白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2006/03/11(土)   CATEGORY: 未分類
男という名の物語
我が家には餓鬼道という雄猫がいる。

餓鬼道とは六道輪廻(天・人・阿修羅・餓鬼・畜生・地獄)のうち、つねに飢渇にさいなまれている幽鬼たちのゾーンである。
なぜこのような名がついたかといえば、文字通りオソロシイ大食漢で、肥満しているから。

それでも、我が家の専属になった当時はそれなりに愛らしい白ブチ猫であった。

しかし、定職をうると同時に急速に凶暴性をまし、喧嘩を繰り返しては、大けがをし、怪我が治ってきたかと思うと、すぐにリベンジにむかい、また負けて大けがして寝込むというデフレスパイラルにおちいった(そして現在にいたる)。

そのバカさ加減から、一時は修羅道(戦いの業にとりつかれた人々)と名前を変えようかとも思ったが、大食漢であることには変わりないので、修羅道は季節性のミドルネームにとめおくことにする。

思えば、餓鬼道は猫に生まれた時点で畜生道におちている。つまり、彼は、畜生・餓鬼・修羅・地獄の六道輪廻のうち四つまでの極悪ゾーンを上下しながら生きてきたのである。

餓鬼道の喧嘩は春先になるといっそう激しさをます。さかりがつくからだろう。

そして、つい先週の日曜日も右の後ろ足に大けがをした。右後ろ足を地につけず、三本足でかえってきた時は、後ろ足は骨折か脱臼かと思った。

六日たった今日くらいからやっと、まあまあびっこをひきながらも歩けるようになった。
と思ったら、とたんに高歩き復活である。いい加減にしろといいたい。

たとえ喧嘩相手の雄猫に勝とうとも(勝ったことないけど)、このあたりには雌猫なんていないのである。

われわれは餓鬼道以外の知らない猫にごはんをだすわけないのだから、えさ場をまもる必要もない。

何の意味もないのに、彼はただ春という季節にあおられて、死闘を繰り返すのだ。

男という名の物語である。

わたしは山田洋次ではない。
したがって、男の愚かさを見守るような懐の広さは持ち合わせていないので、餓鬼道を前に
「いい加減にしなさい。何の意味があってこんなことするの?」と説教する。

しかし、まったく聞いちゃいない。猫とはいえやはり男である。
『話を聞かない男・地図を読めない女』(青春出版社)である。

一方、同じ男でも愛鳥ごろうの春はじつにさわやか。小鳥は男同士のみにくい喧嘩の結果、かったもんが雌を手に入れるなんて野蛮なことはせんのである(すくなくともインコはそうである。猛禽類はしらん)。小鳥の女の子は自分が一番美しく、声のいい踊りのうまいとおもった男の子をえらぶのだ。

小鳥は文化的なのだ。

だから、小鳥の男の子は女の子にモテようと、春になるといっそう美しくなり、愛らしくなる。

ヨレヨレのぼろぼろになってく餓鬼道とは好対照だ。

仏様の覚りの境地を象徴的に描いた経典に『仏説阿弥陀経』がある。この短い経典には、極楽の大地は宝石からなり、空間には美しい鳥のさえずりが満ちているという。

ごろうを見ていると確かに、この生き物は限りなく美しい世界に属しているように見える。六道輪廻でいえば最上層の天界か、それ以上である。

私が一応人間ゾーンに属しているので、我が家の六道輪廻はこれにて完成。
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COMMENT

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モモ@柏原 | URL | 2006/03/12(日) 09:22 [EDIT]
確かに鳥には神の造形の最たるものを感じます。
羽毛、くちばし、愛らしい瞳、歌声、そして冠。
天上界にすむべき生き物が我が家におられるのは
神からの贈り物でしょう。
● そうですよね~
石濱裕美子 | URL | 2006/03/12(日) 15:20 [EDIT]
>モモさん
お久しぶりです。モモちゃんお元気ですか?
ごろうは二月の末に換羽があり、今新しい羽ができている途中です。
モモちゃんも換羽中ですか?
わたしも彼を神様からの授かりものと思って大切にしています。

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