白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/04/27(火)   CATEGORY: 未分類
表紙の花

 我が家の愛鳥ごろう様(オカメインコ12才)の好物の枝豆がスーパーにでていたので、早速かって帰る。冷凍ものだと塩ゆでしてあり、塩をとってはらならないお鳥様にはさしあげられない。したがって、生枝豆が店頭にでる季節は毎年待ち遠しい。

 枝豆をゆがいている最中からごろう様は雄叫びまくる。喜びの雄叫びではない。「はやく食べさせろ」とご命令の雄叫びである。ごろう様は溺愛されてきたので、我慢がまったくないのだ。

 ごろう様はゆでたての枝豆を食べながら「おいしいね」とつぶらな瞳でアイコンタクトをしてくる。こういう同意を求める表情を見ていると鳥は本当に知能が高い。

 先週の土曜日は、四年前の組合の執行委員時代の同期会があった。

 会場は恵比寿のおフランス「レストラン・ヒロミチ」。
 
 今回三年ぶりにK先生から「久しぶりにお食事でもどう」というお誘いメールが来た時、ネガティブな私は「今年総長選だし、何かそれ関係の呼びかけでもあるのかなー」と憶測していた。

 しかし、呼びかけ人のK先生が待ち合わせの場所に現れるや、拙著を取り出して(この時点で自分吹く)、「久しぶりにみんなと御会いしたかったし、これも出たことですし」と宣伝して下さった時には、自分が恥ずかしくなりました。すいません。
 
 よく考えて見ればこの代のメンバーは、ほとんど本人が欧米出身か、留学は欧米という方ばかりで、いわゆる、組合の泥臭さを感じさせる方はいなかった。執行部時代も、どちらかというと学部をこえていろいろな先生方が懇親するゆるい会合みたいな感じであり、組合をもっと圧力団体にしたい人たちからは、はがゆがられていた。

 ちなみに、レストラン・ヒロミチはミシュラン一つ星の赤坂シュマンの元シェフ「小玉弘道」さんが起こしたレストランである(http://www.restaurant-hiromichi.com/pc/)。お店の前の竹藪やモダンなデザインの店内は、いかにもジャポニズム大好きおフランスの雰囲気をかもしだしている。

 実はK先生の二番目のご子息がここでシェフとして働いていらっしゃるため、会場がここ指定だったのだ。そのようなお上品な恵比寿のおフランスにおいて、

 もう一人のK先生のダンナさん(租税法専門)「先生、チベットとかやってて某国に毒もられませんか」

 私「某国人は権威主義なので、かの国の中で何かやらかさない限りは大丈夫、と言われております。それに私は知らない人とは食事しません。」

 K先生のダンナさん「でも、厨房で毒入れられるかもしれないじゃないですか」

 私「そういう意味ではここの厨房はK先生のご子息がいらっしゃるので安心ですね」

 K先生のダンナさん「そうですね、はっはっはっ」

 とかいってる私の横では某最高学府出身のM先生が、ケンブリッジ大学で20世紀初頭、関西の淀川の河口域の工場で中国人が日本人の職人をつかってコピー商品作っていた資料を探しているとかいう話しているし、完全に新橋の居酒屋状態。

 お店の雰囲気壊れまくり。
 ごめんさない、今度伺う時は静かに参ります。

 話変わって、『世界を魅了するチベット少年キムからリチャード・ギアまで』地味なプロモーション第二弾。前回は「表紙の人」だったが、今回は「表紙の花」。

 この青い花はご存じヒマラヤの女王メコノプシスであり、ヒマラヤ地域での植物採集で名前をあげたキングドン・ウォードの『青いケシの国』(1975白水社)で有名となった高山植物である。

 実はこの写真を撮ったのはアルピニストであり、このブログにもコメントをよせてくださるPenbaさんである。

 Penbaさんはお仕事柄、ヒマラヤ地域ばかりか世界中の山を踏破されており、彼のミクシのアルバムにはそれはもう美しい、天界のような山や高山植物の写真が載せられている。このメコノプシスはそのような写真の一つから拝借させて戴いたものだ。

