白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2007/06/15(金)   CATEGORY: 未分類
恐るべき子どもたち
昨日梅雨入りしたかと思ったら、今日はもうすっきり晴れている。今年は

「一日梅雨」か。

ここまで異常が続くと異常も日常。

季節の変わり目のせいかダルイ。
しかし、多かれ少なかれ一年中365日ダルイので、これは私が怠け者なだけなのかも。

でも、季節は常時動いていて諸行無常なわけだから年中季節の変わり目だから、正当に体がダルイのかもしれない。

アメリカでパリスヒルトンなるお嬢サマが、常識はずれの行動をとって笑いものになっている。

なんでも、小さな頃から何一つガマンしたことがなく、自分がしたいことを、本能と気の赴くまま、法律とか世間の目とかまったく気にせず、やっちゃうらしい。

入場料が30万円というチャリティパーティで、

ねぎる。

また、パーティでおトイレにいって行列ができていたら、

その場でおもらし。

免停中だろうが、なんだろうが車は運転。

業を煮やした警察が刑務所に入れたら、一晩中泣き明かし、まわりの囚人大迷惑。

これは、お嬢サマでガマンをしらないというよりは、ちょっと●りないのでは、また、もし●りないのだとすると、その奇行を楽しんで癒されているアメリカ人ってかなーり、疲れているなと思うのであった。

でだ。

なぜこんな話をしたかというと、わたしがパリスヒルトンのような奇行女だからではなく(反論はいっさい受け付けません)、本日のダンナの衝撃の体験のまえふりなのだ。

ダンナは某駅前の□ブン・イレ△ンでごろうちゃんにさしあげる出雲の水を買うべくレジに並んでいた。

夕食時で駅前ということもあり、店は混雑してレジまちの時間は長い。ダンナの前には幼稚園の制服をきた女の子をつれた若いお母さんが並んでいた。

すると、いきなりその女の子、パリスヒルトンばりに、おもらし。

日本人笑いしながら堂々と。

いくら子供とはいえ、多少の羞恥心とかないのか。
それを掃除する店の人とかに悪いと思わないのか。

某私立幼稚園の制服をきているのだから、お受験を突破する頭はもっているわけで、●りないわけじゃない。しかし、情操教育には明らかに問題がある。

話は変わるが、三週間くらい前のおなじ金曜日、全国放送されたので知っている人も多いが、高田馬場ちかくのスーパーオリンピックで火災がおきた。

大火災で、火事のにおいは学校にまで漂ってきた。

当初から、花火コーナーで火遊びしていた子供が犯人ではないかと云われていたが、二~三日前、犯人として十歳の子供がつかまった。

何とこの子供、お母さんと一緒にオリンピックにきたまでは認めたが、火をつけたことについては、

「〔捜査員には〕教えない」といったのだそうな(笑)。

「十歳にして、黙秘権」。

孔子もひっくりかえる末恐ろしさ。

たてものの被害を含めて億の損失だというのに、80台の消防車が出動する大騒動になったというのに、

「教えない」らしい。

フツーの神経だったら、自分のしたいたずらで思っても見ないオオゴトになってしまったなら、不安で不安で、はやく自分の罪を誰かに告白して楽になろうとするもんじゃないか? 

アンファン・テリブル(by ジャン・コクトー)。

【と書いたら、読者より、オリンピックで火をつけた子は、「知的障害を抱えていた」とのご指摘を受けました。
専門家でないので、知的障害のある子どもがオオゴトをしてしまった場合どのような反応をするかはわかりませんが、情報としてつけくわえておきます。】


