怒濤の日々
三月十九日
某先生方とあやしい飲み会。ウィーンから帰ったばかりのほにゃらら先生がウィーンの広場で行われていた三月十日のチベット支援デモを目撃した話をしてくださる。異様な盛り上がりだったそう。
日本のNHKなどがチベット問題に腰が引けているのと対照的に、イギリスやフランスのニュースはここのところトップでチベット問題を扱っている。このことが示すように、ヨーロッパは日本人よりはるかに中国政府によるチベット弾圧に対して敏感に反応している。
ヨーロッパの人々が人種も宗教も違うチベット人にここまで親身になってくれるのは、ダライラマ猊下の高潔さが国境をこえた普遍的な支持を受けているからに他ならない。チベット人側には国も、人口も、経済力も、武力も、何もないが、ただ一つだけ「正しいことを主張している」という真実の力がある。それが、国境をこえた人々を動かしているのだ。
三月二十二日

本日は四年生との卒業旅行で河口湖に行く。バスの発車時刻は九時四十分。しかし、二十分についた私はターミナルに誰一人いないことに気づく。
幹事のノブくんに電話をすると
ノブ「え、誰も来てない? そんなはずはありません。チケットはKクンにわたしました。O津は来ているはずです。あ、ボクはそのバスのりません。Tくんと車で行きます」
すばらしい幹事である。
しばらくするとツッチー、Mミちゃん、RちゃんとO津くん、トミーはくるものの、肝腎のチケットをもったKくんがこない。
出発時間になったのでやむなく紛失証明をだしてもらい、あとで払い戻してもらうことにしてバスに乗り込む。そんなこんなしているうちに、やっとKくんとTくんがくる。
アンタたち遅い!!
河口湖のバスターミナルにつき、車できたノブくん、タケちゃんと合流。駅前のほうとう不動に入る。チベット情勢をグチりながら、ほうとうを食べる。目の前にいる四年ゼミ生は、そこいらのジャーナリストよりもチベット情勢に詳しいことに気づく。さすがわたしの洗脳薫育を受けただけのことはある。
午後はタケちゃんの強い希望によって青木ヶ原樹海へ。
風穴から青木ヶ原樹海の遊歩道をつっきって鳴沢氷穴に進む。樹海のあちこちには
「死なないで。借金は返せます 以下の電話に連絡を」と自殺防止の立てカンバンがたっている。しかし、言わせてもらえば樹海の中では一部のケータイしか通じない。
ちなみに、わたしがダンナから借りたauはばっちり機能し、樹海を歩きながら、週刊誌の記者の電話をうけるハメになる。
チベット問題をグチりつつ紅葉台につく。ここは富士山の展望台。雪をかぶった富士の美しさにみなで息を呑む。
「富士山ヤバイ、ヤバすぎ」と感動して記念撮影。再び樹海の遊歩道をあるき竜宮風穴のバス停にでる。
バスがくるまでの三十分間、何もすることがないので、みなで座り込んでいると、黄色い軽自動車が目の前の林道に入っていく。

トミー「あれは、チュチュリングですよ」
私「でも後ろの席に子供がいたよ」
O津「じゃ、一家心中じゃないですか」
しばらくすると、父親がまず車を降り、次に赤ん坊を抱いた母親が降りてくる。そして三人で林道に入っていく。
みんな「とめなくていいですかね」
しばらくすると、三人は戻ってきて、再び車にのって走り去る。
私「何していたんだろうね」
O津「きっと子供を捨てようと思って、思いとどまったんですよ」
樹海ということもあり、会話がしめっぽくなる。夕方NHKを見ていると、本日日本の中国大使館前で行われたチベット支援でもが1300人集まったという。すごい。夕食後はおきまりの買い出し→のみ。ウノで盛り上がる。
三月二十三日
朝ごはんをたべながら、宿のおばちゃんのうわさ話をきく。近所のスーパー温泉●×は、十六〜七年前、殺人事件があった現場だという。その裏話を聞いたのだがあまりにもアブナイ話なのでここには書けない。
そこで、タケちゃんと私は興味本位でその温泉に向かうも、午前十時前だったので負け犬になって帰る。そのうち昨日、南米からニューヨーク経由で成田についたばかりのAジくんが到着。
Aジくんはデジカメに入っているニューヨークの写真をみせてくれる。そこにはセントラルパークにあるイマジンのモニュメント、フリー・チベットの旗をかかげるニューヨークのデモ隊がうつっていた。さすがわたしのゼミ生である。観光の視点が実にシブイ。
昨日のチベット支援デモの参加者が今までになく多人数になったこと、台湾の総統選の結果などを語り合う。
午後は茅葺き家屋を再現した「根場いやしの里」に向かう。
富士山とかやぶき屋根をバックにみんなで記念撮影。昨日よりややかすんでいるもののとてもキレイ。そばをたべ、ここでみんなはじめての竹馬体験。ノブくんとO津くんが、初乗りにしてすばらしい才能を発揮。平等、平等といっても生まれながらに決定している部分もあるな、と竹馬を契機に才能の不平等を思う。
このあとKちゃんも合流して、全員そろって浅間神社に参拝。ここは富士山に祭られる美女神コノハナサクヤ姫をまつる神社。桜をご神紋とする美しい神社である。
その晩は某大の茶道部の学生たちも宿泊していた。彼らはとてもおとなしく、十一時をまわるとみなそれぞれの部屋にもどり就寝の用意をしている。一方、こちらは・・・
タケちゃん「ウノーッ!!!!」
ツッチー「信じらんない。死ねばいいのに」
酒井さん「肌荒れはダンホルがいけないんですよ、ダンホルが」
T中「手相見ますよ。あ、姓名鑑定の方が得意ですけど」
トミー「ボクはねジミーヘンドリックスのように生きたいんですよ!!!」
Rナちゃん「ちょっとすみません、電話」
Kコちゃん「●△×!!!キャーハハハハ」
Kくん「この前酔って転んでうったところ、ヒゲ生えなくなりました・・・」
Aジくん「ヤベ、時差ぼけで眠い。一時間たったら起こして」
私「ところで、ノブくんはシュウカツだよね、幹事とかやってていいの」
ノブくん「ボクにはこの旅行が必要だったんです・・・」
三月二十五日
海外ニュースはのきなみトップで、アテネオリンピックの採火式において中国代表の演説中に「国境なき記者団」の抗議行動があったことを伝えている。この聖火は五大陸をまわって中国についた後、中国内の〔中国人から見た〕少数民族地域をめぐって開会式の日に北京に到着することになっている。これからこの聖火は行く先々でフリー・チベット運動の洗礼を受けることであろう。