 私もガンデン寺などでとったメコノプシスの写真があるのだが、天候が悪かったり、テクニックがないことから、Penbaさんの写真のように美しくとれなかった。この花は標高4000mを越える、しかも、初夏のある時期にしか咲かないので、花開くメコノプシスの写真は本当に貴重である。

 Penbaさん、ありがとうございました。

 Penbaさんは一面識もない私をミクシやツイッターで陰に日向にいつも応援してくださるため、何かいつも九州(Penbaさんは九州の人)の方から温かいオーラがきているような感じがする(霊感ゼロだけど)。K先生、いつも講演にきてくださる方、ブログをみてくださっている方、本を手にとってくださる方、毎日わたしはじつに多くの人から温かい気持ちをいただいて生きているような気がする。
 
 この場をお借りして、感謝したいと思います。
 ありがとうございます。みなみなさまにチベットの神仏のご加護を!
 
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DATE: 2010/04/23(金)   CATEGORY: 未分類
時の試練を越えるもの
 近くのジャスコに行ったら、青海省大地震募金の箱がおいてあった。その募金の行き先は駐日中国大使館。つまり、中国政府。
ちなみに、一昨年のアバ大地震(通称四川大地震)の際、世界中から集まった募金は、80パーセントは中国政府の懐に入ったそうで、果たしてどれだけが現地の本当に困っている人に届いたのか疑問視されているそうな。

2009/08/20 中日新聞朝刊【北京=朝田憲祐】
中国各紙によると、昨年5月の中国・四川大地震で寄せられた義援金767億元(約1兆600億円)の約80%が政府の収入になっていたことが、清華大学 NGO研究所の調べで分かった。市民からは「被災地復興に本当に使われたのか、使途が不透明だ」と疑問の声が上がっている。

同研究所の調査によると、各地の政府に寄せられた義援金はそのまま政府の“臨時収入”になったほか、中国赤十字や中国慈善会などに集まった寄付金の大部 分も政府に流れたという。

地震発生直後には300以上のボランティア団体が支援活動を行った。いずれも資金不足に苦しんだというが、中国民政省幹部は「社会的信用の低いNGO組 織には義援金を任せなられない」と、政府予算に義援金を組み込んだことの正当性を強調する。

一方で、同研究所のトウ国勝助教授は、中国紙の取材に「政府が義援金を使った場合、効率が悪く、効果も少ない。それは市民の要望に耳を貸そうとしないか らだ」と批判。中国慈善基金会幹部は「政府の金の使い方をチェックできないことが最大の問題だ」と指摘する。


こういうのを見ると、何割現地につくかわからない寄付よりも、伝統に則ってインドの再建チベット僧院にお布施した方が、チベット文化の維持に貢献するし、自分の後世もよくなるような気がする。ただし、このことは寄付をするのが悪いことであることを意味しない。かりに現地にけっして届かないお金であっても、純粋な心でその募金箱にお金を投じた人の行いが貴いことに変わりない。途中でそれをくすねる人々が悪業を積んで、無間地獄に堕ちるだけ。

さて、突然ですが、佼正出版から『アジア仏教史』の新版、『新アジア仏教史』(全15巻)がでます。チベット仏教の歴史はこの中の九巻ですが、第一巻目のインド仏教史とともに、今回新しくでることとなりました。ちなみに、それ以外の巻は随時発刊していくそうな。

まだアマゾンとかでは買えませんが出版社のサイトでは買えます。ダンナのブログにも紹介記事(目次の詳細と序文)があります。

『須弥山の仏教世界』
各章タイトル 及び 執筆者
古代王朝 岩尾一史
後伝仏教の諸相が 石濱裕美子と松川節
宗派概説 福田洋一・伏見英俊
チベット仏教の現在 小野田俊蔵
チベットの美術 森雅秀
現代チベット仏教の諸相 野村正次郎・平岡宏一・三宅伸一郎
ダライ・ラマ十四世 石濱裕美子(笑)

 ちなみに、私のスタンスをここで明らかにしておきましょう。
 わたくしは変わらないものブレないもの、長いときをもってしても淘汰されない、普遍的なものに敬意を表するものである。六十年前、中国軍がチベットを占領した時、「チベットはもう終わった」と言われ、ダライ・ラマは「封建領主」レッテルを貼られてさげすまれた。今でもなお、そのようにいう人はいる。