孔子もいっている。
己の欲するがままにふるまっていいのは、まじめに生きてて、かつ70歳こえてから

人格を陶冶すべく努力し続けても、70すぎなきゃ人に迷惑かけない境地にはなれないという意味だ。

裏返せば、70より若い場合、また、自分を省みないままいたずらに年とって70すぎた人間は、本能の赴くままに動けば、人に迷惑をかけちゃう。てーこと。

ところで、儒教だと70こえなきゃみにつかない自制心も、仏教だともっと低年齢でゲットできる。

それは人の行いをシステマティツクに矯正する「戒律」という学問があるから。

戒律は出家した人々の規則であり、放っておくと暴走する体と心と言葉を「戒め律する」ための諸規則である。

 服装、歩きかた、歩いている時の視線のおとしさき、立ち居振る舞い、食事の仕方と、日常生活全般の動作にそれはもう細かい項目があり、いろいろな規定を加えている。

 この戒律にのっとって動くものは、あら不思議、誰でも、他の生き物に迷惑をかけたり、不快感を与えたりしないように自然となる。

ご用とお急ぎでない方は、この戒律を一度じっくりみてみてください。本当によく考えられています。

ここクリック

ちなみに、日本の仏教においては戒律の伝統が途絶えて久しいです。聖職者からしてこうですから、社会が煮くずれるのも仕方ないのかもしれません。


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COMMENT

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● 泥沼です(^_^;
| URL | 2007/06/16(土) 04:09 [EDIT]
姫のダライ・ラマの仏教入門読みましたv-221正直難しかったです。入門でこれだと仏教を肚に落とすとこまで理解するには一生かかっても足りないなぁと...泥沼に落ちた気分といいますか、不思議ワンダーランドに辿り着いたといいますか。勉強が仕事って姫はいいですね~
● なかなか難しかったです
モモ@大東 | URL | 2007/06/16(土) 12:03 [EDIT]
最近の小児・児童の傍若無人には呆れるものがあります。
うちのマンションでも廊下で野球をするわ、
エントランスで花火をするわ、
叱ろうものなら「この可愛い子供の私を怒るなんて」という
目を向けてきます。親ごと叱り飛ばそうと思うことしばしば。
私だけでもこの戒律1点でも2点でも戒律を守ろうとする意思があればまだマシでしょうか。前向きに善処します。
● 戒律も書いての必要が・・・
| URL | 2007/06/18(月) 21:33 [EDIT]
>多かれ少なかれ一年中365日ダルイので、これは私が怠け者なだけなのかも。

先生、一度肝機能の検査をされてください。

>日本の仏教においては戒律の伝統が途絶えて・・・

そうは言われても、上座仏教のスリランカのお坊様は戒律にないからといってタバコをすいますしね。
私は吸いませんけど。

戒律は昔のままでなく、今、この現代において十全に諸悪莫作
が出来ることのほうが重要だと思います。

イシハマ | URL | 2007/06/19(火) 07:29 [EDIT]
>★さん
泥沼から蓮の花は咲くのです。泥沼こそいろいろな宝が生まれる場所です。

>モモさん
他人に腹がたつ時は、自分が他人にかけた迷惑を思うと大概はガマンできますよ。

>うさん
わたくしは戒律をそのまま日本に移植しろ、と主張しているわけではありません。チベット人だってテキトーにくずしています。ただ、たとえば、独身戒はやはりはずせないと思います。聖職者が明らかに俗人と違う点をみせることは、聖職者本人の法を説く自信につながると思いませんか。
● 失礼します
| URL | 2007/06/19(火) 14:05 [EDIT]
先生のHPで色々学ばせていただいている身でありながら、反論するのはもってのほかかも知れません。
私の考えるところを申し述べさせていただきます。

>独身戒はやはりはずせないと思います。聖職者が明らかに俗人と違う点をみせることは、聖職者本人の法を説く自信につながると思いませんか。

結婚していたら法を説く自信がないか、と言えば、別にそのようなことはありません。 浮世離れした人間が説く悟りきった世界は一般の方には無縁です。

かえって、自分たちと同じ世界で同じ苦しみを感じながら、人々の進むべき道を示すことが出来ることが有難いと思います。

いや、だからと言って「ダライ・ラマ」様が現実離れしたことを説いているとか申しているわけではありません(ちょっと解りづらいところはありますが)。

どれほど高潔感を求めてみても、所詮は生きていく上で他の生物の命を奪わずには生きていけないのが人間ですから。

思うところの一端を述べてみました。



イシハマ | URL | 2007/06/19(火) 22:25 [EDIT]
全員が独身戒まもるのはムリでも、
ごく一握りでも、それぞの宗派に心髄みたいなお坊さん集団は欲しいですね。
カソリックだって、牧師は妻帯できるけど、神父さん以上は独身ですよね。
だから、うさんがおつしゃるように、在家の人たちと同じ目線のお坊さんがいるのはかまわないし、またいたほうがいいと思うけど、現在のように、圧倒的多数がみな妻帯というのは、やはりこれはまた一方の極端だと思います。
うさんはたばこをおのみにならない、とおっしゃりますが、わたしも生まれてから一本もすったことありません。
うさんもわたしも仏教がすきです。
こうなると私とうさん間には本質的に何の違いもないことになります。

● 功罪相半ば?
| URL | 2007/06/20(水) 08:17 [EDIT]
>圧倒的多数がみな妻帯というのは、やはりこれはまた一方の極端だと思います。

在家出家の身から言わせていただくと、その通り(一方の両極端)だと思いますし、寺の肉系相続は諸問題を孕んでいると思います。
ただその中で、何代かにわたって(明治以来、三代くらいだと思いますが)肉系相続が続いたことにより、より優秀な僧侶を輩出した事実もあります。

この優秀な人材の頻出傾向と在家の優秀な人物の傾向の統計を取ったこともないし、そのような資料も見たことがありませんが
この世界に足を踏み入れてから経験した事実のみを言えば、やはり肉系相続の方のほうが優秀な場合が多いです。

それは、幼少の時代より優れた人材の中で教育されていくのですから、基本となるところが在家とは全く違うと言うことがいえると思います。

功罪、相半ばと言うところでしょうか?

イシハマ | URL | 2007/06/20(水) 09:11 [EDIT]
「優秀」の定義がいかなるものかによって、功罪が半ばするかどうかも決まると思いますが。
● 定義
| URL | 2007/06/20(水) 16:49 [EDIT]
先生、ご丁重な対応有難うございます。

優秀と言うのは、まづ人格が高潔であること、宗乗、余乗に造詣が深いか秀でてること、言行一致であることを満たしていることとします。

特に人格というのは、遺伝的要素が深く関係してくるものだと思います。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2007/06/21(木) 11:58 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

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