白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2007/08/05(日)   CATEGORY: 未分類
神のゼミ長Aジくんありがとう
朝九時、浅草正面改札に集合。特急にのって東武日光へ。

 まず、日光巡礼の起点神橋で私の蘊蓄語りははじまる。
sinjyo.jpg

 天台宗の勝道上人が9世紀にはじめてこの日光の地をふみわけた時、大谷川の急流に行く手を阻まれた。
 その時、あの深沙大王(西遊記参照)が現れて、二匹の蛇を投げるとその蛇がからまりあって橋となり勝道上人の渡河を助けた。

 神様がかけただけあってこの橋は美しいだけではなく、橋桁がない特殊な構造で、江戸時代はこの橋のかけ方を知っている宮大工は一子相伝で技術を伝えていったといわれる。

 「力学的にムダのない橋は、その姿も必ず美しいものだ。
日本古来の文化に礼法というものがあるが、この礼法にそって動くと、そのふるまいは美しい上に、かつ、体にもっとも負担のかからない動きとなるのと同じである。真理は何事もにも通じるのう」

 余談だがその夜宿にかえってテレビのニュースをみていたら、アメリカのミネソタ州で橋が落ちる大惨事が報じられており、学生は妙に納得していた。

 神橋をわたるには料金がかかるので、自動車道路で河をわたり、輪王寺をまず訪れる。

 ここ輪王寺はかつて日光山全体の統括寺であった。

 しかし、明治元年の神仏分離令により、東照宮だけが分離独立し、それまで祭られていた三体の本尊のうち、仏教色のこいものをすて、さらには仏教中心の神学理論を意図的に無視して新しい解釈をふしたのである。ついでにいえば、ドロドロの訴訟合戦を行い、山内の建物の所有権を輪王寺から奪いとった。

 近代とは実に美しくない時代である。
 
 とにかく、本来この日光山は天台宗の勝道上人によって仏教の聖地として礎がおかれ、家康の霊廟がたったあともその霊廟建築コンプレックスはすべて天台宗の輪王寺によって統括されていた。

 なので伝統的な東照宮のあり方を知りたいのなら、現在東照宮の宮司の書いたものなどをみるよりも、輪王寺側のものをみた方がいい。

 輪王寺を参観したあと、次は神社部分である東照宮入りして、家康様の宝塔をめざす。

 頭にきたことにすでに拝観料をはらっているにもかかわらず、宝塔前にいくにはさらに五百円もとられる。三つ目の鳥居があらわれ拝殿と鋳抜門の向こうに家康様の眠る塔が鎮まっていた。
 このあたりは転輪聖王のイメージにみちあふれている。

 再び拝殿にもどり、神輿舎をみると、

 面白い。

 今、東照宮はこの三つの神輿を、家康と頼朝と秀吉の霊をのせる御輿だと説明しているが、御輿には、それぞれ葵紋、巴紋、茗荷紋がついているので、もとは東照大権現(家康=薬師仏)、山王権現(釈迦仏)、マタラ神(阿弥陀仏)の神輿である。
 sanbutudo.jpg


 陽明門のところまで戻り石段で全員でお約束の記念撮影。

 みちゆく女の子にシャッター切りをたのみ全員石段にたつ。だるいので石段に腰を掛けるとみながそれに習って腰を掛けたので、全体に絵が低くなり、陽明門はフレームアウトした。

 石段しかうつっていない集合写真には、日光でうつした意味はすでにない。

 それから二荒山神社をへて、日光をプロデュースした偉大なる天海(慈眼大師)の廟に向かう。

 目印は法華堂と常行堂の間の道である。この二つはムロン比叡山のコピー。常行堂の中にはきちんとマタラ神も祭られていた。
kinrin.jpg


 このあたりで暗くなってきたので、宿にもどる。

 その夜は、おきまりの酒盛り。宿はペンションなのにノリは和風旅館。

 最初はリビングでのみ、十一時以後は酒部屋に指定された部屋でみなのみだす。部屋をのぞくとベッドの上にテレビが投げ出されている。テレビ台をゲームやテーブルに転用するためである。わたしはコンプライアンス(ゲロ・宿の備品の損壊をしないこと)だけはしつこく誓わせ、自室にひきあげる。

 ちなみに、私の指導力のなさはペンション側にも伝わるのか、学生のうるささに対する苦情は、なぜか私にこず、みな神のゼミ長Aジくんにきていた。人を見る目のあるオーナーだ。
 
 翌朝は、家光廟にいく。しかし何と女の子全欠席。

 しかも昨日夜から参加したばかりのS木くんはバス停でバスをまっているあいだに

「お、●ンコしたくなった。次のバスでおいかけます」

 ともどったきり、かえってこず。

 残った男子学生の評価は高くしてやろうと心の底より思う。

 家光廟は東照宮と異なり全仏式で、しかも黒を基調にした落ち着いた雰囲気。その構造も南北に展開する東照宮とは対照的に東北の鬼門ふさぎの形で建物が配置されている。

 そして、また拝殿と皇嘉門には転輪聖王のシンボルを発見。しかも歩をすすめるごとに金輪は輪の数がまし、皇嘉門の金輪は四重になっていた。

sijyukin.jpg



 すごい。感動する。

 家光の廟の背後には家光に仕えた忠臣照公院の墓がある。彼は生涯独身で家光につかえ、彼の死後も二十年にわたって朝晩霊前に食事を捧げ、同時に日光の民の民生につとめたという。三十八まで世継ぎのできなかった家光には●モ疑惑も根強いため、この照公院の墓が家光廟の背後の山にある関係も意味深である。