 しかし「終わった」「終わった」と言われつつも、また、何もかも失っても、その伝統を維持しつづけている、それを可能としているチベット仏教の驚異の伝統に敬意を表したい。「お前はもう古い」と叫びたてるのは簡単。そういえば、その人は自分が先端にいると自信がもてるのだろう。

 しかし歴史はこう我々に教えてくれる、伝統も過去も切り捨てたところから生まれてくるものはロクなもんでないことを。
 
 
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DATE: 2010/04/19(月)   CATEGORY: 未分類
逆境の乗り越え方
 金曜日夜から土曜日にかけてキョーレツな頭痛に悩まされ、寝込む。気候不順とか年齢とか、いろいろ思い当たる節はあるけど、あまりにもひどいので、くも膜下出血とか脳腫瘍かと思ったよ。何しろ父は白血病、母は直腸がんでなくなっているので、遺伝からいって何がおきてもおかしくはない。

 しかし一応日曜日には痛みはとれたので、例によって「ま、いっか」で詳しい検査はしないことにする。母方の祖父母はまあ長寿だったので、自分は隔世遺伝であると思うことにする(逃げ 笑)。

 不幸は特定の人をねらいうちにするように見えるときがある。たとえば自分についていえば、すでに父親が死亡していた状態で、母親がなくなった時には、世の中にヨボヨボの両親がそろっている同世代の人たちが沢山いることを考えると、どう考えても運命のいやがらせを感じた。

 チベットもそうである。
何も悪いことをしていないのに中国に占領され、社会主義をおしつけられ、飢えや拷問で多くの人が命を落とした上に、今回の地震である。前回のアバ大地震と異なり、今回はチベット人居住域のど真ん中。そうでなくとも少ないチベット人の人口がまた減った。
中国共産党の人災に天災も重なり、まさにフルボッコ状態。

 こんな時は嘆いても恨んでも仕方ない。ダライ・ラマ法王がチベット人にこう呼びかけているが、これは真理だと思う。

大きな苦しみがおきてしまった。しかし、悲嘆にくれていても仕方ない。なくなった方も、被害にあわれた方も、これは〔別の生き物の命をとるなどした〕業の結果である、この出来事で業は浄化されると思いなさい。
 また、この逆縁を善を行うチャンスに変えなさい。なくなった方のために祈りましょう。

 つまり、チベット仏教的にいえば、逆境・逆縁は成長のチャンス。
 ガンワン先生も晩年、ガンと闘病されていた折、余命を宣告された時も動揺せず、かなりおつらい状態になっても苦しいともつらいとも、一言もおっしゃらなかった。それどころか、「自分のこの痛みは誰かの痛みをひきうけてこうなっていると考えると、つらくない」とおっしゃられていた。

 病の苦しみも自己の業を精算したり、ほかのものの苦しみを背負ってなっていると考え、心の訓練の場に変えてしまう。実際苦しいからといってのたうちまわっても、まわりに八つ当たりしてもいいことはない。頭痛がしたら、これも誰かの痛みを引き受けてなったものと考えれば、修行となる。ちなみに、自分は頭痛の間、ダンナ様にやつあたりをしつづけた結果、うざがられて放置されました(笑)。

しかし、ド凡夫のワタクシでもなんとなくわかるのは逆境を成長のチャンスに変えること。自分は、母親が失ったとき、いかに未熟で親不孝であったかに気づき、自分というもののダメさ加減に気づく契機になった。そして、悲しくて仕方のない気持ちを分析してみて、それは自分を愛し気にかけてくれる人がいなくなった、という、自己を哀れむ気持ちであると知り、みっともないので悲しむのをやめた。

それに、あまりにも両親が短命であったため、人間はいつ死ぬかわからない、ということが体でわかり、重要なことは後回しにせず、今ここでやる、というクセがついた。

 一言で言うとタフになった。
 もし、両親が今も生きていたら、自分は何となく幸せだったかもしれないが、自分のアホさ加減には気づかないままだったろう。
 
 まあ、今もまだ学ばねばならないところ、改善せねばならないところがあるのはわかっているが、とりあえず問題に気づいているところが、問題を自覚していない頃より成長したと自分では思う。

