白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2014/04/30(水)   CATEGORY: 未分類
中国との商談を優先し表現の自由を犠牲にする欧州
 以下は、某日中関係の政治学者よりご教示頂いたワールドポストの記事で「ヨーロッパ諸国が中国との商談成立を優先するあまり、中国の要人が彼らの国を訪問した際、中国政府に対して市民が平和的な抗議行動を行う、いわば、表現の自由権を抑圧している」という内容のもの。理想と現実はどちらも捨てられない人間のカルマとはいえ、市民社会発祥の地であり、道徳的でありたい欧米にとって、現状は我々が想像するよりずっとストレスになっていると思う。
 
 この記事に見られるような欧米の態度をみて、中国はここ最近、自国の太平洋進出に対して、アメリカもヨーロッパも目をつぶってくれるだろうと思っていた。しかし、四月末のオバマ大統領の太平洋諸国歴訪は中国にとって予想より厳しい内容となった。ワールズポストの次の記事の後はそれについて述べた毎日新聞の記事です。

  ちなみに、私の英語力は笑っちゃうレベルなので正確に読みたい方は原文の方をどうぞ。

ヨーロッパは中国との友好のために平和的な抵抗運動の権利を犠牲にした  by Aaron Rhodes

The World Post Posted: 04/11/2014 9:41 pm EDT Updated: 04/11/2014 9:59 pm EDT  
By Jacob Mchangama and Aaron Rhodes

平和的な抵抗運動を行う権利は、基本的人権ではないか? この応えはもちろんイエスであるが、ヨーロッパではその答えは誰に対して抵抗するかによってノーになるらしい。いくつかのヨーロッパの民主国家は、中国と商売を行うための対価は平和的な抗議運動を検閲することという考えを受け入れている。


2014年3月25日、フランス警察は法輪功(中国共産党に迫害されている精神運動)の構成員が習近平主席の同国滞在中、中国大使館の外で抗議行動をすることを禁じた。さらに、もっともらしい理由もつけずに、フランス警察は国境なき記者団が、中国における言論の自由のなさを示すために走らせていた、中指をたてた習近平のポスター(フォトショップ加工)つきの車を通行止めにした。フランスの法廷は平和的な抗議行動を禁じることは表現結社の自由権の侵犯であるとすみやかに裁決を下した。そうすることで、法廷は、外国における人権状況と一致してフランス政府が自国のルールに従うように保証した。

 3月28日、フランスとEUの20ヶ国は国連の人権理事会において「平和的な抗議運動を行う権利」を支持する決議を行った。その決議の文面は諸国に対して「平和的な集会の自由、表現の自由、結社の自由といった諸権利を、個人または団体が行使するために、諸国は安全かつ権限を付与した環境を整備するように」と、また、「抗議運動を行うものに公共空間を提供し、保護することによって、平和的な抵抗運動を手助けするように」と勧奨している。中国はこの決議に反対票を投じた。
 
平和的な抗議行動を行う権利のために人権委員会において強制力のない決議をおこないつつも、実際にそれを国内において行わなかったヨーロッパの国はフランスだけではない。フランスでのこの事例は、中国の要人がヨーロッパの民主主義国家を訪問するに際して、広く蔓延しつつある厄介なパターンの氷山の一角である。少なくとも、ベルギー、デンマーク、アイルランド、そしてハンガリーの警察が、中国からの賓客が怒ったり侮辱されていると感じるようなメッセージも含め、中国に対する合法的な抵抗運動を、厳重に取り締まっている。

習近平がフランスからベルギーに向かうと、検閲体制も後についていく。EUのオブザーバーによると、ベルギー警察は中国人舞踊団に対して広告を取り除くか、隠すようにと頼んだ。なぜならそのポスターは外交問題を引き起こしうる法輪功舞踊団のものであったからである。

結局、舞踊団は従わず、警察はそれ以上の行動はとらなかった。しかし、国際人権連盟(FIDH)によると、ブルージュにおけるチベットを支援する抗議者集団は、ベルギー警察に拘束されたり、チベット旗を没収されたりして、簡単に歩き出すことはできなかった。

