていく。

昔の芸術家の生き方は、きまっている(ホレボレ)。
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DATE: 2006/08/21(月)   CATEGORY: 未分類
早実のエース斉藤くんに"不動心"を学ぶ
たった今、早実が、駒沢苫小牧に勝利して夏の甲子園を初制覇した。

わたしはいちおー早稲田の関係者で、ゼミ生にも早実出身者がいるので、公式には早実の応援をするべきなのだろうが、
基本姿勢は素晴らしいプレーをする方、すばらしい選手がいる方の味方である。

なので、対する駒大苫小牧のユニフォームにダルマチャクラ(法輪)マーク何かをみつけてしまうと、なんか彼らがかつと仏教も立ち直るような気がして、フラメンコのように愛校心がゆらめく。

しかし、今回は早実を応援しましたよ。
だってエースのふたりを見る限りでは、斉藤君に問題なく軍配があがったから。

何がいいかというと、この人、いわば不動心のかたまりなのである。

どんなピンチにいたっても、どんな消耗戦のさなかでも、
その表情はクールなままで、覚りを開いているかのような静かさ。それは最後までかわらなかった。

ピッチャーマウンドのまわりだけ、気温が三度ほどひくかったような気がする(んなバカな)。

一方、苫小牧のエース田中君はおいこまれていくことが表情にどんどんでてきて、わかりやすいというか何というか(年相応の反応で、これはこれでいいと思うけど)。

必死の形相になって、汗みどろで死闘するのも、甲子園らしいといえば甲子園らしいけど、私的には、あのまわの気温を三度低くみせるクールさ、とりまくすべての雑音をイーブンにしてしまうような静かなたたずまい、彼にまといつく品格というか大物ぶりに感動した。

何か久しぶりに、いいもんみせてもらった。

ありがとう、斉藤君。
そして、おめでとう早実野球部。
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DATE: 2006/08/20(日)   CATEGORY: 未分類
根拠のない自信にも実効性はあり
おかげさまでなんとか英作文が形になってきました。
それとともに精神衛生も徐々に向上。
はっぴっぴっである(いいかげん年にふさわしい表現を考えろと自分にツっこんでみる)。

私は今根拠のない自信に満ちあふれている。

きっかけは・・・・フジテレビ! ではなく、NHK。
英語でしゃべらナイトという、オヤジギャグまるだしの、NHKのセンスのなさが炸裂した題名の英語啓蒙番組が、何日か前特番を流した。

そこで、英語に耳をならそうと勤勉なわたくしはこの番組にチャンネルを合わせた。
(ウソ。たまたま逃避してザッピングしていたら釈尊=釈由美子がでていたのでチャンネルをとめた)

番組の企画は、京都で日本文化(禅・お茶・花街)にはまってくらす外人たちを尋ねてその話を聞くというものであり、そこに一人の神のような禅僧がいた。

彼は禅にあこがれて彼のもとを訪れる外人たちに向かい、
「ボディー・イコール・マインド、ノー」とかいうちょーちょーブロークンな英語で禅を教え、それがなぜか外人に通じていたのである。

たぶん、「体と心はイコールではない」といいたかったのだろうが、英文法的にはメチャクチャである。でも、通じていたのである。

しかも、これで海外にまで布教にでているというのである。
語学はどうも正確さよりも気合いらしい。
「伝えよう」というアツイ気持ちがある限り、なんとかなるもんらしい。

というわけで、根拠のない自信がわきおこり、英作文がさくさくすすんだというわけ。

わたしも単純である。NHK、いい仕事しているね
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DATE: 2006/08/17(木)   CATEGORY: 未分類
求む! 英語を母国語とする王子様
のろのろ台風のおかげで、一日驟雨が降ったりやんだり。
気温はそんなに高くないものの、湿度が高いのでむっしむし。
なんでこんなに台風が遅いのかと思ったら、チベット高気圧のせいらしい。
チベット高気圧が日本にまではりだしてきて、台風の頭をおさえとるらしい。