 ダライ・ラマが祈願するのだから、なくなられたチベットの方はきっといい冥福を得ることができる。
 そう考えることにしよう。
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DATE: 2010/04/14(水)   CATEGORY: 未分類
出雲の峯寺で講演
昨日、午前八時半、アムド(東北チベット)のジェクンド(玉樹)でマグニチュード七を越える大地震があった。
前回2008年のアバ地域の大地震(通称四川大地震)の時に、チベットの伝統的な暦を見ていたら、そこに地震がおきやすい期間と書いてあって、チベット仏教の伝統に恐れ入ったが、今回は手元に今年の暦がないので確かめようがない。
ちなみに、昨日は新月だった。前回のアバ大地震の時にはオリンピックの三ヶ月前だったが、今回も上海万博一ヶ月前。

 チベットと中国のこのような関係を見ていると学者らしからぬ何かを言ってしまいそうになるので、もうやめときます。


 平岡さんが突然「峯寺でチッタマニ・ターラー尊の伝授やります」とメールをしてくる。なぜ彼の住まいのある大阪でも自分のいる東京でもなく出雲なのか、と聞いてみると、なんかオタク、もとい行者の直感らしい。

 同じガワン先生から灌頂を授かっているため、平岡さんは自分にとって兄弟子にあたる。そのため、平岡さんの提案に自分は従わねばならない。しかし、戦後民主教育によるリベラルな思考と長年にわたる教師生活で培われた傍若無人さは、突然休日の日程が決められたことに対して、釈然としないものを感じてもいる。

 しかし、そのような腐りきった思考のままでは、よい伝授にならないので、モチベーションをあげることとする(思考ダダモレだな 笑)。

 まず、すでに拝受している、チッタマニのテクストを通読。だいたいの構造はわかる。ただし、賛嘆文や供養文に省略があるのでこれらはやはり伝授を受けなければわからない。次に、平岡さんが峯寺を伝授場所に選んだその深意について憶測してみる。

 ガンワン先生は在世中、ここ峯寺において何度か灌頂を行っている。自分はそのうちの一回ダーキニーの灌頂に参列させて戴いたが、その時ガワン先生はこうおっしゃられていた。

 「この歴史ある出雲の地には昔から仏教が栄えていますが、今日ここで私がみなさんにお授けする灌頂は無上ヨーガタントラのものです。日本のこの出雲にはじめて無上ヨーガの系譜がつたわるのです」

 峯寺のご本尊の大日如来様の前でも法要をつとめられており、つまりは峯寺は出雲大峰修験の力にチベット仏教の力がくわわった、スピリチュアル的にいって絶妙なハーモニーをかなでている(ような気がする ちなみに霊感ゼロ 笑)。

 さらにチッタマニターラーは無上ヨーガの女性の仏である。同じく女性であり無上ヨーガの尊格であるダーキニーの灌頂が行われた地なら、チベット的にいっても非常に縁起がととのった聖地と言えよう。

 ただし、自分が受者というあたりで、すでにもうダメダメだが(笑)。

 それに、前回お参りさせて戴いた時には、峯寺のたつ山「弥山の頂上に昇りたい~」といったら、「そんな靴では無理です。まむしがでます」と言われたので、今度はしっかりした靴を履いていって、まむしはポチにボディガードになってもらうことにして、風土記にのる古い山弥山にのぼり、歴史ある出雲の地を国見する。
 
 とこのように、何か楽しくなってきたところで、ご報告。

 峯寺様から伝授の場を貸して戴く御礼の意味も兼ねて、僭越ながらチベット仏教の入門的な講演会を開かせて戴くこととなりました(無料)。講演の後にはチベット料理のテントゥクのご接待もあります。お茶室が三つもあり、松平不昧公の手になるお庭もある純和風の峯寺が、この時だけ一瞬、チベットとシンクロします。

 表現は違うけど、二つの仏教の精神は実はそんなに遠いものではありません。テントゥク準備の都合もありますので、事前に峯寺さまに人数をお知らせください。

時日:平成22年5月3日(祝)午前11時から1時間の予定
場所:出雲大峯 峯寺 島根県雲南市三刀屋町給下1381(空港から車で30分)
入場料:無料 テントゥクご接待もあり。
峯寺電話番号 0854-45-2245  FAX 0854-45-5105 
Eメールアドレス:

mineji

一口メモ:峯寺は雲南の幽邃な山奥に鎮座されておりますが、空港からは車で30分なので、へんに新幹線や在来線を乗り継いでいく場所よりは短時間でつけます。また、峯寺は修験道の山として知られておりますが、食いしん坊さんたちには精進料理が戴けるお寺としても有名です。今回お見えになられない方でも是非、お食事に、参拝にどうぞ!

