在野の精神いまいずこ♪
四月四日付けの時事通信社の記事に、胡錦涛国家主席の来日日程が流れた。
その中に「早稲田大学で講演」とあるのを見てびっくり。しかし、大学のホームページを見ても、この件については黙して語っていない。
一国の元首をお迎えする栄誉なのであるから、当然のことながらできるだけ一般に周知して沢山の方に知っていただき、その結果早稲田大学の名前を高からしめなければならないところなのに、これは一体どうしたことだろう(笑)。
それでいろいろな先生に伺ったところ、十年前、当時の江沢民国家主席が早稲田で講演をした時も、直前まで一般に周知していなかったとのことである。ついでにいえば、去年早稲田大学内に孔子学院(ゲーテ=インスティテュートがドイツ文化の広報機関であるように、孔子学院も中国文化・政治の広報機関)が設置された時も、教員にも学生にも周知されることはなかった。
なので、今回も大学のホームページに一切告知がないからといって、それが本当にないことなのかどうかはナゾなのである。
言い忘れていたが、江沢民国家主席が早稲田にきた時、大学当局は出席した学生の名簿を警察に提出していたそうで、これは当然訴えられて最高裁までいって大学の敗訴が確定した。江沢民主席のスピーチは反日色まるだしで、当時物議をかもしたことを記憶している。
そのような素晴らしい過去の因縁とともに、再び中国の国家主席が早稲田大学で講演されるとのこと。早稲田大学の国際社会における評価はいよいよ高くなり、斉藤効果で増えた受験生はさらに倍増まちがいなし。
当局の素晴らしい決断に拍手をおくりたい。
そういえば、むか〜し、125周年事業にノーベル賞を受賞した人を125人呼んできて講演してもらうというイベントに当局が何億もの予算を計上したことがあった。その説明会においてとある先生から「よそで育った有名人つれてきて一瞬注目あびたって仕方ない。それより早稲田大学にノーベル賞をとれるような学者がでるような環境作るのに金つかえ」という意見がでた。その時はしごくまっとうな意見だと納得して、その計画が立ち消えになったことを喜んだが、今思うとこの計画の方がまだましだった(あ、そろそろ褒め殺しに疲れてきた?)。
だって招聘される人たちは、文字通りその分野のエキスパートであり彼岸をみた方たちだから、在学生にも教員にもすばらしい刺激と影響を与えることができるだろう。
大学というものは人類の文明を支えていく優秀な人材を育て、また、最先端の学問を行う場である。たとえば、ダライラマ法王、およそ一人の人間がこれほどひどい目にあうことはまあないなというひどい目にあってもにこやかに微笑んでいらっしゃるノーベル平和賞受賞者のダライラマ法王のお話を早大生が聞くことができれば、それはもう生涯の宝物になる経験になるに違いない。
事実、ダライラマ法王には先進各国の主要な大学に招かれ、スピーチを行い、名誉博士号を受けている。ついでにいえば各種の人権賞も総なめしている。
したがって、胡錦涛国家主席も、在校生なり、教員なりの人生にいささかなりとも資するスピーチができるのであれば、早稲田大学がお迎えすることは身に余る光栄といえよう。しかし、問題は、彼に果たしてそのようなスピーチができるのかということ(それ以前に公開していないのに誰が聞きにいくのか?)。
ぶっちゃけ、少子化の折、大陸からの留学生をもっとゲットしたい、とかの意図があるのだろうが、大学は企業ではない。管理や経営という概念ばかりが先行すると、大学の本来の責務である教育や研究が後退し、国際評価は暴落していく。
立命館大学が一人でも多くの授業料をとりたいがために入学定員をとりすぎて、とりすぎると文部省から助成金減らされるから、学生に転部を強要したというニュースが数日前流れた。これなんかは経営が教育を後退させた典型である。
ちなみに、偶然かどうか立命館大学にも早稲田大学同様、孔子学院がかなり早い時期に設置されている。
これも思い出した話だが、知り合いの先生がこの大学で集中講義したら、その講義の内容を不服とする留学生がむしろ旗建てて事務所におしかけてきて、孔子もとい講師である彼の罷免を要求したそうである。あなおそろし(表現は彼の台詞をそのまま使わせていただきました)。
ま、噂で終わってくれればいいんだけど、時事通信社だって何の根拠もなしにこんな報道はしないし、事情通の先生方はコレは絶対やるね、と言っているのでたぶん実現しちゃうんだろうな。
