白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/08/30(土)   CATEGORY: 未分類
12時間断食「愛は地球を救う」
danjiki
ダライラマ猊下が体調を崩され、公務を三週間休まれることが発表された。
  ダライラマのご不例の話が伝わるや、30日の世界断食(worldwide fasting)の祈りは、「暴力の停止」だけでなく「ダライラマ法王の長寿祈願」の意味合いを持つようになった。

 というわけで、本日は奇しくも夏の終わりを告げる24時間テレビ「愛は地球を救う」の日

 チベサポは護国寺で
 「12時間断食 愛は地球を救う」

 総合司会は嵐ならぬ、チベット・ハウスのラクパ代表。
 会場にフリチベをマントにした鎧男が愛という兜をかぶってたっている。謎である。
 
 朝の七時からちゃんと断食して、午後三時くらいに護国寺様につく。

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会場となっている桂昌殿にはダライラマ法王の写真が飾られ、ひな壇の上にはチベット人のお坊さんと護国寺の有志のお坊さんがお経をあげている。

 雰囲気は一言で言うと

 まんまチベット

 参加者はマイ座布団をしいて、好きな場所にすわり、法要中好きなときに出入り。
 読経に疲れた人は、別のお部屋で大スクリーンで、チベット関係の映画をみたり、並んだパソコンでこれまたチベット関係のDVD視聴したりしている。パンダの絵本の作り方まで説明されている。

 このユルい中にも、魂のこもった集まりはチベットならでは。

 一日チベットにどっぷりつかりながら、ダライラマ法王のご長寿を祈り、この世界から暴力がなくなることを祈るのだ。

経典はほとんどチベット語で読まれ、日本語は般若心経と南無大師遍照金剛があるくらい。

 お経にはメロディーがあるので読誦しているととてもいい気持ちになる。空腹も感じないし、眠くもならない。不思議に心もおちつく。

 大小のオンマニペメフンの声が、会場を包むときもあれば、一セット三十分くらいのお経を唱える場合もある。

 いいわあ~。

 フリー・チベット運動って、気がついたらそのままチベット文化の維持をやってるんだよね。
dvdsicho

 伝統的にチベットではダライラマを始めとする高僧がご不例ということになると、国をあげてテンシュク(brtan bzhugs)を行う。テンシュクとは、「~様のおみ足が蓮華座の上でいつまでもしっかりしていてね」と祈る儀礼で、高僧ともなると、専用のテンシュク儀礼用テクストがある。

 ちなみに、ダライラマ法王のテンシュク文書は、亡命チベット政府の教育機関、チベット子供村とかで毎日読誦されているので、チベット人ならみな暗記している。

 長いので、前半部分は解説にして、後半を訳してみたりする。

 この韻文読むとわかるけど、一行九音節で、八行がひとかたまりになっています。手元にテクストある人は八行ごとに切ってみてください。後半四行が全部同文なのがわかります。つまり、これは楽曲でいうとサビの部分。

 サビは。
 ※私たちのこの切なる祈りを聞いてくださるなら
  この雪の国(=チベット)の依怙尊(頼るべき方)テンジンギャムツォ(ダライラマ猊下のご本名)の
  寿命が損なわれることなく、百劫(天文学的期間)にわたって堅固であり、
  猊下の望まれたことが自ずと叶うように、加持(=祝福)してください。
 
で、この※印の前の四行にはそれぞれお願いする相手の方のお名前が入ります。

一聯目はラマ
二聯目は密教の本尊
三聯目は仏
四聯目は法
五聯目は僧(そう三~五はブッポーソーの三宝ね)
六聯目はダーキニー(仏法を護る強力な女尊)
七聯目は護法尊に、サビのお願いをします。つまり七回いろいろな方にダライラマのご長寿をお願いする。

八聯目、すなわち50行目から訳すと
 以上のごとき真の帰依の対象に
 強く心のそこから恭しく祈願する力によって
 悪しき濁世(汚れた世)の痛みにのたうつ
 我ら雪の国の衆生(命あるもの)の
 ただ一人の依怙尊(=ダライラマ)の
 三密(=身体・言語・心)が損なわれることなく・変化することなく・衰えることなく
 あらゆる衰退とは無縁な金剛(ダイアモンド)の座に
 百劫にわたって不動であり、つねに堅固であらせられんことを。