 チベットを支援する抗議者たちの拘束と排除、チベット旗の没収は前主席胡錦涛が2012年6月にコペンハーゲンを訪問した時の、デンマーク警察の手口とも部分的に重なる。抗議者たちは平和的にチベット旗をふっていただけなのに、議会広場前から立ち去るように命じられ、デンマーク警察の巡査がチベット旗を没収する様子がビデオに記録されている。


もう一つの事件では、胡錦涛が訪れることになっていた城近くの公園において三人の警察官が抗議者を拘束するのが見られた。デンマークの法廷は、この件を審議した結果、この拘束の唯一の理由が、抗議者がチベット旗をもっていたからであることに気づいた。裁判の間、デンマーク警察は拘束の理由を否定したが、諜報機関は「中国人にとってメンツを失なわないことが重要なのだ」と認めることとなった。そして中国人護衛が繰り返しデンマーク警察に「違法な旗」を没衆するよう要求していたことも認めた。この胡錦涛の滞在中、デンマーク警察は法輪功の抗議者たちの前に車両をとめて、抗議者たちが胡錦涛の車から見えないようにした。

2012年2月に、副主席習近平(現主席)がアイルランドを訪問した時にもチベット支援の抗議者たちの権利は踏みにじられた。三人の抗議者の証言によると、彼らの旗とチベット旗は没収され、習近平が訪れる予定の公園に入ることを拒否された。もう一人の抗議者も習近平の訪問先から排除される際にアイルランド警察が行き過ぎた暴力を用いたと主張している。


もっとも憂慮すべきなのは、2011年2月、温家宝首相(当時)のハンガリー訪問の際に、ハンガリー当局のとった行動である。アメリカ合衆国国務省のハンガリーに関する人権レポートによると、地元警察は中国のチベット政策に反対する抗議行動をターゲットにし、ハンガリーに居住するチベット人たちが温家宝が到着するまさにその日に入管へと報告を出すように命じられた」と述べられている。公民権のための議会検査官、Dr. Mate Szaboはこう結論づけている。「中国の首相温家宝がブタペストを訪問している間に、チベット旗をふるデモに対して対抗措置がとられていた。これは表現の自由の権利と人間の尊厳を踏みにじるものである」。加えて、入管がチベット人居住者を召喚したことは「差別の禁止」という理念にも抵触している。

中国が抗議行動を検閲するようにと主張することは、他国の土の上であるにも関わらず、習近平の警護官が自分たちで規制線をしくことにつながっていく。、ニュージーランドでの滞在中、彼らは下院議員Russell Normanの振りかざしたチベット旗を強制的に没収した。これらの出来事は明らかに、単なる警察の不祥事の一例とか、単独で起きている、相互につながりがないことではない。これらの事件は「中国の要人が外国を旅する場合、人権侵害についていっさい免責される」という降伏パターンを形成している。この降伏文書は魅力的な高額の商取引という好機を逸したくないという恐怖に駆られている。ヨーロッパの警察は、憲法の原則と国際法と国内法の両者に縛られつつ、より高い権限を持つものの指示の下、中国が強要する規制線に不本意ながら従っている。

中国側の要求に従うことは,ネパール当局のチベット難民の扱い方が示すように、市民社会に悲惨な結果をもたらす可能性がある。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(人権監視団体)の最新のレポートには、いかに中国はネパール政府に圧力をかけて、チベット人が平和的な抗議活動を行うこと、彼らの国や文化のシンボル(反中活動とみなされる)を示すことを弾圧しているかを詳細に報告している。ヨーロッパの民主国家はこのような弱小国でのこのような事例を非難すべきである。弱小国は中国のまねをしているというよりは、地政学的な事情により、中国の圧力に屈しやすいのである。

