白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/01/30(金)   CATEGORY: 未分類
ガワン先生遷化(哀悼)
 出先のダンナから陰気な声で電話がかかってきた。「今授業中だから話せないけど、ボクのメールを確認して」という。

 何だか分からないままメールを確認すると、大阪の平岡先生より30日未明、ガンワン先生が遷化したとの旨を伝えるメールが届いていた。
ngawang.jpg

 このブログで何度も伝えているようにガワン先生はここ数年末期ガンで、余命幾ばくもない状態であった。来るべき者が来たといえばそれまでだが、大学僧の死はやはり重い。

 去年十一月、大阪の平岡先生(インドに再建されたギュメ僧院の大施主)は、このままでは二~三ヶ月の命だが、ガワン先生の免疫治療に対する反応がいいため、万が一の可能性にかけて日本においてさらに治療を続行するようにと懇願した。しかし、ガワン先生はインドに留まる意志を示され、結果、治療をどこで行うかの判断をダライラマ法王に仰いだ。


 すると、法王のご判断は「インドに留まりなさい」であった。
 
 それでガワン先生は最後の時をインドの再建ガンデン寺で過ごすこととなった。
 ガワン先生のお弟子さんのリンポチェが何度も電話をかけて、施主の平岡先生に状況を伝え、また、日本の主治医の判断を仰いていたのだが、昨夜、先生は吐き気を催され、主治医の判断で吐き気を抑える点滴をしたところ、ここのところあまり食事をきこしめしていらっしゃらなかったのに、トゥクパ(チベットうどん)を結構召し上がって、周りが喜んだところ、お手洗いに行きたい、とのことで、お弟子さんたちが両脇を抱えてお手洗いにおつれしたところ、帰ってきた時にはもう口がきけなくなり、眠るようにお亡くなりになられたとのこと。
 
 主治医の所見では吐き気が始まった時点で、これから死の苦しみが始まるだろう、とのことだったが、そういうわけでほとんど苦しむことがなかったとのこと。


 平岡先生は「最後にね、ご飯を食べていかはってくださったことが嬉しいんですわ」。
 先生、ここのところガワン先生の末期にむけて気を張っていらしたので、突然の訃報にかなりショックをうけていらして、ハラハラする。
 私も母がなくなった時、それ今まで24時間心配していたものが、母がなくなって急に心配する必要がなくなると、何をしていいか分からなかったっけ。

 今、ガワン先生は「死の瞑想」(トゥクダム)の状態に入っておられるとのことで、これが何日続くかはまだ分からないとのこと。ガンデンのお坊さんたちは、これからどのような形で葬儀をするのか徹夜で話し合われたそうで、きっと伝統にのっとって厳かにパルド(中有)の法要を行い、日を選んで荼毘に付されるのだろう。

 チベットのゲルク派の僧院では幼児期に出家し、読み書きを覚えるとすぐに論理学を始め、すぐにディベートの達人となる。そのあと般若、唯識、中観と哲学をきわめ、多くのテクストを暗記し、その解釈を身につけ、最強の哲学者となる。

 その中でも頂点をきわめたガワン先生であるから、彼と共にどれほどの知的遺産が空中に蒸発してしまったかとおもうと、ウォール街に消えたアブク銭なんかより、もっともっともったいない話である。チベット人の人生は上から下まで激動だが、ガワン先生のような静かに学僧の人生を送った方といえどもそれは変わりない。

 亡命をしたことにより、多くの人と接することができて、より多くの人に仏の教えを伝えられたという意味では良い点もあったであろうが、彼らが受けてきた教育システムは、他のどの国で再現しようとしても難しい。

 外国人がチベット仏教の哲学をフルセットで理解するのはやはり限界があるのである。人類の知的遺産として残すべきチベットの精神文明が、国を失って徐々に廃れていくことは、先生のもっとも懸念されていたことであった。

 彼らが仏教を他者に伝えようとするのは、自分のためではない。仏の教えが人類を幸福にできるテクニックを持っているからである。ダライラマが過酷な体験をしても、朗らかに笑っているのは仏の教えを体得しているからである。
 この教えが廃れる時は人類がみな總ウツ状態になる時。

