白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/09/27(土)   CATEGORY: 未分類
チベットのためにできること
 数日前、とある学生からメールが入った。

 ラダックの首都レーからマナリにぬける峠で、吹雪と事故にあい、5000mの峠付近で渋滞で動けなくなり、一週間、難民キャンプ状態のところでインド軍の投下物資で食いつないでいたと。

 で、その足止めを食った難民たちの中に、カルマパ17世猊下もいて、彼もヒマしていたらしく、うらやましいことに病気でたおれた日本人は彼からカルマパ16世からの薬をいただき、回復し、その学生も靴下をめぐんでいただけたとな(ありがたいことだ)。

 で、キャンプの夜は冷下十数度まで下がり、死にかけたそうだが、カルマパ17世がいたおかげでインド軍の出動がはやく、病気の日本人とカルマパ猊下は翌日のヘリ便で下界におり、彼はインド軍の護衛でレーまで戻ったそう。

 カルマパとため口がきけてうらやましい気もするが、零下十数度で死にかけるのはうらやましくない。

 わたしはあやうく社会面に●大生マナリ近郊の峠で凍死なんて、記事をみるところだったのだ。

 で、ローカルの人たちが山を下りだしたら彼らの目の前で雪崩がおきて三人なくなったとな。

それを見たカルマパ普通話で

「死了多。現在難説阿」(たくさんの人が死んだ。今は何もいえないよ)

  そうでした。カルマパ猊下、14才までは中国国内のツゥルプ寺で愛国教育を受けていらしたんでした。中国語はペラペラですよね。

 で、学生によると、彼は日本のゲームと韓国のドラマが大好きなだそうな(いいのか、こんなことバラして)。とにかく、カルマパ猊下のいらしたお陰でインド軍がはやく出動して彼も毛布もらえて凍死しなくてすんだわけですから、カルマパは学生にとって命の恩人といえるでしょう(あ、もちろんインド軍も)。

 で、この学生、じつは五月に早稲田に某国の首席がきた時、ノリでフリー・チベットやってくれた人。この夏も本土チベットに行くといいはっていたのだが、ご存じの通り、今年のチベットはラサ以外入れずそれも個人では入れない状況なので、ラダック旅行とあいなったわけである。

 半分ノリのフリチベ学生。でも、こうしてなんとなく命を助けてもらい、しかも普通なら謁見も難しい高位の転生僧と難民キャンプで同宿して語り合うというのも因縁である。フリチベの功徳かもしれません。

 まあ、彼が死ななかった今だから言えることだけど。

 で、前の記事のコメント欄に「チベットのために何ができるでしょうか」という質問がありました。

 基本、学生さんでも、社会人でも、今目の前にあることを誠実にこなして、人から愛され、尊重されるようになれば、チベット問題についても耳を傾けてもらえると思います。まあ、自分がそれを実現できているかといえば非常に微妙でありますが、少なくともダライラマ法王はその方向で半世紀ブレずに、敵を作らず愛を説き続けた結果、宗教、人種、国家をこえて友人がたくさんできました。

 もちろん、自分のもってる「マンガがかける」「歌が歌える」「山登りが好き」「イベントのボランティアをする」など、個々人の技能・性格に応じてイベントにつなげるのもいいかと思います。
 
 何にしても非暴力運動って性格の陶冶するにはいいですよ。結果、いろいろな欲望と折り合いがついて、チベットを応援していたつもりが、結局は自分が救われていた、という話もよく聞きます。

 この学生の事例はかなり極端だけど、素晴らしい出会いもあります。

 素晴らしくない出会いもありますが、その場合は気にするな、と仏教は説いてます。

だから、出会いはすべて素晴らしい!
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DATE: 2008/09/23(火)   CATEGORY: 未分類
アート・オブ・ピース(平和の作法)
中国の贋造牛乳が、丸大のクリームパンダとかの加工品を通じて日本に入ってきて、それを日清が、給食で配りまくっていた、というニュースが流れた。はて、何かこの二つの企業の名前、最近聞いたような。

そーだ、この前のオリンピックの時、オリンピックのスポンサー企業を一人不買してたんだけど、日清も丸大も、JOCのスポンサーだったんだ。


 改めて他の企業名をチェックすると、AIUがあるよ。諸行無常ね。

 そいえば、オリンピックと関係ないけど、丸大の商品おきまくっていたJUSCOが前に中国に本格的に乗り出すとかいってたけど、今もその気なのかな。でも、JUSCO製品だいたい中国製だし、正社員のレジ係さんも中国名の張さんとかだし。すでにズブズブか。

