恐るべき子どもたち
昨日梅雨入りしたかと思ったら、今日はもうすっきり晴れている。今年は
「一日梅雨」か。
ここまで異常が続くと異常も日常。
季節の変わり目のせいかダルイ。
しかし、多かれ少なかれ一年中365日ダルイので、これは私が怠け者なだけなのかも。
でも、季節は常時動いていて諸行無常なわけだから年中季節の変わり目だから、正当に体がダルイのかもしれない。
アメリカでパリスヒルトンなるお嬢サマが、常識はずれの行動をとって笑いものになっている。
なんでも、小さな頃から何一つガマンしたことがなく、自分がしたいことを、本能と気の赴くまま、法律とか世間の目とかまったく気にせず、やっちゃうらしい。
入場料が30万円というチャリティパーティで、
ねぎる。
また、パーティでおトイレにいって行列ができていたら、
その場でおもらし。
免停中だろうが、なんだろうが車は運転。
業を煮やした警察が刑務所に入れたら、一晩中泣き明かし、まわりの囚人大迷惑。
これは、お嬢サマでガマンをしらないというよりは、ちょっと●りないのでは、また、もし●りないのだとすると、その奇行を楽しんで癒されているアメリカ人ってかなーり、疲れているなと思うのであった。
でだ。
なぜこんな話をしたかというと、わたしがパリスヒルトンのような奇行女だからではなく(反論はいっさい受け付けません)、本日のダンナの衝撃の体験のまえふりなのだ。
ダンナは某駅前の□ブン・イレ△ンでごろうちゃんにさしあげる出雲の水を買うべくレジに並んでいた。
夕食時で駅前ということもあり、店は混雑してレジまちの時間は長い。ダンナの前には幼稚園の制服をきた女の子をつれた若いお母さんが並んでいた。
すると、いきなりその女の子、パリスヒルトンばりに、おもらし。
日本人笑いしながら堂々と。
いくら子供とはいえ、多少の羞恥心とかないのか。
それを掃除する店の人とかに悪いと思わないのか。
某私立幼稚園の制服をきているのだから、お受験を突破する頭はもっているわけで、●りないわけじゃない。しかし、情操教育には明らかに問題がある。
話は変わるが、三週間くらい前のおなじ金曜日、全国放送されたので知っている人も多いが、高田馬場ちかくのスーパーオリンピックで火災がおきた。
大火災で、火事のにおいは学校にまで漂ってきた。
当初から、花火コーナーで火遊びしていた子供が犯人ではないかと云われていたが、二〜三日前、犯人として十歳の子供がつかまった。
何とこの子供、お母さんと一緒にオリンピックにきたまでは認めたが、火をつけたことについては、
「〔捜査員には〕教えない」といったのだそうな(笑)。
「十歳にして、黙秘権」。
孔子もひっくりかえる末恐ろしさ。
たてものの被害を含めて億の損失だというのに、80台の消防車が出動する大騒動になったというのに、
「教えない」らしい。
フツーの神経だったら、自分のしたいたずらで思っても見ないオオゴトになってしまったなら、不安で不安で、はやく自分の罪を誰かに告白して楽になろうとするもんじゃないか?
アンファン・テリブル(by ジャン・コクトー)。
【と書いたら、読者より、オリンピックで火をつけた子は、「知的障害を抱えていた」とのご指摘を受けました。
専門家でないので、知的障害のある子どもがオオゴトをしてしまった場合どのような反応をするかはわかりませんが、情報としてつけくわえておきます。】
孔子もいっている。
己の欲するがままにふるまっていいのは、まじめに生きてて、かつ70歳こえてから。
人格を陶冶すべく努力し続けても、70すぎなきゃ人に迷惑かけない境地にはなれないという意味だ。
裏返せば、70より若い場合、また、自分を省みないままいたずらに年とって70すぎた人間は、本能の赴くままに動けば、人に迷惑をかけちゃう。てーこと。
ところで、儒教だと70こえなきゃみにつかない自制心も、仏教だともっと低年齢でゲットできる。
それは人の行いをシステマティツクに矯正する「戒律」という学問があるから。
戒律は出家した人々の規則であり、放っておくと暴走する体と心と言葉を「戒め律する」ための諸規則である。
服装、歩きかた、歩いている時の視線のおとしさき、立ち居振る舞い、食事の仕方と、日常生活全般の動作にそれはもう細かい項目があり、いろいろな規定を加えている。
この戒律にのっとって動くものは、あら不思議、誰でも、他の生き物に迷惑をかけたり、不快感を与えたりしないように自然となる。
ご用とお急ぎでない方は、この戒律を一度じっくりみてみてください。本当によく考えられています。
ここクリック。
ちなみに、日本の仏教においては戒律の伝統が途絶えて久しいです。聖職者からしてこうですから、社会が煮くずれるのも仕方ないのかもしれません。