 人類をウツから救うのなら、外人のできることは、チベットの僧院を支援することだろう。
 そこは、未来のガワン先生たちが学んでいる場なのだから。

 
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DATE: 2009/01/27(火)   CATEGORY: 未分類
仙台で昔を思い出す
  土曜日は東北大学に就職した先輩にお呼ばれして研究会でお話。

 ちなみに、この東北大の先輩とは超長いおつきあい。早稲田の文学部は二年生から専攻が分かれるのだが、学部一年の時、その先輩が「東洋史いいよ~」というので、東洋史のモンゴル・ゼミに決めたのだ。つまりこの先輩がいなかったらチベット史研究者の自分はここにいない。

 ので、某国よ、うらむなら自分に東洋史を薦めたこの先輩をうらんでくれ(笑)。

 しかし、最初は普通にモンゴル語とか勉強していたのだが転機はゼミの学部三年のことであった。
 イギリス映画『ガンジー』見て感動した私は、ガンジー詣でだ! といきなし、最初の海外旅行でインドにわたり、あーだらこーだらとひどい目にあいつつもガンジー博物館とかいったら、近くにあったんだよね。

 チベット難民キャンプが。

 で、なーんか興味を持って、帰国してからチベット語を学び始めた。

 そのあと数年間はガチでアカデミックな日々を過ごし、唯物史観の影響をうけまくって社会制度史、法政史などの研究が全盛だった学会の中で、独り

 「ダライラマ五世ってすごかったんだよ、チベット仏教ってね、モンゴルも満洲も制圧していたんだよ、おい聞けよ」

 みたいな研究を続けていた。
 
 しかしその時点でも、現代チベットに対する認識はあさく、有り体にいえば専門とする17世紀~18世紀以外に興味はない学者バカであった(バカ学者ではなくてよ)。

 そんな、94年4月に在日チベットのお坊さんにつれられて成田にトランジットするダライラマ14世猊下のでまちにいくことになった。私にとって初めてのナマ猊下。

 猊下が一般人の出口からお出ましになると(そう、猊下はついこの間までイミグレーションに並ばされていた。先進国で猊下にこれやってんの日本だけ)、在日チベット人たちは一斉に五体投地をしだす。

 結果、私だけがつっ立ってて、目立つのなんの。で、にこやかな猊下と、恐れ入るチベット人たちを見ていると、なぜか泣けてきた。「彼らにとってダライラマ猊下はまだ王様で、チベットはまだなくなっていないんだ」。そして「そういえば14世猊下は私が研究している5世猊下と理論上は同じ人だよね」と思い至る。

 というわけで、現代のチベットのお坊さんの僧院内での生活を見ていくと、17世紀の史料に書いてあるけど、それが何を指しているか分からなかったことが分かるようになってきた。この僧院生活をまもるために亡命したんだものねー。というわけで趣味と実益を兼ねた現代チベットとのおつきあいが始まったのであったった。゜

 東北大学では、チベット仏教世界の歴史が現在もまだ終わっていないことを述べる。太古の昔チベットにおりたった観音の誓いは現ダライラマ14世の人生に今も息づいているし、かつてチベットを支えてきたモンゴル帝国、満洲帝国に続いて、いまは欧米がチベットを支えている。そう、チベットはいつの時代もその時代でもっとも豊かでヨユウのある国のセレブの後援をうけて存続してきたのだ。

 仏教の教えは克己的かつ道徳的だから、金持ちとビンボー人どちらかというと金持ちに訴えるんだよねー。そしたら、「モンゴル、満洲のチベットに対する帰依と、欧米の帰依は質が違うのではないか。欧米のチベットに対する支援はいわなるオリエンタリズム(西洋からみたご都合主義な東洋理解)ではないか」という質問がでたので、

 こんだけオリエンタリズムが批判されている中で、チベット支援の中心にいる欧米の知識人がそんなスタンスとるわけないだろが、と思いつつも「中心になってチベットを支援している人たちはみなチベット文化の文脈に自らを合わせており、西欧流の解釈でチベットを消費してません」と答える。

 学者の研究会なので、どんビキされるかと思ったが、仙台にいるチベット・サポーターの方に声をかけてみたら、コアな人たちが四人ほどきてくれた。このうち一人は文学部で非常勤講師やってた頃からの長いおつきあいの元学生。チベット・サポートに入った契機を聞くと、