チベット最強。

世界はひとつ。

 午後、四月の末にとりおいてもらった本の購入を決定するために、チベット本やカワチェンに行く(遅)。

 店主のケルサン氏(チベット人)は嫌な顔一つせずに迎えてくれる。

 その後、新たに入った本を物色していると、

「イシハマさん、このケータイ、カードをかえれば、海外でも使えるんですよ。中国だったら中国値段で日本まで電話がかけられるんですよ」と通販でとりよせたケータイをみせてくれた。

 しかし、日本国内ですらケータイ使わない私がどんなコメントができようか。

 ケルサン氏はとにかくあたらしもの好き。

 ダライラマ14世も、幼少のみぎりより新しものがりで、まだチベットにいらっしゃった頃、外国の元首から送られた車を分解してその構造を確かめたりされていたことは有名な話しである。

 チベット人は古いものも大切にするけど、新技術の摂取もどん欲なのである。
 
 チベットを僻地の代名詞のようにきめつけてかかる人がいる。
 しかし、そのような人は、古代的なものと、超現代的なものをさくっと共存させるチベット人の柔軟な知性をみならってもらいたい。

 そういえば、ケルサン氏は「イシハマさんは、チベットをほめすぎる、チベット人にも悪い人がいるのに」とどこかでいっていたそうだが、そうやって自民族を客観視できるところも、柔軟さの現れといえよう。


 そこで、謙虚にオノレをふりかえってみると、集中力はないわ(30分と継続して机に向かえない)、英作文はできないわ、ユーモアを考えれば全部ブラックになるわ、機械に弱いわ、保守的だわで困ったものである。

 どこかに、私の原稿を英訳してくれる、英語が母国語であり、かつ、東洋史の教養もある王子様はいないかしら。

 ああ、一やあけたら何もかも全部片付いているなんて美味しい話はないのか。
 
(につまってます)
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DATE: 2006/08/14(月)   CATEGORY: 未分類
英作文に苦しむ一東洋学者のうめき
 刻々とせまる国際学会、いい加減発表原稿かかないとまずい。

 しかし、な~んかやる気がでない。こういう時には逃避に走ろうと、研究者仲間に電話をする。

 いろいろ話しているうちに「この電話逃避でしょ。いい加減英文書き出さないとネイティブ・チェックに間に合わないよ」と本質をついた発言をされる。

 ネイティブ・チェック、そんなもの現地についてから誰か知り合いみつけて、頼もうと思っていたわい(えーかげん)。

ああ、英語ヤダ。

 チベットは東洋なんだから、東洋史研究のレベルが世界的にも高い日本に敬意を表して、学会の発表言語には、当然日本語をいれるべきだと私は思う。

 でももしそれが許可されても、ほとんどの外人研究者が日本語を理解できないので、意味ないだろうな。そういえば、驚いたことに、アメリカとかヨーロッパでは、日本語のみならず漢語ができなくてもチベット近代史で大学で教鞭をとっているような人もいる。

 インド・ヨーロッパ言語を操る人々が、漢字やひらがなを習得するのにはものすごい努力が必要らしいからあまり、きついことはいえないが、言語獲得数の低さが、彼らの研究レベルに限界をもたらしていることは言うまでもない。

 私は仏教用語をちりばめた歴史文献を読むだけだったら、チベット語、漢語、モンゴル語、漢語、満洲語が一応できる(といっても現代語の会話や他ジャンルの文書はぜんぜんわからん)。

 清朝の最盛期の皇帝、乾隆帝もこれを全部できたので、これらの言語が全部できてはじめて清朝とチベット仏教の研究に着手するスタートラインにたてるのである。この一部の言語しかできないと、その一部の世界観にひきずられて大局的な研究ができないため、やはり全部できることがのぞましい。

