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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2018/09/05(水)   CATEGORY: 未分類
淡路島でゼミ合宿
ゼミ生に予定を聞いたところ、参加人数が一番多い日が九月の二日と三日であり、その時ちょうど淡路島へ出張予定だったので最初二日をゼミ合宿にして、そのあと私だけのこって仕事(シンポジウムの打ち合わせ)することに決めた。一石二鳥である。

 淡路島は地理歴史専修の学生にとって教材の宝庫。

 阪神淡路大震災の震源地には野島断層という自然地理の教材があるし、震災体験もできる。また、私のご先祖岡田鴨里の生家が淡路市の予算不足から廃墟となっているのは、地方自治体の文化財保護の問題点を知る教材となる(爆笑)。また、岡田鴨里のお墓をまもってくださっている栄福寺は現在廻り弁天が滞在中で民俗学的に面白いし、同寺近くのおのころ神社や生家近くの伊弉諾神宮は古事記の神話の舞台であるから、国文学? にも親しめる。さらに、洲本の益習館や高田屋嘉兵衛顕彰館では幕末の歴史を学ぶことができる。
 とどめが、洲本市の中心部にそびえ立つイオンが地元商店街を枯らしていくありさまは人文地理のテキストブックな教材である。
 
 まさに、地理・歴史専修のための島。

 私はいつも高速バスで淡路島にいくが、今回は移動があるので明石海峡大橋の目の前にある舞子駅でレンタカーを借りて橋を渡る計画であったが駅近くにレンタカー会社がない。後で聞くと、淡路島にレンタカーでいく人は垂水からしか高速に上がれないので、三宮か垂水で借りるとのこと。センセ免許ないからそういうのわかんなかった。すまん。

橋をわたって最初の目的地は古事記でイザナギ・イザナミ二神によって最初に生み出されたおのころ島との噂のある絵島と岩屋神社である。
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で益習の集いの事務局のTさんがお迎えに来て下さっていて、以後ガイドをしてくださった。ありがとうございます。
 岩屋神社の宮司さんと渡哲也は同級生だということで、境内には渡哲也が奉納した石灯籠がある。
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 Tさんは道々車をおりて断層を示してくださり、北淡震災記念公園につくと、「せっかくだから上の駐車場にとめましょう」と導くとそこには、8/27日にこの地を通過した台風20号によって倒れた全長60mの風車がころがっていた。
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 Tさん「今しかみられない光景です」
 そりゃそうだ。

 当時のままに保存されている野島断層は迫力があり、これまた当時のままの住宅の中でTさんから震災体験を伺う。Tさんの職場は震災で焼け野原になった長田区であったので、体験も写真も悲惨であった。

 お昼はこの震災記念公園のレストランでいただく。

ゼミ生「先生、この旅のコンセプトって何なんですか? 」

私「ブラタモリ?」

ゼミ生「・・・・・」

このあと、枯木神社、洲本の益習庭園とまわり、すべりこみで、16:15分に五色待の菜の花ホール(高田屋嘉兵衛顕彰館)にいく。ここから益習の集いの会長さんと会員さん三名も合流してきた。ブラタモリ度がます。サングラスかけようかしら。

 館長さんはご先祖が記した高田屋嘉兵衛の最古の伝のデータをディスクにいれてくださっていた。

館長さん「ブログを拝見してどんな学生さんがくるか楽しみにしていました。」
「〔過去はともかく〕今のゼミ生はみな普通です。」

館長さん「I先生がお見えになるというので、いろいろ勉強しました。とにかくインコ愛を感じました。Youtubeもブログもみました。ワグナーが仏教を西洋に伝えたとおっしゃっていましたが(正確には仏教趣味があった)、私はフランス文学なのでダダイズムってならったんですよ。」と話はつきず、閉館後もしばらくお話を聞かせていただいたため、冷房がきれて蒸し暑くなっていく。ホールの外にでたらもう日が落ちてずっと涼しくなっていた。