 無数の仏のご業績という重荷を
 その勇気の肩に担われて、すべてのものを利する
 〔ダライラマの〕広大なご業績が、蓮の花が
 咲くように自ずと成就しますように。
 その力によって、黄金時代の良い資質を持つ者たちが、虚空の門を
 生き物が息つく春に、くぐり抜けて解脱して
 仏の教えがあらゆる方角に、あらゆる時間に、栄えるという
 良き兆しが輪廻と涅槃の頂点において大きくなっていきますように。

 御手に蓮華を持つお方(=観音=ダライラマ)の加持という甘露の流れが
 わたしたちの心の力をつねに涵養して、
 仏の教えの通りに完成させて、その心に供養されることで
 最高の善行が海の果てまで及びますように
 素晴らしき菩薩や仏の加持と
 縁起思想という真理と
 わたくしの清らかな決意の力とによって
 今祈願したことがすべて容易にそして迅速に実現しますように。



7時にラクパ代表が「12時間どうもありがとうございました~」とご挨拶。
 私の耳には加山雄三の「さくら~さ~く~♪」がひびく。

 そのあと、みなでジュースと乾パンのある用意された部屋にいき、精進落とし。

 ジュース一口のんで気がついたが、よくみるとまだ7時十分前。でも、在日チベット青年団はぱくぱく食べているので、たぶんいいんだろう。

 酒も入っていないのにチベット青年団とともに、「チベット千三百年の歴史の中で、中国の支配なんか、一瞬だぜ」と気勢を上げる。

 オッサンみたい。
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DATE: 2008/08/25(月)   CATEGORY: 未分類
戦慄のチベット暦
 実はわたくしこの夏、山のような講座モノの原稿を三つも抱えて苦しんでいる。
 講座ものといえば高度な啓蒙書。

 わたくしが研究対象としていることを中心に書けばラクだし、そうそう間違えないだろうし、また、内容もテーマ軸にそってかくので面白く書けるのだが、そうすると、自分が弱い時代の情報が相対的に減り、そうすると必ず「あれは重要なのにどーして書かないのか」というツッコミが入る。なので地道に調べているのだが、なにぶん時代が古代から現代だから、朝から晩までやっても調べがつかない。書き出すことすらできない。

 苦しい。

 チベット人が味わっている亡国の苦しみに比べれば及ぶべくもないけど。

 この講座ものの一つに例のブーメラン原稿「チベットの暦」がある。

 理系的な思考がまったくできないわたくしに高度な計算を説明できるわけもなく、また、その計算の呈示を多くの読者がのぞんでいるとも思えないので、とりあえず、チベット暦の具体的な読み方を手引きしつつ、その中でチベット暦独特の概念を説明することとする。

 しかし、何もない日をいきなり選んで解説しても面白くない。そこで、歴史的にいって将来に記録に残るような事件のおきた日を解説すれば、何年たっても面白く読めるのではないだろうか。チベット関係で、歴史に残る最近起きた事件とくれば、五月十二日のアバ・チベット・羌族自治州大地震(通称 四川大地震)をおいて他にない。

 しかし、わたしは今年のチベット暦をもっていない。チベット暦は毎年ダラムサラとラサの医学・暦学センターから発行されて、注文すれば簡単に買うことができるが、もう2008年も半ばである。そこで、チベット書店カワチェンに聞いたが、今年の暦は仕入れていないとのこと。

 どこにいけば手にはいるだろうと考えて、広島の龍蔵院を思いついた(いま、龍蔵院は夏安居の施主を募集中です。チベットのお坊さんの修行を支援すると来世がいいよ!)。僧院内ではチベット暦で夏安居などの行事を行うので、チベット暦は必携なのである。そこで、この前六月に広島に行った際、龍蔵院のチベット人のお坊さんに、今年の暦をもってきていただいた。
 