その中に「早稲田大学で講演」とあるのを見てびっくり。しかし、大学のホームページを見ても、この件については黙して語っていない。
一国の元首をお迎えする栄誉なのであるから、当然のことながらできるだけ一般に周知して沢山の方に知っていただき、その結果早稲田大学の名前を高からしめなければならないところなのに、これは一体どうしたことだろう(笑)。
それでいろいろな先生に伺ったところ、十年前、当時の江沢民国家主席が早稲田で講演をした時も、直前まで一般に周知していなかったとのことである。ついでにいえば、去年早稲田大学内に孔子学院(ゲーテ=インスティテュートがドイツ文化の広報機関であるように、孔子学院も中国文化・政治の広報機関)が設置された時も、教員にも学生にも周知されることはなかった。
なので、今回も大学のホームページに一切告知がないからといって、それが本当にないことなのかどうかはナゾなのである。
言い忘れていたが、江沢民国家主席が早稲田にきた時、大学当局は出席した学生の名簿を警察に提出していたそうで、これは当然訴えられて最高裁までいって大学の敗訴が確定した。江沢民主席のスピーチは反日色まるだしで、当時物議をかもしたことを記憶している。
そのような素晴らしい過去の因縁とともに、再び中国の国家主席が早稲田大学で講演されるとのこと。早稲田大学の国際社会における評価はいよいよ高くなり、斉藤効果で増えた受験生はさらに倍増まちがいなし。
当局の素晴らしい決断に拍手をおくりたい。
そういえば、むか〜し、125周年事業にノーベル賞を受賞した人を125人呼んできて講演してもらうというイベントに当局が何億もの予算を計上したことがあった。その説明会においてとある先生から「よそで育った有名人つれてきて一瞬注目あびたって仕方ない。それより早稲田大学にノーベル賞をとれるような学者がでるような環境作るのに金つかえ」という意見がでた。その時はしごくまっとうな意見だと納得して、その計画が立ち消えになったことを喜んだが、今思うとこの計画の方がまだましだった(あ、そろそろ褒め殺しに疲れてきた?)。
だって招聘される人たちは、文字通りその分野のエキスパートであり彼岸をみた方たちだから、在学生にも教員にもすばらしい刺激と影響を与えることができるだろう。
大学というものは人類の文明を支えていく優秀な人材を育て、また、最先端の学問を行う場である。たとえば、ダライラマ法王、およそ一人の人間がこれほどひどい目にあうことはまあないなというひどい目にあってもにこやかに微笑んでいらっしゃるノーベル平和賞受賞者のダライラマ法王のお話を早大生が聞くことができれば、それはもう生涯の宝物になる経験になるに違いない。
事実、ダライラマ法王には先進各国の主要な大学に招かれ、スピーチを行い、名誉博士号を受けている。ついでにいえば各種の人権賞も総なめしている。
したがって、胡錦涛国家主席も、在校生なり、教員なりの人生にいささかなりとも資するスピーチができるのであれば、早稲田大学がお迎えすることは身に余る光栄といえよう。しかし、問題は、彼に果たしてそのようなスピーチができるのかということ(それ以前に公開していないのに誰が聞きにいくのか?)。
ぶっちゃけ、少子化の折、大陸からの留学生をもっとゲットしたい、とかの意図があるのだろうが、大学は企業ではない。管理や経営という概念ばかりが先行すると、大学の本来の責務である教育や研究が後退し、国際評価は暴落していく。
立命館大学が一人でも多くの授業料をとりたいがために入学定員をとりすぎて、とりすぎると文部省から助成金減らされるから、学生に転部を強要したというニュースが数日前流れた。これなんかは経営が教育を後退させた典型である。
ちなみに、偶然かどうか立命館大学にも早稲田大学同様、孔子学院がかなり早い時期に設置されている。
これも思い出した話だが、知り合いの先生がこの大学で集中講義したら、その講義の内容を不服とする留学生がむしろ旗建てて事務所におしかけてきて、孔子もとい講師である彼の罷免を要求したそうである。あなおそろし(表現は彼の台詞をそのまま使わせていただきました)。
ま、噂で終わってくれればいいんだけど、時事通信社だって何の根拠もなしにこんな報道はしないし、事情通の先生方はコレは絶対やるね、と言っているのでたぶん実現しちゃうんだろうな。
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