 自由民主主義の国家が自国の市民から平和的な抗議活動のような基本的な自由を喜んで奪いだしたら、それは海外の抑圧された人々の自由を推進するという民主主義国家の能力にとって非常な凶兆である。実に、経済力をもった新興国が抵抗したら、民主国家は基本的自由を支持するという主張を取り下げることになるという前兆である。ヨーロッパの民主国家が、国際関係という高レートのストリップポーカーでみぐるみはがれつつ辱めをうけている間、中国を頭とする強権国家は、はったりをかけて上手をとろうとしているのだ。


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オバマ米大統領:アジア歴訪 連携強調、中国けん制 国際秩序取り込み不透明
 毎日新聞 2014年04月30日 東京朝刊

 【マニラ西田進一郎】オバマ米大統領は29日、アジア歴訪の最後の国フィリピンを出発し、帰国の途についた。「アジア太平洋での指導力の復活」を目指した4カ国歴訪で、威圧的な海洋活動を続ける中国を強くけん制し、安全保障・経済両面で日本やフィリピンなど同盟国との連携強化を演出した。一方、中国を抑止しつつ国際秩序に取り込む大統領のアジア太平洋戦略がどう展開するのかはまだ見通せない状況だ。
 「我々のフィリピン防衛の約束は一分の隙(すき)もなく、米国はその約束を守り続ける。同盟国は孤立することはない」
 大統領は29日、マニラ首都圏で米比両軍の兵士らを前に演説し、同盟の強固さを改めて強調した。日本、韓国、マレーシア、フィリピンの4カ国歴訪を締めくくる演説は歴訪中、一貫して発してきた同盟国、友好国への「約束」だった。
 歴訪は、中国が沖縄県・尖閣諸島上空を含む東シナ海に防空識別圏を一方的に設定するなど東シナ海や南シナ海が不安定化し、北朝鮮による挑発行為が続いた直後のタイミングだった。一方、昨年のシリア化学兵器使用問題では武力行使を決断しながら実行せず、ロシアのクリミア編入も結果的に許したことから、大統領の弱腰の外交姿勢に同盟国は不安を募らせていた。
 大統領は日米首脳会談後の共同記者会見で、尖閣諸島に対日防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条が適用されることを大統領として初めて明言。韓国でも、同盟国防衛のために軍事力行使をためらわない姿勢を示した。フィリピンでは、米軍が22年ぶりにフィリピンに「回帰」する新軍事協定の調印にこぎ着けた。大統領は28日の記者会見で「アジア太平洋における同盟関係はかつてないほど強くなっている」と胸を張った。
 ただ、経済・軍事両面でアジアの大国となった中国への配慮も随所に見せ、対立を避けたい本音を隠さなかった。日米首脳会談後の記者会見では、「中国が尖閣で軍事行動をした場合に米国が軍事的な反撃にでるのか」との質問には「事態を悪化させるのでなく、日中は信頼醸成措置をとるべきだ」とかわした。フィリピンでは、「米国との条約上の防衛義務に南シナ海が含まれるのか」との質問にも正面から答えなかった。
 「目標は中国に対抗することでも、封じ込めることでもない」。大統領が目指すのは28日の記者会見で強調したように、国際法など国際秩序に中国を巻き込むことだ。経済の相互依存が高まり、米国の相対的な「力」が陰りを見せる中、力で封じ込める危険性を十分に認識している。
 大統領自身が「(アフガニスタンやイラクでの)戦争の10年を経た後に、誰が軍事力を使いたがるだろうか」と、軍事力行使に世論の支持がないことを強く主張する。一方、外交的手法だけで中国を抑止し、米国が描くような方向に導けるのかは不透明だ。
 今回の歴訪は、2期目で失速気味と揶揄(やゆ)されるアジア太平洋地域への「リバランス(再均衡)」政策の成否が「新たな関係」構築を目指す米中関係にかかっていることを改めて浮き彫りにした。