 しかし、事故米については事情は違う。残留農薬たっぷりの米を日本国内で流通させていたのは、間違いなく日~本~国~民~。

 この「もうかりゃいいんだよ」「きれいごと言ってるんじゃないよ」「どうせ消費者はブランドしかみていないんだから」と、自分のしている悪事を、見苦しい言い訳で糊塗しながら生きている人たちは、国境を越えて自らを恥じて欲しい。

 で、これを機会に消えてくれ。

 さて、適度に場が荒んだところで、ひとつ明るいお話。

チベットのための歌 平和の作法」(Songs for Tibet Art of peace)(←クリックするとアマゾンに飛ぶよ!)をアマゾンで買った。

 いうまでもなく、オリンピックの開会式に合わせて、世界のチベサポ、ミュージシャンが20人集まってリリースしたアルバムです。

 「平和の作法」(アート・オブ・ピース)という題名をみてまず笑った。

それは、『孫子の兵法』の英訳アート・オブ・ウォー(Art of War)の風刺だから。

 日本でも武田信玄が『孫子』 の中の風林火山の言葉を旗印にしたように、これは戦争のためのテクニック集。これは欧米ではビジネス書として非常に良く読まれていて、何年か前に、エディンバラの空港に迎えに来てくれた赤毛の旅行社のおばちゃんもこれ読んでいたよ。

 「中国が戦の仕方を説くなら、チベットは平和の作法を説く」
 そういう気合いが伝わってくるぜい。

 添付文書によると、

 ダライラマとチベットの連帯を示すために、20人のアーティストが北京オリンピックの前夜にリリースした。
 曲のうちあるものはこのプロジェクトのために録音したもの、またあるものはすでにリリースした歌をそのまま採録したものである。これらの曲によって、幸福・平和・自由を追求すること、そしてそれがいかに難しいかを表現している。そして、全体を通じては、これらのトラックはダライラマが支持している慈悲と非暴力の道に対する心からの支援のメッセージである。

 ダライラマとチベットに対する奉納歌である。

 今回のこのピース・オブ・アートのアルバムには、スティングとか、アラニス・モリセットとか名ミュージシャンたちの、いかにもな歌詞の曲が集まってます。なんかiTuneStoreでダウンロードもできます(中国以外 笑)。

 西洋においては、ミュージシャンと社会運動はきってもきれない関係にある。

 アメリカのベトナム反戦運動のフォーク・シンガーに始まり、
 南アフリカのアパルトヘイトの時には、ピーターガブリエルが、南アフリカ警察に殺された黒人運動家ビコ(Beko)に捧げる曲をつくり、非暴力で南アフリカ政府と闘うツツ大主教(ダライラマ法王のお友達)の司教就任式には、各界のミュージシャンが集まってハデな式典をあげた。
 ついこの前も、アパルトヘイトの闘士で、後大統領となったマンデラ氏の九十才のお誕生日には、ロンドンのハイドパークでコンサートが開かれ、南アフリカにはなんかウィル・スミスが直接いって祝ってたような。

 これは、チベットについてもしかり。

 ビースティーボーイズ(Beastie Boys)なんてダライラマ法王の教えを聞いたら、即座に「菩薩戒」なんて曲つくって、あげくの果てが、ミュージシャン集めてフリーダム・チベット・コンサート(Freedom Tibet Concert)ひらいて、SFT結成だもんね。

 日本のミュージッシャンもそろそろ愛や鯉、もとい恋を越えた非暴力とか慈悲とか、そんなもすこし精神性の高いメッセージを発信してほしーものです。

 そいえば、某しりあいのミュージッシャンがこう言っておりました。日本のミュージッシャンはまったく社会性がない。ヒップホップみたいな社会に対する批判みたいなものから始まる音楽をやっている人すら「チベット? ナニソレ」みたいな反応である。

 そうですよねー。まずミュージシャンが音楽のカタチをまねるだけで、その音楽の精神をもってないんですわ。そいで会社はチャイナで商売したいから、これまたによけいな知恵をつけさせない。

