白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2015/05/25(月)   CATEGORY: 未分類
チベットの古典と現代小説の翻訳、続々刊行!
星泉先生 (東京外国語大学)と先生が主催する購読会から、古典『チベット仏教王伝』、チベット語現代小説『雪を待つ』、『ハバ犬を育てる話』の翻訳が立て続けに出版されたので、ご紹介(但し『チベット仏教王伝』は表紙にのる名前は監訳の今枝先生)。

 古典の方は歴史書なので比較的正確なコメントができるかと思うが、現代小説については専門外なので、単純に読んで見た「個人の感想」になります。
 そこのところよろしく!
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●ソナム・ゲルツェン著『チベット仏教王伝』(岩波文庫)
古事記・日本書紀に描かれる神話的な国の始まりと神々の子孫、すなわち天皇家のイメージが、日本史に歴史的な影響力を及ぼし続けてきたように、11世紀以後に成立したチベットの歴史書においても、チベットの国をひらいた観音菩薩のイメージはチベット史に大きな影響を与え続けてきた。具体的に言えば、チベット史に輩出した聖者や聖王は観音菩薩の化身とされ、現在チベット人の統合の要であるダライラマは観音の化身と崇められている。

本書は、14世紀にサキャ派のソナムゲルツェンによって著された『(原題)王統明示鏡』(rgyal rabs gsal ba'i me long)の翻訳である(全訳ではなく開国の王ソンツェンガムポ王の死のところまで)。本書のテーマは前出した「チベットを導くただ一つの神性 観音菩薩」をテーマにした、歴史物語であり、他の年代記とくらべても説話の部分が充実していて読ませてくれる。
 
あらすじについてざっくり話すと、このような感じである。太古の昔、観音菩薩は赤い丘(マルポリ)の上に出現し、そこから命あるものの苦しみをご覧になって、「私はすべての生き物、とくにチベットの人々を幸せにしよう。」と誓いを立てた。観音菩薩はチベットの岩猿とインドから修行にきた菩薩の猿の結婚を祝福し、この夫婦から生まれた小猿がチベット人の祖先となった。小猿は始めは毛深く尾もあったが、恐るべき早さで人に進化し、観音菩薩に文化を授けられた。そしてチベットの人々の精神が十分成熟してきたとみてとるや、観音菩薩は心臓と左右の目より光を放つと、心臓の光はチベット王妃の胎に入り、両目の一人はそれぞれネパールと唐の王妃の胎に入った。チベット王妃からは長じて後にソンツェンガムポ王と呼ばれる男児が生まれ、ネパールと唐の妃からは後に同王の妃に迎えられるティツゥン妃と文成公主が生まれた。男児は13才で即位すると、かつて観音が出現した赤い岡の上に宮殿を造営し、チベットを統一し、チベット文字を作り、ネパールと唐から妃を娶り、二人の妃はそれぞれの国からチベットへ仏教をもたらした。

早い話が、ソンツェンガムポ王は観音の化身、両妃はターラー菩薩の化身なのである。ここで描かれる、チベット人は観音によって祝福されて生まれ、観音によって文化を授けられ、観音によって導かれてきたという歴史観が観音菩薩の化身と崇められるダライラマの信仰へとつながっていく。
 本書に含まれる説話でとくに面白い箇所は、ソンツェンガムポ王がネパールと唐から妃を招く際に、舅から様々な謎かけをされて、それをといて他の求婚者たちを退けるシーンである。六字真言の由来、今もラサのチョカンやポタラ宮に祭られるさまざまな仏像の由来ももりだくさんなので、ラサ観光のお伴にもどうぞ。

