白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/01/09(水)   CATEGORY: 未分類
有徳の僧が身近に
 チベット学の泰斗、佐藤長先生(1914-2008)が一月六日に亡くなられた。ショック。
『中世チベット史研究』『古代チベット史研究』『チベット歴史地理研究』など、数々の著作で知られるごとく、文字通りチベット史の一人者であった。

 若手にやさしい方で、駆け出しだった頃は、よく励ましのお言葉を戴いた。とてもステキな方だった。93歳というお年なので仕方ないかと思うが、やはり寂しい。

 謹んでご冥福をお祈りします(涙)。
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 話変わって。
去年、たまたまつけたテレビ(ためしてガッテン)で面白い実験をやっていた。
それは「怒り」を研究するというもので、これがとても興味深かった。

割り箸を口にくわえさせて人工的に笑顔をつくらせた人と、箸袋を加えさせて眉根にしわを寄せさせて人工的に渋面をつくらせたグループに、同じ映像をみせる。
それは一人のオッサンがえんえんと画面の向こうからこちらに檄を飛ばしているというものであった。ただし無音である。

この映像をみさせられた先のグループのうち、人工的に渋面を作らされた人々は
「なんで自分が怒られなれればいけないんだ。不条理だ」と不愉快に思ったといい、

人工的に笑顔をつくっていた人々は
「励まされている」と応えたという。

 これは、同じものをみても受け取る人の心の状態如何によっていかようにも現実は違って見えるということを示している。極めて仏教的である。

 そして、次の実験も面白かった。心拍数についての実験をするということで被験者に集まってもらい、全員に心拍数を記録する機械をつけてもらう。

 そして本番まで少し個々で待っててくださいね、と局内のカフェにつれていく。

 そのカフェが実は真の実験場。

 マスターも、ウエイトレスもみなグルでこの被験者を怒らせようとする。

まず、被験者が「コーヒーをたのむ」しかし、そのコーヒー、えんえんとでてこない。後から入ってきたグループには先にどんどん注文の品がでてくるのに、被験者のテーブルにだけは、来ない。
 すると、被験者の心拍数は怒りでどんどんあがっていく。

 きれた被験者が、ウエイトレスをよびとめて、注文を繰り返す。するとウエイトレスはぜんぜんちがった品物をもってくる。きれる被験者はとうとうカウンターまでおしかけ、店長に直談判するが、その店長もグルだから、さらに被験者はきれる。

 心拍数がふりきれそうになったところで、のぼりをもった謝り隊がでてきて被験者に、事情を説明し、マスターもウエイトレスもやらせ客もみなでごめんなさい、と謝って実験は終わる。

 どの被験者も見事にきれていく。

 ところが、その被験者の中にお坊さんがいた。そして、前述のことを全部やられても、心拍数が乱れない。

頼んだコーヒーがこなかった時も、コーヒーがない、と言われた時も。

 「あるものでいいです」と怒らない。

 で、そのお坊さんに実験であることを明かした後、スタッフが「あなたはどうして、あの状況下で怒らなかったのですか」と伺うと

 お坊さん「私はあそこにコーヒー飲みたくて入ったわけではなくて、時間をつぶすために入ったんですから。べつに腹も立ちません。」

 このあと番組は、怒りというものはこのように修行によって抑えることができます、修行ができない方には、自分を客観的に見つめるコントロール法教えます、と続く。

 わたしはモーレツに感動した。こんなお坊さんがまだ日本にいたなんて。

 ちなみに、私が後日、この話しをいろいろなところですると、

皆より還ってくる反応は「えー、日本のお坊さんが修行できてるとは思えませんよ」と判で押したよう。

 「ホントだってば。本当に見たんだってば!」と訴える私は まるで、UFOの目撃者のようである。

 でもまてよ、このお坊さんどっかで見たことあるような。とその時も気になっていた。で、今回年賀状みて真実が明らかに!

 なんと、光源寺のご住職でした。

 去年私が訪れた、あの蟠随意上人のお袈裟のあるお寺のご住職。

 二回しかお会いしていないけれど確かに穏やかで、人格者のご住職だった。

 しかし、たまたまつけた普段はみないテレビ番組で、面識のある方の優れた行いを目にするというのも、不思議な因縁である。

 それに気づくのが数ヶ月後というのも間抜けな話であるが。

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COMMENT

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同志 | URL | 2008/01/09(水) 22:18 [EDIT]
僕だったら、やはり出てこないコーヒーに対して怒りを募らせるでしょう。一つの考えに固着してしまうと、それを振り切ることは難しいですね。最初からそういう考えに取り憑かれないようにしなければならないのでしょう。それが平常心ということでしょうか。普段からの修行が必要だと痛感しました。

あるく | URL | 2008/01/10(木) 05:29 [EDIT]
その番組見ました。
ただ、寝ながら見たので、覚えているのは喫茶店の部分の途中まで。そのお坊様の場面は見ていません。