 その場でチベット暦をめくり、大地震のおきた西暦2008年五月十二日にあたる日を確認すると、チベット暦で閏三月の八日。月は半月。曜日と星宿は火と水だから、凶だな。そいえば、この日は旧暦でき四月八日お釈迦様のお生まれになった日だ。何か皮肉だね。

 そして夏休みに入って暦の原稿を書こうともう一度暦をひっぱりだす(ちにみに締め切りはっとくにすぎてまーす)。暦の冒頭にはまずは、仏教界におきたこれまでの事件が並んでいる。次に、一年を通じての天気の長期予報と自然災害の予報が続く。
 
 ここまできて、目をひく記事を発見。

土星(nyi ma’i bu)が一年中獅子宮にいるこの間は、大風、地震などが生じるので・・・とくに三月の一日から閏三月の八日までの期間は、東南の方面で大風と地震が起きる危険がある。」
 
 ここで予報されている閏三月の八日って、アバ・チベット・羌族自治州大地震のおきた日である。暦についての教えが説かれたのは、中央アジアにあったとも言われるシャンバラである。シャンバラから見ると四川は「東南」方面になる。

 ぞぞぞぞ。

 で、この前の土曜日、チベット医学の研究会にいく。チベット医学の基本聖典『四部医典』を読んでいるのだが、メンバーみなが暢気なのでここ数年業績発表は進んでいない(笑)。

  で、この会にチベット暦に詳しいNさんがいて、今回の原稿書きでもずいぶんアドヴァイスを頂戴した。

 Nさん「イシハマさん、ここに『馬の5刻から』とあって、8が→でつっこんでますよね。この8ってラーフ星っていう凶星を表していますから、馬の5刻から悪くなるんですよ。で、調べてみないとわからないんですけど、あの大地震起きたのは午後二時半とかでしたよね、あれ北京時間でしたっけ? 日本時間でしたっけ?」

私「覚えてないな」

Nさん「いやよく調べないと分からないんですけどね、これを北インドの時間に合わせたら、馬の5刻ぐらいになりませんか。それに馬の4刻から月がゲル宿からチュ宿に移動しますが、この時間も丁度同じくらいの時間ですよね。」

 私「月がゲル宿にいる間は、月曜が水界でゲル宿が火界だから、火水で『死』か。」

 一同ぞぞぞとして、沈黙。

 私「でも、土星が獅子座にいたらどうしてこの時期に地震や大風がおきるんだろうね」 
 N「分かりません」

 チベットの暦はカーラチャクラタントラにとかれたシステムに基づいて算出される。カーラチャクラタントラとは、インドで仏教が滅びる間際に成立した、悲鳴のような経典であり、異教徒によって仏教が滅ぼされていく危機感に満ちあふれている。
 
 そして、このタントラに基づくと、ものすごーく遠い未来に、理想の仏教国シャンバラからリクデン王が現れて異教徒を倒してくれて、仏教をこの地上に繁栄させてくれるのだという。
 
 昨今のチベット情勢をみると、はやくリクデン王がでてきてくれないもんかと思うけど、予言された時代はまだまだあと。

 末法の世は続く。
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DATE: 2008/08/20(水)   CATEGORY: 未分類
護国寺でLet's 断食
 ガンディーは何ももっていなかった。身にまとうのはインドの男性の伝統衣装ルンギー一枚。ただ「自由なインド」(Free India)を実現したい、との思いを胸に、日の沈まない国大英帝国と戦い、インドを独立に導いた。

 ガンディーは、宗主国に対して武力ではなく、道徳をもって闘った。

 よく知られたアヒンサー(英語にするとnon violence=非暴力)である。

 「あなたたちはそんなことをしていて恥ずかしくないのですか」。

 それを相手に伝えるための戦法である。具体的にいうと、イギリスがインドを支配するためにもうけた治安維持のための法律、それをあえて破って、怒った官憲にボコボコにされても、一切抵抗しない。これは臆病者ではできない。よほど根性すわってないとできないのである。

 この非暴力運動には二つの効果がある。一つは、丸腰の無抵抗の人間が、自分たちの国ではまったく罪にならないようなことでぼこぼこにされる姿を、世界がみたとき、イギリスの知識人とかヨーロッパの人々が