峯寺の歴史やお祭りについてはこのページ"が結構充実しています。
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DATE: 2010/04/11(日)   CATEGORY: 未分類
年度初めの誓い
 先週の日曜日、桜をみながらオサレな町を歩いていたら、ふとフランス料理屋さんがめにとまった。久しぶりにオフランスもいいかと思い、入ろうかとしたが、コートの下がコキタナイ部屋着で、コートを着込んだまま食事というわけにもいかないので、なくなくおフランスは見送り、玄品ふぐに入る。

 そしてフグ鍋を勢いよく食べている時、葛きりをちゃんとさまさないまま食べた結果、食道が焼けただれた。おかげで週の前半は固形物が飲み下せず、げっそりした。

 そこで、昨日はリベンジに比較的まともな格好をして、おフランス料理屋に突撃。ブルゴーニュの赤ワインを傾けながら、春野菜のスープ(ピンク色よーん)、聞いたけど忘れた魚料理に、牛フィレに、クリームブリュレを戴く。ああ美味しかった。

 何となく年度初めにあたってやる気がでてきた。
 
 実はこの春から、授業数がへって時間がとれることになった。

 そこでまず、二冊目の研究書(乾隆帝とチベット仏教の歴史)をまとめるため、今までの論文を英文のものは和訳し、構成上足りない部分は2本新たな論文を書く。

 そして、のびのびになっていた新書本の原稿も書とりかからないと。今度は編集さんの希望もあって、専門ど真ん中を一般向けにしたものとなりそう。

 調度二冊目の専門書をだすくらい論文がたまったところで、このように授業がラクになったのも天の配剤。とはいっても、学内の助成金がとれないと出すに出せないけど。

 この前のニュースで、仕分けの対象として、各省庁のいろいろな部門がやり玉にあがっていたが、省庁の中でも最も多くの項目が挙げられていたのが、文科省だった。

 国立博物館、美術館、学術振興会、宇宙開発、などなど研究・文化予算がみなおしの対象となっており、なんかすごく不安。

 文化にかかる金をケチる政権って絶対未来に禍根を残す。
 専門書は売れないのでどこの出版社も引き受けてくれない。
 しかし、売れる本が立派かというと中にはしょうもない本があるのは周知の通り。

 たとえば、とにかく人に手にとってもらうため、人が「こうだ」と思っているものをけなし、落とし、疑問を呈することによって、心配になった人が手にとることをはかったりする本がある。売るための本である。それが事実にもとづく指摘ならまあ多少は意味があるかもしれないが、一部をもって全体を論じていたり、予断や憶測に基づくものであったり、だいたいしょもない場合が多い。
 
 このような本は売れるかもしれないが、その滞空時間は短く、世の中にも文化にも何も裨益するものではない。

 専門書は違う。

 研究とはすでに存在しているものについて、もう確定したものについて、その構造なり実体なりを解明していくものであるから、良質な研究は、時代をこえて必要とされ読み継がれていく。

 しかし、このような専門書の大半は500部くらいしか売れることが想定されていない。電子出版などによって昔よりは広く読まれるようになっているが、とにかく売れないので、どこの出版社も専門書はだしたがらない。

 そこで、助成金を求めて研究者は国や大学に申請を続けることとなる。

 その助成金を仕分けとかで減らされたら、困るんですよね。500部すら刷れなくなっちゃう。

 まあ、粘着に申請し続けます。さらなる野望は最初に出した『チベット仏教世界の歴史的研究』と合わせて、英文版を出すこと。そうでなくとも、チベットの歴史は黙っていたら、埋もれてしまう、あるいは、現在チベットを支配している国家が国を挙げて行う宣伝に封殺される。