 で、西欧人がチベット語、漢語、モンゴル語、漢語、満洲語を全部習得できるかといえば、無理にきまっている。彼らにとって、シナ・チベット語族(チベット語・漢語)、ウラル・アルタイ語族(モンゴル語・満洲語)は彼らのしゃべる言語とはまったく別の言語集団に属するため、その習得は困難を極めるからである。

 その点日本人はラク。小学校から漢字を覚えるから中国語おぼえるの比較的らくだし、満洲語やモンゴル語やチベット語の語順ほ日本語とほぼいっしょだし。
 だから、いい辞書とちょっとした根気があれば以上の言語は日本人なら誰でも気軽にマスターできるのである。

 というわけで、日本の東洋史研究のレベルは自ずと高くなるのである(おおいばり)。

 なので、そもそも、日本の研究者の書くものは、世界中の東洋史の研究者が読まねばならないのである。

 とはいっても、西欧人は漢語の習得ですらアップアップなので、ひらがな・カタカナ・漢字の乱舞する日本語を学ぶ余力などない。

 結果として、日本人の研究者は自分の研究を人にしってもらうために、自分で英訳して、のこのこ外国まででかけて宣伝にいかねばならないのである。

 本末転倒。

 もう一つ気が重いのは、時差。

 一時間以上時差のあるところにいくと体調がどっと悪化する体質を持つ者としては行くだけでもだるい。

 国際学会はヨーロッパかアメリカで開かれる。アメリカ人がヨーロッパにいったり、ヨーロッパの人間がヨーロッパ内で移動するのは国内感覚だろうが、こっちは中国大陸をこえ、中央アジアをこえ、紛争地帯の中東をこえてやっとヨーロッパにつくのである。飛行時間は十時間を超えるのである。もう行くだけでへろへろである。

 ここまできて、こんなことグチっている暇があったら、はやく発表原稿にとりかかれ、ともう一人の自分がツッコミをいれる。

 ので冒頭に戻る。
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DATE: 2006/08/11(金)   CATEGORY: 未分類
クラッシュから生まれる希望と絶望
アカデミー賞の作品賞をとったとかいうアメリカ映画『クラッシュ』を見る。

ロサンゼルスに住み、お互い微妙に生活圏を重ねる人々(店主と客、派遣修理人とクライアント、犯罪者と被害者、検事と警察、医者と患者、刑事と民間人etc.)が、人種間でぶつかりあい(クラッシュ)、それらのエピソードの中から、奇跡のように相互理解が生じたり、その逆に、突然不慮の死が訪れたりすることなどをたんたんと描いた作品である。

(かなりえーかげんにみていたので、内容をちゃんと把握していないかもしれない)

人種的な偏見のない白人が、はずみで黒人を殺してしまったり、差別的な発言を繰り返す商店主や犯罪者が、奇跡的に心をいれかえたり、自分の出世のために同人種の家族を切り捨ててうしろめたい人々など、単純な勧善懲悪でおわらないストーリーが、アメリカ映画には珍しい奥行きをもたせている。

例によって、前提となる社会がドグサレているので、共感するまではいかないが、そういう社会をうまく描いたという意味では賞賛に値する。

好みの男優がでていないにもかかわらず、私が珍しくアメリカ映画をほめたくなった理由はたぶん、あれだな。

同じような手法をつかった邦画『有頂天ホテル』があまりにアレだったからだろう。

この『有頂天ホテル』、『クラッシュ』同様、様々な人間模様をぶつけあわせながら、最後のカタストロフィー(カウントダウンパーティ)に向けて収斂させていくのであるが、じつにひどい。

一つ一つのエピソードが実にくだらないのである(以下ネタバレあり。みない方が幸せかもしれないので、以下の記述も読むことをオススメします 笑)。


証人喚問に呼ばれて自殺寸前にまで追いつめられている汚職政治家と元愛人の再会
恋人のパンツをはいて仕事に出かけたことから危機を迎えているカップル
鹿の交配を趣味でやっているオッサンとコールガール
もと演劇青年、今ホテルの副支配人とその元妻の再会(この元妻は今は鹿の交配オッサンの妻)
歌手になる夢をあきらめようとするベルボーイと元同級生の女の子の再会(この女の子はコンパニオンで津川雅彦とフリン中)

このセンスがみじんも感じられない荒唐無稽な設定だけでも、みる気なくなるでしょ?

