復活のとき
食欲がない、眠れない、前向きになれない、この状態が一週間以上続くとウツとかいうらしいが、四日間で普通の気分にもどったので、ただの気分の波だったもよう。
ああ、よかった。
やっとウン年がかりだったツォンカパ伝を二日にようやく入稿し、英文書評も三日の午前にメールでおくったので、一息ついた。
中でもツォンカパ伝の入稿は思いもひとしおである。
ツォンカパ(1357-1419)はダライラマが属する宗派ゲルク派の開祖である。その生き方と著作は現在にいたるまでチベットの大半の僧侶の範となっており、その歴史的影響力は限りなく大きい。
今、チベット最大の年中行事として知られるムンラム大祭もこのツォンカパの創始になるものである。
思えば、ツォンカパ伝の一つを最初に読み出したのは十年以上前のことであった。
チベット語の読解力をつけたい、というチベット語比較的初心者の二人の学生とともに(わたしも学生みたいなものだったが)、文学部の大学院のサロンで三人で読み出したのだった。
その時はこれをどこにも発表する気もなかったので、読んで意味がわかったら読みっぱなし。文字に起こすことすらしなかった。三人で週一回、サロンの椅子にすわってひたすら大量に読み進み、解らないことがあると、「わかりませんねー」ととばし読み。
三人ともオタクだったので、結構すぐに読み終えたような気がする。
そのあと、公表を前提に訳をつくりだしたのが、五年前のことだった。
来年の二月に出版するのは、星の数ほどもあるツォンカパ伝のうち、彼の在世中に書かれた限りなく同時代史料の四篇である。このうち最初のものはツォンカパ本人の自伝、次のはツォンカパの直弟子ケドゥプジェの手になるツォンカパの外伝(三人で読んでいたやつ)、もう一つは同人の手になるツォンカパの内伝、最後はツォンカパの身辺にはべって数々の不思議を目にしたジャムペルギャムツォの手になる別伝である。二番目の外伝以外は比較的短い著作である。
訳してみてわかったが、別伝は内伝と外伝を引いていて、内伝は外伝に言及しているので、これらの伝記の中核部分の成立順は、外伝、内伝、別伝となる。また、外伝と内伝のツォンカパの台詞が現在形で、別伝には死の床のエピソードがあまり述べられていないので、この三つはツォンカパの晩年、まだ在世中に書かれた可能性が高い。
外伝にのみ死の床の状況が詳細に述べられるが、その直前に明らかに一回筆をおいた形跡があるので、死の部分は後に付加された可能性は高い。
一人の僧が戒律を授かって僧になり、多くの師について様々な哲学を勉強し、時にはその内容を身につけるべく窟籠もりをし、弟子集団が形成されはじめ、大本山ガンデン寺の建立にいたる伝記の記述はただ読んでいても楽しい。
学術飜訳は商業飜訳と異なり、正確さと緻密さが要求されるため、面倒臭いことも多ぃが、内容が面白いのでやりがいはあった。
見所は、外伝にある彼の人生の総評部分。ツォンカパの登場によって、それ以前と以後でチベットがどう変わったのか。それが、弟子の視点から情熱的にうたいあげられていて、読んでいて迫力。
一人の宗教的天才のマーヴェラスな生涯は何事もなければ来年二月には、書店にでる予定。ツォンカパの生涯をつづった15枚の美しいタンカもついて、表紙も、チベット風の美しいものになる予定〔これから考えるんだけど 笑〕。
時間をかけて暖めてきたものなので、その日が今から楽しみである。
十年以上前に最初に読み出した時の原文テクストは今でも手元にある。これと比べると、当時は解らない、読めない、とされていた部分が今はずいぶん読解できるようになっていることが解る。
でも、今もももちろん、不明な部分はあるので、あと十数年たってもっといろいろなことがわかり、読解力もました暁には、この訳でも不十分とおもう日が来るのかも知れない。
この、「昨日わからなかったことが今日はわかる」、「積み上げていく」カンが、学者をやっている醍醐味なのだとおもう。
