地上の楽園ニッポン
子機が壊れていた上に、ファックスまで壊れたので(笑)、仕方なく電話を買い換えることとした。
しかし、電話機の交換にはびみょーな問題がつきまとう。
それは、愛鳥ごろうちゃん(オカメインコ)の反応である。
電話の呼び出し音は小鳥にとっても萌えポイントらしく、ごろうちゃんがお子様だった時に家にあった電話の呼び出し音は、ごろうちゃんによって完ぺきにコピーされた。
その〔ごろうちゃんにとっての〕初号機が壊れたあと、今壊れた二号機がうちに輿入れした。初号機ほどはすかれなかったが、電話がかかってくるとんでいくなど、ごろうちゃんの電話好きはかわらない。
そして、昨日。ヤマダデンキから三号機「おたっくす」が輿入れしてきた。
さっそく、内蔵されている呼び出し音を次々に呼び出してごろう様にきかせてみるが、すべて引かれる。
それもそのはず、着メロばかりで、呼び出し音があってもピロリロトロリロ、みたいなくぐもった電子音で、とてもごろう様のお気に召すような甲高い音ではない。
唯一、子機からの内線電話の呼び出しのみに「ぴー(よろしい)」とオーケーが入った・・・。
わたしもこんな着信音の電話ヤダ。黒電話のケタタマシイ呼び出し音が懐かしい・・。
とはいえ、九月に入り涼しくなったため、ごろうちゃんはいつもにもまして元気に遊んでいる。
わが家は子どもがいないので、ごろうちゃんのステイタスは子どもと同等か、さらに高い地位にいる。
犬くらいの大きさになると躾をしないで甘やかすと、飼い主や通りすがりの子どもをおそったりして実害がでるが、オカメインコがいくらワンマンにふるまっても、何の実害もないので、好き放題させておいたら、いまやわが家の王様状態。
可愛いのでゼンゼン問題ないですけどね。
最近、ニューヨークの不動産王の女性がなくなって、愛犬(マルチーズ)に40億円の遺産を残し、残りは慈善団体に寄付したことで評判になったが、この女性の気持ちはよくわかる。
自分が死んだ後で、愛犬が不自由な思いをしないように、信託財産を残したのだろう(にしても高額だが。世話人は意地でも長生きさせるだろう)。
人に大切にされている生き物は、もはやペットと軽んじることはできない地位にきている(少なくともわが家では)。
昔とちがって現在は動物医学も進歩し、ペットフードも栄養バランスがよくなっていて、ペットの寿命は延び続けている。
飼い主も「番犬」とか「癒し」とかの効用ではなく、とにかく家族の一員として世話するので、その気の使い方はハンパではない。
ペット(愛玩動物)という言葉も動物対して失礼だというので、コンパニオンアニマル(伴侶の動物)という名称すら生まれてきている。
だから、動物病院も大変だ。
愛するお鳥様、お犬様、おネコ様を医療ミスでなんとかしようものなら、飼い主怒り狂ってえらいことになる。
思えば、今はここで、楽しく遊んでいるわがごろう様も三年前には大病をした。
ゼイゼイと肩で息するごろう様をかかりつけの動物病院につれていくと、院長の奥さん先生その姿を一目みるなり、
「この状態では何がおきるかわからないので、治療はできません」
その時は激高したが、
彼らが、「治療をビビる気持ち」=「責任とりたくない気持ち」は、私がごろう様に対する執着の度合いに比例しているので、わたくしにも責任の一部はある。
お鳥様の地位があがった結果、かえって治療を拒否されるという矛盾がここにはあるのである。
これは、カンケーないようでも、現代社会の問題にも通じる
最近、産婦人科医が激減して、少子化に拍車をかけるとか、妊婦の命がまもれない、とかで社会問題となっているが、産科医がへる理由の一つは、訴訟ざたが多いことがあげられるという。
一人の女性が一生のうちにうむ子どもの数がすくなくなったため、一つ一つのお産に気合いが入る。当然、お産の際のトラブルで赤ちゃんに何かあると、訴えられることもある。その度合いが他の医者より高いため、はなから産科医を選択する人がすくないのだそうな。