 で、これら登場人物が、大晦日のホテルで、昔の知り合いや元妻に再会すると、よくある話で「自分の今」をよくみせようとして、相手にウソをついたり、去勢をはったりして、どたばた喜劇が始まる。

でもって登場人物がいきついた境地が「生きたいように生きるんだ」とか「夢をあきらめないで」とか、なんだかねーの世界。

たとえ娯楽作品であっても、そこにその時代や社会の一部をするどくきりとってみせるリアリティがなかったり、人間性というものに対するペーソスとか愛情とかがなかったりすると、そこには笑いも感動も生まれない。

どんなに有名な役者を数つかってそろえても、巨額の費用を投じてセットつくっても、いい作品にはならないのである。

その点『クラッシュ』は多少デフォルメしているとはいえ、黒人、白人、中東系、ヒスパニック、東洋人などのまじりあう「ロサンジェルスの今」をよく描いていた。

そして、そのどうしようもないドロドロの中から、かすかな希望とそして圧倒的な絶望を描いてみせた。

なので、『クラッシュ』は、社会も、人も両方描くことに失敗している底の浅い『有頂天ホテル』よりははるかにマシ(つか、一邦画をアカデミー賞と比べる私が悪いのか)。

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DATE: 2006/08/07(月)   CATEGORY: 未分類
少子化がとまらない本当の理由
今日、ニュースの特集で「少子化がとまらない本当の理由」みたいなのをやっていた。
特集のいわんと欲するところは、
国は少子化をとめようと、保育料を補助するなどの金銭面のサポートばかりうちだすが、夫婦が子供をもたない理由は、いろいろあって、金銭サポートしてどーなるってもんじゃない。
で、問題の「子供を持たない理由」を特集の中にでてきた夫婦の言葉でいうと、

「子供がいなくても夫婦二人で十分幸せだから」

そして、さらに追い打ちをかけるように
お見合いビジネスの人が
「最近は子供がいらなくてもいいという条件をパートナーに求める人が増えています」といい、
さらに

42歳独身男性に「趣味の車に20-30万かかる。子供がいたら自分の趣味にこんなにお金はかけられない。一人の方がきらくです。私くらいの年齢になると結婚していた連中がそろそろ離婚話はじめてますから」と結婚自体したくない発言が炸裂。

とどめは東大助教授

「昔、子供をもつことは①家業を継がせる労働力 ②老後のささえ ③愛情をそそぐ対象、とありましたが、前二者の持つ意味が最近はなくなり、最後の一つしかありませんからねえ。年金制度を支えるために子供を増やそうとかいう国の考え方は本末転倒ですよ」とまとめちゃった。

ははははは。

みんながうすうす感じていても、これいっちゃまずいかな~と思っていたことをそのままいっちゃってる。

時代のホンネが、ダダモレ。

この社会で子育てをすることは大変。それが原因でもともとよかった夫婦仲が壊れることもある。さらに、子供に老後の面倒をみてもらおうなんて時代でもなく、てか、成人した子供に刺されるようなご時世である、いない方が寿命全うできるぜ、ベイベー、みたいな。

そもそも人間は多すぎる。だから、こんなふうな自然な少子化はいいと思うけどね、戦争なんかで減らすよりゃよほどいい。

心の病が昨今激増しているのも、狭い国に人がひしめいているから。少子化うんぬんするよりも、介護ロボットの開発費に予算を投じた方が、現実的なのではないかと思う今日この頃。