ああ、よかった。
やっとウン年がかりだったツォンカパ伝を二日にようやく入稿し、英文書評も三日の午前にメールでおくったので、一息ついた。
中でもツォンカパ伝の入稿は思いもひとしおである。
ツォンカパ(1357-1419)はダライラマが属する宗派ゲルク派の開祖である。その生き方と著作は現在にいたるまでチベットの大半の僧侶の範となっており、その歴史的影響力は限りなく大きい。
今、チベット最大の年中行事として知られるムンラム大祭もこのツォンカパの創始になるものである。
思えば、ツォンカパ伝の一つを最初に読み出したのは十年以上前のことであった。
チベット語の読解力をつけたい、というチベット語比較的初心者の二人の学生とともに(わたしも学生みたいなものだったが)、文学部の大学院のサロンで三人で読み出したのだった。
その時はこれをどこにも発表する気もなかったので、読んで意味がわかったら読みっぱなし。文字に起こすことすらしなかった。三人で週一回、サロンの椅子にすわってひたすら大量に読み進み、解らないことがあると、「わかりませんねー」ととばし読み。
三人ともオタクだったので、結構すぐに読み終えたような気がする。
そのあと、公表を前提に訳をつくりだしたのが、五年前のことだった。
来年の二月に出版するのは、星の数ほどもあるツォンカパ伝のうち、彼の在世中に書かれた限りなく同時代史料の四篇である。このうち最初のものはツォンカパ本人の自伝、次のはツォンカパの直弟子ケドゥプジェの手になるツォンカパの外伝(三人で読んでいたやつ)、もう一つは同人の手になるツォンカパの内伝、最後はツォンカパの身辺にはべって数々の不思議を目にしたジャムペルギャムツォの手になる別伝である。二番目の外伝以外は比較的短い著作である。
訳してみてわかったが、別伝は内伝と外伝を引いていて、内伝は外伝に言及しているので、これらの伝記の中核部分の成立順は、外伝、内伝、別伝となる。また、外伝と内伝のツォンカパの台詞が現在形で、別伝には死の床のエピソードがあまり述べられていないので、この三つはツォンカパの晩年、まだ在世中に書かれた可能性が高い。
外伝にのみ死の床の状況が詳細に述べられるが、その直前に明らかに一回筆をおいた形跡があるので、死の部分は後に付加された可能性は高い。
一人の僧が戒律を授かって僧になり、多くの師について様々な哲学を勉強し、時にはその内容を身につけるべく窟籠もりをし、弟子集団が形成されはじめ、大本山ガンデン寺の建立にいたる伝記の記述はただ読んでいても楽しい。
学術飜訳は商業飜訳と異なり、正確さと緻密さが要求されるため、面倒臭いことも多ぃが、内容が面白いのでやりがいはあった。
見所は、外伝にある彼の人生の総評部分。ツォンカパの登場によって、それ以前と以後でチベットがどう変わったのか。それが、弟子の視点から情熱的にうたいあげられていて、読んでいて迫力。
一人の宗教的天才のマーヴェラスな生涯は何事もなければ来年二月には、書店にでる予定。ツォンカパの生涯をつづった15枚の美しいタンカもついて、表紙も、チベット風の美しいものになる予定〔これから考えるんだけど 笑〕。
時間をかけて暖めてきたものなので、その日が今から楽しみである。
十年以上前に最初に読み出した時の原文テクストは今でも手元にある。これと比べると、当時は解らない、読めない、とされていた部分が今はずいぶん読解できるようになっていることが解る。
でも、今もももちろん、不明な部分はあるので、あと十数年たってもっといろいろなことがわかり、読解力もました暁には、この訳でも不十分とおもう日が来るのかも知れない。
この、「昨日わからなかったことが今日はわかる」、「積み上げていく」カンが、学者をやっている醍醐味なのだとおもう。
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