今日は卒業式。専修別の卒業式あと盛装したみなとロータリーで記念撮影をする。で、何とみなが色紙と花束をプレゼントしてくれる。何かフツーのゼミの師弟関係のようである。
皆は徹夜で飲むというので、わたしは失礼する。そのあと研究室に花束をおいて図書館に調べ物に行く。一時間ほどして戻ると、室内は花の香りで満ちていた。
その瞬間、自分がいかに恵まれているか、いかに幸せかが実感されて立ちつくした。自分が感じているこの幸せを一人でも多くの人が感じられることを心の底から祈った。
君たちの人生がこれからもたくさんの笑いにあふれていますように。
四年間、本当にありがとう。
某先生方とあやしい飲み会。ウィーンから帰ったばかりのほにゃらら先生がウィーンの広場で行われていた三月十日のチベット支援デモを目撃した話をしてくださる。異様な盛り上がりだったそう。
日本のNHKなどがチベット問題に腰が引けているのと対照的に、イギリスやフランスのニュースはここのところトップでチベット問題を扱っている。このことが示すように、ヨーロッパは日本人よりはるかに中国政府によるチベット弾圧に対して敏感に反応している。
ヨーロッパの人々が人種も宗教も違うチベット人にここまで親身になってくれるのは、ダライラマ猊下の高潔さが国境をこえた普遍的な支持を受けているからに他ならない。チベット人側には国も、人口も、経済力も、武力も、何もないが、ただ一つだけ「正しいことを主張している」という真実の力がある。それが、国境をこえた人々を動かしているのだ。
三月二十二日

本日は四年生との卒業旅行で河口湖に行く。バスの発車時刻は九時四十分。しかし、二十分についた私はターミナルに誰一人いないことに気づく。
幹事のノブくんに電話をすると
ノブ「え、誰も来てない? そんなはずはありません。チケットはKクンにわたしました。O津は来ているはずです。あ、ボクはそのバスのりません。Tくんと車で行きます」
すばらしい幹事である。
しばらくするとツッチー、Mミちゃん、RちゃんとO津くん、トミーはくるものの、肝腎のチケットをもったKくんがこない。
出発時間になったのでやむなく紛失証明をだしてもらい、あとで払い戻してもらうことにしてバスに乗り込む。そんなこんなしているうちに、やっとKくんとTくんがくる。
アンタたち遅い!!
河口湖のバスターミナルにつき、車できたノブくん、タケちゃんと合流。駅前のほうとう不動に入る。チベット情勢をグチりながら、ほうとうを食べる。目の前にいる四年ゼミ生は、そこいらのジャーナリストよりもチベット情勢に詳しいことに気づく。さすがわたしの
午後はタケちゃんの強い希望によって青木ヶ原樹海へ。
風穴から青木ヶ原樹海の遊歩道をつっきって鳴沢氷穴に進む。樹海のあちこちには
「死なないで。借金は返せます 以下の電話に連絡を」と自殺防止の立てカンバンがたっている。しかし、言わせてもらえば樹海の中では一部のケータイしか通じない。
ちなみに、わたしがダンナから借りたauはばっちり機能し、樹海を歩きながら、週刊誌の記者の電話をうけるハメになる。
チベット問題をグチりつつ紅葉台につく。ここは富士山の展望台。雪をかぶった富士の美しさにみなで息を呑む。
「富士山ヤバイ、ヤバすぎ」と感動して記念撮影。再び樹海の遊歩道をあるき竜宮風穴のバス停にでる。
バスがくるまでの三十分間、何もすることがないので、みなで座り込んでいると、黄色い軽自動車が目の前の林道に入っていく。