 次に現代小説二冊の新刊をご案内。いずれも東北チベット(現青海省)出身の作家によって口語のチベット語で記されたものである。
 
タクプンジャ著『ハバ犬を育てる話』(東京外国語大学出版会)
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 著者のタクプンジャ(1966-黄南チベット族自治州出身)はチベットの人気作家である。本書に含まれる短編一つ一つの作品を一行で紹介すると、
「ハバ犬を育てる話」(2006)、愛玩犬(ハバ)の話かと思って読んでいくと実は阿諛追従で人にとりいっていく浅ましい「権力の犬」の話だったよ(笑)。
「犬」(1996)、犬の死体を隠そうとする男が、被害妄想に陥っていく話。
「罵り」(1993) 、タクプンジャの最初の妻が夫婦げんかの際になげかけた罵りがそのまま小説になったのか。
「一日の幻」(1990) 、遊牧民の老人が臨死で一瞬の中に一生を追憶・走馬燈しているような作品。
「番犬」(1990)、忠犬が飼い主を搾取するものたち(徴税人・ラマ)に食いつき続けて、社会はそう簡単じゃないので、結果犬が死に至ってしまう痛ましい話。
「貨物列車」(1988)、走る列車をみて喜ぶチベット人の子供。だけどチベットに行く貨車は空で北京に戻る貨車は満杯だよ。中国によるチベットの資源収奪を静かに告発。
「犬と主人、さらに親戚たち」(2002)、文革の頃の犬殺し運動が、あるチベット人の一族に残した深刻なトラウマを描く。現在起きている問題について高僧が「過去のカルマだから受け入れよ」ということによって、村人が納得することに、なんとなくほっとした。
「村長」(1999) 、私利私欲に走る村の書記を村長が長老的な手腕で改心させる話。
「道具日記」、職場の力関係 (笑)。

 彼の三期に画期される作風については星先生の解説に詳しいので、ご覧あれ。どの作品も非常にわかりやすい言葉で語られていて、チベットの牧民や役所つとめのチベット人の生活や心象風景がリアルに活写されている。彼の小説では、しばしば犬が重要なモチーフとなって現れるのだが、これはおそらくアムドの遊牧民にとって、犬は番犬であり、羊の群を狼からまもる牧羊犬であり、家族であり、ようは身近な存在であり、観察者にさせても、人になぞらえても、狂言回しとして使っても違和感がないからであろう。

 個人的には「村長」が一番面白かった。
 舞台となるのは税金も払えない、役人も接待できない、ないない尽くしの極貧のチベット村。村長と書記が二頭立てで村を経営しているが、この二人が対照的な性格であり、村長は昼夜村のことを考えて自分のことは後回しにして働き続け、結果体をこわして血を吐いているけど周囲に隠しているような利他的な人で、15キロもはなれた役所にせっせと通っては村のために陳情を行う日々。

 一方の書記は樹木の違法伐採によって私腹を肥やしているが、公益のためには一銭もださないケチ。会議にはでてこないし、ウソも平気でつくし、真っ昼間から若いモンを集めて賭博を開くという、一言で言えば人間のクズ。村の顔役たちはそんな書記を苦々しく思い、罰そうと思っているが、村長は人々に「そんなやり方ではダメだ。根本的な解決にならない」と押しとどめている。では、村長にとっての根本的な解決は何かと言えば、これ以上話すとネタバレとなるので、「村長の神対応」、とだけ言っておく。

 この小説で描かれている貧乏村の姿は、中国政府支配下のチベットの田舎のリアルな描写であると言われており、つまり公式文書では決して見えてこない部分を示してくれる、歴史的なテクストであるので、私的には面白かった。

ラジャムジャ著の長編小説『雪を待つ』(2012年 勉誠出版 星泉訳)
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 チベットの半農半牧のマルナン村の子供達四人の人生を描いた長編小説である。作者のラジャムジャ(1977-)は海南チベット自治区に生まれ、北京の中央民族大学で仏教を学んでいる。主人公となる四人の子供は、村長の息子のボク、洟垂れタルベ、長老の孫娘セルドン、転生僧のニマトンドゥプである。第一部は彼らが中学にあがるまでの子供時代の話、第二部は30代になった彼らのその後である。前半の時代は文革が終わり僧院復興する80年代で、伝統が蘇ると同時に村に小学校が建設され、電気が引かれるなど急速に現代化が進む時代であった。作者はこの時代を貧しいけれど美しい時代として描き、さながらチベット版「三丁目の夕日」である。

 そして、第二部は現代である。子供たちはそろって残念な大人になっており、それに比例して村も残念な状態になっている。まず初の知識人なのだから、村長あたりをやってなければいけない「ボク」は、町で研究者になって、漢語しか話さないチベット女性と結婚している。故郷のことを案ずるのに帰れない「ボク」に、妻は容赦ない批判をあびせるが、ボクは「チベット語もしゃべれないくせに。お前には分からない」とかいうから、喧嘩が絶えない。故郷と向き合っていない自分の後ろめたさを、妻にぶつけているのが明かで、見るに堪えない(笑)。

 で、ボクと結婚するはずだった美しい長老の孫娘、セルドンは大学におちて「ボク」と一緒に進学できなくなると、失踪し、ラサで風俗嬢(!)になる。ボクがだらしないからセルドンがこうなるのじゃ!