でもね、

今年上海のコンサートで中国人の大群衆の前で「Independence」という曲を歌って、「フリー・チベット」叫んだ、あのビョーク様、フリチベコンサートでてました。なのに、上海でコンサート。

 中国のチェック体制はなんでもあまあま。

だから日本の音楽関係者さん、そろそろ芸風かえてみませんか。
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DATE: 2008/09/19(金)   CATEGORY: 未分類
『少年キム』に見るチベットと白人の百年
業務連絡
 二丁目の鈴木さん、The Way to Freedom ならびに白傘盖仏のお守りありがとうございました。
いつもすみません。

 数ヶ月前、元ゼミ生Aくんから、「この四月から某出版社につとめはじめました。もし可能だったら先生の本をだしたいです」なんて連絡があった。

 元学生の望みはできるだけ叶えてあげたい(でも自分が書くことが本当に彼の幸せにつながるかは謎なんだけど 笑)。

 で、チベットをテーマにした名作文学をとりあげて、この百年間、欧米の文学界でチベットがどんだけ美しいイメージで語られてきたかを示し、それが現在白人のチベット・サポーターの気合いにもつながっていることを書こうと思った。

 その動機は、わりと上の世代の日本の知識人は、社会主義思想に対しては簡単に籠絡されるのに、仏教思想とかはなから「わかりません」と却下するので、百年前から、欧米の知識人層がいかにチベット文化を評価し、愛し親しんできたかを客観的に示し、彼らの文学青年モードを再起動させて、チベットを理解させようというわけである。

 で、Aくんがのぞむ締め切りまでに書き上がるかどうかは永遠の謎なんだけど、とりあえず書き始めてみたりする。

 で、いま、1907年のノーベル文学賞作家キプリングの『少年キム』を読み直してみてるんだけど、これは面白い。みなさん是非図書館で借りて読んでみてください。 この小説は、キム(キンバル・オハラ)という名のアイルランド人のストリート・チルドレンが、人種、宗教も様々な大人たちとの出会いを通じて成長する物語である。

 以下ネタバレありのあらすじ。

 13才の白人少年キムは両親を幼くして失い、ラホールの町でストリート・チルドレンとして気ままに暮らしていた。ある日、聖河をさがしにインドに巡礼にやってきたチベットの高僧と出会い、一目で惹かれ、ともにインド平原へと旅立つ。旅の途中、キムはかつて父親の属していた連隊と出会い、首から提げていた出生証明書により白人としての身分が明らかとなる。事情を知ったラマ僧はキムのために高額の学資をだし、キムはインドで最高の教育を受けられる聖ザビエル校に入れられる。16才になり学業を終えハンサムで魅力的な青年に育ったキムは、再びラマ僧とともに聖河を探す旅にでる。
 そして、ヒマラヤを行く二人はロシアとイギリスの諜報戦、俗称「グレート・ゲーム」に巻き込まれていく。


で、クライマックスシーンで、ラマ僧がロシアのスパイに殴られてしまう。

今までキムがどれほど老ラマ僧を愛し、大事にしてきたかを見てきた読者は、ラマ僧が殴られたこの瞬間、キムの立場になりかわり、ロシア人に対する憤りを覚えるようになっている。
 ラマ僧を殴った瞬間、ロシア人は、ラマの高潔さも、仏教の教えも理解できない、民度の低い民として悪役へと真っ逆さまである。

 キムは瞬間にロシア人に飛びかかり、くんずほぐれつ斜面を転がりおち、息も絶え絶えの相手の頭を丸石にがんがんぶつけた。

 この部分を読むたびに、西洋人とチベットの高僧の関係はこの百年まったく変わっていないことに気づく。中国共産党の広報が、ダライ・ラマに対して誹謗中傷を投げつけたとき、西洋の若者たちが感じた怒りは、キムがロシア人に対して感じた怒りと同質である。キムが涜聖のロシア人にとびかかったように、白人たちはロンドンで、パリで中国が主宰する聖火リレーに特攻をかけたのだ。

そしていきりたち、ロシア人に復讐しようとする仏教徒のポーター達に対して、ラマ僧はこう叫ばねばならない。

「怒りは怒りを増すだけ! 悪は悪を増すだけだ! 殺生はならぬぞ。僧侶を殴る者は己の業に縛られるままにしておくがいい。輪廻は正しく確実にめぐり、些かも過つことはない! あの者たちは何度も生まれ変わるだろう。苦しみながら。」(斉藤兆史『少年キム』)