トミー「あれは、チュチュリングですよ」
私「でも後ろの席に子供がいたよ」
O津「じゃ、一家心中じゃないですか」
しばらくすると、父親がまず車を降り、次に赤ん坊を抱いた母親が降りてくる。そして三人で林道に入っていく。
みんな「とめなくていいですかね」
しばらくすると、三人は戻ってきて、再び車にのって走り去る。
私「何していたんだろうね」
O津「きっと子供を捨てようと思って、思いとどまったんですよ」
樹海ということもあり、会話がしめっぽくなる。夕方NHKを見ていると、本日日本の中国大使館前で行われたチベット支援でもが1300人集まったという。すごい。夕食後はおきまりの買い出し→のみ。ウノで盛り上がる。
三月二十三日
朝ごはんをたべながら、宿のおばちゃんのうわさ話をきく。近所のスーパー温泉●×は、十六〜七年前、殺人事件があった現場だという。その裏話を聞いたのだがあまりにもアブナイ話なのでここには書けない。
そこで、タケちゃんと私は興味本位でその温泉に向かうも、午前十時前だったので負け犬になって帰る。そのうち昨日、南米からニューヨーク経由で成田についたばかりのAジくんが到着。
Aジくんはデジカメに入っているニューヨークの写真をみせてくれる。そこにはセントラルパークにあるイマジンのモニュメント、フリー・チベットの旗をかかげるニューヨークのデモ隊がうつっていた。さすがわたしのゼミ生である。観光の視点が実にシブイ。
昨日のチベット支援デモの参加者が今までになく多人数になったこと、台湾の総統選の結果などを語り合う。
午後は茅葺き家屋を再現した「根場いやしの里」に向かう。
富士山とかやぶき屋根をバックにみんなで記念撮影。昨日よりややかすんでいるもののとてもキレイ。そばをたべ、ここでみんなはじめての竹馬体験。ノブくんとO津くんが、初乗りにしてすばらしい才能を発揮。平等、平等といっても生まれながらに決定している部分もあるな、と竹馬を契機に才能の不平等を思う。
このあとKちゃんも合流して、全員そろって浅間神社に参拝。ここは富士山に祭られる美女神コノハナサクヤ姫をまつる神社。桜をご神紋とする美しい神社である。
その晩は某大の茶道部の学生たちも宿泊していた。彼らはとてもおとなしく、十一時をまわるとみなそれぞれの部屋にもどり就寝の用意をしている。一方、こちらは・・・
タケちゃん「ウノーッ!!!!」
ツッチー「信じらんない。死ねばいいのに」
酒井さん「肌荒れはダンホルがいけないんですよ、ダンホルが」
T中「手相見ますよ。あ、姓名鑑定の方が得意ですけど」
トミー「ボクはねジミーヘンドリックスのように生きたいんですよ!!!」
Rナちゃん「ちょっとすみません、電話」
Kコちゃん「●△×!!!キャーハハハハ」
Kくん「この前酔って転んでうったところ、ヒゲ生えなくなりました・・・」
Aジくん「ヤベ、時差ぼけで眠い。一時間たったら起こして」
私「ところで、ノブくんはシュウカツだよね、幹事とかやってていいの」
ノブくん「ボクにはこの旅行が必要だったんです・・・」
三月二十五日
海外ニュースはのきなみトップで、アテネオリンピックの採火式において中国代表の演説中に「国境なき記者団」の抗議行動があったことを伝えている。この聖火は五大陸をまわって中国についた後、中国内の〔中国人から見た〕少数民族地域をめぐって開会式の日に北京に到着することになっている。これからこの聖火は行く先々でフリー・チベット運動の洗礼を受けることであろう。

今日は卒業式。専修別の卒業式あと盛装したみなとロータリーで記念撮影をする。で、何とみなが色紙と花束をプレゼントしてくれる。何かフツーのゼミの師弟関係のようである。
皆は徹夜で飲むというので、わたしは失礼する。そのあと研究室に花束をおいて図書館に調べ物に行く。一時間ほどして戻ると、室内は花の香りで満ちていた。
その瞬間、自分がいかに恵まれているか、いかに幸せかが実感されて立ちつくした。自分が感じているこの幸せを一人でも多くの人が感じられることを心の底から祈った。
君たちの人生がこれからもたくさんの笑いにあふれていますように。
四年間、本当にありがとう。
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