「いやー私には特にこれといった出会いはないですねー。真綿で首をしめられるように、ここに至っているというか。でも不思議なことと言えば、私学部の頃、●×っていう雑誌だしていたじゃないですか。それを覚えていてくれた方がいて、私に声をかけてくれたんですよ。何年もたってるのに、不思議ですよねえ」

 私「なんで、チベット・サポーターにはこんなに早大卒が多いんだろうね」

 元学生「単純に早大生の数が多いんですよ」
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DATE: 2009/01/23(金)   CATEGORY: 未分類
菩薩オバマの就任
木曜日は四年生最後の授業。彼らにとっては学生時代最後のゼミ。四年ゼミの最後の授業は『ダライラマ 幸福論』とバラク・オバマの就任演説でしめくくった。

 授業のあと、Mちゃんがテスト三個もある日なのに、みんなのために(あとKくんに「有言実行だぞ!」と脅されて)ケーキを焼いてもってきてくれた。ケーキのまわりは観音真言オンマニペメフンで飾られ、上にはチベット旗が立っている(ええ子や 涙)。そのあとは例によって飲み屋へ。

 一次会で怒鳴り疲れた私がお金払って帰ろうとすると、

学生たち「いーです。ボクたちが払います。お世話になりましたから」

私「どうしたの気味悪い。あなた達いつもお金ないのに」

J「○×は腎臓売ってお金作りましたから。腎臓は二つあるから一つ売っても死なないんですよ」

私「でもMなんていつもお金もってないじゃない。大丈夫なの?」

J「Mちゃんは難民ですから、国連高等難民弁務官が出してくれます」

私「緒方さんが彼の飲み代を払ってくれるの?」

J「世界銀行かもしれません」

私「どはははは」

 で、これで帰ると彼らに悪いので、二次会についていくと、昨日二時間しか寝ていないAジくんが十時をまわった頃来てくれる。

 神のゼミ長、卒業しても社会人になっても二時間しか寝ていなくても来る。すごいな。

久しぶりにAジくんとオバマ大統領の話とかでもりあがる。

Aジくん「ブッシュが大統領でなくなると困るんですよね」

私「なんで」

Aジくん「オレ世界旅行しているとき、イスラム地域いっても、南米いっても、中国いってもどこいってもブッシュの悪口言えばすぐに誰とでも友達になれたんですよね」

私「そりゃわかるけど、人の悪口いって結束するって美しくないよ。たとえばダライラマって素晴らしいよね、とか共通の尊敬できる人の話題でもりあがる方がよくない?」

Aジくん「それは金持ちの発想です。ビンボー人は敵を作らないと生きていけないんです」

 
そう、世界の嫌われものブッシュに対して、オバマさん就任前から聖人モード全開。

 自らの対抗馬であり、口を極めて自分を罵り続けたヒラリーを国務長官に抜擢。さらに、アメリカが太平洋戦争に巻き込まれる契機となったパールハーバーの12月8日に日系人を軍の高官に据えた。

 これによって自分の面子より、和合を重視することをアピール。まさに菩薩。

 それがうまくいく・いかないは別として、オバマさんのこういう菩薩な姿勢は人類の民度というか心の質を確実に上げることと思う(こういう高潔さを理解できない人はいつまでも同じままだろうけど)。

 Aジくんの話でないけど、単純思考の人間は対立軸をつくって相手を糾弾することを本能とし「あれかこれか」の二択でものを考えがちである。しかし二択はそれぞれのサイドにいる単細胞によって永遠の政争を生むので、二択のどちらか一方という形で決められた方策は必ずしも機能するとは限らない。

 しかし、より大きな視点でものごとを見ることができる人は、二択の真ん中にある中道を見いだし、最小限の犠牲で効果的な解決策を導き出す。

 オバマさんは就任演説の中で二択的思考を繰り返し否定している。

 ダライラマ猊下の説く中道のアプローチも、独立か併合かという誰もが思いつく単純な二択とは無縁な思考。

 猊下は、中国の憲法に今明記されている条文にのっとって、チベットの真の自治(今は名前は自治区だけど、実際は植民地)を実現させようとしている。つまり、独立といって中国を刺激するのでもなく、併合されて中国の一部になることに甘んじるのでもなく、中国の憲法を引き合いにだし、論理的に中国政府にせまり、実質的な自治を得ようとしているのである。