 「おい、インドは何やってんだ、みっともないな」と思わせるようにするのである。

 あともう一つの効果としては、インド人に自信をつけるという意味がある。

 当時のインド人はイギリスの軍事力や経済力に圧倒されて、支配されることになれてしまっていた。
 そういうインド人に対して非道に対して非道で応えないことによって、自分たちの方が道徳的に優位にたっていることを自覚させ、「あなたたちは、力で負けていても、道徳的には勝っている。」と自信をつける効果があった。

 でもって、ガンディーはアヒンサーを徹底させて、肉食は生き物の命をとることから、野菜食しか食べず、初期は牛乳は飲んでいたものの、搾乳も雌牛を苦しめると、ある時期から牛乳すら飲まなくなった。

 そんなわけでガリガリにやせ衰えていたのに、そのうえ、彼はしょっちゅう断食をした。

 どんな時に断食するかというと、非暴力デモが途中から暴動になっちゃったりとか、彼の運営するアシュラム内に争いがおきたりとか、イスラーム教徒とヒンドゥー教徒の中で主導権争いがおきたりなどした時、そのレベルにまで民衆が達していないのに、運動をはじめてしまった自らを罰するために断食したのである。

 ガンディーは当代のインド人すべてに慕われていたので、ガンディーが断食をはじめるとみな急いで武器をおいて争いをやめた。

 恐怖と圧政のまわりには秩序があるが、自由のまわりには必ず混乱が伴う。ガンディーは自らの命を危険にさらすことによって民衆の混乱を鎮めようとしたのである。

 断食には体を浄化し、より真理に近づくという意味もあった。共同体の汚れを祭祀長である彼が払ったのである。

 でこのガンディーのはじめた非暴力や断食といった政治的手法は、戦後の世の中を席巻して公民権運動やアパルトヘイト廃止運動、そのほかもろもろの政治的な転換期に、理性ある人々によって実行されてきた。

 つまり、非暴力と断食とは、きわめてアジア的かつ精神的な運動なのである。

 暴力をとめる時、アメリカがよくやるように、軍隊を派遣して暴力をふるっている当事者を力で制圧するという対処法がある。これは、たとえていえば外科手術によって肉体から悪いものを取り除くような手法である。

 うまくいくこともあるが、悪くすれば、手術によっておちた体力がもどらず死んでしまうこともある。アメリカ軍はイラクにもベトナムにも派兵したが、いずれも別の暴力の連鎖を生んでいるだけで、決定的な安定は生み出せていないのとか、いい例。

 一方、非暴力・断食などのアジア的な運動は内省的である。暴力をふるっているものに対してだけでなく、ふるわれているもの、また、第三者の観察者その三方の精神的な成熟を促すためにやる運動なのである。

 非暴力をたとえていえば、病を体質改善によってなおす東洋医学的な手法といえよう。即効性は期待できないし、最悪の場合、ひょっとすると病気が勝って肉体は救えないかもしれない。けれど、精神は、魂は改善される。

 で、前置きが長くなったけど、八月三十日、すべての命あるものの幸せと平和共存を祈って、この前の「世界中のキャンドルナイト」についで「世界中で断食デー」となります。
 日本のパブリック断食は、護国寺様で行われます。朝7時から夕方7時まで、みんなで断食。(ここクリック)。


 自宅でもできます(笑)。ふだんメタボ気味の方は、健康にもよくて、倫理性もあがって一石二鳥。

 あ、ポレポレ坐の会期中にはたぶんまにあわないモゥモチェンガのDVDが、この席では販売できるかも、という情報もあります。

 デリーではチベット人が水も飲まない断食やってて、死にかけるとインドの警察に強制入院させられて現在で三グループめ。

 このハンストのニュースをネットでみていたら、現場写真の中に民主党の国会議員、松原仁そっくりのチベット人がいた。で、よくみたら、ホンモノの松原仁だった。

 「仏陀の戦士たち」の戦場視察とは、けっこうイカしたことやりますね。

 次の選挙ではあなたに一票投じます。

 ちなみに、松原仁の対抗馬は何の因果か石原慎太郎の四男ひろたかクンです(笑)。
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DATE: 2008/08/14(木)   CATEGORY: 未分類
「満月ばあさん」の幸せ
日曜日、ポレポレ坐(ここクリック)に「モモチェンガ」というドキュメンタリー映画を見に行く。

