観音菩薩ダライラマ
昨日の三大紙朝刊の一面は見事にゲルワリンポチェ(ダライラマ猊下の尊称)の顔がならんだ。読売と毎日は文字通り一面トップに大写し、かの朝日新聞ですら一面の下の方のすみにダライラマ猊下の小さなお顔を配しており、チベットをめぐる情勢がいかに深刻かを示している。
かつては年に一〜二度しか尊顔を拝することもかなわなかったダライラマ猊下が、このような粗末に扱われる可能性のある新聞にのっているというのも「歴史上もっとも著名なダライラマ」にして「悲劇のダライラマ」であるゆえんである。
ダライラマを敬愛する人々は、ダライラマ猊下が、このたびのチベット人の「暴力」とそれによる死者と、千倍返しの中国政府の「武力弾圧」にどれほど心を痛めているかを察して、みな暗い気持ちになっている。
中国当局はダライラマ猊下が背後にいるようなことを言っているが、言うまでもなく全くの中傷である。
ダライラマ猊下は、中国政府の政策に対する批判は行うものの、チベット人に対してつねに自重を説いてきており、その言説はお若い頃からゆるぎない。
1949年に新中国が成立した時、すぐにチベット「解放」を宣言し、1950年の10月には、朝鮮半島へは北朝鮮に味方する義勇軍が送り込まれ、同月に東チベットへの解放軍が送り込まれた。以後、解放軍の進駐過程、土地改革の過程、文化大革命の嵐の最中、チベットの僧院は徹底的に破壊され、僧侶は虐殺され、生き残りは亡命するか還俗するかの道を選ばされ、チベット仏教は壊滅状態になった。
1959年にインドに亡命したダライラマ猊下は、自らの守るべき民がこのような悲惨な目にあっている時でも、仏教の教えに基づき、「暴力はいけない、武力による報復はいけない」と説き続けていた。
このようなダライラマ猊下のお言葉に対して、俗人の知識人の中には、このような弱腰では祖国を取り戻すことはできない、と批判するようなグループもあり、70年代に、パレスチナが国連で議席を得ると、「国家をこれからつくろうというパレスチナですら国連に議席があるのに、国家であったチベットが国連で何らの地位も得られないのは、ダライラマ猊下の弱腰政策にある」という批判が噴出した。
それでも、猊下は「暴力」はいけない、と説き続けた。猊下はチベット人に「仏教徒である」(人である)というアイデンティティを失うことは、国を失うことよりも悲しいことであると見抜いていたのだ。
1989年のチベット騒乱の時も、直接の契機は、ダライラマ猊下がチベット独立をチベット自治に後退させたからである。
怒り、暴力をふるう人々の気持ちもわからないことはない。尊敬する師僧を殺され、家も財産も奪われ、祖国すら失い浪々の身となった先の見えない状況で「心の平和を保て」「殴られても殴り返すな」(実際には殺されても・・・なんだけどね)と言われても、観音菩薩の化身ダライラマには可能であっても、凡夫には難しいものだ。
でも、この貧しても鈍しないダライラマ猊下の高潔さに、先進国の知識人は打ちのめされた。かの喜劇王チャップリンがガンディーの高潔さにうちのめされてファンとなったように、リチャード・ギアも、イギリスのチャールズ皇太子も、日本の鳩山民衆党党首も(笑)、世界中のセレブが、ダライラマ猊下を生み出したこの精神文明を守るために、何かしたい、と思ったのである。
結果、チベットは大国中国を相手にして、国をうしなって半世紀以上を過ぎた今もなおそのプレザンスを失なわないですんでいる。ダライラマ猊下の行動は総体的に見れば正しかったのである。
最近の一連の事件によってチベット問題に興味をもった方は、ダライラマ猊下が、どうしてもっと過激な声明をださないのか、と不審の念を抱いているようだが、ダライラマ猊下は中国政府がもっとひどい虐殺や破壊を行っていた60年代ですら、非暴力を説いていたのである。猊下の姿勢は、どこぞの国の政治家の言動や御用学者の研究やコメンテーターの発言とは異なり、とにかく一貫してゆるぎない。