 ◇中国、同盟国と「傘」協定に衝撃

 中国では当初、オバマ米大統領の歴訪を「同盟国を安心させるための旅」と楽観的に報じられていた。しかし、尖閣諸島に関する発言や、比に軍事面で「傘」を提供する協定を締結したことで変化が出ている
 オバマ氏の姿勢は、偶発的な衝突が発生した場合、中国との軍事対立も辞さない方針を示したとも受け止められている。中国の専門家の間では「(同盟国への)リップサービスの域を出ない」と強気を維持する見方と、「共同声明や協定に署名するとまでは思わなかった」と、驚きを超え「衝撃」として受け止める見方が混在する。
 中国は5月に上海でアジア信頼醸成措置会議(CICA)を主催する。会議では「アジアの新安全保障観」を提唱し、アジアの安保協力メカニズムを協議する予定だ。米国が正式メンバーに入っていない会議で、「アジアの問題はアジア主導で解決すべきだ」(中国外務省報道官)との姿勢を打ち出す狙いだとみられる。
 しかし、実際にはアジアからの米国排除は不可能で、「米国のアジアでの影響力を尊重する代わりに中国のアジアにおける主張も尊重するよう認めさせたい」(中国国際問題研究所研究員)というのが現状での中国の本音だとみられる。【北京・石原聖】

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木語:オバマ・ライン=金子秀敏 毎日新聞 2014年05月01日 東京朝刊

 子供用の知育絵本にある「点つなぎ」は、点と点を順序よく結ぶとサカナやネコなどの絵になるが、順序を間違えると形にならない。米国のオバマ大統領がアジア4カ国を歴訪した。新聞に訪問地を日にちを追って点つなぎした地図があった。北へ南へ、ジグザグの折れ線だ。だが、訪問地を単純に北から南につなぐと、政治的な意味が明瞭になる。一番北が韓国のソウル。次が日本の東京、南に下ってフィリピンのマニラ、マレーシアのクアラルンプール−−それを点つなぎした「オバマ・ライン」は「北緯38度線」プラス「第1列島線」。冷戦時代の「アチソン・ライン」。近未来の米「ミサイル防衛(MD)網」だ。ソウルで、オバマ氏は朴槿恵(パククネ)大統領との間で「戦時作戦統制権問題」を決着させた。朝鮮半島有事の際、米韓連合軍の指揮権は米軍にある。それを韓国軍に渡すことになっていたが延期した。要するに、米軍は当分、38度線防衛の指揮権を握り続ける。

 次が東京。安倍晋三首相との会談でオバマ氏は、尖閣諸島を日米安保条約5条の適用範囲だと米大統領として初めて明言した。つまり、米軍は東シナ海から撤退しない。

 東京、尖閣と点をつないで、次はマニラ。オバマ氏はアキノ大統領と「新軍事協定」を結んだ。フィリピンから撤退した米軍だが、新協定でフィリピン軍基地を使えることになり22年ぶりに回帰する。南シナ海に面したスービック湾などに米艦隊を配置して中国軍の動きをけん制する。

 一番南のクアラルンプールでも、オバマ氏はナジブ首相と海洋安全保障を含む協力で合意した。マレーシアは南シナ海とインド洋を結ぶマラッカ海峡に面している。中国海軍のインド洋進出へのけん制でもあるだろう。

 今回のオバマ大統領歴訪では関税交渉も重要だろうが、最大の眼目が米軍のアジア回帰だったことは、点つなぎで一目瞭然だ。第1列島線を越えて拡大する中国の軍事力に対抗して、米国とその同盟国、友好国を結んだ「オバマ・ライン」を作ったのだ。

 では、これが中国の海洋進出を止める防波堤になるだろうか。米軍には、冷戦時代のような圧倒的な優位性はない。同盟国の中では、日韓の不仲が目立っていて、結束をあやうくしている。フィリピン軍はもともと弱体だ。一方、中国に海洋主権の主張をひっこめる気配はないから、これから摩擦は高まる。偶発的な摩擦が、思わぬ衝突につながる「冷線」時代だ。(客員編集委員)