 夜は高田屋嘉兵衛顕彰館に隣接する宿泊施設のテラスでバーベキュー。テラスは西向きなので夕焼けがとても美しい。淡路牛が柔らかくて美味しいので食べているうちに20分くらいたったところで、猛烈な腹痛に襲われる。部屋にもどって寝込みつつぼんやりとNHKの国松長官狙撃事件の番組をみながら、「両親が胆石だから自分も胆石かも」、と不安になってくる。10時くらいにはかなり腹痛はおさまってきたが、しばらく絶食した方がよさそう。

 翌日、12時間休んでかなりよくなってきたので、朝ご飯はヨーグルトと茶碗蒸しだけいただく。益習の集いの会長先生に電話をすると、「台風21号が明日上陸するので近畿の交通網はすべてとまる。淡路島の真上をとおるので明石海峡大橋も閉鎖になるから、早く帰った方がいい」といわれ学生と一緒に帰京を決定。

 それから、ご先祖岡田鴨里のお墓をまもってくださっている栄福寺にいく。O住職は本堂で廻り弁天や平安仏の説明をしてくださり、そのあと、ただお参りして帰ろうと思っていたのに墓前廻向をしてくださるという。
 墓前廻向には焼香セットとそれらをおく木の台が必要なので、二人の学生が手分けしてそれをもち、境内をでてお墓のある向かいの山の上に向かう。
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 並んでお寺の石段をおりながら、ふと「ご先祖のお墓参りにゼミ生をつれていくのは公私混同ではないか? 」という疑問が頭をかすめたが、ご先祖、賴山陽の高弟で歴史上の人だし、瀬戸内海の両墓制の説明もできるから授業だということにする。
 後ろ暗いのでジョークをとばす。

私「ちょっとサマーウォーズみたいじゃない? 」

ゼミ生「・・・・・」

笑ってくれないと気まずい。

 それから洲本城に向かうが、カーナビに電話番号をいれると、そのような施設はありませんと言われる。よくみるとこの電話番号、洲本観光案内所の電話番号である。ここは高速バスの待合室の一角にある無人のカウンターなので確かに施設でも洲本城でもない。

 そこでパンフレットにある洲本城の住所をカーナビにいれるが、ナビが指し示す方向にいくと、天守閣はどんどん遠ざかり農村部に入っていく。

私「洲本城のたつ三熊山って熊の字のつく三つの山ってことでこの住所たんに三つの山のまわりを回っているだけじゃない?」

もちろん道は山を一周まわって海際で行き止まりになる。山の住所をカーナビにいれてはいけない。
洲本城からは町が一望できる。あまりにも丸見えなので江戸時代は一般市民がここにあがることは禁止されていた。天気がものすごくよく海は青く、空は沖縄の観光案内写真のように限りなく青い。超大型の台風が明日向かってくるとはとても思えない。まさに嵐の前の静けさ。
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 このあと、御食国という観光レストランで遅いお昼を食べ、最期の訪問地伊弉諾神宮に向かう。ここは2016年に日本遺産に指定されて淡路島の遺跡の中でももっとも観光客を集めていて、兵庫県では姫路城につぐ規模だという。

  このあと高速にのって舞子に戻り、新大阪を経由してそれぞれのぞみや光にのって帰郷した。駅の掲示板では近畿のJR各線は台風21号の接近する明日は運転を見合わせ、のぞみもひかりも間引き運転をすることが伝えられている。多くの人は私と同じく次の日の仕事を捨てて帰路についたと思われ、つかれきった人々でうまったのぞみは引き上げ列車のようであった。

 淡路島があまりにも美しく晴れ渡っていたので、本当にここまでやる必要があるのかとどこかで思っていたが、翌日のニュースは事前の予想よりも遙かに大きな被害を伝えていた。関空は水没するわ京都駅のガラス天井はぶちわれるわ、神戸で車が燃えるわ、大阪の民家の屋根は飛びまくるわ、停電しまくるわ、近畿の大都市に50年ぶりの大風がふきぬけていったのであった。

追伸: ご先祖の生家は台風21号の風をうけてなくなったかと懸念されていましたが、まだあります。
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