白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2007/09/06(木)   CATEGORY: 未分類
キグチコヘイな日々
 ここ二週間ほど『ツォンカパ伝』(14世紀のチベットの大学僧)の伝記翻訳のつめをやっている。

 やることは山ほどある。
 訳語の統一、分からなくて訳し残していた部分のツメ、注記・・・。それをするために、何度も辞書を引き、同時代文献の全文検索をやり、大蔵経のデータベースを使い、でも、やってもやっても細かな作業が終わらない。

 そもそも、古典を現代語に訳すのはとにかく大変。源氏物語などの日本の中古の文章を、現代語にはじめておきかえた人の苦労などを考えてみるとわかりやすいかも。

 日本の古語と同じく、チベットの伝記文献の文章は、悪夢のように長く、どこまでいっても切れず、主語は明示されておらず、なのに主語はころころかわり、集中しなければ何いってんかわかんないのである。
 
 でも、実は出版のための助成金がでることが決定したので(それはありがたいことであり、感謝している)、期限内に仕事を終わらせなければならない。他の全ての仕事を放擲してこれにかかっているのに、朝から晩までやっているのに、めだって減る気配のない残存作業量。

 昨日の晩、明け方ふと目が覚めたら、スタンドがついたままだった。消してしばらくして、手になにか握っているのにきがついて、よくみたらシャープペンをぎっちり握ったまま寝ていた。

 就寝直前に、原典にチェックをいれていて、そのまま寝てしまったのだ。

 わたしゃ、木口小平か

「キグチコヘイハ シンデモ ラッパヲクチカラ ハナシマセンデシタ」

 知らない人のためにええ加減に解説すると、こんなとこ。日清戦争の折、ラッパ手であった木口小平は進軍ラッパを吹いている最中に敵弾を受け、死すともラッパを口から放さなかったのである。

 死の間際まで職務に忠実であったことから、戦前の修身の教科書で顕彰されていた。
 
 こういう人は清朝にもいる。

 19世紀に清朝からチベットに赴任したオタイという官僚の日記をみると、ラサにはワハ(瓦哈)将軍という軍神が祀られていた。

 同じくその日記によると、このワハ将軍は実在の、それもかなり最近の人である。17世紀後半の康煕帝の時代、チベットで動乱がおきた時、清朝はチベットへ援軍を送った。

 その時、四川省からチベットに向かう旅団のうち何個師団かが、吹雪にまきこまれて全滅した。後に通りかかったものが、雪を掘りおこしてみると、馬にのった姿勢のまま凍り付いていた武将が発見された。

 こうして、この男は紙もとい、神になったのである。ワハ将軍の誕生である。

 なので、その後も清朝からチベットに向かう官僚はみなこのワハ将軍の祠にお参りして旅の加護を願ったのである。

 死の直前まで職務を遂行。

 所詮死ななきゃいけないような状況に直面した時には、パニックおこしたり、職場放棄したりするよりゃ、たんたんといつものことやっている方がたしかに「カッコいい」。

 こういう人が好きな人は、中国の歴史教科書を見るといい。日本軍とたたかって、被弾しつつも最後の息がなくるまで鬼神のようにたたかった人民英雄の事績が一杯のっている。

 
 そう、このテの話は死んだ本人はカッコいいが、その死を利用して、人にそうさせようとする人間はカッコ悪いもんなのだ。

 それより、キグチコヘイな日々を早く終わらせたい・・・。
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COMMENT

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● 映画「タイタニック」で
モモ@大東 | URL | 2007/09/07(金) 03:43 [EDIT]
死を悟った楽団メンバーが最後まで甲板に残って
せめてパニックに陥ろうとした人を落ち着けようと
演奏し続けたというシーンがありますが、
アメリカ人はそのシーンをコメディだと思って笑い、
日本人は「なんて感動的なんだろう」と泣いた、と
誰かが映画評論で書いておられました。
アメリカでは最後まで意地汚く生命にすがろうとするのが
当たり前の世の中であると。
先生、華奢なお体なんですから
締め切りがあるのも分かりますけどあまりご無理せずに。

イシハマ | URL | 2007/09/08(土) 00:20 [EDIT]
>アメリカ人はコメディだと思って笑い
えー、あれは作っている側も、「感動」をねらっていたんだと思ってた! と思うわたしは日本人なのだな。

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