白雪姫と七人の小坊主達
早稲田大学仏教青年会 ウォッチング日記
DATE: 2007/03/31(土)   CATEGORY: 未分類
春の鎌倉で江戸を捜す
 去年チベット旅行に参加してくださった方がかまくらで書展(かまくら画廊 繭の会)を開くというので、春の鎌倉にいく。

 横浜駅でえんえん横須賀線をまつ。

わたし「だから乗り換え案内で乗り換え時間調べておけばよかったのに。これだけ時間あるならコーヒーが買えたよ」


 その上電車がはいってきて自分たちはグリーン車の前でまっていたことに気づく。今から並び直しても座れまい。

 わたし「鎌倉まで三十分もたつの? だから調べておいてっていったのに。」

 ダンナ「グリーン車なんて事前にどう調べるのよ」

 やけくそになったわたしは「もういいグリーン料金払って座る。」

 横須賀線のグリーン車は二階建て。バカと煙はなんとやらで迷わず二階へ。お姉さんが現れて、「どこでも好きな席にお座りください。」とその場でグリーン券をうってくれる。我々が座ると席の頭上には翠のランプがともる。

 なんか、行楽気分がもりあがってきて、白雪姫の機嫌はとたんに治る。

 鎌倉駅におりたつと、昨日から満開になった桜をみに人出がどっと繰り出したりしているので、小町通りは押しくらまんじゅう。

 主催者の方の書は「すべてのものに皆仏となる性質がある」(一切衆生悉有仏性)など仏の言葉が多く、鎌倉の雰囲気によくマッチしている。小さな焼き物も置いていて、前回は招き猫をテーマにし、今回はおひな様がテーマだそう。

 わたし「何処で焼くんですか」

 会の主催者「これはうちにある電気ガマでたくんです」

 わたし「・・・・」

 ダンナ「あなた今炊飯器を想像しなかった? 電機で焼き物やく機械って意味だからね」
 
 あまり自分の考えが人に読まれるというのは思考が単純であることの現れであり、いいことではない。

 この画廊を辞去したあと、たまたま並びにあった美術館で徳川家伝来の御所人形展をやっていたのをみつけフラフラと入る(吉兆庵美術館)。

 おお、葵の御紋が人形の着物に・・。葵中毒となっているわたくしに神が用意してくださったかのような展覧会である。

 そのあと、普通の観光客なら鶴岡八幡宮とか建長寺とか行くのであろうが、徳川オタクはそんなありきたりの所にはいかない。

 迷わず、水戸徳川家の姫君が代々尼となってまもった英勝寺にいく。受付には「山門復興のため拝観料をくれ」とあるものの、洋犬が一匹受付に座っているだけで誰もおらん。お金を払わないとこの犬かほえて中から人がくるシステムだろうか。

 突然ダンナ「あなた、大変よ、ここあと三十分で閉まる」

 わたし「やる気ないなー、まだ三時じゃん」

 ダンナ「それどころか、そもそもこの寺五のつく日とゼロのつく日しか開けてないんだ。あなたこそよくガイドブックみてよ。」

 わたし「まあいじゃない。開いてたんだから。これぞ仏様のおめぐみ。なーむー」

 境内に入ると、葵の御紋の瓦をおいた江戸初期の仏堂がある。このお寺が所蔵する阿弥陀三尊はとっても小さいのだが、仏像とそれを入れる厨子が、一つの木材で彫られた「檀龕仏」。つい最近重文指定されたことで話題になっている。

 これは破顔君がすきだといっていたタイプの仏ではないだろうか。(気がついたら記事トラバしてくれい。)

 例によって寺は明治期に一時期廃絶し、山門の一つは金持ちの家に売り飛ばされたそうだが、最近買い戻してバラバラ状態でプレハブ小屋におさまっている。今年から復活事業が始まるそうである。

 がんばってくれい。

そのあと、徒歩十分くらい歩いてこれまた徳川家ゆかりの薬王寺(日蓮宗)へ。ここは三代将軍家光の弟の菩提を弔う寺である。ご存じ家光には弟がいたのだが、両親は帝王教育をうけるため早くから親元から離れた家光よりも、手元にいる弟ばかりかわいがり、三代将軍をこの弟につがせようとした。

 そこで登場するのが家光の乳母の春日局。大御所家康に直訴して、家康の裁可で家光の将軍継承は決定する。

 まあ、そういうわけで将軍になりそこねた弟は粗暴な振る舞いを続け酔っては人を斬り殺すの繰り返しで荒れ狂い、最後は横死する。そんな男でも乳母や妻はやっぱりかわいそうと思ったのか菩提を弔うんだけど、乳母は後楽園にある昌清寺に尼となって蟄居し、妻はここ薬王寺に彼の供養碑をたてる。

 両寺ともに葵のごもーん、をシンボルにいただいている。

 いつも思うのだけど、家光の家族って問題の多い今の上流家庭そのまま。家光38までお世継ぎ生まれなかったんでホモだのなんだのいろいろ言われてたけど、あれ明らかにウツだよ。弟もかわいそうかもしれないけど、家光も憐れである。

 やっぱ、庶民が一番である。
  
 そのあとしまりかかつた東慶寺に飛び込んで、日本を代表する哲学者、西田幾多郎の墓前に額づく。

 ついでにあたりを見回すと岩波の社長やら、和辻哲郎やら、鈴木大拙やら有名人の墓だらけ。

鎌倉の文化人はここに眠るのがステいたすなのだな。

パリのモンマルトルの墓地みたいなもんか。常々思うのだがみなが一個ずつこんな墓もっていたら今に日本列島は墓だらけになって生者が住むスペースがなくなるんじゃないか。

まあ火葬にするだけ西洋人の土葬よりゃコンパクトだが。
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