お坊様だけでなく、一般の方でも物に動じない方は居られますね。私の知っているお坊様の中で、そのような方の数は全体の一割にも届きません。
私自身も含めて。
● 人格者に会うには…
鳴子屋 | URL | 2008/01/10(木) 14:23 [EDIT]
例えば、本に感銘を受け是非ともご本人から教授を受けたいと望んだ時、既にお亡くなりになられていると知ると
人との縁の微妙なさじ加減を感じてなんとも切なくなります。
人格者に出会うのにも運が必要かなと思う今日この頃(笑)。
● 怒りと許容心
モモ@大東 | URL | 2008/01/10(木) 15:30 [EDIT]
私は先生にお会いした時点でだいぶ癒されましたけど・・・
関西人はきっとダメですね、いわゆる「イラチ」と「メンチ」の
世界の人間ですから(笑)
どうせなら地方単位での実験結果も知りたかったです。

ヲチ人 | URL | 2008/01/10(木) 21:54 [EDIT]
コーヒーの件、見ました。
ただ、本当に心からコーヒーを飲みたいと思っていた時にはどうだったのか。

蘇民祭のポスターの件、デスモント・モリスや上野千鶴子など心理学の解釈だと「女性器」を連想させるというところでは。
私は見た瞬時にそう思いましたよ。

おりぼん | URL | 2008/01/11(金) 08:55 [EDIT]
こんにちわ、おりぼんです。
新年早々、素敵なお話をありがとうございましたv
今年も、ちょこちょこコメントさせていただければと思っていますので、遅ればせながら、よろしくお願いいたします。

イシハマ | URL | 2008/01/12(土) 11:58 [EDIT]
>同志さん
なにかに固着してしまうのは人のさが。わかっちゃいるけどなおらないのが悲しいところ。

>あるくさん
オノレを客観的に見るすべをしっている方は実は人格者なのだと私は思います。

>鳴子屋さん
その方がなくなられとも、その方の残したものから学ぶこともできますよ。存命中に身近にいても分からないことが、なくなつてから分かることもありますし。

>モモさん
私にあって「癒される」といった方はあなたがはじめてです。私はむかしから、癒し系というよりは、威圧系・・・

>オチ人さん
あのポスターに感じる「こりゃあかん」というカンジはそういうところからくるのでしょうか・・・

>おりぼんさん
こちらこそ、今年もよろしく御願いします。ハイネちゃんにもよろしくお伝えください。
● 修行している日本のお坊さん
三浦 梨惠 | URL | 2010/05/21(金) 01:51 [EDIT]
私の知っている日本のお坊さんは よく修行もされて 勉強もしています。高野山真言宗のお坊さんですが 密教をマンツーマンで教えていただいてます。 広島にも法王さまの潅頂うけにいってます。先生に チベット密教を勉強しなさいと言われて 法王さまの本やDVDを薦められて 読んだり見たり・・・法王さまが来日されたら ぜひお会いしなさいとおっしゃって 僧侶対象のチケット手配してくださるので 福岡行ったり 松山行ったり・・・広島にチベットのお寺がありますから行ってきなさいと 龍蔵院さんを教えていただきました。 祈祷を頼まれて祈って 御布施踏み倒されても なれてます・・・と怒りません。6年前 私が 友達に頼まれて 先生に祈祷を頼んで 良い結果がでたのに 御布施を払わないので 悩みながら1ヶ月待って お礼を忘れてませんか?と電話したら 暗~い声で あぁ いくら?と聞かれたので 先生はいくらもってきなさいとか金額はおっしゃいません。生活が一番です・・・とおっしゃるので 生活に差し障りのない 自分の納得できる金額をと 答えたら 一円でも差し障りがある!と言われてビックリ!! お酒もタバコも飲むし吸うなら 飲むな 吸うなではないから 半分にして 1ヶ月したら 千円二千円はすぐにできるのではないかと聞いたら お酒は旦那の生き甲斐で タバコは私の生き甲斐だと言われた( ̄▽ ̄;) その話を先生にしたら 御布施は強制するものではありません。本人が払いたくないなら仕方ありません と おっしゃられた。 私は納得いかなかったので 喉が渇いたからと喫茶店に入ってコーヒーを頼んで飲んで お金を払わない人はいません。先生が祈ってあげます。 とおっしゃったのでなく 祈ってください。と 頼まれたから祈ったのでしょう。 結果がどうでも 頼んだ段階で御布施は払うべきです。御布施を払うのが嫌なら 頼むべきではありません。先生だって霞を食べて生活しているわけではないでしょう・・・と 言ったら 確かに してもらったことにたいしてお礼をするのは大切なことですけど 本人に払う気がないから仕方ないでしょう・・・踏み倒されるのなれてますから・・・で 終わり・・・ 時々 生活苦しいです・・・と笑っておっしゃってます( ̄▽ ̄;) みんなには 変わったお坊さんと言われてますけど・・・私は神コロさまと呼んでいます。神コロさまって なんですか? と聞かれて 漫画のドラゴンボール にでています。と答えました( ̄▽ ̄;) 医者も薬も効かなくて死にかかってた時に 命を助けていただいて 尊敬しております。

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