ポカラに現れた私の変化身
木曜日は仏教青年会に顔をだす。
じつは、仏青は早稲田祭にエントリーしたものの、抽選の結果見事におちてしまった。ちなみに、わたしはほかにもいろんにサークルに頼まれてエントリーシートの教師確認欄にハンコおしたがみな落ちた。
私のくじ運の悪さがハンコを通じてこれらのサークルに伝染したのだろう。この場をかりて深くお詫びする。
私が今までの人生であてた最高の景品は、フクトク商店街のビリから二番目の醤油瓶(一本)であった。
デパートなんかで年末にやっている福引きはだいたい残念賞のポケットティッシュである。
しかし、私は自分のくじ運の悪さを悲観したこはない。なぜなら、ギャンブル運は悪運だから、こんなもん、よくない方がいいからである(まっけおしみ)。
そこで、仏青、気を取り直して、とりあえず当初の予定通り120周年を記念して過去の歴史をまとめようということになった。木曜日はその作業をするというので部室を尋ねいみたのである。
部室をあけるとなんかホコリっぽい。そのうえ、なんか巨人の星みたいな絵柄のおじさんが熱血してしゃべっているアニメビデオがかかっている。
ほとけどじょうくん「先生、今片付け中で座る場所もないんですよ。すいません」
わたし「何、そのアニメ」
ほとけどじょうくん「●間×命」です。ヤフオクででていたので、仏青の弘法布教の参考にと買ってみました。」
わたし「いくら?」
ほとけどじょうくん「郵送料の方が高くつきました(笑)。」
わたし「超安いんだな。で、●田大作はどれ?」
ほとけどじょうくん「その一番ハンサムな若い男です」
何も言うまい。
Hくんと、ねもっちが過去の仏青の出版物をせっせと整理しているのに、ほとけどじょうくんは発掘された古層の文書や郵便物を読んだり、開封したりしながら、まったりしているので、思いきりじゃまになっている。いわゆる、片付けられない男だな。
ほとけどじょうくんは最近、19世紀の末の早稲田学報をしらみつぶしに捜し、スリランカ独立の父にしてスリランカ仏教復興の大黒柱のアナガリカ・ダルマパーラが早稲田にきた記録を見つけたという。
このことからもわかるように、仏青の歴史をまじめに調べるとなると、その歴史はあまりに悠久でおもく、果たして年内に調べがつくかどうか。
つか、これはもう日本史の立派な論文であり、サークル活動とかいう範疇を超えているような。
しかも、ふと気がつけば、ほとけどじょうくんは今年四年生、こんな仏青の歴史にはまっていて、卒論は書いているのだろうか。この調子じゃ書いていないだろう。
一応、卒論を優先するようにアドヴァイスをしておくが、聞くか聞かないかは本人次第。
閑話休題
夏休み、海外に行っていたゼミ生二人が無事に帰国した。
Wくん「ネパールのポカラで偶然エイちゃんに会いました。」
わたし「二人とも別々に気ままな旅に出たのに、ばったり会うなんてすごい偶然だねえ」
Wくん「ボクが座っていたら、チャリでエイちゃんが通り過ぎたので、エイちゃーんということで。そういえばそこに先生もいましたよ。八月の末先生どこにいました?」
わたし「ドイツだよ」
Wくん「いやポカラにいましたよ。民族衣装きて歩いてましたよ」
わたし「そりゃ縁もゆかりもないネバール人じゃ!」
私はよくネパール人に間違われる。
カトマンドゥのアイスクリーム屋でタイ製のTシャツきてアイスクリームをなめていたら、日本人旅行者から
「日本語うまいですね」
ほめられた。わーい。
そいでそのあと、カトマンドゥの中央郵便局に郵便物をだしにいったら、ネパール人の郵便局員が真顔で
「おまえなぜネパール語でしゃべらない」
何人からみてもわたしはネパール人らしい。
じつは、仏青は早稲田祭にエントリーしたものの、抽選の結果見事におちてしまった。ちなみに、わたしはほかにもいろんにサークルに頼まれてエントリーシートの教師確認欄にハンコおしたがみな落ちた。
私のくじ運の悪さがハンコを通じてこれらのサークルに伝染したのだろう。この場をかりて深くお詫びする。
私が今までの人生であてた最高の景品は、フクトク商店街のビリから二番目の醤油瓶(一本)であった。
デパートなんかで年末にやっている福引きはだいたい残念賞のポケットティッシュである。
しかし、私は自分のくじ運の悪さを悲観したこはない。なぜなら、ギャンブル運は悪運だから、こんなもん、よくない方がいいからである(まっけおしみ)。
そこで、仏青、気を取り直して、とりあえず当初の予定通り120周年を記念して過去の歴史をまとめようということになった。木曜日はその作業をするというので部室を尋ねいみたのである。
