白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2012/10/29(月)   CATEGORY: 未分類
学問と政治の関係について
 10月20日の土曜日から、翌金曜日までハーバート大学のカイプ教授が来日し、それにあわせて毎日のように講義や講演が行われたため、若手学者のOさんはこの一週間をチベット・ウィークと命名した。

 この間、関東の若手チベット学者たちは、先月の若手チベット学者国際会議のホスト国としての疲れも癒えないというのに(あれは関西の若手が疲れたのか)、これらの講義に出席したり資料作成にあたったりでてんてこ舞いであったらしい。

 チベット・ウィークの始まりは、10月20日(土)筑波大学で行われた第六十回日本チベット学会であった。

 学会の内容をざっとまとめると、休憩をはさんで前半が歴史・言語・人類学で、後半が仏教学の発表であり、前半は比較的わかりやすい内容のものが多かったが、後半のとくに文献学は難解すぎて、専門外の自分にはほとんど理解できなかった。

 記念講演は、来日中のカイプ教授。テーマはイェーシェーウーの伝記文献。イェーシェーウーとは古代王朝崩壊以後、衰退していたチベット仏教を復興しようとし、自分の命と引き替えにベルガルからヴィクラマシーラ僧院の僧院長アティシャをチベットに招聘した人。

 最後の総会で、会長が現在の仏教学の御牧克己先生から、言語学の長野泰彦先生へと交代することが決まった。
 
 懇親会では御牧先生が退任の挨拶をされ、「日本チベット学会が仏教学・言語学・歴史学が一つの会場で行われていることはよいことだ。国際チベット学会は巨大化しすぎて分科会が分かれて過ぎて、会員一人一人が全ての発表をきけなくなっている。分かろうが分かるまいが自分の専門以外の発表を聞くのはとてもいいことだ。」という趣旨の挨拶をされた。

 一つの文化の中にある言語・生活・仏教・美術・歴史などの諸ジャンルは、どれも互いが影響しあった結果その姿になっているわけだから、もちろん自分の専門以外のジャンルに親しんでおかねば、結局は自分の研究ジャンルもあやうくなる。その意味では会長の提言はよく理解できる。

 しかし、論理学・文献学などは前提となる知識がかなりたくさん必要となるので、専門家の発表をただ聞いてもわからない。記号の意味するところを覚えずに数学の数式を理解しようとするようなものだからである。

 従って、論理学・文献学については、詳しい議論についてはテーマを同じくするもの同士の中で行ってもらいい、専門外の会員に向けては、別に時間をとって啓蒙的なわかりやすい形の講義でもしてくれた方が、会長先生の趣旨は会員に浸透するような気がする。

 翌日の日曜日は同じ筑波大でカイプ教授を囲んでチベット仏教をテーマにしたシンポジウムが行なわれた。

 で、そのままほぼ同じ参加者をひきついで、23-25日までの火・水・木、それぞれの曜日に仏教・韻文・歴史のテクストに東洋文庫のセミナー室でカイプ教授が講義し、その合間を縫って東大・早大などの関係研究室での講演があったそうな

 わたしは水曜日の東洋文庫のセミナーが終わった後、拙著をさしあげるために顔をだすと、お茶を飲みに行こうといわれたので、観光をかねて六義園におつれした。六義園はご存じ江戸の大名庭園で、真ん中に大きな湖がある。そのほとりにある時代劇にでてきそうな茶屋に直線距離で一番近い道をいこうとすると、

 カイプ「コルラするならこの道だ」と湖の周りを一周する道を歩き出した。

 なるほど、チベット流に聖湖の湖畔を一周まわらないと落ち着かないのね。さすがチベット学者。

 そして茶屋についてお薄と和菓子を囲んで緋毛氈の上にすわり、昔話や近況を語り合う。

、カイプ「ここにくる前、ちょうどボストンにダライラマと〔亡命社会の〕首相のロプサン・センゲ首相が来ていて、お会いしたんだよ。ロプサン・センゲに会ったことあるか? 彼は私の弟子なんだ」