 で、私が最も期待していた、転生僧のニマトンドゥプは衆僧に傅かれていたのに、修行に行った先の西寧のクンブム大僧院で世俗に接触して、僧院長の座をすててこれまた行方不明。クンブムはダメなんだよ、あそこに送るくらいなら、ラサの大僧院の学堂に留学させたら、彼の人生も多少は変わっていただろうに。

 私が最初から全く期待していなかった洟垂れタルベは、なんと村長になっている。しかし、小学校に通っても一文字も覚えられなかった素晴らしい頭脳であるため、近視眼で、隣村(遊牧村)との境界争いに明け暮れており、村の状況はどんどん悪化していく。

 このあたりまで読んでくると破滅の予感が満載で、巻をおくことができない(笑)。 仮に、知識人のボクが村にもどっていれば、「チベット人は同じ民族なんだから仲間割れをせず、団結しよう」とか言って事を収められるのに、洟垂れが村長だから、「土地を取られた」とか、「女を取られた」とかいう実に感情的な動機で、粗暴な争いを始めよとしている。
 もしニマトンドゥプがマルナン僧院でちゃんと僧院長を続けていれば、地域の争いなんがラマの一声で調停できる。なのに、ニマトンドゥプは失踪の後、還俗し、骨董品ブローカーになってチベット人の家々から古いものを二束三文で買いたたいては大もうけをしている。精神的に仏教を捨てたばかりか、その捨てたもので、商売をしている。爽やかなまでのクズっぷりである。

 ボクと結婚して村長夫人になるはずだったセルドンは、ラサで風俗嬢からバーのママに昇格している。思えばセルドンが一番可哀想。ボクが好きだったのに、ボクが優柔不断だから、この娘はこうなっちゃったんだよ。三人がこんなだから、器でないタルベが村長になって村はダメになっているんだよ!!!!

 村が隣村と一触即発の状態であるというのに、、ボクは相変わらず、故郷に戻る決心がつかずウジウジしている。このボクの心性はなんなとく、亡命チベット人が内地のチベット人に向ける複雑な思いに似ている。故郷から離れて、町中で異邦人と長く暮らしすぎた結果、大地と密着したアイデンティティを失い、何者でもなくなっていく。しかし、村の外にでたことによって、民族とか国家とかの広い視野から自分たちの故郷の生活や文化を見ることににより、そのがかけがえのなさも分かっている。故郷は恋しい。しかし、もはや故郷の一員ではない。ボクは複雑である。
 一方、一度も村からでたことのないチベット人たちは、確かにチベット人性を生きてはいるが、あまりにもローカルであるために、目の前のものしか見えておらず、チベット人同士で争っている。

 ラストは三人が故郷の村に帰るシーンで終わる。しかし、この三人が帰ってきたからといって、村に明るい未来はあるのだろうか。だって三人には紛争調停能力は皆無である。村長の息子なのに町にでた優柔不断男、美人なのにラサで春をひさいでいた長老の孫娘、僧院長の座を捨てた骨董品ブローカーってこの悪夢のトリオに何ができるだろう。できないでしょう。

 とくに腹が立ったのは、ラストのラストで元転生僧のニマトンドゥプが村に小学校を建てようとしたこと。これ、もし作者が明るい未来を暗示して入れた挿話なら、成功していない。だって小学校を建てるお金、ニマトンドゥプが村に伝わる古代の鐘を夜陰に乗じて盗み出し、売り飛ばして手に入れたものですよ。また、ニマトンドゥプは元僧侶なのに、寺院をたてるか、小学校をたてるかって時に、小学校を選んだのも、彼が二度チベットの伝統を踏みにじったことになり、不愉快。

 この三人には少し反省してもらいたい。三人とも、村からでた後、何者でもないものになって漂流して決して幸福ではなかったのだから、そこから少しは学びなさい。まず、ボクは村に戻って村長に就任し、セルドンと結婚しなさい。ニマトンドゥプはもう罪深い仕事はやめて速やかに次の生に向かいなさい。で、ボクとセルドンの間の子供として再生して、今度こそマルナン僧院の僧院長の座を全うしなさい(留学はできたらラサのゴマン学堂に入れ!)。こうすればすべてが丸く収まるんだよ、と叫んで本を閉じたのであった。

