土砂降りの中、貴重書の宝庫へ
月曜と火曜日は、1637年に盛京(瀋陽)に建てられたチベット寺(實勝寺)の碑文の拓本をみに東洋文庫にでかける。
ここには、目当てとする碑文の拓本が二セット所蔵されており、一枚は紙がぼろぼろでインクもかすれかすれ、しかしてもう一枚は比較的紙もあつくてインクもこい。「じゃあ後者のみみればいいじゃん」という人はあまい。
ボロいということは古いということで、前者の方が明らかに前にとられた拓本で、後者で読めなくなっている文字が前者では判読できたりする。なので、結局、両方を見くらべることになる。
碑文は満洲語・モンゴル語・チベット語・漢文の四体合壁で、一つの単語の一部がかすれてよめなくても他言語でそこに対応する単語をみれば、そこにあてはまるべき単語を復元することが可能となる。パズルのような、面白いが、かったるい作業である。
この作業が終わると、1914年に出版された北京・熱河のチベット寺の拓本集にとりかかる。この本非常に希少で特に一巻はここにしか入っていないのだ。
東洋文庫、実はこのような貴重書のコレクションで世界的に有名なのである。しかし、昨今経営不振で常勤の研究員は一人もおらず、山のごとくある貴重書は他の本と同じ部屋でホコリをかぶってほりだされている(ちなみに同じクラスの本が、私大の図書館とかにあったら、音頭湿度が管理された貴重書室で宝物のように扱われている)。
東洋文庫が所蔵しているものが、壺とか絵画とかだったら「寄附でもしようかな〜」という酔狂な金持ちもでてこないとも限らないが、何しろここのウリは英語とかロシア語の18世紀の研究所や、ペルシア語・アラビア語・満洲語・モンゴル語の書籍類なので、金持ちの心まったく動かず。
でも、史料ってある意味、ツボよりも、絵画よりも、仏像よりも貴重なんだけどね!
とにかく、金持ちは金の使い方をわかっとらん。
去年のいまごろ、ホリエモンが拘置所生活がまっているとも知らずに暮れの番組の中でのたまっていたセリフを覚えているだろうか。
「宇宙旅行にいく」とか「総理大臣になる」とかのたまっていたのである。
わたしはその時思った。
この男、ちょっとでも公共の福利に供するとか、芸術や文化を支援するとかいう発想がないのかと。
労せずして手に入れた薄汚いあぶく銭なんだから、せめて使う時くらいは綺麗なことにつかってみろっつの(これがホントのマネーロンダリング)。
彼がもう少しまともなことに金を使っていたとしたら、彼が拘置所に入ったあとも、メタボリック男とか、とっちゃんぼーやとか、恥知らずとか、内臓脂肪とか、カバとか言わないでやったのに。
彼は「金で買えないものはない」と豪語していたが、実は彼が拘置所に入る前と後の行いで失った「人物評価」とは「金で買えないもの」の最たるものだ。
才能も美徳も行動力もチャンスも、みな金で買えるものではない。
かりに金の力で、社長とか弁護士とか医者とか教授とかの肩書きを手に入れたとしても、その名(肩書き)にふさわしい実(内容)がないと蔑まれるだけ。
いくら自分はえらいと思っても、誰もそうは思ってくれないのである。
世の中の人は往々にして「名を手にれてよし」とするが、実のともなわない名ほどみっともないものはない。
ここには、目当てとする碑文の拓本が二セット所蔵されており、一枚は紙がぼろぼろでインクもかすれかすれ、しかしてもう一枚は比較的紙もあつくてインクもこい。「じゃあ後者のみみればいいじゃん」という人はあまい。
ボロいということは古いということで、前者の方が明らかに前にとられた拓本で、後者で読めなくなっている文字が前者では判読できたりする。なので、結局、両方を見くらべることになる。
碑文は満洲語・モンゴル語・チベット語・漢文の四体合壁で、一つの単語の一部がかすれてよめなくても他言語でそこに対応する単語をみれば、そこにあてはまるべき単語を復元することが可能となる。パズルのような、面白いが、かったるい作業である。
この作業が終わると、1914年に出版された北京・熱河のチベット寺の拓本集にとりかかる。この本非常に希少で特に一巻はここにしか入っていないのだ。
東洋文庫、実はこのような貴重書のコレクションで世界的に有名なのである。しかし、昨今経営不振で常勤の研究員は一人もおらず、山のごとくある貴重書は他の本と同じ部屋でホコリをかぶってほりだされている(ちなみに同じクラスの本が、私大の図書館とかにあったら、音頭湿度が管理された貴重書室で宝物のように扱われている)。
東洋文庫が所蔵しているものが、壺とか絵画とかだったら「寄附でもしようかな〜」という酔狂な金持ちもでてこないとも限らないが、何しろここのウリは英語とかロシア語の18世紀の研究所や、ペルシア語・アラビア語・満洲語・モンゴル語の書籍類なので、金持ちの心まったく動かず。
でも、史料ってある意味、ツボよりも、絵画よりも、仏像よりも貴重なんだけどね!
とにかく、金持ちは金の使い方をわかっとらん。
去年のいまごろ、ホリエモンが拘置所生活がまっているとも知らずに暮れの番組の中でのたまっていたセリフを覚えているだろうか。
「宇宙旅行にいく」とか「総理大臣になる」とかのたまっていたのである。
わたしはその時思った。
この男、ちょっとでも公共の福利に供するとか、芸術や文化を支援するとかいう発想がないのかと。
労せずして手に入れた薄汚いあぶく銭なんだから、せめて使う時くらいは綺麗なことにつかってみろっつの(これがホントのマネーロンダリング)。
彼がもう少しまともなことに金を使っていたとしたら、彼が拘置所に入ったあとも、メタボリック男とか、とっちゃんぼーやとか、恥知らずとか、内臓脂肪とか、カバとか言わないでやったのに。
彼は「金で買えないものはない」と豪語していたが、実は彼が拘置所に入る前と後の行いで失った「人物評価」とは「金で買えないもの」の最たるものだ。
才能も美徳も行動力もチャンスも、みな金で買えるものではない。
かりに金の力で、社長とか弁護士とか医者とか教授とかの肩書きを手に入れたとしても、その名(肩書き)にふさわしい実(内容)がないと蔑まれるだけ。
いくら自分はえらいと思っても、誰もそうは思ってくれないのである。
世の中の人は往々にして「名を手にれてよし」とするが、実のともなわない名ほどみっともないものはない。
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