 モモチェンガとは、ネパールのチベット難民キャンプに暮らす、一人のおばあさんの愛称。モモはおばあさん、チェンガは十五夜、つまり満月の日に生まれたことを意味するので、いわば「満月ばあちゃん」。普通のチベットのおばーちゃんの何げな日常なのだが、これが深い。

 モモチェンガは1959年の中国侵攻時、幼い子供三人をつれて西チベットからインドに亡命して、今は娘夫婦とともにネパールの難民キャンプで生活している。このキャンプには真ん中に僧院があり、チベット学校もあり、チベット人たちはかろうじて自分たちの文化を護って暮らしている。

 借り物の土地の上にすむ、難民たちは生活の手段がない。そこで、外国人観光客にチベットのおみやげを売るのだが、昨今のネパール情勢の不安定からもちろん売れない。貧しい暮らしだが、このおばあちゃん満足して暮らしている。毎日、マニ車をまわして僧院の回りをコルラして、痛む膝をかばいながら、五体投地を百回している。ヒマさえあれば、すべての生き物の幸せを祈っている。孫がたった十一才で死んで、他の孫たちが悲しんでいると、「私のような年寄りにお迎えがこず、こんな小さい子にお迎えがくる。これも前世の業だね。子供は汚れがないから、すぐにいい転生をするよ」と、たんたんと現実を受け入れる。
 
 そして、このおばあちゃん、ネパールからインドのダラムサラにダライラマ法王にお会いする旅にでる。一日中、お寺参りをして五体投地をしていたおばあちゃんは、24時間の列車の旅の間体動かせないのに、無意識のうちに手だけで礼拝していた。すごいな。

 で、いよいよモモチェンガがダライラマ法王と対面します。

 モモチェンガ「チベットはいつ自由になるのですか。孫の世代もこのままかと思うとやりきれません」

 どっひゃー。直球。

 ダライラマ法王「みな同じ気持ちですよ。みんな努力していますよ。」
 
 さすがダライラマ。ちなみに、おばあちゃんの前に、病気の子どもをつれてきた男性がいた。この男性はたぶんダライラマ法王の奇跡の力で、子供の病気を治してもらおうと思ってきたのであろう。が、

 ダライラマ法王「薬は飲んでますか。チベットの薬をのみなさい。イェーシェー医師につくといい。あ、チベットの薬とインドの薬を一緒に飲むときは、二時間あけた方がいいですよ。」

 指示が細かい(笑)!

 そういえばダライラマ法王はかつて

「わたしに会いに世界中から病人がやってきますが、わたしは病気を治したりする奇跡はおこせません。みな病院いってください。」といっていた。それを初めてリアルで見た。

 何年か前ダライラマ猊下が国技館で講演した時、「円盤が見える」人が宇宙人についてダライラマについて質問した時、私は「猊下に何きいとんじゃ、ゴルァ」と殺気だったが、猊下はあっはっはと笑って

「わかりませんねー(I don't Know)」と応えられた。

 ダライラマ法王は神秘めかしたり、偉そうにしたりして、自分を大きくみせようとしない。分からないことは分からないと率直に言い、ひたすら「事実に基づく真実」のみを語ってきた。その言葉にひきつけられる人は時をおって増えている。
 
 日本人は、宗教=狂信、非論理的、知性低い、と考えがちだが、チベット仏教では「正しいものは、論理によっても証明できる」と考え、仏の境地を論理学によって考察することにやぶさかではない。だから、ダライラマ法王にしても、このモモチェンガにしても、チベット人は信心深く宗教的ではあるけれど、知性もユーモアもあり、その度合いはむしろ、われわれよりも上なのだ。