 これに対して中国政府は反論の余地もないはずなのに、そこは中国。

 猜疑心むきだしの幼稚なヒテスリー言動をくりかえしてきた。そいで、「あなたのためにいう。もう少し品格のある対応をしろ」と親切にも言ってくれる人に対しては、13億人の市場と軍事力をちらつかせて、「オレの言うとおりにしろ~」と叫ぶ。みっともない話である(脅しにのって沈黙する日本もみっともないの二乗である)。

 かの国は道徳とか真実とか、論理とか遵法精神とかいう、国家の尊厳を保つ上で必要不可欠な要素をまったくを理解していないか、軽視しているんだろうな。

 オバマさんの就任演説の中に

腐敗と謀略、反対者の抑圧によって権力にしがみついている者たちは、歴史の誤った側にいることに気づくべきだ。そして、握りしめたそのこぶしを開くのなら、私たちが手をさしのべることを知るべきだ。

という件があったけど、これって中国とか北朝鮮とか、ジンバブウエとか、スーダンとかそのほかもろもろのダメ国家を指しているんだろうなー(それにしてもひどい国家おお杉)。

 またオバマさん

今私たちに求められているのは、新たな責任の時代だ。それは、一人ひとりの米国人が、私たち自身や我が国、世界に対する責務があると認識することだ。その責務は嫌々ではなく、むしろ困難な任務にすべてをなげうつことほど心を満たし、私たち米国人を特徴づけるものはないという確信のもとに、喜んで引き受けるべきものだ。・・・

 これってダライラマがいつも言っている、自分の国家、自分の民族、自分の宗教と「自分の延長上にあるもの」に対してのみ責任を持つのではなく、世界に対して責任を持つべき、という「普遍的責任感」(universal responsibility)とまったく同じ。自分・自分という思考法こそが紛争をうみ、不幸をまきちらす。この世界は相互依存しているのだから、他者を、世界をそして環境を尊重すること、これがひいは人類の平和につながるのである。オバマさんもダライラマも、このエネルギーを無駄遣いする、果てしなく強欲で自己中心的な文明を転換することを説いているのである。

 オバマさんは、強欲で自己中心的になってしまったアメリカに、建国の時代には横溢していた自己犠牲・清貧・勤勉の精神をとり戻そうとしているのだ。
 
 アメリカは遠い旅をして原点に戻ってきた。
 ダライラマはずっと原点で闘い続けてきた。

 欧米におけるダライラマの位置づけは、オバマさんが敬愛してやまないキング牧師の国際版である。なので、オバマさんはダライラマのよき理解者、支援者となるはず。

 彼が(暗殺とかされないで)長生きして、アメリカを本来の美徳と清貧と希望の国家に戻し、志を同じくするダライラマ猊下の夢をかなえる手助けをしてくれるといいなあと思う。
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DATE: 2009/01/18(日)   CATEGORY: 未分類
選ばれし者
ヘビーな一週間だった。

 食事を作る気力もないので、ウイダーインゼリー(賞味期限切れ)、赤いきつね、ヒロタのシュークリームにチオビタ・ゴールドな日々だった。

 たまーに、食事をつくっても、ゆでうどんに山芋のせて、めんつゆかけるだけ。
 男の料理というよりゃ、オッサンの料理である。
 食費のかからない週だった。

 というわけで、とても忙しかったので、一息ついた土曜日と日曜日は愛鳥のごはんや遊び道具の調達を行う(普段私のリソースの大半は愛鳥ごろう様に注がれている)。
 
 金曜日、国際交流基金の講座に参加してくださった生徒Aさんから、こんなプロジェクトを始めました、との案内を頂戴した。チベタン・チルドレンズ・プロジェクト(チベット子供支援計画)という名である。サイトから組織の紹介をコピペするとこんな感じ。

 チベタン・チルドレンズ・プロジェクト(TCP)とは、チベット人難民の支援を目的とした各種プログラムを提供するプロジェクトの総称です。・・・職業訓練(介護福祉)、語学(チベット語・英語・日本語)の2つのプログラムを提供する「トレーニングセンター」と、5歳以下の児童・乳幼児を対象とした「孤児院」、伝統的な予防医学を継承する「チベット予防医学室」を、2009年3月、ネパールの首都カトマンドゥのチベット人居住地区スワヤンブナートにオープンします。