この老僧の言葉には、ダライラマを侮辱されて憤慨する西洋の若者たちを鎮めようとしたダライ・ラマ14世の姿が重なってみえる。

それから、ラマ僧は自分の心の中にまだ怒りがあったことに衝撃を受けて病に倒れてしまう。かいがいしく世話をするキムに対してラマはこう言う「おまえはわたしに優しすぎる」。するとキムはこう答えるのである。

「そんなことはありません。・・連れ回しすぎたし、おいしいものを持ってきてあげられないこともあったし、暑さにも無頓着だったし、道で人と話し込んでほったらかしにしたし・・おれは・・・おれは・・・ああ! でも、お師匠さんが好きなんだ。」(斉藤兆史『少年キム』)

この何を措いてもラマの役に立ちたいというあふれる思いは、百年後、チベットの高僧たちと出会ったニューヨークの若者が、自分の師に対して抱く思いとなんと似ていることか。

キムが
「お師匠さんの肉体はぼくに頼っておられるけど、ほかのすべてのことにおいてぼくはお師匠さんに頼っているんですよ。ご存じでしたか?」
と言う言葉が、チベット・サポーターとして名高いリチャード・ギアの「チベットを救うことは、自分自身を救うことになる。」という言葉とどれだけ呼応していることか。

『キム』が百年たった今も、まったくその輝きを失わないのは、今現在、世界中の先進各国のキムが、国を失ったチベット僧と出会い、その教えから気づきを得ているからなのである。


チベットという国は失われてしまったけれど。
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DATE: 2008/09/14(日)   CATEGORY: 未分類
中国雲南からの生徒(笑)付推薦図書
秋の公開講座に来てくださる方の住所でもっとも遠い方はなんと、

中国の雲南

これを中華人民共和国の雲南省だと思ってしまい、毎月雲南から通うのか?と思ったアナタは真性チベサポ

じつは中国地方の島根県の雲南市なんだけど、それでもすごいよね。

自分、この講座を引き受けた時の動機が、

「教室がうちから近いから、まっいっか」

ということだったことを思うと、お恥ずかしい次第。
まじめにおつとめしないと。

で、昨日、七月の終わりにチベット人から話を聞いた人にあった。
その人によると、世界のチベサポはあの四川大地震のあと、世間が中国に同情的になって、チベット問題に対する追求を弱めたといってるけど、中国国内のチベット人はあの地震のあと、中国人のチベット人に対するイジメが弱まってラクになったと思っているとのこと。三月のチベット人蜂起のあと、「せっかくオリンピックに向けてもりあがっている気分をチベット人のせいで台無しにされた」と怒る漢人によって(ただの逆ギレなんだけと゜)、漢人にまじりあって住むチベット人ははりのムシロにいたそう。

 職場を解雇されたり、チベット人だと分かるとホテルにとめてもらえなかったり、白眼視。それが四川大地震で漢人の注意がそれて少しラクになったとのこと。

 で、あの封鎖されたラサに蜂起後、はじめてマスコミをいれた3月26日、その前日までラサのいたるところにあった軍隊と軍人が一夜にして消え、その変わりに、チベット人の民族衣装をきた漢人が、わざとらしく数珠もって巡礼路を回り出したのだという。特派員の目ならごまかせるだろうが、チベット人は彼らの数珠の持ち方みて一目でチベット人でないことがわかったという。

オリンピックの開会式で漢人の子供に民族衣装きせて、民族間の団結を偽装するくらいだから、それくらいやるかもな~。

中国は建国初期、社会主義政権下の貧しい現実を糊途して、豊かな社会主義を演出するために、エキストラまで準備しての露天劇場をみせて、対外メディアをだまくらかしていたのだが、21世紀にもなってこのお家芸の復活か。みっともないのう。
 
 三月のチベット蜂起以後、雨後の竹の子のようにチベット本がでてますが、読みやすくまた、内容がしっかりしている二冊をご紹介。

 一冊目はご存じ長田幸康くんの『知識ゼロからのダライ・ラマ入門』(幻冬舎)。

 よくまとまっていて、短時間によめるダライ・ラマ入門です。

第一章「ダライ・ラマが訪問した国は60以上にのぼる。今やダライ・ラマを声高に非難しているのは、中国の指導者だけという状態なのだ。」というのは、「そりゃそーだ」と納得のフレーズ。日本政府のダライラマ法王に対する姿勢が、及び腰なことを考えると、恥ずかしい限りである(笑)。