 先進国のわれわれはいつも不幸。物質的に豊かなのに、足りないものばかりあげつらい、不平不満に満ちあふれている。宗教に接するときにも、その接し方がわからず、救済してもらおうと全面的に依存してだまされたり、逆に、軽蔑して遠ざけたりと、それはもう極端。

チベット人は

賢者たちが焼いたり、切ったり、こすったりすることによって金を調べるように、私(仏)の言葉を採用するべきであって、ただ〔私を〕尊敬するがゆえに採用するべきではない。」

という仏の教えに従って、たとえ仏の教えであろうも、金の真贋を確かめるように徹底的に吟味する。一方、日本人は真贋どころか、善悪すら見分けられないレベルである。

 よく、「亡命政府の言うことと、中国政府の言うことどちらが正しいか分からない」といい、自分は中立だといいたげな学者や民間人やジャーナリスト(全員やん)がいるが、そういう人たちにこう言いたい。

 「論理的に考えてみて」
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DATE: 2008/08/09(土)   CATEGORY: 未分類
闇を照らす光
米欧などで中国の人権状況に抗議デモ 北京五輪開幕前に (2008年8月8日朝日夕刊)

 北京五輪開幕を前に、中国の人権状況に抗議するデモが世界各地で起きている。ネパールでは8日、中国大使館領事部の前で抗議中のチベット人400人が拘束された。
 AFP通信などによると、米国ニューヨークのユニオンスクエアでは7日、チベットを支持するグループが、ろうそくを「北京ジェノサイド(集団殺害)」という字に並べ、チベット民謡を歌うなどして抗議。カナダのオタワでは約300人が、中国大使館の前で人権侵害を非難した。
 10万人以上の亡命チベット人が住むインドでは、約千人のチベット人がニューデリーで、チベットの旗を掲げながら「中国五輪にノーと言おう」と叫んで行進した。
 スペインのバルセロナやリトアニアのビリニュス、オランダのハーグ、アルゼンチンのブエノスアイレスなどでも7日、チベットでの人権向上や宗教の自由を求め、多くの人がろうそくをともした


 というわけで、日本ではまだ明るい8/7の午後六時、手製のキャンドルをともして上記のグローバルイベントにささやかに参加。

 イシハマ手製のキャンドル。

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あけて、八月八日九時。

 世界中の指導者が、仏(仏様でなくフランス)の大統領なんて、自国民から蔑まれながら↓某国の首都で開かれる運動大会の開会式に参加。

仏大統領、国内で非難高まる ダライ・ラマ会談見送りに(2008年8月8日朝日夕刊)

 【パリ=国末憲人】北京五輪開会式出席のため8日に訪中したフランスのサルコジ大統領が、仏国内で激しい非難にさらされている。予定していたチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世との会談を見送ったため「中国に屈服して人権問題を棚上げした」とみなされたためだ。

 ダライ・ラマ14世は8月中旬の訪仏を予定。7月、大統領は会談の意向を示し、反発する中国に対して「私の会談予定を決めるのは中国ではない」と反論した。しかし、仏大統領府は一転して今月6日、会談がないと発表した。

 これに対し、ルモンド紙は「カノッサのサルコジ」と題する社説を掲載。サルコジ氏の訪中を、1077年に神聖ローマ帝国の皇帝ハインリヒ4世がローマ法王グレゴリウス7世の許しを請うためイタリア・カノッサを訪れた「カノッサの屈辱」になぞらえた。「(中国の)人権問題への対応についても、仏の対外イメージを築く面でも、対中関係の構築に関しても、すべて失敗した」と大統領を酷評。「中国には今後足元を見られるだろう。カノッサに行く前に大口をたたかなければよかったのだ」と述べた。

 野党社会党のビアンコ国民議会議員も「何ら得る物なくサルコジは北京に行く」と批判。コーンベンディット欧州議会議員は「中国が調子に乗って恐喝するのを許すようなものだ」と述べた。