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DATE: 2014/04/21(月)   CATEGORY: 未分類
如月の望月の頃(法王高野山灌頂)
 4月14日 高野山大学において、ダライラマ法王による胎蔵界灌頂が行われた。法王灌頂が行われると高野山の宿坊は満室となるのだが、平岡先生の口利きで普賢院に宿をとることができた。朝ごはんは平岡先生ご一行とともに同じお座敷でいただく。

 平岡先生の奥様が法王お下がりのフルーツとかもってきてくださり、とてもありがたい。平岡先生は先生で、三日前の種智院大学で、ダライラマ法王が弘法大師について一聴衆の質問に答えたことを興奮気味に話してくださる。

 「高野山奥の院では弘法大師空海がいまなお即身成仏して生きている」という信仰があるが、それはありうることか、という質問に対して、ダライラマ法王は「ヨーガタントラ(『金剛頂経』の属するジャンル)の修行で、長い寿命を得てそのような状態になることはありうる。しかし、その姿は境地に至っていない人には見えないだろう。」とお答えになったんですわ。
 私はそれ聞いてね『今昔物語』の中で観賢僧都が御大師様の廟を開いた時の話を思い出しました。観賢には御大師様の髪もひげものびて、衣もぼろぼろになっていたのが見えたので、綺麗にして差し上げるんですが、御大師様のその姿は弟子たちには見えなかったんですよ。


 高野山にふさわしい内容ではあるけど、朝からトークが濃い。

 朝ご飯がおわると灌頂が始まるまで少し時間があるので、私は壇上伽藍へとお参りにいく。入り口のところで、お坊さんが対の勝利旙を掲揚するのに丁度いきあった。聞けばお花祭り(釈尊の誕生日4/8)から一ヶ月は、金剛峯寺や壇上伽藍入り口に、八時に勝利旙をかかげ、五時にしまうということを繰り返しているという。
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 言われてみればお花祭りからまだ十日くらいしかたっていない。平地より寒い高野山の上ではつい一週間前も雪が降ったとかで、北向きのひさし下には雪が残っていたが、その日は暖かく、金剛峯寺の桜は丁度三分咲きくらいで美しかった。

 去年の9月以来半年ぶりの高野山である。前は学生たちと賑やかに歩いたので、一人の今はちょっと寂しい。一山をマンダラに喩えた場合、その中心となる根本大塔にお参りにいく。すると前回来たときには気がつかなかった「西行桜」という桜の木があった。

 西行は歌人として名高いが、とくに桜の花を詠んだ歌に名歌が多いとされている。よくあるなんちゃって文学碑かと思えば、そこにたつ解説を見ると、西行は本当に高野山に30年住んでいたのだという。西行桜は他の桜に比べて遅咲きなのか、まだ蕾みであった(この桜の木は江戸時代くらいからのものらしい)。
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 根本大塔にお参りしてから、灌頂の舞台となる高野山大学の講堂に向かう。この講堂は本日は灌頂の道場となるため、清められ、ホールに入る際には口漱がねばならない。法王は早くから道場に入って本尊ヨーガの瞑想を行われている。
 壇上は鉢植えの花で飾られており、左手に胎蔵界マンダラの砂マンダラがあり、仏画とマンダラと法王座の位置関係はこんな感じであった。

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法王は本尊、おつきの僧たちは本尊から流出する仏の役を行いながら、本尊ヨーガを行っている。聴衆はモンゴル、韓国、シンガポールの仏教徒など多国籍で、同時通訳ブースも英語、韓国語、モンゴル語、中国語がある。有名人としては高須クリニックの院長先生がお見えで、なぜかモンゴルからきたIさん(去年の夏モンゴルでバーベキューパーティに招いてくださった方)と灌頂終了後精進料理を食べていた。二人はメル友とか。
 Iさんによると院長先生は「天使のような方」なのだそう。にしても世界狭い(笑)。

 エントリーの最後に今回の法話の全容が分かるURLをはるので、灌頂の内容は前行法話も含めてすべてYoutubeでご覧頂きたい。ちなみに、密教は秘密の教えなのに中継していいのかと平岡先生に伺ったところ、平岡先生はロサンテレ先生に質問してくださり「胎蔵界の儀軌には秘密の誓いがないのでいいんじゃないんですか。でも道場にいないでネット中継みただけでは、灌頂受けたことにはなりません」とのこと。