 私「センゲ首相はたしかにハーバート卒で有名だけど、ロースクール出身じゃなかったっけ?」

 カイプ「チベットの歴史は私の下で学んでいたんだ。」

 たしかに10月中頃からダライラマ法王はマサチューセッツ州に滞在されていた。

 帰ってネットにあがったニュースでボストンにおけるダライラマ法王の動静を確認してみると、たしかに10月18日付けラジオ・フリー・アジアに、「10月14日にダライラマ法王とセンゲ首相らが有名大学の入学試験の事務長たちとの会合をもち、優秀なチベット学生を選抜して、ハーバート、スタンフォード、マサチューセッツ工科大学、カリフォルニア工科大学、プリンストン大学、エール大学などに受け入れることを決めた」という記事があった。

 さらに亡命チベット議会のニュースによると、翌15日、ダライラマ法王はマサチューセッツ工科大学内で開かれた 「グローバル・システム2.0」に招かれて、午前は倫理、経済、環境、午後は 平和、管理、枯渇する資源についてのシンポジウムに参加しているという。

 おそらくはこのシンポジウムか、その前の大学の事務長会談あたりでカイプはダライラマ法王やセンゲ首相とあっていたものと思われる。

 今回の訪米に止まらず、ダライラマはアメリカやヨーロッパのそうそうたる名門大学から何度も招聘を受けて講演を行ったり、名誉学位を授かったりしている。一方、日本においては、宗門系の大学やキリスト教系の大学を何回か訪問されたくらいで、いわゆる六大学ならびに旧帝大系の大学に招かれたことはない。

 さらに言えば、海外のチベット学者はチベット問題について、無関心であることはなく、たとえば、2008年にチベット蜂起がおき中国政府がこれを弾圧すると、それをうれいた75名の国際チベット学者が時の胡錦涛主席に公開書簡を送って、弾圧の即時停止と、失政を認めて根本的な問題の解決にあたるようにとの要求をした。

 この前パリであった国際チベット学者たちも焼身抗議を考える学会を開き、結構な数のひとたちが参加していた。「中国に入国できないと困るから」とチベット問題についてはっきり口にしない学者がいても、まったく無関心で中国政府の行いに諸手をあげて賛成している学者は数少ない。

 一方、日本の学会はといえば、2008年のチベット学会の時、せめて懇親会のスピーカーが何か一言でもチベット問題にふれるかなと思ったけど、誰一人言及する人はいなかった。

 「学問と政治は分離しているべき。したがって、それでいいのではないか」と思う方もいるかもしれない。しかし、日本の場合、そこまで考えて沈黙を守っているのではなく、単に考えるにまで至っていない無関心な人が多い気がする。

 なぜなら、もし学問を政治とは無関係にしておきたいと意識的に考えているとするならば、それはすでに現実によって裏切られているからだ。

 中国政府が行っている情報統制と、自分にとって都合の悪い事実はウソとすら言い放つプロパガンダは、人間性はむろんのこと、チベット学のインフラにとっても障害となっている(歴史学なんて特にそう)。現実に政治が学問を侵害しているのである。

 そもそも中国政府は自分たちの研究対象であるチベット文化を消滅へと追い込んでいる張本人でもあるわけで、その国家に対して自らの立場を明らかにすることは、「学問が政治に関わる」というよりは、学問が政治から自立していることを意味することになろう。むしろ現実の政治に対して学徒としての立場を明確にした方が、チベット学にとって望ましいのである。

 事実カイプ教授は 2008年のその75名の署名者のうちの一人だし、今、中国の北京大学や成都大学やラサ档案館などの機関とコラボしているのも、何とか中からチベット問題を中国に理解させることできないかとの思いがあってのことである。また、彼はダライラマ法王とも普通に交流している。

 この差はなんだろうか。

 一般的に日本の大学は海外の名門大学をリスペクトし、留学したり、教授を招聘したりし、さらには、その組織や機構を模倣することには熱心であるものの、それらの名門大学がどのような人を重視して、名誉学位をだし、また、どのような教育をして、どのような人をはぐくんでいるのかについては無関心である。日本人はあくまでもただ「名前」に憧れその「形」をまねるだけ。内容はまったくお留守である。