ダライラマ猊下は政治家である前にまず仏教徒なのである。
仏教をまもることこそが彼にとって一番の使命なのである。
仏教においては、まず、何かに対して強い怒りを持つこと、何かにたいして強い執着を持つこと、の両方を戒める。とらわれた心こそが苦しみのはじまりだからである。だから、彼はもちろん中国政府の虐殺を非難するし、チベット人の「暴動」を認めることもない。
しかし、一方でダライラマ猊下は愛の菩薩観音菩薩の化身である。このアイデンティティにおいては猊下はチベットの民をこよなく愛している。
チベット人は観音菩薩の祝福によって生まれ、7世紀の初代国王ソンツェンガムポ王はダライラマの前世者である。彼は転生を繰り返してチベットの民を守ってきた(と17世紀以後信じられている。)。観音菩薩としての猊下は、殺されていく民を見て、とれほど心を痛めておられるであろうか。
中国ももう少し考えてみるべきである。チベット人は軍事力にも社会主義思想にも従わない。チベット文明はこれまで、他者をとりこにすることはあっても、自分が他者の精神文明に同化した例は一度もないのだ。
17世紀以後、チベットにはご多分に多くの宣教師が布教に訪れたが、彼らは布教の自由を得ていたにも拘わらず、少しも信者を増やすことはできなかった。それだけチベット仏教思想は完成度が高いのである。
ましてや、社会主義のような底のあさいガサツな思想で、ソフィスティヶートされたダライラマの仏教思想(中観帰謬論証派)を洗脳することは不可能なのである。
チベット人は軍隊でいくら脅しても、道路しいても、青蔵鉄道とおしても、そんなもんで「ははー」と感心するような田舎者ではないのである。
彼らは、ただ、この完成度の高い普遍的な精神文明を自分たちの生まれた地で自由に学び修行する、その自由をくれ、と言っているだけなのである。
リチャード・ギアはチベット支援についてこう語っている。「我々がチベットを救おうという時、我々自身がよくなる可能性も同時に救っているのである。」
かつては年に一〜二度しか尊顔を拝することもかなわなかったダライラマ猊下が、このような粗末に扱われる可能性のある新聞にのっているというのも「歴史上もっとも著名なダライラマ」にして「悲劇のダライラマ」であるゆえんである。
ダライラマを敬愛する人々は、ダライラマ猊下が、このたびのチベット人の「暴力」とそれによる死者と、千倍返しの中国政府の「武力弾圧」にどれほど心を痛めているかを察して、みな暗い気持ちになっている。
中国当局はダライラマ猊下が背後にいるようなことを言っているが、言うまでもなく全くの中傷である。
ダライラマ猊下は、中国政府の政策に対する批判は行うものの、チベット人に対してつねに自重を説いてきており、その言説はお若い頃からゆるぎない。
1949年に新中国が成立した時、すぐにチベット「解放」を宣言し、1950年の10月には、朝鮮半島へは北朝鮮に味方する義勇軍が送り込まれ、同月に東チベットへの解放軍が送り込まれた。以後、解放軍の進駐過程、土地改革の過程、文化大革命の嵐の最中、チベットの僧院は徹底的に破壊され、僧侶は虐殺され、生き残りは亡命するか還俗するかの道を選ばされ、チベット仏教は壊滅状態になった。
1959年にインドに亡命したダライラマ猊下は、自らの守るべき民がこのような悲惨な目にあっている時でも、仏教の教えに基づき、「暴力はいけない、武力による報復はいけない」と説き続けていた。
このようなダライラマ猊下のお言葉に対して、俗人の知識人の中には、このような弱腰では祖国を取り戻すことはできない、と批判するようなグループもあり、70年代に、パレスチナが国連で議席を得ると、「国家をこれからつくろうというパレスチナですら国連に議席があるのに、国家であったチベットが国連で何らの地位も得られないのは、ダライラマ猊下の弱腰政策にある」という批判が噴出した。