 もう一冊は西田蔵之助(明らかに仮名 笑)さんの『レイプ・オプ・チベット』(晋遊舎ブラック新書)。

このエグいタイトルの由来は某ペマ氏とかがよく用いるチベット人と中国との関係を表すたとえ話にたぶん基づいている。その喩え話とは、

 他人の家に押し入って、金目のものはすべて奪い、女を見つけたらレ●プして最後にこう言う。
 「キ×チよかっただろ? 俺の嫁になれ」
そして、家に勝手に住み着いて、役所に婚姻届けを出して表向きは立派な式を挙げる。しかし、翌日からは掌を返したように女を監禁し、暴力を振るう。そしてこう言う。「養ってやってるんだから、昔のことは全て忘れて感謝しろ。お前はもともと俺のものだったんだ。


 で、内容は1950年以後の中国がチベットに対して行ってきたことについて、感情にナガされず淡々とまとめてある。で、一番わたしが印象に残ったのは、最終章に引用された難民二世のチベット人の言葉。

 「中国人って子供みたいだ」2008年4月、長野での北京五輪聖火リレーを巡る「攻防」に参加したチベット人が言っていた。「お母さんがずっと護ってくれると信じている。お母さんの言ったことは絶対だと信じている。家から外に出て、他の人に何を言われても認めようとしないで、泣くか怒るか、極端な反応しかできない。本当は怖がっているのだと思う。赤い旗以外の旗もあるということを、何歳になったら知るんだろう」「お母さん」とはもちろん母国、中国をたとえたものだ。彼はインドで生まれ育った難民二世なので、生身の中国人とはほとんど話したことがなかった。今回のチベット動乱をきっかけに、日本に住む中国人と話す機会が増えた。そして彼らの「幼さ」に驚いたという。・・・たしかに、そうかもしれない。私の意見では、それに加えてチベット人が「オトナ」すぎるのだと思う。これはチベット人の小学生あたりと少し話してみると、よくわかる。
 幼い頃からダライ・ラマの話を聞かされながら育つせいか、いつも自分の幸せより相手の幸せを考えている。子供でも、相手に何かをして喜んでもらおうとする。過去の辛いことはすぐに忘れ、いつも新しい現実の中で前向きに生きている。


 およよよよよ・・・(涙)。 
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DATE: 2008/09/10(水)   CATEGORY: 未分類
イワシの群にならないで
 お知らせ1
 内外からエロ・スパムがあまりにくるので、コメントを投稿する際に数字四語の入力をするような設定としちゃいました。コメント投稿の際に下にでてくる数字を意味する言葉を、アラビア数字四語に変換して入力をすることになります。メンドー臭くなってすみません。

 お知らせ2 
 公開講座はおかげ様をもちまして、定員(35名?)一杯となりました。実技モノの講座ならまだしも、話モノの講座がこのように早く定員達成とは空前絶後です。ミクシにトピックたててくださった方までいたりして、みなさんありがとうございます。東京以外ならまだしも、関東以外在住の方がいらっしゃるようで、何か本当にいいんかいな・・・。

 さて本題。朝日新聞に日本文化をフランスに紹介しているクロード・ルブランという人がこんなこといってました。

 朝日新聞9月8日朝刊 地球観察
 米国から距離置く好機 by クロード・ルブラン

 8月24日、世界各国の人たちは北京五輪の壮麗な閉会式に見入った。この大団円を通じて、中国はスポーツではもちろん、政治でもその力を証明した。チベットでの緊張を忘れさせ、五輪開会式に世界中の指導者を出席させることに成功した。肯定的なイメージを持ってもらうという賭に勝利したのだ。これと時を同じくして、テレビカメラの数は少なかったが、もう一つの歴史的激動が起きていた。ロシアによるグルジアへの軍事介入だ。・・・・ロシアの決意と計画の前に、グルジアが何もできなかったのは驚くにはあたらない。ロシアはユルがなかった。自国の当然の権利だと思っていたことに加え、「人道的介入」や、「予防的攻撃」など、欧米から着想を得た理屈を拠り所にできたからだ。・・・ロシアとともに力を誇示したのが中国だ。ロシアの軍事介入を非難しなかったばかりか、スポーツでも米国よりも一枚上手だということを見せつけた。北京五輪で中国選手は51個の金メダルを獲得し、・・・米国を一番高い表彰台から引きずり下ろした。・・・常に米国の決断に従ってきた日本にとっても、ワシントンから少し距離を置くいい機会になるばずだ。