 さらに昨今自信を失ってきた日本は、留学生の激減が示すように「外にでると傷つくから、日本にこもって独自の特殊な基準でやっていけばよい」という空気まで生まれて始めている。しかし、世界の中で日本独自の文化や思考法を護ろうとする時、ただ引きこもっているだけでは未来は危うい。この世界は好むと好まざるとに関わらず、すでに強く相互依存の関係にあるからである。

 これまでだって日本は海外の技術や思想を吸収してそれを日本流に変えていく過程で、世界に誇る数々の文化を生みだしてきた。今のように判断停止してひきこもってそれを成し遂げたわけでない。外部にあるものを取り入れて、改善・改変してはじめて、普遍的な価値をもつものが生まれてくるのであり、「特殊でいい」なんて最初から開きなおっていたら、普遍的なものが生まれるはずもない。作れるはずもない。

 名前と形だけを追い求めていてもいつまでもその実はとれず、彼らの行いとその行いの理由を理解してはじめて、名前や形が実となっていく。

 まあしかし、わたしはオプティミストなのであまり未来を心配してはいない。日本チベット学会もいずれ変わっていくことと思う。

 若手の研究者たちは欧米への留学経験者も多く、会長先生がいったように、昔と違って欧米の研究者と対等に交流するようになっている。若い世代が学会の主流になっていけば、おのずと沈滞した空気も変わっていくだろう。日本の世論もここ数年でずいぶんものを考えるようになってきた。学会にもいずれチベット問題に対する意思表明をするような空気も生まれてこよう。

 参考までに、2008年のチベット蜂起の際の75名のチベット学者たちの声明を抄訳する(原文はココ)。

チベットの現在の危機について憂慮するチベット学者による声明

親愛なる主席

(前略)

チベットで今起きていることを目にし、我々はもはや沈黙していることはできない。現在、本土チベットにおける当局の最終目標は、体制に対する批判を抑圧することにあるようだ。いまやチベット本土は中国からも外界からも孤立している。しかし、このような〔中国政府の〕やり方では、チベット人が声をあげることとなった根本的な不満の原因を消すことはできない。

学者として我々は表現の自由に対する既得権を有している。

基本的な自由を剥奪し、〔自由を求める〕チベット人の意見(中国政府が受け入れがたいと考えていること>を犯罪と呼ぶことは、かえって事態を悪化させる。そのようなやり方は事態を収めるのではなく、より事態を流動化させ、緊張を高めることになろう。

問題は、チベット人が言論や表現に制限を受けつつ生きることを拒否しているところにあるのではない。我々は〔人間である限り〕誰でも、そのような制限を受けて生きることを望まない〔からである〕。

それはチベット人の主張の問題ではない。問題はチベット人の主張がどのように聞かれ〔ず〕、そして答えられ〔ない〕のかということである。

現在起きている紛争をダライラマのせいにしているのは、中国政府が、大衆の不満の真の原因である失政を認めてその解決に取り組もうとしない怠慢さを示しているのである。

中国政府がダライラマを悪魔と呼び続けているのは、国際社会においては、正常な話の対象には全くなり得ない。それはただチベット人の怒りと孤立感に火を点けるだけである。

チベットの過去と現在、その文化と社会を理解することに学者人生を献げてきた我々からすれば、〔現在のチベットの状況は、〕最も強力な抗議をせざるを得ない状況なのである。

実際、その状況は、中国内外の人々に等しく広範な衝撃を与えた。そして我々は、5月22日に中国の作家・知識人が提言した21ヶ条の嘆願書を全面的な支持を表明する。

従って、我々は本土チベット人に対する武力行使をすぐに停止することを要求する。

我々はチベット人の意見の抑圧、それがいかなる形の抑圧であれ、それを止めるように要求する。

我々は、チベット人ならびに全ての中国市民が、一般に認められた人権基準と国際的な合意とによって保証された、言論の自由・表現の自由が完全に与えられていることを明確に示すよう要求する。

2008年3月27日
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DATE: 2012/10/21(日)   CATEGORY: 未分類
「事実」の重みを知れ
 九月から主任になったら雑務に脳内が占拠されるようになり、かつ学会の季節なので土日もなにげに予定がはいるし、研究以前にブログをかく心の余裕がなくなってしまった。震災の時だってこんなにエントリーの間があくことはなかったので、雑用というものは震災よりも破壊力があることが分かった。雑務をやる人が研究できなくなっていく理由が体でわかった。