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DATE: 2015/05/06(水)   CATEGORY: 未分類
吉祥寺のチベフェスに行ってみた
 連休最後の日、本駒込の吉祥寺で開かれたチベット・フェスティバル2015に行ってきた。吉祥寺というと中央線の駅と間違えている人が多いが、中央線の方がこのお寺にちなんだ名称で、こっちがオリジナル(笑)。ついでにいえば駒澤大学の前身の栴檀林のあったところで、二宮尊德のお墓とかもあるよ。

 二年前の護国寺で開催されたチベフェス2013はかなり大がかりであった。しかし、ボランティアの人出がたりず、開店できないブースとかもあったのに、ホームページの訂正も更新できず、さらに初日の低温と途中からの超高温ときて、それはもう大変だったと聞く。ボランティアさんはへろへろ、とくにラクパ代表は一人で通訳・講演・コーディネートetcと一人何役もやったため、疲労困憊でそういえば、目が死んでいた。

 今回はアットホームなサイズになったので少しは状況が改善するかと思いきや、
「瞑想堂30人しか入れないのにチケットはそれ以上売れちゃったよ。?」
「瞑想会場を本堂にすれば?」
「じゃあ砂マンダラのお客さんとの兼ね合いは? お金はどうするの?」
など、初日はいろいろあった模様。

「それでも何とかなっちゃうんですよねえ。不思議です」とはSFTのボランティアさんの弁。そう、「最終的には何とかなっちゃう」はチベット七不思議の一つである (笑)。

 砂マンダラは阿弥陀如来を本尊としている。略式・フルセット・その中間の三つの描き方があるうち、今回は中間だという。略式だと本尊は種字で表され、フルセットだと本尊のお姿が人型に描かれ、中間の今回はそれぞれの仏のシンボルで表している。マンダラの基調色の五色は地水火風空(ちすいかふうくう)の五大と五仏と五智を同じに表現している。以下、写真はクリックすると大きくなります。

砂マンダラ

 チャムは私の見た日の演目は下記のようなものであった。かなり怪しい解説を以下いきますす。

1. 「入場」(phebs 'chams)
おそらくは場を清めて舞手を迎える吹奏。
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2. 「鹿舞」(sha 'cham)
ヤマーンタカの舞で16人でまうのだが、今回は2人。一人は鹿のお面で、一人は牛のお面をかぶっていた。ルントク代表によるとこれは魔を払う踊りであり、女尊を表している。
シャモ

3. 「大日如来」(kun rig)
 ルントク代表によるとタシルンポのお家芸だそうで、印契(ムドラー)で37の仏を表現する儀式。
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4. 「四仮面」('bag bzhi)
 2は仏の女性的性質を表しているが、これは仏の男性的な性質を表している。五仏が五色の仮面をかぶって舞う。
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5. 「祈祷」(bkang gso)
 護法尊(日本の神様にあたる願いを聞いてくれる存在)を召喚して、病気を治してください、などのお願いをする際の儀式。
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6. 「墓場の主」(dur bdag)
 ルントク代表は子供の頃、この舞が一番楽しく見られたそう。しかし、大人になってみると、この骸骨が、男も女も、金持ちも貧乏人もみな死ぬという、無常を示したものだと分かったとのこと。そう、みんな最後はガイコツになるんだよ。
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7. 「黒帽」(zhwa nag)
 8世紀にチベット王家にボン教を支持し、仏教を弾圧したダルマ王が現れた。僧ラルンペルキドルジェはボン教の僧に変装し黒い服を着て黒い帽子をかぶって墨を塗った黒い馬にのってダルマ王に近づき、矢で射殺した。その後、黒い服を裏返して白くし、馬を洗って白くして、まんまと逃げおおせたのである。この舞はその故事にちなんだものだ。
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8. 「祝詞」 (shis brjod)
 無事に法要が終わったことを言祝ぐ祝詞。
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 このあと、16時からタシルンポの僧院長さまの法話が始まった。テーマは「七つの因果の秘訣」。仏教を志す時の動機は、「多くの人を助けるために、それを可能とする仏の境地を得たい」と志すこと。あくまでも利他の精神に基づかねばならない。そのような他者のために仏教を志す心を菩提心という。
 それをどうやって育むかを説いたのが、アティシャ由来の「七つの因果の秘訣」である。