 胎蔵界マンダラはチベットの密教経典の分類法からいうと、下から二番目の行タントラにあたる。この行タントラは身体で行う所作に大きな意味を付与するので、動画の見所は法王が手で結ぶ印契と、傘をさしかけたりするお手伝いのお坊さんの所作である。

 舞台の上は花とマンダラと所作であふれて何というかカラフルで華やかな春にふさわしい儀式であった。灌頂は早々に終わり、混むのを裂けるため速やかにお山を下りる。大阪の環状線につく頃にはあたりが暗くなりはじめ、車窓に月が浮かぶ。

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満月に近い。
そうか。法王はちゃんと灌頂の日を儀軌通り満月の日に設定していたのだ。

 後で平岡先生に伺った所、法王は15日の灌頂執行を主張しておられ、「土曜日から三日かけてやってもいい」とおっしゃっていたという。15日は月食、つまり満月の日だからだろう。しかし、高野山大学は15日を講演の日とアナウンスしていたので、結局14日に行うことになったのだという。法王はあくまでも満月の日に灌頂を終えたかったのだと思う。

 そこで、もう一つの事実に気がついて神秘的な気持ちになった。それは西行が高野山にいる時「お釈迦様と同じように桜の花の下で春に死にたい」って詠んで、本当に後にその時期に死んだので、預言の歌として有名なこの歌。

 願はくば花の下にて春死なむその望月の如月の頃

 この望月は言うまでもなく満月のこと。日本仏教ではお釈迦様がなくなられた日を旧暦の如月(二月)十五日(満月)とする。西行の頃の如月は新暦では、三月から四月初旬にあたるらしい(ネットがそういっている笑)。この句を詠んだ当時、西行は高野山にいた。新古今和歌集は脳内で詠んだイメージの歌が多いが、この歌に含まれる、桜、満月、春、お釈迦様、高野山などのイメージは、今回の高野山での体験にまさにシンクロしている。

 そういうわけで華やいだ気分になって東京に帰ったのであった。

以下は、今回の法王来日灌頂の記録サイトです。良い時代になりました。

●4月7日(月)13:30~15:30(開場12:30)
「東日本大震災神道祈りの会主催 ダライ・ラマ法王14世の講演と法話
東京エレクトロンホール宮城

●4月10日(木)9:30~12:00
演題「密教と即身成仏
京都種智院大学 

●4月13(日)•14日(月) ダライ•ラマ法王を導師とした「胎蔵曼荼羅の灌頂」
4月13 (日)
胎蔵界灌頂前行法話『ラムリムドゥトン
4月14日(月)
午前 前行法話続き「心を訓練する八つの教え」(ゲシェ・ランリ・タンパ)

午後胎蔵曼荼羅灌頂

●4月15日 ダライ•ラマ特別記念講演
高野山大学特別記念講演

●4月17日(木)来日法話「空と慈悲の教え」
午前の部「般若心経について」
午後の部「三十七の菩提の実践」
場所 ホテルオークラ東京
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DATE: 2014/04/08(火)   CATEGORY: 未分類
メルケル首相の意味深な贈り物
● お知らせ
 明治大学でチベットの各ジャンルの専門家を集めたオムニバス講座(全5回)が行われます。私は鳥好きなだけあってトリをつとめさせていただきます。最低催行人数が10人で、前回このコマで行われた別の地域をテーマにした講座は流れたとのことで、あせって宣伝。
 「チベットの歴史と文化」火15:00~16:30
1 2014/05/13 聖なる都・ラサとその歴史 小松原ゆり
2 2014/05/27 チベット仏教と僧院文化 野村正次郎
3 2014/06/10 朝鮮知識人が見たチベット仏教世界 寺内威太郎
4 2014/06/24 チベットの言語と文学 海老原志穂
5 2014/07/08 清朝皇帝とチベット仏教 石濱裕美子