 このプロジェクトは本土チベットのナンチェン地域の支援などで実績をあげた、ミンドゥルリン・プロジェクトの後継プロジェクトなので、きちんとしてそう。

 岩佐監督の『モゥモ・チェンガ』がネパールのポカラの難民キャンプを舞台にしていたことからも分かるように、ネパールにも大きなチベット難民社会がある。そもそもチベットから外国に亡命する場合、一番平坦なのはネパールに出るルートで、ニューカマーのチベット難民はまずネパールに出る。

 そこで、その難民たちをすみやかに登録して難民社会に受け入れることができるように、かつてカトマンドゥには国連の難民受け入れ事務所があった。しかし、2005年にネパール情勢の変化によりこのチベット難民事務所は閉鎖されて今にいたる。つまり、マオイスト政権下のネパールにおいて、今やチベット人難民の状況はきわめて厳しいものとなっている。

 この難局にあたって、このような支援組織が生まれることは大変に意義のあることだと思う。

 Aさんとチベットとの関わりは数年前に遡る。

 Aさんは数年前、西チベットのカイラスを巡礼にでかけた。この山は、世界の中心としてヒンドゥー教徒、仏教徒、ボン教徒の三宗教が聖地とあがめているだけあって、ものすごくキレイだが、いかんせんものすごい辺鄙なところにある。彼らはコルラ(聖山の巡拝)中、吹雪に見舞われ、インド人旅行者が心臓発作で死に、デンマーク人が凍傷で片足落としたりしてえぐいことになったが、不思議にAさんたちは無事に帰れて「何かに守られている」感じがしたという。

 で、そのまま中央アジアに抜けようとしたら事件があって国境が封鎖され、ネパールにぬけざるをえなくなった。そしたら、そこにはネパールのチベット難民キャンプがあり、そう、Aさんとチベット難民が出会ったのである。

 運命だね(笑)。

 その時Aさんは、ネパールでチューゲイ・リンポチェとトゥルシク・リンポチェのお二人と謁見できることとなり、集団謁見をした。するとそのあと、彼女とそのご主人の二人だけが呼び戻され、二人に向かって高僧はこういった。

 「あなた方が無事に日本に帰るその日まで、毎日祝福を送り続けます。」
 
 ズキューン!!!!

 Aさん「西チベットから生きて帰れたのは、何かの力が確かにあった。その恩返しに社会貢献しなきゃと思ったんです」というわけで、Aさんは今、プロジェクトをネパールで立ち上げたりしているわけである。
 
 日本のお寺はどんどん信徒離れを招いていまや自分の檀家すら護れない状態なのに、チベットの高僧は全く違う文明圏にいる外国人の心を一回の面会でひきこみ、社会貢献に向かわせる。

恐るべしチベットの仏教文化。

 そいえば私が北京でふらふらしていて、とあるカギュ派の僧と知り合って、その時私はチベット医学を勉強していたので、そういうと、その高僧はぼろぼろのチベット語の医学教本をとりだしてきて、

「この国(中国)ではもうチベットの文化を守れません。あなたの国でこの本を和訳して広めてください」

と渡されて、ひどく感動したことがある。この「あなたに~を託す」という使命感を弟子に植え付け、仏教の興隆や衆生済度に向かわせるのは、チベットの高僧のいにしえからの行動パターンである。

でも自分、この教本結局和訳できなかった。

 つまり、使命を託された側が無能だとチベット仏教文化の存続は限りなく危うい。そういった意味ではAさんのような実行能力のある人物を見抜いた二人のリンポチェはさすがである。

 さあ、「特別」になりたいアナタ! 「選ばれて」みたいアナタ!
 チベットへ行ってみませんか?  