 とわたしがウンチクを傾けると

 Mコトくんが感慨ふかげに「ブロークバックマウンテンですねー」

 思い切りふく。

 午後は残るゼミ生を中禅寺湖にあげ、立木観音につれていく。

 ゼミ生は「えー、また寺ですか」とぶーぶーいうので

 これは勅命だ。民意はとわん。終わったらスワンボートでもなんでものっていいからこれだけはこい」と無理矢理連れていく。

 しかし、ゼミ生がぶーぶーいうのも何か解る気がする。
 どこも拝観料が高い。しかも、どの寺も神社も金儲けのことばかりしか考えておらず、この立木観音なんて、五大明王をみせるのは解るにしても、

 坊主「五大明王は、それぞれ交通安全、子授け、厄除けなどの御利益があります。それぞれの願いにそったお守りを販売しております」とかそんなんばっか。

 昨日訪れた三仏堂も東照宮内の本地堂も、同じようにわれわれを干支の順に整列させて、それぞれのまもり本尊はこれこれだといってお守りかわせようとする。

 あんたら一応坊さんのかっこうしているのなら、仏教とは、仏とは何か、つたなくともその一番大事なことを伝える努力を少しでもしたらどうなんかい。

 そこで立木観音の五大堂のテラスで美しい男体山を右手に、正面に中禅寺湖の絶景をみながら

 「ほんっと上から下まで腐りきってる」と毒づくと
 TMくんが「センセってほんっとたち悪いっすよね」という。

 なんでやねん。
 
 そしてそのあとスワンボートの乗り場にいくとまた学生たちお互いの顔色をうかがいあって、乗ろうと踏み出す人がいない。ゼミ長のAジくんは

 「オレ、トイレいってくるからその間に決めといてね」と立ち去ってしまう。

 すると、残ったゼミ生が

 「Aジくんがこうしよう、って言えばみんなこうするよ。Aジくんがいないと決められないよねえ」と煮え切らない。

 面白いので私は口を挟まない。
 
 四年の女の子たちが不安そうに「Aジくん遅いね」というと
 TMくんが「お前たちデリカシーないな。●ンコだよ、●ンコ。」

 アンタの方がよほどデリカシーないわ。

 つか、そのときAジくんはトイレがみつからず困っていて、結局みつからないまま戻ってきた。しかし、何も決まっていないのであきれ果てる。

 「苦労ってのはデキるやつのところにころがっていくのよねえ」(無責任)

 そして、Aジくんがあまりにかわいそうなので、最後にリーダーシップを発揮することにする。

 「はい、ではこれから自由時間にします。バスのでる五時半にターミナルでまちあわせとしましょう。スワンボートに乗りたい人はのって、カフェにいきたい人はいってください。」(どこがリーダーシップじゃ)。

 わたしは華厳の滝をみにいくことにする。ついてきた学生に対して、華厳経に説かれる観音とその水に浮かぶ聖地(ポータラカ→フタラ→二荒→日光)がこの日光という聖地のおこりであること、並びに、明治の頃、この滝の側の木に

「人生これ不可解」

と記して投身自殺した藤村操の話をして、その自殺がいかにまわりの人や知識人に影響を与えたか、なんてありがたい話をするのではなく、後追い自殺があいついで、心霊スポットになりましたという何のやくにもたたないくだらない話をして女の子を怖がらせる(オヤジか)。

 つくづく私は教育者に向いておらん。

 華厳の滝でみずしぶきをかぶり、久々に命のせんたく。台風の影響で水量豊富で、みがいがある。

 そして宿に帰ると、初日よりひどい酒盛りが待ち受けていた! わたしはさっさと寝たが五時半頃、うるさいので外にでてみると、

 KSくんがいて「今寝るところです」という。

この時間にねて朝八時半の食事にみなおきてこれるのかしら、と思ったら、案の定おきてくるのは一部で、ロフトをのぞいてみると冷房のききすぎた部屋でふとんにもはいらず、酒瓶のころがる中、ざこねをするS木くんやS藤くんの姿が・・・。

 彼らの未来の子供にこの姿をみせてあげたい。

 まあでも、ゼミ旅行はゼミ生同士の懇親が主な目的なので、このゼミ旅行あらゆる意味で成功したのではないでしょうか(とことん無責任)。


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COMMENT

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● お疲れ様でした
モモ@大東 | URL | 2007/08/06(月) 12:06 [EDIT]
中禅寺湖にはぜひ今度秋にでもお出まきいただきたいです。
ナナカマド葉が多いので、黄金色に輝きます。
でも姫にはご満喫でよかった。
徳川将軍家を歴史を担った女性陣というと色々話は聞きますが
よしながふみ著の漫画「大奥」をご覧に入れられる機会があれば
ぜひ読んでみてください。
今注目の漫画です。
● お疲れ様でした
こがっち | URL | 2007/08/06(月) 23:25 [EDIT]
懐かしいですね、ゼミ合宿。
その節はご迷惑おかけしました。
今、転職先で元気にやってます。
今度また飲みませう。
● タジクのドゥシャンベより。
渡辺 | URL | 2007/08/07(火) 17:55 [EDIT]
先生じゃなくてAちゃんにお疲れさまと言いたいです。で、相変わらず笑える記事で、若干周りのタジク人がひき気味です。でも、いいんです。彼らは中国人だと思っているんで。
では、先生も身体に気をつけてください。

イシハマ | URL | 2007/08/09(木) 20:17 [EDIT]
>モモさん
『大奥』今度満喫で呼んでみます。

>こがっち
うまくいっているようでよかった。落ち着いたら連絡ちょうだい。

>渡辺くん
世界旅行研の構成員ってみなタバコすうんで驚いた。トルコ中央アジアの遊牧民の写真帰ってきたらみせてね。

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