 日本のキャンドルナイトはこの開会時間にあわせて、スタート。

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わたしは護国寺のキャンドルナイトへ。要約すると

燃え上がーれー、
燃え上がーれー、
燃え上がーれー
 キャンドル
ヤカンー、走れ。
まだ怒りに燃える闘志があるなら巨大な敵を
撃てよ 撃てよ 撃てよ
正義の怒りをぶつけろ、キャーンドール
愛の戦士、キャンードルー、キャンドル

(「機動戦士ガンダム」の節で)

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 まじめにレポートすると、毎日行われているチベット人追悼法要の時間は、今日はみなであんどん作り。

 ふせた紙コップに穴をあけてローソクをたて、そのまわりを風よけの色紙で囲むというもの。みなで手分けして部品をつくり、くみ上げ、護国寺の石段に並べていく。

 並べ終わったのは、開会式の丁度九時ぴったり。

 みなであんどんキャンドルの両側の石段に座り、チベット語で仏法僧への帰依を唱える。
 続いて、オンマニペメフンの連祷。

 真言を唱えながら、すべての命あるものの幸せを祈り、この果てしない闇がいつか光に照らされることを願う。

 このあたりで、あちこちで手製あんどんが炎上し始める

 ローソクが風にゆらいだり、コップの上でうまく安定しなかったりして、まわりの風よけの色紙にもえうつって炎上するのだ。

 火の手があがるたびに、やかんをもった男性がかけよって消す。やかんもって階段をあがったりおりたりして炎上するあんどんを鎮火していく姿はネタのよう。

 チベット人が「真実の祷り」を唱え始めた。この詩はダライラマ14世が亡命直後の1960年、血を吐くような思いでつくった詩である(* 原文と発音と対訳のPDFをこちらにアップしました)。

 何度よんでも心打たれる。

海のように果てしない徳をそなえて
すべての非力な生き物を、たった一人の我が子のように愛される
過去・現在・未来に出現される方(仏)よ、その子(菩薩)よ。その弟子たちよ。
どうかこの私の真実の叫びを聞いてください。

この世の苦しみを取り除く、完璧な仏の教えは
全世界の幸福をになっている。
この教えを奉じている学者や行者たちの
十種類の法行(正しい仏教の修行)が栄えて行きますように。

恐ろしい乱暴な悪行の徒に迫害されて
絶え間なく苦しんでいる非力な生き物たち
かれらの堪え難い、病と戦争と飢えの恐怖が
鎮まって、平和の海の中で安らげますように。

とりわけ、敬虔な雪国(チベット)の人々が、
仏教を信じない異教徒の群によって無慈悲に
荒々しく滅ぼされて、流した血と涙の河が
すぐにとまるように、慈悲の力を生じてください。

煩悩という魔物に惑わされた残虐な行為により
自分も他人も滅ぼすものは哀れむべきものたち。
この乱暴な人々の群がなすべきこと・なさざるべきことを判別できる目を
得て、愛をもってわたしたちの友となるように。

長く心に暖めてきた願いが
かない、チベットの完全独立が
自ずとかない、仏教にもとづく政治が栄えるような
そのような良き時代をすぐに与えてください。

仏の教えとその教えを守っている政府や民のために
自分の可愛い身体や財産をなげうって
千の困難を味わっている人々を
ポタラにいる方よ(観音様よ)、お守り下さい。

まとめると、頼るべき方観音様は、
仏と菩薩の眼前で「このチベットの地を
護ろう」と広大な祈願をたてられた。
その祈願の結果がすぐに現実のものとなりますように。

この世界と空性(一切ものに実体がない)の本質である深遠なる縁起と
最高の三つの宝(仏とその教えとその教えを奉じる僧侶)の力と真実の言葉の力と
良い行為には良い結果が、悪い行為に悪い結果が必ずでるという真実の力によって、我々の
この真実の祈りが障りなく現実のものとなりますように。

ええわあ。

炎上あんどんの数はどんどんふえて、天をこがしている(おいおい)。
あんどの火一つ一つがチベット人の心のように、炎上する炎はチベット人の叫びのように見えてくる。

どうかこの祈りが天に届きますように。

 ポゥゲルロー(チベットは勝つ!)
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DATE: 2008/08/03(日)   CATEGORY: 未分類
洋風万灯会へのお誘い
北京政府はなぜオリンピックの開会式を八月八日の猛暑に設定したのだろう?

