白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2007/01/17(水)   CATEGORY: 未分類
すべての魂よ安らかに
ひたすら卒論をよんでメモをとる。

私の指導がいいせいか、生徒の頭と聞き分けがいいのか、みなさん非常にいい力作を書いてる。

くどくど書き方指導したからな。

「レポートと論文はチガウ」って。

↑これ結構わかっていない人多いと思う。

なのでみなさん非常に自分の頭をつかってかいている。
今読んだ人のところまでだけど。

今日は阪神大震災で亡くなられた方の十三回忌。

なくなった方も、残された方も、みな、あまり悲しまないように。

わたしも母がなくなってからは、しばし悲嘆にくれ、世や我が身を呪いまくっておりましたが、十三回忌をすぎた頃くらいからずいぶん心が静まってきたような気がする。

残された人というのは、多かれ少なかれ、死者に対して何か自分を責める気持ちというのがあって、じつは喪失感とともにそれが苦しいのだけど、十三回忌くらいをすぎると温かい思いでとかその人から受け継いだものとか前向きに死者をとらえることができるのだ。

どうかすべての人が苦しまないように。


というわけで、作者未詳だけど、翻訳権はあるから通報される可能性もある有名な詩「千の風になって」を以下に引用します。

 これで泣ける人は、結構つらい別れを経験した人です。泣けない人は自分の幸せを喜んでください。


「千の風になって」

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています
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COMMENT

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おやき | URL | 2007/01/17(水) 20:50 [EDIT]
「千の風・・・」は4年くらい前に立ち読みで知りました。
本屋で思わず鼻をすすって泣いてしまいました。
本をひろげると風が吹き込んでくるようなステキな写真とともに
短い詩にいろんな思いがこみ上げてきました。
私の大好きな祖母が亡くなったのも12年前で今年13回忌です。言われるように13年というのは節目になるのかもしれませんね。
紅白でこの歌が流れそしてまた涙しました。
でも、もう辛くないです。会えないのが寂しいだけです。






● 阪神淡路大震災
モモ@大東 | URL | 2007/01/18(木) 13:50 [EDIT]
心配で連絡を取った神戸の友人に、
「大阪へ逃げてこないか」と誘った時、
「生まれ育った神戸をまだ見捨てたくない」と言い切った彼女は
今でも神戸に住んでいます。
友達にこの「千の風…」を送りたいと思います。

| URL | 2007/01/18(木) 23:52 [EDIT]
この日記ではなく、トップページのコメントについてレスを書きたいと思います。

誰だかのセリフに「一人の死は悲劇的だが、多数の死者は統計にすぎない」というのを覚えている。
人間一人ひとりは毎日を必死に生き、死んでいくはずなのだけどそれが数字としてでてくると、そこにはその人の人格も経験もない。そこにあるのはカウントされた「死者」でしかない。

イラク戦争や海外の死者の報道にはやはり数字しかでてこないが、そこには何年もかけてきた人生があるが、それが見えづらくなっている社会に僕は生きていることを片時も忘れないで生きたいと思ってます。

イシハマ | URL | 2007/01/19(金) 11:03 [EDIT]
>おやきさん
これ不思議なくらい泣けますよね。生者が言って欲しいと思う言葉を死者に言わせているからよく考えるとあざといんだけど、だけど泣ける。

>モモさん
関西のお住まいの方は関東のものより、もっと生々しい体験があの震災についてはあることと思います。日本人はたくましい。いつまでも泣いてちゃあかん。

>W
Wって、Wタナベ君だよね。間違っていたらごめん。
君もちゃんと考えていたんだねえ。

emichan | URL | 2007/01/19(金) 15:49 [EDIT]
私も、トップページを読んで同感いたしました。
駅前の交番の「死亡0」を見るたび他人事ながらほっとします。
知人を事故で亡くしてからの習慣になっちゃいました。

たとえば、一人子供が事件で亡くなりとみな心を痛めるのに、戦争やテロで大勢の人が亡くなると数が多すぎてマヒしちゃうんだろうか?
と、よく思っています。。。。

自由人 | URL | 2007/01/20(土) 12:44 [EDIT]
素敵な詩を教えて頂きました。心を痛めた人に送りましたところ涙がぽろぽろとこぼれて暖かい気持ちになったそうです。どうかすべての人が苦しまないように。

イシハマ | URL | 2007/01/20(土) 12:45 [EDIT]
>emichanさん
とくに今みたいにインターネットで瞬時に世界中の出来事が知れるようになると、何かいよいよマヒしてくるような。

イシハマ | URL | 2007/01/20(土) 14:40 [EDIT]
>自由人さん
そうなんですよ。「ぶわっ」と泣ける。
うちのダンナはまったくそゆことないのでやはり体験の差。
● 私も大震災の前年に
ハルミ | URL | 2007/01/21(日) 21:06 [EDIT]
最愛の父を亡くしましたが、
常に心の中に涙のいっぱい詰まった袋を抱えているような状態で、
何年も、とにかく悲しくて悔しくて仕方がなかったものです。

しかし、こういう感傷的なことをチベットのお坊さんに話した時、

ひとことカラッと 「それは、自己執着ですよ。」(笑)
当時は意味が分からず 「ハァ~???」

自己執着と共にくるくる廻る私達すべてに、
悲しみの原因や悲しみがあまりないように祈ります。

イシハマ | URL | 2007/01/22(月) 00:23 [EDIT]
死んだ人はもういなくて、われわれが泣こうが笑おうがカンケーないわけだから、我々が泣くのは
自分を哀れんで自分のために泣いているわけ。
だから、チベットの坊さんは正しい!


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