1 一切の命あるものを前世の母であると知る(知母)。
2 その恩を思う(念恩)。
3 その恩を返そうと思う(報恩)。
4 一切の命あるものに良いことが起きるように思い(慈)、
5 一切の命あるものから悪いことが起きないように思い(悲)
6 一切の命あるものを救うことのできる仏の体を得ようと思うと(増上意楽)
7 菩提心が生まれる(菩提心)。

 1 仏教の転生思想では、我々は無限回の生を生きてきたので、すべての命あるものは必ず母だったことがある。
 2  お母さんは、お腹に子供ができると食べるものに注意し好きなものも控えて体を大事にする。生まれた後も、自分の命を捨てても子供を護ろうとするものだ。子供が川に落ちたなら、母親は川に飛び込んでも助けようとするだろう。子供が火の中に落ちたら、関係ない人は「可哀想に」と思うだけだろうが、母親は火に飛びこんでも助けようとするだろう。母に受けた恩は計り知れないのだ。
 3 だからその恩を返そうと思わねばならない。
 4 一切の命あるものはかつて母だったことがあるものだから、すべてを母と慈しまねばならない。我々は好き嫌い、どちらでもない、の三種類に人をわけるが、全ての命はかつて母だったことがあるのだから、すべてのものを平等に愛さねばならない。これが慈である。
 5 同様にすべての命あるものが苦しみから逃れるように願わねばならない。あいつは嫌いだから不幸になればいいとかいうのは良くない心である。すべての命あるものが災いから逃れて安楽になるように願わねばならない。
6 では、自分に命あるものすべてを救う力があるかといえば、ないので、その力がある仏になろうと決意する。
7 かくして、菩提心(他者のために仏の境地を目指す心)が生まれるのである。我々の心はもともと綺麗なものだ。煩悩はあとからついたもので、それは月や太陽が雲に隠れても、その輝きはそこにあるのと同じだ。毎日瞑想して心をコントロールしていけば、かならずその清浄な心は実現できる。

 僧院長さまは以上のお話をとても楽しそうに立ったままお話された。
 チャムの前にはお坊さん達は声明、僧院長さんは瞑想指導も行われていた。
 
 今回のチベフェスは、瞑想とか法話を通じて、チベット文化の内容に触れることのできるのがとてもよかったと思う。

 砂マンダラは最終日には破壇して砂はお下がりでいただけるので、ご縁のある方どうぞ。正式な儀式だとお坊さんたちが川まで流しにいくのだが、今回はそこまで徹底するのかな。

 関係各位は大変かと思うが、ゴールデンウイークにチベットフェスティバルがあるとやはり楽しい。過労死がでない程度に続いていくといいなと思った。
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DATE: 2015/05/04(月)   CATEGORY: 未分類
あれから七年(チベフェス余聞)
ごてごてで恐縮ですが、チベット・フェスティバルが開催されます。タシルンポ大僧院のお坊さんたちがきて、法要、砂マンダラ、声明、法話、瞑想、チャム(チベットの仮面舞踊)を披露します。
チャムも砂マンダラも華麗でカラフルで非常に人気があります。砂マンダラは期間中に順次作成され最後の日に破壇します。場所によってメニューの順番がことなりますので、詳しくは以下、NPO法人チベットハウス・ジャパンのホームページで。
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パンフレットはここです。

長野の会場となる西方寺は、善光寺の門前にある。善光寺様はことし七年に1回の前立本尊のご開帳の年なので、関東近辺の方は長野でご覧になるのも良いかと思う。

 ここで前回のご開帳の年の思い出を語りたい。
2008年は北京のオリンピックの年であった。
2001年に北京でのオリンピック開催が決まった時、国際社会は中国政府に、報道の自由度をますこと、人権状況の改善、チベットについては亡命政府との対話などを申し入れた。しかし、それらがまったく改善をみないまま、時間だけが過ぎていった。そこで、2007年に、ドイツ、カナダ、オーストラリアの首相がダライラマと公式に会見し、とくにアメリカはダライラマにゴールドメダルを贈呈するなどして、中国政府に亡命チベット政府と実質的な話し合いをするように圧力をかけた。

しかし、これらを中国政府はスルーし、さらに少数民族、カトリック教徒、ジャーナリストたちをより厳しく取り締まった。そして、聖火リレーを世界中の主要都市で行い、さらにはヒマラヤの頂上にまで聖火をあげる計画をぶちあげたのである。ようは、中国にとってこのオリンピックは、国威発揚の場でしかなく、人権改善とかの普遍的な価値を実現する契機にはならなかったのである。