 とくに人間関係が面倒臭い。文系の研究は一人でやるので心底マイウエイが身についているのに、会議では複数の人間の合意を形成しなければならない。しかしグチるのはやめよう。わたしに時間をとらしている懸案についてはいつか必ず落とし前をつけてやるとして、ここは平常心でブログを書く。

 さて、きょうは「アノ雑誌」について書評を書きたいと思う(以下雑誌の名前を特定しないのは、彼らの売り上げを邪魔しないためではなく、ハリーポッターにおけるヴォルデモートのようなものだから)。

 一月ほど前、某おしゃれな旅雑誌がチベットを特集した。チベット関係者にいろいろ取材がいったので、チベットを愛する人達はその発行を心待ちにしていた。発売日が決まるとみなでその日程を拡散してもりあげいった。しかし・・・・できあがったその雑誌を手にとってみなはドン引きした。そして、暗黙のうちに「買うな」モードがひろがっていった。

 発売直後、怒りにまかせて書評を書こうかとも思ったが、かえって注目度があがってしまうし、また、営業妨害と言われるのも心外なので、とりあえず沈黙を選択した。しかし、アマゾンの順位も順調に下がり、書店から平積みが消えてきた今、そろそろ語ってもいい時期がきたような気がする。

 これから無明の話をしよう(マイケル・サンデル風)。

 問題の雑誌のメイン記事は、旅雑誌ということもあり、チベット文化圏の旅レポートである。それに続いてチベット文化(医学・歴史・美術)の紹介にも多数のページが割かれ、チベットに関連する話題(チベットとカルト、チベット問題、フリー・チベット)も扱われている。かつてインドやトルコを特集した時の同雑誌のバックナンバーと比べても、この号に気合いがはいっていることは明かである(字の密度が違うし、レイアウトも凝っている)。

 しかしてその内容はあまりにも残念なものであった。

 とりあえず虚心坦懐にこの雑誌をめくって編集長が直接書いた、編集後記や紀行文の文章から、彼の見識をまとめてみよう。

「日本で出会ったチベットを愛する人々は自己陶酔していて何か苦手だった。そこで、私は本当のチベットを見に行った。するとチベット人はたくましく、明るい民族であった。チベット人を可哀想な民族と思うのは外国人の感傷である。チベット支援団体はCIAのまわしものである」
というもの。

 あまりにもひどいので、私を取材にきた編集者にメールをして真意をただしたところ、その人曰く、「編集長の命令で、亡命政府側とそれを批判するスタンスの両方向から取材をし、その両方をのせて、どちらにもつかないという姿勢をしめせば「中立」になると思っていた。」という趣旨であった。

 しかし見ればわかるが編集長の思想は、客観的にいってまったく中立ではない。

 彼のいう「本当のチベット」は、中国政府のプロパガンダとそれに影響を受けた日本の左傾評論家の語りそのまんまを継承している。まあとりあえず、文章を具体的に検証してみよう。

 冒頭の写真は、ダライラマ法王が「イー」をしたアップ写真。この聖性のかけらもないショットを選ぶことによって、キャプションについた「楽しいチベット」を象徴させようとしたものと思われる(法王事務所はこの写真にいやな顔をしていたので、揶揄されているのは分かった模様)。

 そして編集長自らが出御した東チベットの旅ルポ(pp.34-53)。彼の言葉を引用すると、
「旅の途上で悲哀に充ちたチベット人の姿は皆無だった。漢民族と同じ生活水準を! と叫ぶ人さえいた。ラサを物見遊山で訪れ、あるいはドキュメンタリー映画に感化され、フリーチベットと叫ぶ演歌にも似た哀愁が絵空事に感じる。」(p.54)

「アムド、カムのチベット人たちは、漢民族とのギリギリの境界線上で優雅にダンスを踊る。ときには政府の懐柔政策で支給される金を利用し、ときには観光客にチベット文化をうりつけながら。・・・彼らは強く楽しく現世を生き抜いている」(ibid.)