暑いな
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DATE: 2006/08/05(土)   CATEGORY: 未分類
真夏のシジュフォス神話
今日から大学はいっせい休業期間に入る。
事務所のみならず、図書館も休み。
13日までずずずぃーっと休みである。

過重な勤務を強いられている事務の方々に休みは必要であろう。

しかし、やっと事務のごたごたが片付いて「さあ研究ほんごし」という八月のあたまに図書館がずずずぃーと休みになられては、こちとら研究あがったりである。

そこで、昨日図書館にいき必要な資料を全部かり出すことにした。

ド分厚い本を十八冊、かりちゃー、研究室に運びあげてを繰り返すこと、三往復。

今日は筋肉痛で肩から腕が痛い。

しかも、返す時にはまた同じことをせねばならないのだ。

まるでシジュフォスの神話である。

ダンナはつとめている大学のオープンキャンパス(受験生対象に大学の宣伝をするキャンペーン期間)のため、また今晩から京都である。

少子化の時代に向けて大学はオープンキャンパスをはじめとし受験生へのアピールしきりである。

しかし、わたしはこのようなイベントあまり好きでない。
まだ何をしたいかもわからない、大学の先生の研究内容もしらない受験生に対して、何を訴えるというのか。

彼らは「カフェテラスがステキ」「学生会館がオシャレ」「校舎がキレイ」とかのものさしではかるのがせいぜいだろう。

 大学はそれをみこして外面(キャンパス整備)ばかりお金を使い、一番重要な内面(教員の質の向上・授業内容の充実)は個々の教員にまかせてノータッチ。

しかし、これでは本末転倒。研究あっての大学である。

 まともな教員が世界的な研究すれば、世界中から学生はくる。その基本を無視して、外面ばかりを飾り立てて、そんなのにひっかかる学生ばかり呼び集めても、なんもならんがな。

で、はじめにもどる。

教員に時間ができる休み期間には、図書館開けてくれ。

もう本をかついで何往復もするのはヤダ。
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DATE: 2006/08/01(火)   CATEGORY: 未分類
飛鳥・平安ミステリーツァー
 夏である。ゼミ合宿である。
 今年の学生諸君は、非常によくできた子ばかりで、お宿の予約などは全部自分たちでやってくれた。ありがたいことである(普段は見るに見かねて私がやる)。

 Hくんが「ありきたりの寺まわりは修学旅行でやった。なんかこうミステリーな場所をまわりたい」というので、日本最古のミステリー法隆寺と、京都では都の鬼門封じ比叡山をメインときめる(いいのか、それで)。

 初日、JR法隆寺駅から法隆寺までの徒歩二十分は、酷暑の中の死のロードであった。アルバニア難民のようになりつつ法隆寺に到着。

 日本に仏教を導入し古代国家を成立させた聖徳太子様の事績はむろんのこと、巷間に根強くさやかれる「法隆寺は聖徳太子一族の怨念を鎮めるための封じの寺である」伝説なども紹介する。

 近鉄奈良駅にもどると、もう7時。それでも負けずに猿沢の池からライトアップされた興福寺をまわり、奈良公園の鹿とたわむれる。興福寺は藤原氏の氏寺で、平城京の鬼門であり、都全体をみおろす高台にある。ちなみに、例の法隆寺鎮めの寺伝説によれば、聖徳太子の一族を滅ぼしたのは藤原一族ということになっている。法隆寺に藤原不比等の妻の遺品が多いこと、聖徳太子一家が滅びた年に藤原鎌足が歴史に登場していることなどが、彼らの根拠となっている。

 ま、こういうことは文書資料によって記されるような性質の問題ではないから、資料にないからといって否定もできないかわりに、客観的に証明できることもない。だから永遠のミステリーなのである。