それでも、猊下は「暴力」はいけない、と説き続けた。猊下はチベット人に「仏教徒である」(人である)というアイデンティティを失うことは、国を失うことよりも悲しいことであると見抜いていたのだ。
1989年のチベット騒乱の時も、直接の契機は、ダライラマ猊下がチベット独立をチベット自治に後退させたからである。
怒り、暴力をふるう人々の気持ちもわからないことはない。尊敬する師僧を殺され、家も財産も奪われ、祖国すら失い浪々の身となった先の見えない状況で「心の平和を保て」「殴られても殴り返すな」(実際には殺されても・・・なんだけどね)と言われても、観音菩薩の化身ダライラマには可能であっても、凡夫には難しいものだ。
でも、この貧しても鈍しないダライラマ猊下の高潔さに、先進国の知識人は打ちのめされた。かの喜劇王チャップリンがガンディーの高潔さにうちのめされてファンとなったように、リチャード・ギアも、イギリスのチャールズ皇太子も、日本の鳩山民衆党党首も(笑)、世界中のセレブが、ダライラマ猊下を生み出したこの精神文明を守るために、何かしたい、と思ったのである。
結果、チベットは大国中国を相手にして、国をうしなって半世紀以上を過ぎた今もなおそのプレザンスを失なわないですんでいる。ダライラマ猊下の行動は総体的に見れば正しかったのである。
最近の一連の事件によってチベット問題に興味をもった方は、ダライラマ猊下が、どうしてもっと過激な声明をださないのか、と不審の念を抱いているようだが、ダライラマ猊下は中国政府がもっとひどい虐殺や破壊を行っていた60年代ですら、非暴力を説いていたのである。猊下の姿勢は、どこぞの国の政治家の言動や御用学者の研究やコメンテーターの発言とは異なり、とにかく一貫してゆるぎない。
ダライラマ猊下は政治家である前にまず仏教徒なのである。
仏教をまもることこそが彼にとって一番の使命なのである。
仏教においては、まず、何かに対して強い怒りを持つこと、何かにたいして強い執着を持つこと、の両方を戒める。とらわれた心こそが苦しみのはじまりだからである。だから、彼はもちろん中国政府の虐殺を非難するし、チベット人の「暴動」を認めることもない。
しかし、一方でダライラマ猊下は愛の菩薩観音菩薩の化身である。このアイデンティティにおいては猊下はチベットの民をこよなく愛している。
チベット人は観音菩薩の祝福によって生まれ、7世紀の初代国王ソンツェンガムポ王はダライラマの前世者である。彼は転生を繰り返してチベットの民を守ってきた(と17世紀以後信じられている。)。観音菩薩としての猊下は、殺されていく民を見て、とれほど心を痛めておられるであろうか。
中国ももう少し考えてみるべきである。チベット人は軍事力にも社会主義思想にも従わない。チベット文明はこれまで、他者をとりこにすることはあっても、自分が他者の精神文明に同化した例は一度もないのだ。
17世紀以後、チベットにはご多分に多くの宣教師が布教に訪れたが、彼らは布教の自由を得ていたにも拘わらず、少しも信者を増やすことはできなかった。それだけチベット仏教思想は完成度が高いのである。
ましてや、社会主義のような底のあさいガサツな思想で、ソフィスティヶートされたダライラマの仏教思想(中観帰謬論証派)を洗脳することは不可能なのである。
チベット人は軍隊でいくら脅しても、道路しいても、青蔵鉄道とおしても、そんなもんで「ははー」と感心するような田舎者ではないのである。
彼らは、ただ、この完成度の高い普遍的な精神文明を自分たちの生まれた地で自由に学び修行する、その自由をくれ、と言っているだけなのである。
リチャード・ギアはチベット支援についてこう語っている。「我々がチベットを救おうという時、我々自身がよくなる可能性も同時に救っているのである。」
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