 チベットはあらゆるジャンルで人材を求めています(いやホント 笑)
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DATE: 2009/01/14(水)   CATEGORY: 未分類
最後のダライラマ
同じ学部の先生なのだが、学科が違うので一度もお話したことのない先生から、突然「Iさん、ダライラマの研究されているんですよね」と言われた。

私「専門でやってるのは、ポタラ宮たてた頃の17世紀のライラマ五世とかですが、今のダライラマも若干・・・うにゃうにゃ(そういえば今のダライラマ法王ってダライラマ五世と理論上は同一人物なんだから、て説明面倒だな)」

その先生「アメリカの友達がダライラマにはまっていて、ボクにこの本読めって送ってきたんですよ。それでちょっと読んでみたら、ダライラマは科学とかにも通暁してるんですね。すごいですね」とおっしゃるので

 私「そうなんですよ。もともとチベット仏教は論理的な教えだから、理系に通じる所があって、ダライラマ猊下も幼い頃から理系の学問に興味をもって、亡命後はお医者様とか生化学者とかのお友達を世界中につくって、対談集とかも山ほどだしてますよ。一般論としてダライラマの本で一番読みやすいのは、やっぱ『ダライラマの幸福論』かな~。」と気がつくと洗脳モード。職業病かっ(笑)。

 そいで、そのすぐあと、会議でたまたま横に座った先生(これまた学科が違うので今まで個人的な会話はしたことがない)が、私が清朝とチベット仏教みたいな本をもってたら、「先生の○×にのった文章読みましたよ。清朝の皇帝はタライラマに跪いていたんですよね。今の中国はけしからんですね」と話しかけてきた。

 ダライラマ猊下最近すごくメジャー。

 もし私が「胡×涛の中国」とか「東アジア共同体」とかの旗振り役の研究していたなら、もし「金融危機を中国の内需で乗り越えろ」みたいな経済学者だったら、学内でまったく分野の異なる先生が話しかけてくることなんてことは〔たぶん〕ないだろう(笑)。つくづく清い学縁をいただいたものと思う。

 予断を排してダライラマの発言をおっていけば、誰でもこれほどの人格者はいないことに気づく。

 今でもダライラマを「人民を搾取した封建領主」とか、「国家分裂主義者」とか、「偽善者」とか言う人が限定的にいるけど、偽善者ってーのは、本質黒いのに白くみせている人であり、そういう人って発言に一貫性がないものだけど、人民解放軍にチベット人ばりばり殺されていた60年代から今にいたるまでずーつっと「中国人を恨んではいけない」と言っている人を偽善者呼ばわりするのは、よく知らないんだろうなとしか言いようがない。

 封建領主云々というプロパガンダについても、まったく不当な評価。亡命後、ダライラマがまずやったことはチベット文化の保存と難民社会の民主化であった。ダライラマ法王は昔から「チベット人が望まなくなったならダライラマ制度はその時点で終わる」とおっしゃっていて、基本民主的なのである。つまり、ダライラマがダライラマを続けているのは、「チベット人が望むから」なのである。

 去年の暮れ、中国支配下のチベット人に「自治か独立かどの路線で中国と話し合うか」という質問で統計とってみたら「ダライラマ法王のおっしゃる通りに」が一番多かった。そいで、難民社会の代表者を集めて行った代表者会議でも「ダライラマ法王のご判断を」というオチで終わっていた。

 で、その議事録がダライラマ法王日本代表部事務所から『チベット・希望の鏡』という表題で出されたので見ると(そのドラフトはこちら)、会議の最後に採択された合意のトップに「ダライラマ法王に関するもの」というものがあり、要約すると

「ダライラマ法王こそチベットの神も人も認めるチベットの最高指導者である。だから、法王様「引退する」などということは、ゆめ言わないでください。歴代ダライラマが「チベット人を救おう」と政治と宗教の重責をにないつつ転生を繰り返されてきた、その御意志を決して捨てないでください。」

 て、お願いというか、ほとんど要請してました(笑)。
 すごい公文書。
 
 でも、尊敬できる人格者がいて、その判断に従えるって、ある意味幸せな事だとおもう。今の時代、心の底から尊敬できて、「この人の言うことなら安心して聞ける」なんて存在は、親でも教師でも、政治家でも宗教家でもなかなかいないから。

 法王も十五の年から全チベット人にすがりつかれて、二十四才以後は難民の生活まで支えなければいけなくなって、本当にもう端から見て痛々しいんだけど、それを普通に笑ってこなしてこられたすごい方。それに気づいた瞬間にみなダライラマのファンとなる。