 というわけで、今年はまじめに研究する。

 忘れてた、ゴールデンウイーク五月三日に出雲の古刹、峯寺で講演します。
 次のエントリで詳細をかきまーす。
 でも、このブログ見てて出雲周辺の人って二人くらい?(笑)
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DATE: 2010/04/07(水)   CATEGORY: 未分類
リヴァイアサン
 なんかー、中国で日本人が死刑になったことで、あの国の司法制度がいかにすごいかにみな気づき始めた。
あの国にとって何よりも大切なのは今の体制(共○党の一党独裁)を守ること。

 で、刑罰は見せしめだから、人の命なんて二の次三の次、次の次。

 なんてったってダライ・ラマの写真もってたり、チベット○立とか叫んだだけで、社会秩序を乱したとかで逮捕されちゃうんだから。

 チベット人に言論の自由がなかったり、処刑されたりしても、遠い話だったろうけど、たとえ犯罪者とはいえ日本人が死んだので今回みなも考えるところはあるだろう。

 我々が当たり前と思っていることが、隣の国に入った瞬間に当たり前でなくなる。

 日本では芸能人がヤク漬けでも何度再犯しても芸能界へカムバックできるし、「魂の殺人」と言われる強姦した人もすぐに刑務所からでてくる。だけど、向こうでは死罪。

 私は本当にその犯罪に手を染めたのだったら強姦も麻薬密輸罪も重い罰を与えるべきだと想う。自らの金銭欲や性欲のために人の魂や尊厳を何とも思わないような人間は、厳罰に問われるべきだ。

 だから、犯罪者に甘い日本の社会にうんざりしている人は「中国やるじゃん」と思うかもしれない。

 だけど問題はね、あの国の警察とか司法とか大雑把なんだわ。

 だってこんなことだってありうるんすよ。

 中国にいる邦人の駐在員さんが鞄をおろしてベンチに座って靴ひもを結び治していた。そしたら彼を陥れようというライバル企業の人が何げに横に座ってバックを同型のものとすり替える。それと知らずに違う鞄をもって歩き出した邦人は三歩歩いたところで、さきほどのライバル会社の社員から賄賂をもらった公安に職質を受け、そのバックからなぜか大量の覚醒剤が発見される、なんてこともないとはいえないのだ。

 また、そんな七面倒クサイことしなくとも、関係者に金を握らせてその社員を告発させる証言を行わせることもできる。

 「命を捨てても金を拾え」という金科玉条を掲げ、また、上に政策あれば下に対策ありと法の抜け道ばかり考えている中国人はかなり多い。

 もちろん日本にもそういう人はいるだろうが、かの国ではそういう人の数はもっとずっと多い。
 彼らは政府も警察も司法も何もかも信用していないが、ただ金の力は信用している。

 狭い国土にひしめきあいながら、互いに気配りしあい思いやりあって生きている日本人には理解できないだろうが、中国はリヴァイアサンなの。そのリヴァイアサンに秩序をもたらすため、共産党はますます権力を振りかざし個人の命を見せしめに使う。

 さらに、チベット人はこのような中国の不条理を民族単位で経験させられているのである。

 ちなみに、これを貧しさのせい、といって同情しちゃ、かの国の思う壺よん。
 
 壷にどっぷりはまったテレ朝が、ギョーザ事件の犯人とされる男の故郷にいってその貧しさを報道して、「貧しさが今回の犯行を生んだ」とか、言ってたけど、あれを聞いて、今回この人が「犯人」に選ばれた理由の一端が分かったような気がした。「貧しい」と日本のマスコミの追求がゆるむ。

 朝日新聞が中国の暴力革命を「封建社会からの解放」と褒め称えていたことから象徴されるように、日本の知識人は、貧しい人が「持てるもの」に対して行う犯罪を免罪してきた。貧しいんだから、かわいそうなんだから、仕方なくてやっていることなんだから許してやって。領主も、貴族も、もてるものなんだから、拷問されて財産没収されて当たり前。お坊さんが刑務所に入るのも当たり前。