各回の詳細についてはこちらをご覧ください。
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 さて本題です。三月末から四月初め、中国の習近平主席が就任後、初のドイツ訪問を行った。ドイツと中国の間では次々と大きな商談がまとめられたものの、メルケル首相もガウク大統領も中国に人権がないことについて言及した。このニュースは以下のようなもの。

●中独首脳会談:ドイツ首相、中国の人権改善要求 首脳会談後会見「言論の自由重要」 商談優先批判に配慮 毎日新聞 2014年03月29日 東京夕刊

 【ベルリン篠田航一】中国の習近平国家主席は28日、昨年の就任後初めてドイツを公式訪問し、メルケル 首相と会談した。両首脳は、独自動車大手ダイムラーと中国自動車メーカー「北京汽車」による10億ユーロ(約1400億円)規模の投資協定について合意するなど、経済関係の強化で一致した。だが会談後の会見ではメルケル首相が「言論の自由は、研究分野や市民社会において創造性を促進する重要な要素だ」と述べるなど、中国に人権問題の改善を求める場面もあった。
 両首脳はウクライナ問題についても協議し、習主席は「関係各国は政治的・外交的解決を目指し、協力すべきだ」との認識を示した。
 独メディアによると、同日午前に習主席と会談したドイツのガウク大統領も人権問題に言及し、自由な意見 表明が刑事罰の対象となる状況への懸念を伝えたという。牧師出身のガウク大統領は旧東独で民主化運動を進めた人権活動家でもあり、予定時間を超えて会談を続行。「友好的だが距離を維持」(南ドイツ新聞)との雰囲気だったという。ドイツでは近年、人権問題を棚上げして中国との「商談」を優先することへの批判 が高まっており、ドイツ側は今回、改めて人権重視の姿勢を内外に示した格好だ。
 安倍晋三首相の歴史認識を巡る対応への批判を続けている中国は習主席の訪独に際し、ナチス・ドイツによ るホロコースト(ユダヤ人大虐殺)関連施設の視察を打診。戦後、近隣国との和解を進めたドイツの姿勢を引き合いに出し、日本を批判する狙いもあったとみられるが、ドイツ側はこの申し出を拒否し、日中の対立に巻き込まれる事態を避けた。習主席は28日付の独紙フランクフルター・アルゲマイネに寄稿し、中独両国の経済協力の重要性を強調したが、ここでは日本への言及はなかった。


そして、晩餐会の席でメルケル首相から習近平へと意味深な贈り物がなされた。それは1735年、ドイツで出版された中国地図だ。以下にその記事を引用する(ちなみに原文はここ)。


●ベルリンでドイツのアンジェラ・メルケル首相が中国の習近平主席に18世紀の中国地図をプレゼントした


2014年4月2日  by Rachel Lu sydney morning Herald

香港 先週、ドイツのアンジェラ・メルケル首相はドイツを訪問中の中国の習近平主席を晩餐会でもてなし、その席で贈り物を交換した。メルケルは1735年に、多作なフランスの地図製作者ジャン・バプチスト・ブルゴーニュ・ダンビル (Jean-Baptiste Bourguignon d'Anville) の手になり、ドイツの出版社で印刷された中国の地図をプレゼントした。

古地図のサイトによると、ダンビルの地図はイエズス会の中国布教使の地理学的な研究に基づいて作られており、18世紀における中国に関するヨーロッパの知識の到達点を示しているという。

オリジナルのラテン語のト書きによると、この地図は中国の「本土」すなわち、主に漢人が住む地域を示しており、チベット、新疆、モンゴル、満洲、台湾島、海南島は含まれていない。前者の漢人の住む地については明らかに近代中国の一部となっているが、後者は議論紛々であり、異なる色の国境線に囲まれている。

古地図は中国では敏感な問題である。中国の全ての学童は「チベット、新疆、台湾と釣魚島(日本では尖閣諸島として知られる)は古代から中国の不可分の一部である」と学ぶ。

ダンビルの地図は少なくとも視覚的にこの物語を否定している。驚くことではないが、中国の国営メディアの支局はメルケルの贈り物に感謝していないようである。人民日報は。習近平の旅の詳細を報道していたが、この不愉快な地図についてはまったくスルーした。