 これ、朝日のデータベースにのってないんだよね。だから、手でうったんたけど、長い。なので一部採録となりました。昔、中国の研究員が、チベットやウイグル地域の開発を、アメリカの西部開拓にたとえた文章を書いていたのだが、これも後になってデータベースで検索したらでてこなかった。私が教材に使いたくなる記事に限ってデータベースにのっていないのは、

 なんでだろ。

 て、前置きが長くなりましたが、このクロード氏の文章、論理的に言って破綻してます。

 この人文中でアメリカが「人道的介入」の名のもとに他国に侵攻するのを明らかに非難しているのに、その同じ論理を用いてグルジアに介入するロシアは認めている。同じ行動をとる二つの国があり、そのどちらかを認めるということは、単にこのクロードさんがロシアを好きで、ゲームの流れがロシアに向いたことを喝采していることを示しているだけ。

 また、「世界が中国の力を認めた」という旨の最初のフレーズについては根拠が不在。クロードさんが「中国の力にうっとり」して「その力を証明した」と個人的に感じた、というだけならまだしも、なぜ「世界」なのか。少なくとも私は、日本人のかなりの割合は↓

中国「日中関係良い」5割 日本と反対、食の安全影響
2008.9.8 21:26
 民間非営利団体「言論NPO」が中国英字紙チャイナ・デーリーとの共同世論調査の結果を8日発表、日中関係は「良い」と答えたのは中国が54%に上ったのに対し、日本は13%で、逆に「悪い」との回答は日本が46%、中国が13%と、日中関係の現状認識が対照的であることが明らかになった。
 調査では「日中関係の障害となる問題は何か」との質問(複数回答)に対し、両国ともトップは歴史問題だったが、日本では46%が中国食品などの安全問題と回答。中国で同問題を挙げたのは3%で、中国製ギョーザ中毒事件などをめぐる認識の隔たりが、日中関係の現状認識にも影響したようだ。両国民の8割以上が「日中関係は重要」としたが、日中関係が今後良くなると答えたのは、中国の81%に対し、日本は32%にとどまった。 調査は今年6-7月、日本側は1000人、中国側は北京、上海などの約1560人を対象に実施された。(共同)


 つまり、言論NPOによると、日本の46パーは、かの国のイメージを「悪い」と思ってる。簡単に「世界」とかいうな。

 ちなみに、この調査で両国がそう判断した根拠をみると、どちらの判断が冷静かは明らかだ。

 中国の人が日本との関係がいいと思う根拠は「十年ぶりの首席の日本訪問」「四川大地震での救援隊の一番到着」「日中ナントカ条約締結?周年目」とか、ようは日本と関係を改善したい、という党の意向をうけたあちらのマスコミのイメージ戦略のっかってそのように思っているだけ。党の日本に対する政策が変われば、ああっというまにまた日本イメージわるなるんでしょうなあ。


 一方の日本は、反日デモとか、毒ギョーザとか、チベット問題とか、

事実起きたこと

を核にして、相手を判断している。「彼らとは違うんです」(by フクダ首相)

 で、クロードさんの文章に戻るけど、クロードさんの問題点は彼の好みだろうけど、「中国の力」を盲目的に崇拝していること。

 しかし、中国の力って、ほめられることか? 「道徳の力」とか、「真理の力」とか、「正義の力」とかなら、ややいかがわしいとはいえ賛成しても恥ずかしくないが、中国がいまふるっている力は、いろいろな反論・異論を力で踏みにじって、抑圧して、無理矢理何かを通す「力」である。自治を求めるチベット人を有無を言わさず銃で制圧した力にうっとりするとは、人権大国にして、哲学の授業が義務づけられているフランス生まれとは思えないすんばらしい見識。

大丈夫かこの人の頭ん中。

中国の「力」を感心する人々でできた世界なんてそれだけで悪夢である。

 内容の是非を問わず、「強くて大きいものにつく」のは、事大主義であり、「勝ち馬ににのる」ことであり、人としてもっともトホホな生き方である。まったく威張っていうことではない。少しは恥じなさい。 