 もしギョーザの犯人が日本人に毒を盛ることを目的とした愉快犯だったとしたら、日本人は怒り狂っただろう。しかし、これが貧しい家庭の臨時工の社会を恨んでの犯罪となったら、左の朝日なんかころっとなびく。

 もう赤子の手をひねるよう。

 中国の問題は貧しさをどうこうしたらなおるもんではない。それ以前に彼らに必要なのは教育なのだ。中国人一人ひとりが、自分のエゴのために他人を傷つけることがいかに醜いことかを実感し、他者を食い物にするのではなく共生するものであることを学ばねばならない

 早い話が貧しい人の過ちを免罪し、持てるものを断罪するなどという判断基準で動く道徳観軽視の左系「知識人」ではリヴァイアサンの中国人は救えない。

 彼らを救えるのは人格者の訓育のみである。

 しかしギュルメ氏はこうおっしゃっていた。「中国共産党は世界中からあれだけ「ダライ・ラマに会え、会え、話を聞け」と言われても頑なに応じない。これは彼らのカルマなのだ」と。彼らを唯一救えるかもしれない人格者ダライ・ラマがかくも近くにいて、いつも手を差し伸べているにもかかわらず、彼らはそれに気づくことはない。

 思えば哀れな人たちである。
 そして、その救われない人たちの隣にいる自分たちも、かなり可哀想である。
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DATE: 2010/04/03(土)   CATEGORY: 未分類
ご来場ありがとうございました
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(2010/03)
石濱 裕美子

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 皆様のおかげさまをもちまして、三日、アマゾンのダライ・ラマ本の売り上げランキングで『世界を魅了するチベット』は一位になっていました。

 また、二日のコバンザメ・サイン会に来場してくださった方々ありがとうございました。

 「誰も並んでないと悲しいからサクラでいきましょうか」と同情されて、二人院生がきてくれた(笑)。

 三十分間という短い間ではあったが、いつも講演に来てくださる方々、オカメインコつながりの滋賀の方、就活に疲れて癒されにきた四年生、別の大学の院生の方々、チベット人の方々、まったくはじめての方などがお運びくださり、本当に楽しかったです。

 あらかじめ宣言してあった通り、私の字は限りなく汚く、はっきりいってこのサインがない方がブックオフにもっていった時、多少なりとも価値がでるのではないかと心苦しかった。

 サイン机の上にあったヲタ芸に使うような恥ずかしいハート囲いのサインボードは、ついこの間の卒業パーティで卒業生からプレゼントされたもの。ウラには彼らの愛憎あふれる一言が寄せ書きにされている。

 いやこんなにすぐに使い回せるとは思わなかったよ(笑)。

 出版社のご厚意で机に用意されたお花もきれいであったが、来場された方のプレゼントにも感動した。
mori

 仏教を勉強されているというKさんのオカメインコの花籠には感動した。もともとオカメインコはヌイグルミのような姿であるが、そのオカメインコの愛らしさを実にうまくヌイグルミしてそれが白い花に埋まっていて、その首にFree Tibetと書いたハート型のカードがかかっていた(笑)。

 添えられたGodivaのチョコもペンギン型であり、気の触れたような愛鳥家の自分の性質をよく見抜かれている。Kさんありがとうございます。昨日からずうっとオカメちゃんにほおずりしまくっています。花言葉が「思いやり」のレモンバームも種をまきました。

 この前追いコンの時に卒業生にプレゼントされた花は紫とか黒の暗色の花でありそれはそれでうれしかったが(強そうなイメージの花を選んだそう)、今回いただいた花束はみな白やオレンジ系の優雅で美しいものばかり。

 人集めのために苦し紛れに思いついたサイン会であったが、これでチョンボしたら出版社の営業部長さんまできている手前、えらい恥ずかしいところであった。しかし、皆々様のおかげさまで準備した本はすべて完売しました。

完売の瞬間、フロアにいらした方々が拍手してくださったため、感動のあまり思わず

私「コミケ終了の瞬間みたい~」(分かる人だけウケてください)

みなさん、本当にありがとうございました。
緊急告知
 ノーマルオカメインコのあくびちゃんが3/7に大阪の東淀川区淡路の自宅からお外に出てしまいました。大阪界隈でオカメインコを保護された方、このブログのコメント欄に連絡ください。


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