白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/04/20(日)   CATEGORY: 未分類
失われた時を求めて
 土曜日に某月刊誌の対談原稿を手直しし、今日の午前中これまた別の某月刊誌の原稿を入れる。前者はやや右、後者は左なので私のスタンスは総合すると中道となる予定である(笑)。

 チベット問題は数年前から授業とかでもとりあつかっていたいたので、一から一次史料よんで積み上げてかく専門の論文より原稿書きはるかに楽。わたくしの授業原稿は、講演原稿や雑誌原稿へとリサイクルされるため、地球上のCo2の削減にいささかなりとも貢献していることかと思う(チガウ?)。

 ちょっと前から、YASUKUNIというドキュメンタリー映画が話題になっている。この映画みていないので何ともいえないが、この映画をとっている李イン監督がテレビにうつった独特の語り口をみて、『失われた時を求めて』ばりに突然、過去の記憶がよみがえってきた。
 
 この人昔、会ったことがある。
 
 そうあれは、遠くン●年前のこと。当時二十代無職だった小娘のワタシはブックフェアがあるというのにつられて、北京で開かれた学会にふらふらと参加した。

しかし、ついてびっくり。

日本から来た小娘(ワタシ)を迎えるために空港まで運転手つきのお迎えがきていた。ホテルの宿泊代は主催者もち、パーティをしきって握手会をやっていたのは十七条協約のチベット側調印者として有名な●ポ・ガワンジクメだった。

 その上、おみやげのバッグには、「中国ラサ」のロゴが入っていたっけ。

 西側からきたのはワタシをいれて十人ちょっと。みんな心細いので、速攻で仲良くなったっけ。

 ああ、なつかしい。

 で、この学会には多くのボランティアが働いていたのだけど、ワタシの世話係兼通訳についてくれたのが、若き日の李イン監督だったのだ。

 李さんは今同様落ち着いたおとなしいカンジの人で、学会バックレて●和園に行きたいというワタシのワガママを聞いて、ついてきてくれたっけ。

 日本で影像人類学を学びたいとかいっていたけど、あれから、日本に留学したままずっと日本に滞在していたんだ。

 ずいぶん時間はたったけど、お互いあの時の状態がそのまま発達しただけで、あんま違和感ないな(笑)。

 若い頃って、何かいろんな可能性や選択があるような気がして、未来は不確定で茫漠としたもののような気がするけど、時間がたって振り返ってみると、やっぱりなるようにしかなってなくて、毎日の積み重ねが今になっている。

 でも、あの時から比べると変わったものもある。当時ワタシを含めほんの数人しか知らなかったことが、今は多くの人に知られることとなっている。●日のチベット報道なんて今は昔の変わりようである。

 今は昔のものがたり
 
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COMMENT

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味の素 | URL | 2008/05/06(火) 19:54 [EDIT]
いつも楽しく拝見しております。

「靖国YASUKUNI」見に行きました。

台湾軍属の合祀拒否運動をしている台湾人が「私たちを勝手に日本人にするな。自分の祖霊を如何に祭るかは自分で決めるのだ」と訴えるシーンが一番印象的でした。

チベット問題とあわせて考えさせられるシーンでした。何だか良いのか悪いのか分からないタイミングでの日本公開になったような気がします。


シラユキ | URL | 2008/05/06(火) 21:59 [EDIT]
わたしはまだYASUKUNI見ていないんですけど、なーんか、内容想像がつきます。あそこにはいろいろな想念がうずまいてわけわかんない状態になっているのではないでしょうか。

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