 紀行文の間には見開き一ページでチベットの風景を点描した写真がならび、真っ赤なバックを背景に何の解説もなく
「チベットは発展していないんですよ」
「貧乏ですよやっぱり」
「解放させてあげたんですよ中国政府は」
と白抜きの字がならぶ。

 この見識はチベットについて漢人が語るコメントの典型例である。 編集長のチベット認識が漢人のチベットイメージと共鳴していることは、周囲にいる中国人留学生にチベットのイメージについて聞いてみればすぐに分かる。

 まず彼らは一様にチベットの雄大な自然とヒマラヤの壮観を称え、信仰深い人々が住むエキゾチックな地などと旅情を述べる。しかし、チベット問題について水をむけると、必ず、
「共産党は漢人にはひどいことをしてきたが、少数民族や外国にはいい顔をした。文化大革命は内地のできごとで、チベットには被害はないだろう?」

「漢民族は厳しい競争にさらされているのに、チベット人は優遇されている」
と、つまり、彼らは「チベット人は中国政府をうまく利用してしたたかに生きている」と思っている。日本の一部のナショナリストが在日外国人が特権を享受している、と糾弾するのと似た構図である(チベット人は本来の自分たちの居住地で差別され、在日外国人は自分から日本にきたという違いはあるけど、多数が少数を「あいつなんか得をしている」と糾弾する構図が同じ。)。

 しかし、これは中国政府の情報統制と愛国教育によって植え付けられたイメージであり、戦中の日本人が植民地に対して抱いていたイメージとも面白いくらい似ている。

 そして、我々がチベットといえば思い出すダライラマも、中国人にとっては「ダライラマ? 興味ないですよ。チベット難民? 食うや食わずでキャンプにいるんですか? チベット政府? そんなものあったんですか?」とチベットの過去の歴史も今の歴史にもまったく無知、いや興味がない。愛の反対は無関心。そう中国人はチベットの風景は愛してもチベット人は嫌っている。いや恐れている。

 今、中国本土内のチベット人居住域は軍隊や警察によって監視下におかれ、チベット人には中国人に対する反感を表現する自由は全くない。さらに、漢民族は自国の欠点をまったく教えない愛国教育をうけて育つ。したがって、この編集長が漢民族のタクシーの運ちゃんやガイドとともに何日か東チベットを旅したからといって「本当のチベット」が分かるはずもない(というかこの人たぶん気づいていても書かなかった節がある)。

 さらにCIAうんぬんに至っては、半世紀前の話かというような内容である。私の知る限り、今のチベット支援者はみな善意のボランティアばかり。だいたいそんな怪しいお金があるなら、年のはじめにSFTがカレンダーうったり(写真提供者も一銭ももらっていない)、チベット人の歌手にチャリティ・コンサート頼んだりしないわ。ラジオ・フリー・アジアですらアメリカの資金難で打ち切りが議論される時代に何をいっているのやら。

 そもそも一つ一つの団体にウラとって書いているのだろうか? とってないだろうな。だって図の中には資金難でつぶれた支援団体まではいってるから。SFTが「自由チベットのための学生」というけったいな和訳で表記されていたので、このヘンな和訳でぐぐってみたら、チベット蜂起をアメリカの陰謀と主張するミシェル・チョスドウスキーのサイトがでてきた(http://chikyuza.net/modules/news1/article.php?storyid=364)。まさかこんな怪しいカナダのエコノミストの主張がこの雑誌の内容に影響してないですよね(このヘンな和訳が共通していることが関係を証明してるけど 笑)。

 編集長は「フリー・チベットはドキュメンタリーに感化されただけの、本当のチベットを知らない人たち」と決めつける。しかし、ドキュメンタリーって「事実の記録」なんですが。事実を演歌と蔑んで否定するのは、好き嫌い以上の理由を何かあげられるのだろうか。

 私は20代からチベットの歴史をずっと研究してきて、ダライラマ法王の法話も最近はほぼ毎年聞いていて、それでもチベットの哲学は一生かかってもその片鱗すら理解できないと思うのに、この編集長は数日間東チベットを旅行して「本当のチベット」が分かるというのだから彼は一切智者なのかもしれない。