それは2008年8月8日つまり、8888と末広がりで縁起の良い八の数字が四つ並ぶ日だからである。

 だから、この日は動かせない。中国共産党の永遠を祈念する日として、北京政府はこのこの8888(スーバ)開催は死守せにゃならんのである。そいえば韓国で1988年にソウル五輪やった時も、88(パルパル)が一世を風靡していたけど、やっぱ韓国の人にとっても8は特別だったのかな。

 でもね、ちょっと言わせてもらうとね、西暦で8888といったって、旧暦では七月八日だし、チベット暦にいたっては六月七日なんだよね。

 八が末広がり=めでたいってカンカクは伝統に由来する価値観なんだから、西暦で八がならんでも意味ないんじゃない? 

 そもそも古いものをみな否定してきた共産党が、封建時代の迷信を信じているなんてのもヘン。

 昔ワールドカップの決勝が日本で行われた日と同日に、ブータンでビリ決定戦が行われた。

 このビリ決定戦はアザー・ファイナルとしてドキュメント映画にとられ、結構ヒットした(詳しくはここクリック!)。

 このイベントに対してはAdiddas とNikeが寄附に応じてくれなかったため、それはそれはささやかな開催であった。

 しかし、当日司会の

本日ワールドカップの決勝戦が行われる日本のスタジアムは、・・平方メートルの巨大な競技場で可動式の屋根がつき、芝生の下には自動給水が行われ、会場には528のスピーカーが設置されています。我々のスタジアムは露天で、たった一個のスピーカーしかありません。しかし、同じものもあります。二つのゴールです!

 このイベントにはたしかにサッカーの神が降臨していた。

 ボール一つあればできるサッカーは貧者でもできる。だからサッカーはある意味、世界中もっとも広く親しまれ、楽しまれているスポーツであろう。

 このブータンで行われたビリ決勝戦には、日本の決勝戦においてよりも、より純粋な形でこのようなサッカー精神が現れていたことは疑いない。

 今年、オリンピックは予定通り開催され、人々はその期間は熱狂するだろう。 人はお祭りが好き。古より為政者は庶民に不満がたまると、コロシアムで拳闘士の殺し合いをみせたりして、ガス抜きをした。しかし、こんなことしても客観的には問題はまったく解決していないことは言うまでもない。


 そもそもオリンピック精神とは戦争をやめて平和を実現することである。だから、競い合いは国対抗ではなく、選手対抗ということになっており、メダルの獲得数を国ごとに表にするようなことも禁止されている。

 しかし、今回のオリンピックは、中国共産党の国威発揚に利用され、その時点でもうオリンピック精神はボロボロ。

 というわけで、 どこぞの国の国威発揚に利用されているオリンピックはおいとくとして、8月8日は開会式にあわせて、全世界で自宅や職場でキャンドルをともそうという運動があります。

 題して「チベットのための平和の祈り」(candle4Tibet←ここクリックしてね)

 無くなられた方の鎮魂、また、一人一人の良心が、この闇をいつか晴らしていくことを世界中で祈願して自宅で職場で火をともすというグローバルイベント。

 このイベントはダライラマ法王ご公認です。 しかし欧米発なので英語のサイトにアクセスしないと正式に参加できない。そこで、やさしい方が日本語ページから英語ページにとんで、このイベントへ登録する法を日本語で解説してくれました!

とりあえずの登録のやり方(ここクリック)


 インターネットエクスプローラーのあるバージョンではうまくいかなかった。私は結局アメリカから送られてきたメールからこのサイトにはいって登録しました。とほほ。

 このキャンドルナイトの方が余程、オリンピック精神を体現している。何事も形よりも、中身。形にこだわる人にろくなヤツはおらん。中身にこだわる本格志向の方、御盆もちかいし、あなたもわたしも洋風万灯会へ参加しよう!

 8月8日、サイトに登録できた人も、できなかった人も(笑)、キャンドルをともしましょう。

 火事に気をつけて(笑)。
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