白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2006/10/25(水)   CATEGORY: 未分類
「ある」ことを「ない」という罪、「ない」ことを「ある」という罪
昨日の朝、表にでたら季節が一変していた。

 さむい。

 でも、よく考えたらもう十月も末、これが本来の気温で今までが温かすぎたのかも。とりあえず高温になれた体がびっくりして風邪をひかないように、ワイン(周五郎ワイン)を一杯あおって家をでる(ロシア人か)。

 気温差が烈しいと紅葉は美しい色をだすので、郊外の山は一夜にして色とりどりの紅葉に変わっただろうな。

 美しきかな、日本。

 ここんとこ、雑文と論文の中間のような文章を書いているのだが、その中で、史料間に不一致があり、合理的に解釈しようとしても、今現在残る資料を見る限りでは納得のいく説明がつかない問題がみつかった。

そこで、関連する論文を書いている若手研究者にメールをして、意見を聞こうと思ったら、なかなか返事がかえってこない。「このメアドでメールもらったのはずいぶん前だからもう使ってないのかなー」と思ったら、何日かしてようやくメールが返ってきたが、ひかれまくった語調から察するに、私の直メールはなにか不幸の襲来(宣戦布告前夜)であるかのように、とらえられていたようであった(断っておくがわたくしの邪推かもしれん)。

 自分では若いつもりで「情報交換しよー」とか思っていても、相手の若手研究者からみれば、こっちはもう化ける一歩手前のようなシロモノで、ただの情報交換でコンタクトとってくるようには思えなかったらしい。

 研究に没頭するとメールの文面が一人対話の「である調」になり、かつ、誤変換が多くなる私の表現力にも問題があったかもしれん。

 私は人様の研究についてあれこれ論じることは基本的にしない人間である。それぞれの方が、それぞれの立場から、それぞれの視点で研究されているわけで、自分と異なったアプローチがあっても、別に不思議でもないし問題もない。

 確かに人の研究を批判することもあるが、それはその研究が、客観的にいって間違っており、かつ、その間違った研究が世間を憂うべき方向にミスリードする可能性がある場合のみである。こうなると話は研究者個人にととまらず、世の中に影響するので仕方ないから批判するのである。

 そこまでいってなかったら、どんなに間違ったことをいう人がかりにいたとしても、基本的には気にしないことにしている。だって、大体世の中のすべての誤解や異論をすべていちいちなおしたり・議論したりしていたら、短い人生すぐに終わってしまう。
それくらいなら今この時、自分の研究を楽しく進めた方がいい。

 そもそも、事実誤認をするような人に「あなた違ってますよ」なんていったってたぶんまったく通じないし、それどころか噛みつかれて大変な目にあう。

 彼らの大部分はまず、先入観が先にありきで、その先入観を強化するために、資料や研究をくみあわせ積み上げる。まったく論理的でも、批判的でも、自省的でないのである。で、彼らの先入観がたまたま真実や現実と合致すればいいが、問題はそれがまったくの事実誤認であった場合、結論としては「あるものをない」といったり、「ありもしないものをある」といったりしちゃうわけで、まあ困っちゃう。

 当然こういうような人は、自分ではまったくこの病理に気づいてなくて「自分は正しい」と思っているので、まわりにそれを指摘されると、噛みついてくる。まわりもそれがわかっているので、余程のことがない限り面倒臭いから黙っている。

 かくして、世の中には不条理・不行跡がみちあふれるのである。

 ちなみに、仏教では「あるものをない」というのは損減という罪、
「ないものをある」というのは増益という罪である。
どちらもサイテーサイアクのやってはならないことであるとする。

たとえば、
徳のある人に対して悪口をいうのは、損減の最たるものであり、
覚りを開いてもない人がトチ狂って「覚りを開いた」なんてことを言うのは増益の最たるものである。

 私も含めて人にはみなこのような罪を犯す可能性はある。だから、常に人の意見には耳を傾け、先入観にとらわれないように努力せねばならない。

 昔研究会で「イシハマさんに何か意見するとその場ではモーレツに怒るけど、あとで見ると、ちゃっかりその意見を取り入れている」と言われたことがある。

 いつか怒らずに人の意見を聞き入れられる日が来ればいいなと思う(えばっていうことか)。
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COMMENT

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● う~ん
モモ@柏原 | URL | 2006/10/26(木) 01:32 [EDIT]
そうなると月々に5万程度しか仕事のない私の名刺の
「フリーライター」も早速削らなければ(^^;)
● 削らなくてもいいと思う
イシハマ | URL | 2006/10/26(木) 23:41 [EDIT]
人が自分の職業を何となのるかは法律で決まっているわけではありません。
自分がフリーライターとしての矜持をもっているならたとえ収入がゼロでもそう書いていいと思います。
ちなみに、わたくしは自分を規定するいろいろなレッテルの中で一番気に入ってるいるのは「ごろうちゃんの母」としての自分です。名刺にすることじゃありませんが。

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