 さらにこの雑誌の中立性を疑わせるのは、チベットの歴史が丸川哲史氏によって監修されていることである。

 編集者のメールによると彼は「チベットの歴史を中立に記述できる人」と言うことで選ばれたのだという。しかし、丸川氏は法政大学の日本文学科で修士課程をでて、一橋大学で言語社会研究科で博士課程を受けた方で、チベットにも歴史にもまったく正規のトレーニングを受けていない人。ついでにいえば、この方「劉暁波へのノーベル平和賞は中国への内政干渉」と言っている。あの朝日新聞ですらダライラマの時とはうってかわってその受賞を喜んだというのに。

 このような中国政府の立場に理解のある方が「中立の立場」でチベットの歴史が記録できると編集部が判断したとすれば、その根拠は何なのか。それ以前にチベット語もチベットの歴史も専門でない人に事実がかけるのか。

 で、さらに痛いのは編集長はこの反米陰謀史観を本気で信じていたと思われること。雑誌がでた直後、ツイッターでこの雑誌への批判が述べられ始めると、編集長は「フリーチベットと叫ぶ国が過去に原住民に何をしたのか。そもそも誰が世界地図に線を引いたのか。」と、反米とんちんかん発言をして火に油を注いだ。

しかし、このようなはっきり言えば知的レベルの低さをさらした発言にたいしても、チベットファンはいつものように大人だった。以下、当時の記録より

「国家が叫んでいるわけではありません。叫んでいるのは一人一人の人間です。そもそも国家レベルで動いてくれていれば、今よりは状況は改善されています。」

「先祖に犯罪者がいれば、目の前で犯罪がおき、苦しめられている人がいても「私は犯罪者の子孫だから口を出す資格がない」と見過ごすべきだとおっしゃりたいのでしょうか」

ね、チベット・ファンってやさしいでしょ。CIAからお金もらってるってバカにされてもこんな大人な対応するんですよ。
 
 それにしても不思議なのは、編集長は重要な購買層である日本のチベットファンに喧嘩をうり、取材協力者をコケにして、本が売れるとおもったのだろうか。なぜあえて日本の購買層に喧嘩を売り、中国政府の見識を代弁したのであろうか(発売当時なんて反日暴動が起きていて中国政府かばう人なんか誰もいなかったのに)。

 この雑誌も今まで通りおしゃれにポップに空疎に上滑りしていれば、まわりにも迷惑をかけないし、彼らも本がうれて丸く収まったのに。なぜわざわざチベットをたたくようなことをあえてしたのだろうか。

 編集長の判断を狂わせた要因が一つ考えられる。それはこの雑誌が、トルコを特集した時にクルド難民を肯定的に扱ってトルコ大使館からクレームを受けたことである。編集部はこう考えたかもしれない。「もしチベットを肯定的に扱えば、中国大使館が抗議してくる。中国の抗議はトルコの比ではないであろう。」

 その結果が、これ。強い中国におもねり、中国の思惑どおりチベットを観光地としてもちあげても、チベットをめぐる人々--支援者と亡命社会--を貶めるという図となったものと思われる。

 情けない話である。

 編集長は報道の自由のある日本にいながら、事実を無視して中国政府の望むようなチベットイメージを代弁したのである。彼は事実を簡単にないがしろにし、自分にとって都合のいい話を本当のことであると強弁した。このような後付け思考がある限り、世界中が情報統制をやめても、チベット問題は解決しない。

 中国人も情報が統制されていない海外に留学していても、同国人どうしで固まって、中国政府の監視下にあるweibo(ミニブログ)につどい、自分がみにつけてきた価値観を疑いもしない。問題は情報統制・愛国教育だけではないのである。問題となるのは、事実を追求する姿勢をもたず、ただ自分の信じていること、信じたいたいものだけを事実としていくゆがんだ思考なのである。

 いたるところに検問がおかれ、監視カメラが設置され、焼身抗議の続く東チベットの現場を走っても、自分の都合で「楽しいチベット」という雑誌をつくってしまうその倫理性が問題なのである。