赤ちゃんの人権が高くなりすぎて、かえって赤ちゃんと母体が危険にさらされるという矛盾が生じてしまったのである。
この前奈良だか大阪だかの女性が流産の危機で救急車よんだら、二時間近くも受け入れ先病院がみつからず、結局死産をしたという事件があった。これだけだと医療体制批判になるが、話はことそう単純ではない。
この女性は妊娠七ヶ月なのに「かかりつけの医者」がいなかったというのである。
推測だがこの女性、子どもを育てるために調った環境にいなかったため、お腹の中に子どもがいることを直視できずに、それまで病院にいかなかったのではないか。
最近、こういうかけこみ出産が増えていて、そのような女性の何人かは費用も払わず、サイテーの場合は赤ちゃん置き去りにしてトンズラしてしまうそうである。
赤ちゃんポストに子どもをおいていく親もそうだけど、お腹に子どもが宿ってから、生まれて、成人するまでの間、社会が理想と思うレベルで、子ども様に手厚い愛情や手間をかけ続ける経済的・精神的余裕が、ない人がいるんだろうなあ。
常々思うんだけど、日本人の人権ってたぶん世界サイコー。上から下まで本当によく均一化されている。なんだかんだいって、餓死なんてまだ一部だし、ひきこもりやニートが生きていけてる国なんだから。
人権大国のアメリカは? と思う人がいるかもしれないけど、アメリカは戦後、世界各国の〔アメリカがはじめた戦争〕の戦場で、主に貧困層の子どもが死んでいる。すべての階層が均一に幸せであるとはとてもいえない。
日本では生活保護の人は医療費がタダになるので、生活保護の人はじつはお金を気にせず最高の医療を受けることができるが、アメリカは保健にはいってないと、医者にもかかれないで死ぬ。
ま、そういうわけで、日本は、客観的に云えば世界でもっとも成功した社会主義国であり、かつ、人権大国なのかもしれない。
したがって、これからもどんどん医者や教師や介護士、そして親が減り続けることは確実なのである。
しかし、電話機の交換にはびみょーな問題がつきまとう。
それは、愛鳥ごろうちゃん(オカメインコ)の反応である。
電話の呼び出し音は小鳥にとっても萌えポイントらしく、ごろうちゃんがお子様だった時に家にあった電話の呼び出し音は、ごろうちゃんによって完ぺきにコピーされた。
その〔ごろうちゃんにとっての〕初号機が壊れたあと、今壊れた二号機がうちに輿入れした。初号機ほどはすかれなかったが、電話がかかってくるとんでいくなど、ごろうちゃんの電話好きはかわらない。
そして、昨日。ヤマダデンキから三号機「おたっくす」が輿入れしてきた。
さっそく、内蔵されている呼び出し音を次々に呼び出してごろう様にきかせてみるが、すべて引かれる。
それもそのはず、着メロばかりで、呼び出し音があってもピロリロトロリロ、みたいなくぐもった電子音で、とてもごろう様のお気に召すような甲高い音ではない。
唯一、子機からの内線電話の呼び出しのみに「ぴー(よろしい)」とオーケーが入った・・・。
わたしもこんな着信音の電話ヤダ。黒電話のケタタマシイ呼び出し音が懐かしい・・。
とはいえ、九月に入り涼しくなったため、ごろうちゃんはいつもにもまして元気に遊んでいる。
わが家は子どもがいないので、ごろうちゃんのステイタスは子どもと同等か、さらに高い地位にいる。
犬くらいの大きさになると躾をしないで甘やかすと、飼い主や通りすがりの子どもをおそったりして実害がでるが、オカメインコがいくらワンマンにふるまっても、何の実害もないので、好き放題させておいたら、いまやわが家の王様状態。
可愛いのでゼンゼン問題ないですけどね。
最近、ニューヨークの不動産王の女性がなくなって、愛犬(マルチーズ)に40億円の遺産を残し、残りは慈善団体に寄付したことで評判になったが、この女性の気持ちはよくわかる。
自分が死んだ後で、愛犬が不自由な思いをしないように、信託財産を残したのだろう(にしても高額だが。世話人は意地でも長生きさせるだろう)。