 気がつけばファンは世界中にいたりして、そのグローバルさがまた、千本の手と千の眼をもち人々を幸せに導く観音様を思い起こさせ、人々の信仰を強くしていく。

 国を失ったこのヒサンな状況で、ダライラマの高潔さが世界の人々の支援をひきつけて難民社会の暮らしを何とか支えているという今の状態で、チベット人がダライラマを必要としなくなる、なんてあり得ないのである。

 彼を最後のダライラマにしたい人は、すべてのチベット人を幸せにしてあげることです。そしたら、ダライラマ法王は「虫でも橋でも人の役に立つものに生まれ変わりますよ」とおっしゃっておられます。
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DATE: 2009/01/10(土)   CATEGORY: 未分類
彼我の落差
 今日は卒論の提出日。
去年は提出日の初日にまだ、執筆中という猛者が何人かいたことを思えば、今年はずいぶん正常化した。とりあえずみな提出できそう。
 年初ということで、みなでそろって晩ご飯にでかける。
 困った時の華●苑、そう早稲田祭の打ち上げでチベット万歳をかましてしまったあの中華料理屋である。

Wが最初からハイテンションで、どす黒く盛り上がる。
私がチベット現代史を熱く語っていると生徒たちはすかさず

「先生、猊下はそんなところで笑いませーん」

そして、話ている私の顔をデジカメでうつしては

「悪い顔しているなー」と笑う。なので

「師弟関係きるぞ」というと

「どーぞ」と言われる。

軽い師弟関係やな(笑)。

話変わって、大阪の平岡先生からガワン先生お言付けの中観のテクストを送って頂く。
去年の十二月にガワン先生が離日される際、

「般若思想と中観思想をしっかり学びなさい。仏果を求めて仕事しなさい」とおっしゃられた、そのお話を受けてのことであろう。

実はガワン先生は顕教の大学者でもある。

先生の所属するチベット仏教の最大宗派ゲルク派はもともと学問を重視する宗派で、密教修業は顕教をきわめた後に履修することが推奨されている。当然、密教学堂の座主をつとめたガワン先生は顕教の大学僧でもある。

ゲルク派の僧侶の階層はそれはきっちり学問の到達度で決まっている。

 三大僧院のどこかに所属して最低でも15年は論理学や哲学を学ぶ。そして、僧院の中で行われる試験に勝ち続けると、博士の最高学位である「ララムパ」位をとる資格が生まれる。

ララムパの試験は、チベット暦の正月に、ダライラマ御臨席の下、チベット中から集まった人々の見守る中で行われる。このディベートで勝利してララムパ位をとると、やっと密教学堂に進むことが許される。そして、密教学堂での修業を一通り終えると、ガンデン大僧院の座主候補者のリストに名を連ねることができる(このリストの中からダライラマ法王が指名する)。

 ガンデン大僧院は宗祖ツォンカパが1409年に建立したゲルク派の総本山。この大僧院の座主の座はチベットの学僧の最高位である。

 ガワン先生のすごいとこは顕教の博士号だけでなく、密教の博士号ももっていること。それは1990年のこと、ギュメ僧院(密教学堂)のララムパたちの一番を決めてみよう、という趣旨で、第一回密教弁論大会が開かれた。この時、並み居るララムパたちを制して一位となったのがガワン先生。

 つまり、ガワン先生は顕教でも密教でも一番という、頂上の頂上、文字通りのケドゥプ(学者にして行者)。

 なので、先生が「~しなさい」という言葉は、とにかく重くて、その通りに勉強していったなら、きっといい人間になっていけるだろうと自然に思う。

 私も先生といわれる身分だが、自分とガワン先生を比べた場合、
 彼我の落差に、大笑いがとまらない 
 とくに師弟関係のあり方とか(笑)。

で、平岡先生のお便りには続きがあって、先生が十二月にガワン先生をインドまでお見送りにいった際にガンデン寺でとった写真が同封されていた。

 それがこれ。


 説明すると、かつてガンデン大僧院には宗祖ツォンカパのミイラが仏塔に納入されて祭られていた。このミイラは髪の毛が伸びつづけるなど奇跡満載で、人々は幸せに拝んでいた。

 しかし、1959年、中国軍は4000mをこえるドク山まで律儀にのぼってきて(ホントあきれるよ)、ガンデン大僧院を土台から破壊して、ペンペン草も生えない廃墟にし、ツォンカパのミイラもみせしめに火の中に投じられ、僧侶たちはそれを見学させられた。

