白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2006/11/01(水)   CATEGORY: 未分類
「国破れて僧伽(サンガ)あり」
土曜日は早稲田でチベット学会だった(報告遅)。
午前中はチベット学におけるコンピューター利用についての懇談会があり、
午後は研究発表並びに講演、その後は懇親会という、おきまり学会コースである。

大体において学会というものは若手の研究者が研究発表をやり、それをロートルが指導し、ロートルが何かやる時は、講演あるいは報告というのものだが、なぜか今回は、ペマギャルポ氏、今枝由郎氏などといった功成り名なし遂げた方々が研究発表をやっていた。

ペマギャルポ氏は「国際社会におけるチベットの現状」というお題で、なかなか深刻なのであるが、レジュメを見て思わずふく。

「国破れて僧伽(サンガ)あり」

うまい。

有名な唐の詩人、杜甫の
「国破れて山河あり、城春にして草木ふかし」の一節をオヤジギャグしてもじって、国を失ってもチベット仏教の教団(僧伽)は存続している現状をちゃかしたわけだ。

しかし、因縁というものはおとろしい。何がおとろしいかっていうと、この漢詩が読まれた時代背景を考えてごらん。

杜甫がこの「国破れて山河あり」という詩を読んだ際には、安史の乱(ものすごく簡単にいうと玄宗皇帝が楊貴妃にトチ狂ったおかげで起きた乱)によって荒廃した国がその背景にあった。
で、この安史の乱の際、唐の都長安を占領して荒廃させたのは、チベット(+ウイグル)だったのだ。

はははは。

今からは想像もつかんだろうが、当時のチベットはホンマにお強うおまして、中国も含む中央アジアの覇者どしたんどすよ。まあ、仏教が伝わったばかりでその国民性はまだまだ「野生の思考」だったんでしょう。

で、杜甫は荒廃した首都長安を離れて、成都に草堂とか結んで難民生活とかしていたわけ。

そのようなまあ杜甫の詩を千三百年後にチベットの方が今度は中国に国を滅ぼされて「国敗れて、サンガあり」と詠むのだから何かこう因縁みたいなものを感じたのであったった。

話変わって、
 ダライラマ14世猊下は国を失った時、まず明日のメシよりも、僧団(サンガ)の維持をなんとかすることを政策のトップに掲げた。サンガこそチベット文化の精髄であり、この維持こそがチベット人のアイデンティティを支えるものだからだ。

彼は正しかった。

国を失って五十年近くたった今もなお、チベット問題は誰からも忘れ去られることがなく、チベットのサンガは今や世界中の人々の善志によって支えられている。考えようによっちゃ国を失った結果、世界布教に成功したともいえる。

まさに「国破れて、サンガあり」である。

 それもこれも、チベット仏教が真に世の中に必要とされるもの、意味のあるもであったからこそであろう。だからこそ、それを生み出した当事者が維持することができなくなっても、なくなることはないのである。

 で、日本仏教が日本が失われた後も、生き残ることができるか、こう考えた場合、まあムリだろうーなー、と思う今日このごろであった(あ、禅は生き延びるかも)。
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COMMENT

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宰相 | URL | 2006/11/01(水) 15:13 [EDIT]
>禅は生き延びるかも
そういえば某スダレハゲ大勲位も禅やってましたね。生き残るわけだ。

破顔 | URL | 2006/11/02(木) 01:10 [EDIT]
生き残りませんね。きっと。
日本仏教にこだわればこだわるほど、生存率が下がるような気がします。
サンガはとっくの昔に分解してるし。

禅は禅だけじゃ仏教とはいいがたいし。
だって大半は常見に傾いてますよ。
父母未生以前の自己?冗談はやめてくれって感じです。
祖師はきっとわかってたんでしょうけど、後学はあまりに不勉強です。
あんなのじゃ健康法の一種になるのがオチです。


なんかいつのまにか自分が日本仏教徒からオレ仏教徒になってます。
オレ仏教。
だって日本仏教があまりにも救いがたいんだもん。

今のところは、自分の体の中に伝承をできるだけ取り込むべくがんばってますが、
いくら個人にいろんなのを集約したところで、そういう人が数人いないと、効果は出にくいんですよね。
いまさらながらサンガは偉大です。

すみません、いつも重いことばっか書いてて。

人間の本質を見つめる方へ | URL | 2006/11/02(木) 13:46 [EDIT]
ブログ拝見させていただきました。もしよかったら私のサイトもどうぞ。

『私は一方では障害を認め、受けとめるべきだという立場を取り、一方では(医学的な)知識と裏づけで障害を防止しようとする立場を取る。
 どんな表面的な言葉を並べたてても、私の中でこの戸惑いが消えることはない。“障害を妨げられるのなら、妨げた方がいいにきまっている”という暗黙の了解がどこかにある限り、本当の意味で人間社会が人類のもつ多様性を認めることはできないのではないだろうか』http://blog.livedoor.jp/tarotohachinosu/
● マルチレス
イシハマ | URL | 2006/11/02(木) 21:40 [EDIT]
>宰相さん
すだれハゲのみならず、いろんな人がやってます。
彼らの場合、文字通り「ただすわってる」しかんたざ

>破顔くん
確かにおつしゃる通り。そもそも禅はメイドイン中国で限りなく仏教的でないからね。
しかし、それでもまだ●蓮宗×宗よりは、修行やるだけいいかとおもったんだけど。

>最後の方
何を主張するにしろ、菩提心をもってやるといいとおもいますよ。広大行ね。

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