 へとへとになって京都にもどり、夕飯をたべてから酒盛り。最近の学生はまあいろんな種類のお酒を飲むこと。いろとりどりの酒瓶が熱帯のジャングルのように林立している。しかし、「ハタチすぎたら飲酒は合法だったよね」といいわけしつつ、ゲロと器物損壊だけはくれぐれもしないよう言い置いて寝る。

とはいってみたものの眠れない。どこぞの大学の学生さんの笑い声がきになったり(オノレのゼミ生じゃ)、エアコンが寒すぎたり暑すぎたりとで。輾転反側しながらあいまに読書する。

 翌日、ロビーにいくと、スポーツ新聞が早実の甲子園進出を告げている(そういえば昨日早実出身のゼミ生が法隆寺でたところで試合結果を聞いて喜んでいた)。それから、今晩の宿に荷物をうつして比叡山ツアーに出発。

 全員がマイペースであることから、食事、チェックアウト、移動、買い物、などにすべてに異様に時間がかかる。あらかじめ決めた予定にそって動くことはそうそうに放棄し、行き当たりばったりで、いくことに決定(新城風)。

 そしたら当然、のりはぐれちゃいけない直通バスにのりはぐれ、バスと電車とケーブルカーとロープーウェイとシャトルバスを乗り継いで比叡山に行くことに。

 叡山電鉄の中で「比叡山の猿は最近凶暴化しているそうだから気をつけてね」と本日の最重要事項を伝達する。

 ケーブルカーは三十分に一本しかない。電鉄からケーブルの駅までのわずか五分をまったりと歩いていたら、接続しているはずの便にのりはぐれた。そこで、どうせあと三十分あるからと川遊びに。

 男の子たちはみな靴を脱いで川にはいっていく。こうしてみるとまだまだみな子供である。TA君が、現地の小学生と同じ目線で戯れ、向こう岸から石をなげてきてはしゃぐ姿をみるとふと「比叡山の猿は意外とかわいいかも」と思う。

 「きたかいがあった」と喜ぶみなの顔をみると、私の歴史話をきくときよりも遙かに楽しそうなので、わざわざ京都くんだりまでこずとも、チチブで川につかっていても十分ゼミ懇親になったのではないかとふとおもう(30分後のケーブルに乗れなかったことは言うまでもない)。

 今年は、比叡山に戒壇(僧侶の資格を与える儀式を行う場)ができて1200年の節目の年(国立博物館で天台の美術展をやったのもその流れ)。 比叡山の戒壇院(信長の焼き討ちにあったので再建)の前で日本仏教の思想や歴史についてミニ講義。

 深山幽谷の趣のある比叡山はみなにうけ、パッカーのW君は「外人にも誇れる日本の観光地をやっとみつけました」と言ってくれた。わたしとしては千日回峯行のベースキャンプ無動寺谷にもいきたかったが、行き当たりばったりがたたってその時間なし。文殊楼の前で記念撮影をして、山を下りる。

 返りのバスは比叡山を九十九折しながら山をくだるため、Rちゃんがバスによってしまうものの大事にいたらず。市内におりてより、清明神社・一乗戻り橋・神泉苑とまわり、平安京の怪奇現象についてかたる。

 Sくんが「神泉苑って湯豆腐やの名前じゃないんですか。もう、腹すきましたよ」というので、京都駅にもどり、夕飯をいただく。そして酒盛り。

 ゼミ旅行最期の夜もふける。幹事をねぎらい、さかもりの記念撮影も一通りおえ、ねにつく。

 今日の反省点は、TA君が川遊びでぬれたトランクスをそのあとずっとタオルだといいはりつつ、手にもっていたこと(ということは彼はノーパンか)。

 まあなんだかんだいってみないい子ばかりだ。彼らがこの旅行を通じてどのくらい歴史に興味をもってくれたかどうかはナゾだが、少なくとも互いの懇親は深まったことだろう。

これから卒業するまで、いやした後もみんな仲良くね。
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