 ひどい話である。

 しかし、その時、ぱーんと炎がはじけて一僧の足下に何かがとんできた。僧は急いで足で土をかけて隠すと、人々がひきあげた後にその場所にもどってほりだし、大切に保管していた。それがこの頭骨である。

 1995年、インドに再建されたガンデン僧院から独りの博士がラサに潜入してきた。この博士は件の僧から頭骨の破片を譲り受けると、インドにもどってそれをガワン先生に献上した(ガワン先生はガンデン大僧院北頂学堂の所属)。

 そして、2000年、ガワン先生はネパールで作らせた仏塔にこの聖骸を収めて、インド・ガンデンの北頂学堂に公式に安置したのである。

 私はこの話を聞いた時、不謹慎にも「50年代はたくさんのお坊さんがなくなったから、ツォンカパの頭骨でなくてもそこいらに頭骨あったんじゃないの」と言ったが、

 この写真で台座に書かれているチベット語を見て反省。

「偉大なる聖ツォンカパのまごう方なき聖骸でございます。」

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DATE: 2009/01/04(日)   CATEGORY: 未分類
お年賀
 大晦日のことであった。
 ダンナ「明日ツタヤで先着二千名にレンタルするとクーポン券をくれるって」
 私「そりゃ並ばなきゃ」
 明けて元旦、開店直前(十時)に私はツタヤについた。
 誰一人まってない。

 よく考えてみたら、先着二千名っていったって全国でなくてこの地域の数店舗だし、急ぐことはなかった。

 そもそも初詣の神社に並ぶならまだしも、たかだか数百円のクーポン券もらうために元旦そうそうツタヤに並ぶ人なんていない。
 
 「地域のツタヤで今年初めての客となる」という実に無意味な行動で一年が始まる。

 大丈夫か自分。

 さてお年賀に、2000年にリチャード・ギア、ハリソン・フォード、ジュリア・ロバーツ、スティング、アラニス・モリセットなどが、世界人権宣言をワンフレーズごとに読み上げながら、チベットへの支援(ここクリック)を訴えた映像「なぜ黙っていられるの?」(Why are we silent ?)をつないでおきます。



画像にでてくる順にクレジットをつけますと、リチャード・ギア、スティング、ハリソン・フォード、アダム・ヤウク、ゴールデン・ホーン、アラニス・モリセット、ジュリア・ロバーツ、あとはまた繰り替えしで
ギアで終わります。

 リチャード・ギアはご存じ、静かに瞑想に励むガチの仏教徒。
 スティングとアラニス・モリセットはチベットのためのチャリティCD「平和の作法」(Art of Peace)の呼びかけ人です。

 この60秒の映像の中で彼らが読み上げている人権宣言の部分は以下の通りです(和訳は外務省HPより)。

前文

 人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、
 人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、・・・
Whereas recognition of the inherent dignity and of the equal and inalienable rights of all members of the human family is the foundation of freedom, justice and peace in the world,
Whereas disregard and contempt for human rights have resulted in barbarous acts which have outraged the conscience of mankind,


第五条
 何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。

Article 5. No one shall be subjected to torture or to cruel, inhuman or degrading treatment or punishment.

第十九条
 すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。

Article 19. Everyone has the right to freedom of opinion and expression; this right includes freedom to hold opinions without interference and to seek, receive and impart information and ideas through any media and regardless of frontiers.



世界人権宣言(1948年採択)は外務省のホームページで全文を見ることが可能です。
 八年前のキャンペーン映像ですが、ここで訴えられている内容がまったく改善されてない、どころか去年一層ひどくなっていて困ったものです。

 ちなみに、第五条と第十九条がどのようにチベットにおいて実現していないかは、三月から渋谷のミニシアターアップリンクで封切られる「風の馬」(1998アメリカ)とかによく表現されています。これも十年以上前の映画なのに内容がまったく古くなっていなくて、困ったものです。

 チベット仏教において、人を幸せにするのは金でも名誉でも快楽でもない。どこからみてもツッコミどころのない普遍的な人格を持つまでに、生涯をかけて人格を陶冶すること。

 このチベット文化が今年こそ、欲望にまみれて好き放題したあげく、曲がり角にきてしまったこの世界へ福音を響かせますように。
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