「一日梅雨」か。
ここまで異常が続くと異常も日常。
季節の変わり目のせいかダルイ。
しかし、多かれ少なかれ一年中365日ダルイので、これは私が怠け者なだけなのかも。
でも、季節は常時動いていて諸行無常なわけだから年中季節の変わり目だから、正当に体がダルイのかもしれない。
アメリカでパリスヒルトンなるお嬢サマが、常識はずれの行動をとって笑いものになっている。
なんでも、小さな頃から何一つガマンしたことがなく、自分がしたいことを、本能と気の赴くまま、法律とか世間の目とかまったく気にせず、やっちゃうらしい。
入場料が30万円というチャリティパーティで、
ねぎる。
また、パーティでおトイレにいって行列ができていたら、
その場でおもらし。
免停中だろうが、なんだろうが車は運転。
業を煮やした警察が刑務所に入れたら、一晩中泣き明かし、まわりの囚人大迷惑。
これは、お嬢サマでガマンをしらないというよりは、ちょっと●りないのでは、また、もし●りないのだとすると、その奇行を楽しんで癒されているアメリカ人ってかなーり、疲れているなと思うのであった。
でだ。
なぜこんな話をしたかというと、わたしがパリスヒルトンのような奇行女だからではなく(反論はいっさい受け付けません)、本日のダンナの衝撃の体験のまえふりなのだ。
ダンナは某駅前の□ブン・イレ△ンでごろうちゃんにさしあげる出雲の水を買うべくレジに並んでいた。
夕食時で駅前ということもあり、店は混雑してレジまちの時間は長い。ダンナの前には幼稚園の制服をきた女の子をつれた若いお母さんが並んでいた。
すると、いきなりその女の子、パリスヒルトンばりに、おもらし。
日本人笑いしながら堂々と。
いくら子供とはいえ、多少の羞恥心とかないのか。
それを掃除する店の人とかに悪いと思わないのか。
某私立幼稚園の制服をきているのだから、お受験を突破する頭はもっているわけで、●りないわけじゃない。しかし、情操教育には明らかに問題がある。
話は変わるが、三週間くらい前のおなじ金曜日、全国放送されたので知っている人も多いが、高田馬場ちかくのスーパーオリンピックで火災がおきた。
大火災で、火事のにおいは学校にまで漂ってきた。
当初から、花火コーナーで火遊びしていた子供が犯人ではないかと云われていたが、二〜三日前、犯人として十歳の子供がつかまった。
何とこの子供、お母さんと一緒にオリンピックにきたまでは認めたが、火をつけたことについては、
「〔捜査員には〕教えない」といったのだそうな(笑)。
「十歳にして、黙秘権」。
孔子もひっくりかえる末恐ろしさ。
たてものの被害を含めて億の損失だというのに、80台の消防車が出動する大騒動になったというのに、
「教えない」らしい。
フツーの神経だったら、自分のしたいたずらで思っても見ないオオゴトになってしまったなら、不安で不安で、はやく自分の罪を誰かに告白して楽になろうとするもんじゃないか?
アンファン・テリブル(by ジャン・コクトー)。
【と書いたら、読者より、オリンピックで火をつけた子は、「知的障害を抱えていた」とのご指摘を受けました。
専門家でないので、知的障害のある子どもがオオゴトをしてしまった場合どのような反応をするかはわかりませんが、情報としてつけくわえておきます。】
孔子もいっている。
己の欲するがままにふるまっていいのは、まじめに生きてて、かつ70歳こえてから。
人格を陶冶すべく努力し続けても、70すぎなきゃ人に迷惑かけない境地にはなれないという意味だ。
裏返せば、70より若い場合、また、自分を省みないままいたずらに年とって70すぎた人間は、本能の赴くままに動けば、人に迷惑をかけちゃう。てーこと。
ところで、儒教だと70こえなきゃみにつかない自制心も、仏教だともっと低年齢でゲットできる。
それは人の行いをシステマティツクに矯正する「戒律」という学問があるから。
戒律は出家した人々の規則であり、放っておくと暴走する体と心と言葉を「戒め律する」ための諸規則である。
服装、歩きかた、歩いている時の視線のおとしさき、立ち居振る舞い、食事の仕方と、日常生活全般の動作にそれはもう細かい項目があり、いろいろな規定を加えている。
この戒律にのっとって動くものは、あら不思議、誰でも、他の生き物に迷惑をかけたり、不快感を与えたりしないように自然となる。
ご用とお急ぎでない方は、この戒律を一度じっくりみてみてください。本当によく考えられています。
ここクリック。
ちなみに、日本の仏教においては戒律の伝統が途絶えて久しいです。聖職者からしてこうですから、社会が煮くずれるのも仕方ないのかもしれません。
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