チベット亡命社会で「事実」「真理」(truth / fact)といった言葉がよく言挙げされるのはまさにこの人間の業をうちやぶるためである。中国政府はチベット人の歴史を消し、チベット人の不満を力でおさえつけ、チベットをただの美しい観光地、資源の宝庫というイメージでみるようにすりかえている。

 しかし、中国がいくら大声で自らの主張をのべても、ダライラマ14世という彼らに国を追われた生き証人がいて、チベットの歴史を発信しつづける限り、中国政府がいくらチベット問題を無関心に誘導しようとしても、世界は中国のウソを信じない。ニセモノは、事実の反証をつきつければ崩れ去っていく。

 もちろん、客観的な事実をつきつけても考えが変わらない人は一定数いる(主観を客観にすりかえるという性癖は正常レベルから病気レベルまで様々な程度がある)。しかし、一つ言えることは、事実は多くの異なった集団の共感を得られるものの、自己に都合良くゆがめられた認知は、主観であるが故に他者との共有がなされず、結果、自滅していく運命にあるということである。

 この雑誌が事実を無視して主観に偏りすぎたが故に多くの読者を失っていることが、事実に基づかない主観は多くの人の共感を得られないことを裏書きしていよう。

 チベット人はチベットの現実を国際社会に提示し続けることによって、国際社会が外側から中国共産党に圧力を加えてくれるように願いつづけている。

 また、外国人がチベット支援に熱心なのは、チベット文化の精神性に共感していのことで、共産主義を倒すためにやっている人なんて、いたとしてもごく少数である。

 このようなチベット支援がチベットの文化をまったく理解もしていない通りすがりの陰謀論者に批判されたのだから、通り魔にあったようなものである。

 「ただの旅雑誌なのだから月刊ムーを見るくらいのやさしい目でみてあげろ」という人もいるかもしれない。しかし、よく考えてほしい。

 この雑誌は、チベット難民の子供の里親になったり、インドに再建されたチベットのお寺を支えたり、ダライラマ法王事務所のボランティアをやっているすべての善意のチベット支援者を、揶揄して貶めたのである。そして、報道統制下にあって逼塞しているチベット人を「彼らはたくましいのだから助けはいらない」とつきはなしたのである。

 ことは人の名誉と命にかかわる問題なので、これだけはきちんと事実を提示しておきたい。

 ちなみに、とばっちりは思想家にも及んでいる。本雑誌には中沢新一氏のインタビューものっているのだが、彼は結構誠実に興味深い受け答えしているにもかかわらず、編集部はただばっさり「チベットはニューアカデミズムに消費された。オウム事件の精算はすんでない」なカンジ。 

 それをいうなら、この編集長は高級旅用品を販売するために、チベットをファッションで消費したではないか。

 まとめると、この雑誌は、すべての価値観をななめうえからみおろすことを中立であると思っている通りすがりのバックパッカーが、中国ともめないために、現地できいた漢人の声を採用し、チベット人はたくましいからと意見を聞かず、既存のチベット論は本当のチベット知らないものと提示したもの。理論武装は反米左翼の陰謀論。購買層はクリエイターたち。こレに比べれば、かつての、Brutusや旅行人のチベット特集ははるかによくできた内容だった。

この雑誌がでた時、チベット関係者の間で話題になったのが、バックパッカーの質の低下である。猿岩石、ラブワゴンを経て、旅は外こもりとなり、いにしえの世界旅行者はどこかへいってしまった。今のバックパッカーにとって異文化は日本人の恋愛、日本人の休暇を演出するただの背景にすぎない。背景はきれいで楽しければいい。背景の事情なんて知る必要ない。

 編集長はフリー・チベットを演歌で外国人の感傷というが、この雑誌のコンセプトである「楽しいチベット」は、日本人(中国人)旅行者がチベットに求めている癒しや希望であり、「本当のチベット」ではない。

 最後に強調したいことは、チベット支援者の方が事実に基づいて行動している分、コンセプトで行動・発言した編集長よりははるかに誠実だということである。
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DATE: 2012/10/09(火)   CATEGORY: 未分類
ダライラマ法王12年来日日程
 もうみなさんご存じかと思いますが、ダライラマ法王秋の来日日程をあげます。