さらに興味深いことには、地図のニュースが中国本土に到達した時、地図は完全に違ったものにすげかわっていた。中国語の多くのメディアは「メルケルの贈り物は中華帝国の最盛期の領土(チベット、新疆、モンゴル、シベリアの広大な帯状の領域)を示している」と報道したのである。この地図は、イギリス人の地図制作者John Dower によって製作され、1844年にロンドンのHenry Teesdale & Coで出版されたもので、メルケルから習近平へ贈られたものではない。しかし、この誤りは中国の記事の中では何ら注意も払われず、説明もされなかった。


中国のソーシャルメディアにはメルケルの贈ったとされる2バージョンの地図が登場し、異なった解釈がひきおこされた。ダンビルの地図を見た者は、その限られた領土にショックを受けたようである。

ファイナンス・レポーターのHao Qianは「地図はまったく場違いな贈り物だ」とのべ、ライターのxiao Zhengは「メルケルはチベット、新疆独立運動を正当化しようとしている」と激しく非難した。建築家のLiu KUnは「ドイツには隠れた動機がある」と書き、あるインターネットの住人は「こんなことはありうるのか。どこにチベット、新疆、東北地方があるのか? 習近平はどう反応したのか?」と書いた。

ある者はメルケルは習近平にこの地図を贈ることにより以下のことを静かに思い出させようとしたのかと疑った。それは、ロシアは20世紀の中頃、モンゴルが中国から独立を宣言する際の後ろ盾となったこと、それは2014年の3月にクリミアに対して行ったことと似ているということを。

確かに、ダンビルの地図は中国政府が世に広めたい歴史認識と完璧に対立するわけではない。1735年は、乾隆帝の60年の治世が始まった年であり、清帝国の軍事力は上昇していた。乾隆帝は新疆西部地域におきたムスリムの反乱を平定し、モンゴルを非常に身近に統治し、ダライラマの選定といったチベット事務を監督するために官僚を派遣した。

言い換えれば、乾隆帝はこれらの辺疆の領域に象徴的な皇帝支配を打ち立てたのである。この時代の領域が、後の政府、中華民国、続いて中華人民共和国にこれらの地域の主権を主張させたのである。19世紀と20世紀初頭の西洋の国々で出版された地図類では、チベットと新疆の描き方は地図によって変わる。しかし、ダウアーの地図は清朝とチベットを中華帝国の一部として示す唯一の地図ではない。

これらの地図についての沸騰する議論はいずれも深読みのしすぎかもしれない。あるインターネットの住人はダンビルの地図をチベットや新疆についてのメッセージと拡大解釈することはないという。

「テキサスやカリフォルニアがアメリカ合衆国の領域にはないことを示すために、1776年に作られたアメリカ合衆国の13植民地の地図を今は使わないだろう。」


この記事の見所は、メルケル首相の贈った地図を自分の都合の良い地図とさしかえて、それをメルケル氏の贈ったものと嘘をいって報道する中国マスコミの情けなさ、そしてそれを信じてしまう中国人の悲しさであろう。13億人の多くがそれを信じた時、「事実」は無力となり、「ねつ造された現実」が彼らの中での事実となる。おとろしい話である。

また、乾隆帝(満洲人)の時代清朝とチベットの関係(宗教的な指導者と信徒の関係)は近代に入ってからの中国とチベットの関係とは全く異なるものなので、これを根拠に今の中国のチベット支配を正当化するのも問題。

 最盛期の清朝皇帝乾隆帝は「俗をもって、治す」をモットーに他民族の習俗・風俗をそのままにし、手をつっこまなかった。乾隆帝ほど、全力でチベット仏教を支え信じていた皇帝はいないのである(「平和のための戦争」をずいぶんやってるので果たして仏教の実践者として優秀かは謎だが笑)。
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