人に大切にされている生き物は、もはやペットと軽んじることはできない地位にきている(少なくともわが家では)。
昔とちがって現在は動物医学も進歩し、ペットフードも栄養バランスがよくなっていて、ペットの寿命は延び続けている。
飼い主も「番犬」とか「癒し」とかの効用ではなく、とにかく家族の一員として世話するので、その気の使い方はハンパではない。
ペット(愛玩動物)という言葉も動物対して失礼だというので、コンパニオンアニマル(伴侶の動物)という名称すら生まれてきている。
だから、動物病院も大変だ。
愛するお鳥様、お犬様、おネコ様を医療ミスでなんとかしようものなら、飼い主怒り狂ってえらいことになる。
思えば、今はここで、楽しく遊んでいるわがごろう様も三年前には大病をした。
ゼイゼイと肩で息するごろう様をかかりつけの動物病院につれていくと、院長の奥さん先生その姿を一目みるなり、
「この状態では何がおきるかわからないので、治療はできません」
その時は激高したが、
彼らが、「治療をビビる気持ち」=「責任とりたくない気持ち」は、私がごろう様に対する執着の度合いに比例しているので、わたくしにも責任の一部はある。
お鳥様の地位があがった結果、かえって治療を拒否されるという矛盾がここにはあるのである。
これは、カンケーないようでも、現代社会の問題にも通じる
最近、産婦人科医が激減して、少子化に拍車をかけるとか、妊婦の命がまもれない、とかで社会問題となっているが、産科医がへる理由の一つは、訴訟ざたが多いことがあげられるという。
一人の女性が一生のうちにうむ子どもの数がすくなくなったため、一つ一つのお産に気合いが入る。当然、お産の際のトラブルで赤ちゃんに何かあると、訴えられることもある。その度合いが他の医者より高いため、はなから産科医を選択する人がすくないのだそうな。
赤ちゃんの人権が高くなりすぎて、かえって赤ちゃんと母体が危険にさらされるという矛盾が生じてしまったのである。
この前奈良だか大阪だかの女性が流産の危機で救急車よんだら、二時間近くも受け入れ先病院がみつからず、結局死産をしたという事件があった。これだけだと医療体制批判になるが、話はことそう単純ではない。
この女性は妊娠七ヶ月なのに「かかりつけの医者」がいなかったというのである。
推測だがこの女性、子どもを育てるために調った環境にいなかったため、お腹の中に子どもがいることを直視できずに、それまで病院にいかなかったのではないか。
最近、こういうかけこみ出産が増えていて、そのような女性の何人かは費用も払わず、サイテーの場合は赤ちゃん置き去りにしてトンズラしてしまうそうである。
赤ちゃんポストに子どもをおいていく親もそうだけど、お腹に子どもが宿ってから、生まれて、成人するまでの間、社会が理想と思うレベルで、子ども様に手厚い愛情や手間をかけ続ける経済的・精神的余裕が、ない人がいるんだろうなあ。
常々思うんだけど、日本人の人権ってたぶん世界サイコー。上から下まで本当によく均一化されている。なんだかんだいって、餓死なんてまだ一部だし、ひきこもりやニートが生きていけてる国なんだから。
人権大国のアメリカは? と思う人がいるかもしれないけど、アメリカは戦後、世界各国の〔アメリカがはじめた戦争〕の戦場で、主に貧困層の子どもが死んでいる。すべての階層が均一に幸せであるとはとてもいえない。
日本では生活保護の人は医療費がタダになるので、生活保護の人はじつはお金を気にせず最高の医療を受けることができるが、アメリカは保健にはいってないと、医者にもかかれないで死ぬ。
ま、そういうわけで、日本は、客観的に云えば世界でもっとも成功した社会主義国であり、かつ、人権大国なのかもしれない。
したがって、これからもどんどん医者や教師や介護士、そして親が減り続けることは確実なのである。
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