部室をあけるとなんかホコリっぽい。そのうえ、なんか巨人の星みたいな絵柄のおじさんが熱血してしゃべっているアニメビデオがかかっている。
ほとけどじょうくん「先生、今片付け中で座る場所もないんですよ。すいません」
わたし「何、そのアニメ」
ほとけどじょうくん「●間×命」です。ヤフオクででていたので、仏青の弘法布教の参考にと買ってみました。」
わたし「いくら?」
ほとけどじょうくん「郵送料の方が高くつきました(笑)。」
わたし「超安いんだな。で、●田大作はどれ?」
ほとけどじょうくん「その一番ハンサムな若い男です」
何も言うまい。
Hくんと、ねもっちが過去の仏青の出版物をせっせと整理しているのに、ほとけどじょうくんは発掘された古層の文書や郵便物を読んだり、開封したりしながら、まったりしているので、思いきりじゃまになっている。いわゆる、片付けられない男だな。
ほとけどじょうくんは最近、19世紀の末の早稲田学報をしらみつぶしに捜し、スリランカ独立の父にしてスリランカ仏教復興の大黒柱のアナガリカ・ダルマパーラが早稲田にきた記録を見つけたという。
このことからもわかるように、仏青の歴史をまじめに調べるとなると、その歴史はあまりに悠久でおもく、果たして年内に調べがつくかどうか。
つか、これはもう日本史の立派な論文であり、サークル活動とかいう範疇を超えているような。
しかも、ふと気がつけば、ほとけどじょうくんは今年四年生、こんな仏青の歴史にはまっていて、卒論は書いているのだろうか。この調子じゃ書いていないだろう。
一応、卒論を優先するようにアドヴァイスをしておくが、聞くか聞かないかは本人次第。
閑話休題
夏休み、海外に行っていたゼミ生二人が無事に帰国した。
Wくん「ネパールのポカラで偶然エイちゃんに会いました。」
わたし「二人とも別々に気ままな旅に出たのに、ばったり会うなんてすごい偶然だねえ」
Wくん「ボクが座っていたら、チャリでエイちゃんが通り過ぎたので、エイちゃーんということで。そういえばそこに先生もいましたよ。八月の末先生どこにいました?」
わたし「ドイツだよ」
Wくん「いやポカラにいましたよ。民族衣装きて歩いてましたよ」
わたし「そりゃ縁もゆかりもないネバール人じゃ!」
私はよくネパール人に間違われる。
カトマンドゥのアイスクリーム屋でタイ製のTシャツきてアイスクリームをなめていたら、日本人旅行者から
「日本語うまいですね」
ほめられた。わーい。
そいでそのあと、カトマンドゥの中央郵便局に郵便物をだしにいったら、ネパール人の郵便局員が真顔で
「おまえなぜネパール語でしゃべらない」
何人からみてもわたしはネパール人らしい。
COMMENT
●
エイちゃん | URL | 2006/10/14(土) 00:20 [EDIT]
エイちゃん | URL | 2006/10/14(土) 00:20 [EDIT]
9月にはダラムサラでお会いしましたよね。
●
w | URL | 2006/10/14(土) 00:24 [EDIT]
w | URL | 2006/10/14(土) 00:24 [EDIT]
いやいや先生はネパーリーというよりチベタンじゃないんですか?だからチベットの歴史に詳しいんじゃないんですか?
まぁとりあえず写真を撮りそうになりました(笑)
ちなみにそのあとにすぐ喘息を再発させました。もしかして先生の呪い…?
まぁとりあえず写真を撮りそうになりました(笑)
ちなみにそのあとにすぐ喘息を再発させました。もしかして先生の呪い…?
● そうかもしれない
イシハマ | URL | 2006/10/14(土) 13:58 [EDIT]
イシハマ | URL | 2006/10/14(土) 13:58 [EDIT]
最近忘れっぽくなってきて、自分の記憶に自信がないので「ダラムサラにいましたね?」とかいわれると、本当にいたような気になる。
ちなみに、わたくしは高山病になるのでチベタンではありません。
ちなみに、わたくしは高山病になるのでチベタンではありません。
●
厩戸3yearsold | URL | 2006/10/14(土) 21:30 [EDIT]
厩戸3yearsold | URL | 2006/10/14(土) 21:30 [EDIT]
調子に乗ってハンドルネームを変えました!
似ている人は色々なところにいるものですね。
似ている人は色々なところにいるものですね。
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