 『鰯の日本人』という本に、中国をよくみたくて仕方ないのに、現実の中国はいろいろ問題があって、それでも信じてついていこうとする日本の一部知識人を、自分の頭で考えず群になって右往左往する鰯の群に喩えていた。このクロードさんの文章につられて、またイワシの群がイキオイづくような予感。

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DATE: 2008/09/05(金)   CATEGORY: 未分類
絢爛豪華なチベット史おひとついかが?
日曜日、元ゼミ生同士の結婚式があった。
わがゼミ初のゼミ内結婚である。ぱんぱかぱーん♪
結婚式には何度か参加したが、「新郎の関係者ですか、新婦の関係者ですか」と聞かれて

「両方」

と答えたのは初めて。
久しぶりにあうゼミ生たちは、みな社会人の顔になっている。

元ゼミ生A「先生が着てる衣装知ってます。それベトナムの民族衣装でしょう?」
私「うん、そうそう」
元ゼミ生A「シオサイですよね!」
私「アオザイじゃ!

元ゼミ生B「センセー、オリンピックの間どうしてました」
私「決まってるだろ、ガン無視だ!」
元ゼミ生B「相変わらず、ボージャクブジンですね」

というような、心温まる会話を交わしながら(笑)、みなで二人の前途を祝福する。

本当にこの代のゼミ生はみな仲が良かった。
ペイフォワードな子供たちだった。
チベットの神仏よ、彼らに幸せを賜いたまえ。

さて、義を見てせざるは勇なきなり、
東急セミナーさんで公開講座を引き受けることにいたしました。

シラユキ 秋の公開講座(全六回)

テーマ チベット仏教世界の歴史的展開
期日 2008年10月18日~3月21日(全六回)
場所 東急セミナーBE渋谷(渋谷東急プラザ内)
お問い合せ先 東急セミナーBE ここクリック 03-3477-6277



今回はチベット史をその文化の解説とともに講義しまーす。

今、チベットは中国に併合されているため、中国ではその歴史を語ることはタブーとなっている。国民によけいなチエをつけて、不測の事態を起こしたくないからでしょう。
 チベット史なんて、できれば、なかったことにしてしまいたいイキオイです。

で、一般の漢人は三歳の赤子でも日本軍の中国侵略を知っているのに、なぜか自国の行ったチベット侵略について知るものは少なく、千数百年の仏教国家としてのチベット史にいたっては「誰もしらない」。

 で、漢人は真顔で「チベットは太古の昔より中国の一部でしょ」「チベットって国なの?」という有様です。

で、海外にでて言論の自由を得たチベット人が何を言っても、いかんせん絶滅危惧種。対する中国は13億人。どんな間違ったことでも、13億人が百年言い続けたら黒が白になるかもれしないイヤ~な予感。

でも、考えてみたらこれは誰にでもある宿痾。

ほとんどの人は自分の「常識」とやらを「みんなが言うから~だろう」くらいのいい加減さで形成している。
少数のチベット人+少数の研究者 VS 13億人が世論を形成したら、「常識」なるものがどっちに傾くかは火を見るより明らか。

 私が「チベット史はカクカクシカジカだ」と説いたら、「亡命政府の言い分と同じですね」と切って捨てた人がいた。わたしは研究者である。私の発言は史料に基づいて研究した結果のものであり、「亡命政府がこういった」なんて単純な理由で語っているのではない。

 「アンタのいうことは結局誰それのいっていることをそのまま言ってるんでしょ」とか言う人に限って、根拠のないまま、どこかの誰かの言い分をそのまま口うつしで信じていたりするから始末におえない。

 というわけで、知らなけりゃ黙ってればいいのに、何か言わないとまずいと思う人たちが無自覚に発する「なんちゃってチベット史」を聞くのはもう疲れたので、今回のテーマ設定となりました。

 他では聞けない、絢爛豪華な麗しのチベット文化史があなたを待っていることでしょう。

 チベットについて現在・未来に語る可能性のある人は、すべて聞いてもらいたいんだけどまあこないでしょうね。でも、誰も聞きにこなくても、私はやります。

 このささやかな努力によって、少しでもチベットに関する正しい理解が世の中に根付くことを願って。
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