 どの公演にいくか迷っていらっしゃる方にアドバイス。

 法王は「法話」をお話になる際には、チベット仏教の文脈の中で、昔ながらの仏教者として伝統的な話法で語ります。なのでチベット仏教に親しんでいる方、仏教に興味のある方は「法話」がおすすめ。一方、仏教に特段の知識のない方は、法話ではなく「講演」の方が理解しやすいかと存じます。

 「講演」の見所は、その後に行われる一般から受ける質疑応答。何と法王は制限をもうけずに会場の人の質問を時間の許す限り受け続ける。

 その結果、デンパな質問もあれば、ダライラマ法王にご意見、みたいな、ちょっとアンタ失礼では的なものから、ウツの入ったまじめな相談までそれはいろいろな質問とそれに対する法王の答えを聞くことができる。それらの質問群を法王は、ある時は、「知らない」と一言でおわらせ、またある時はいきなり子供を前にして仏教の形而上学を語り出したり、それはもう自由自在。

 この質疑応答をみると、ああ、自分も法王みたいにいつかは好きなようにどんなことでも風のようにかわしていけるかっけー人になりたいなあ、と思う次第。

 「科学者との対話」とは、科学好きの法王が昔から望んで行ってきたものである。チベット仏教はじつは非常に論理的な教えであり、法王も、科学と仏教が対立したら、科学をとるくらい、科学的かつ論理的な思考の持ち主である。

 なので、宗教=遅れたものの考え方、狂信、みたいな固定イメージを持っている人たちは、一度この科学者との対話に参加されて、ダライラマ法王の合理的な思考に触れてみるといい。
法王は「仏典に世界が平らだ、と書いてあるが、地球は丸い、お前たち地球は丸いんだぞ」とチベット僧たちに向かっていう。これ一つみても、キリスト教の法王様とかなり違うことがおわかりいただけよう。

 仏教と科学の対話をみたい方は「科学者との対話」がおすすめである。

● ダライ・ラマ法王 横浜法話・講演 
<法話> 心の変容に関する八詩頌 / <講演>『こころを育む』~絆を深め、豊かな社会へ~

日程:2012年11月4日(日)
時間:法話 10:00~12:00 / 講演 14:00~16:00(開場 8:00~)
会場:パシフィコ横浜 展示ホール 〒220-0012 横浜市西区みなとみらい1-1-1
主催:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン)
後援:ダライ・ラマ法王沖縄招聘委員会 / 琉球新報社 / 沖縄テレビ放送
詳細はこちら


● 「ダライ・ラマ法王と科学者との対話」―日本からの発信― 

■2012年11月6日(火)
Session 1 9:10~11:30(開場8:10)「遺伝子・科学/技術と仏教」
Session 2 13:25~15:50(開場12:25)「物理科学・宇宙と仏教」

■2012年11月7日(水)
Session 3 9:05~11:30(開場8:10)「生命科学・医学と仏教」
Session 4 13:20~15:00(開場12:20)「クロージングセッション 新たな科学の創造への挑戦~日本からの発信~」


会場:ホテルオークラ東京 平安の間(本館1F)〒105-0001 東京都港区虎ノ門2-10-4
主催:「ダライ・ラマ法王と科学者の対話」実行委員会
後援:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン) / ダライ・ラマ法王沖縄招聘委員会
詳細はこちら


● ダライ・ラマ法王 沖縄特別講演 
<法話> 「困難を生き抜く力 未来を生きる青年に語る」

日程:2012年11月11日(日)
時間:13:30~(開場 12:00~)
会場:県立武道館 沖縄県那覇市奥武山町52
主催:ダライ・ラマ法王沖縄招聘委員会 / 琉球新報社 / 沖縄テレビ放送
共催:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン)
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●第三回ヒューマンバリューシンポジウムダライ・ラマ14世×利根川進
 

日程:2012年11月13日(火)
時間:13:00~15:30(開場 12:00~)
会場:ロイヤルパークホテル 3F ロイヤルホール
   東京都中央区日本橋蛎殻町2丁目1番1号
主催:ヒューマンバリュー・シンポジウム実行委員会
   一般社団法人 ヒューマンバリュー総合研究所
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