 このような状況の中で、3月のチベット蜂起記念日がきた。この日行われた僧侶たちの平和的な抗議デモが、中国政府によって暴力的に弾圧され、それに怒ったラサの市民が暴徒化し(3/17)、それが東チベットの各都市に飛び火し、いわゆる2008年チベット蜂起が起きた。

 中国政府はチベットの成人男性を予備拘束し、検問をはりめぐらすなどして、情け容赦なく取り締まったため、世界中から非難の声があがった。結果、ロンドン、パリ、サンフランシスコで行われた聖火リレーは中国政府へ抗議を行う人々で騒然となった。このリレーは中国国内に中継されていたので、中国政府の面子は丸つぶれになった。日本においては当初善光寺様が聖火リレーの出発場所になっていたが、辞退したため、リレーの出発地点はただの空き地となった。リレーのスポンサーも次々と降りてナシとなった。

 危機感を感じた中国人たちは、聖火リレーの当日バスをしたてて長野に集結し、リレー当日、普段は静かな市内は大量の中国人と五星紅旗で真っ赤に染まったのであった。この際、留学生組織が長野へ集結するようによびかけを行い、華僑のお金持ちがかなりの寄付をしてバス代を支援し、さらに、中国大使館は旗などを寄付した。

『朝日新聞』2008年05月12日
「中国人留学生大量動員は華僑の寄付 本誌記者が見た実録・長野聖火リレー」

(前略) 動員目標は2千人だったが、当日は5千人近くが集まったという。国内に登録された中国人留学生は7万人強。単純計算で14人に1人の割合だが、入国後、所在不明になる留学生もいるから、実際の動員の割合はもっと高くなるだろう。
 なぜ、ここまで大量動員できたのか。関東地区の留学生なら参加費が2千円で済んだのが大きい。東京-長野間の夜行バスは通常、片道でも3千円前後。李会長によると、差額分は華僑系企業による寄付金で賄われたといい、中には今回の聖火応援ツアーのために100万円を寄付した企業もあった。中国当局が資金援助したという報道もあったが、大使館側はこれを強く否定。代わりに「応援の意味を込めて」(中国大使館)と、中国国旗や五輪旗を提供したという。(後略)


中国大使館は資金援助については強く否定したというが、大使館は留学生組織を掌握しているため、ここから勧誘がきた時点で、政府の支持ありとみて留学生は動いているわけだから、政府の関与がまったくないわけではない。また、留学生以外でも手弁当でかけつけた愛国者もいたであろう。愛国は自分と自分の国家しか見えなくなる麻薬なのだ。

 ついでに言えば、組織もなにもなく自然意志で自腹でやってきた数少ないチベット支援者たちは、季節外れの寒さにふるえつつ小さな公園に集められてそこから出るなと日本の警察にいわれたのであった(笑)。

あれから七年。時のたつのは早い。

チベットの状況は微塵も改善しないどころか、悪化の一途である。国境の取り締まりがきつくなって亡命者は激減しており、行き場をなくしたチベット人の抗議の意は焼身抗議という形になって現在まで続いている。

 話をチベット・フェスティバルに戻そう。

今回チベフェスの長野会場となる西方寺は、チベット研究者の金子英一先生がご住職をしていらっしゃる。そのため寺内にはチベット式の金銅仏が祀られ、その背後にはチベット様式の極楽が描かれている。善光寺様もこの西方寺さまももちろんダライラマ法王が巡錫している。
西方寺廻向柱15

 また、西方寺様の境内には、今回のフェスティバルにあわせて、チベット廻向柱がたてられているのもみどころ。オリジナル記念品としてミニチュアの「幸せの仏塔」、「経輪ストラップ」などが販売されているのでマニアの方どうぞ。
http://saihouji.blogspot.jp/
 七年に一度の善光寺様のご開帳は5月31日まで。善光寺の裏山の麓にはチベットがこの世から消えた直後の1960年代に日本にやってきた三人の有名なチベット人たちの記念の仏塔もたっております。あわせてご覧ください。
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■ 4/28- 5/2 札幌 新栄寺
■ 5/4-5/7 東京 駒込の吉祥寺 (最寄り駅: 南北線 本駒込)
■ 5/8-5/11 仙台 藤崎デパート
■ 5/13-5/16長野県 西方寺

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