白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/08/14(木)   CATEGORY: 未分類
「満月ばあさん」の幸せ
日曜日、ポレポレ坐(ここクリック)に「モモチェンガ」というドキュメンタリー映画を見に行く。

 モモチェンガとは、ネパールのチベット難民キャンプに暮らす、一人のおばあさんの愛称。モモはおばあさん、チェンガは十五夜、つまり満月の日に生まれたことを意味するので、いわば「満月ばあちゃん」。普通のチベットのおばーちゃんの何げな日常なのだが、これが深い。

 モモチェンガは1959年の中国侵攻時、幼い子供三人をつれて西チベットからインドに亡命して、今は娘夫婦とともにネパールの難民キャンプで生活している。このキャンプには真ん中に僧院があり、チベット学校もあり、チベット人たちはかろうじて自分たちの文化を護って暮らしている。

 借り物の土地の上にすむ、難民たちは生活の手段がない。そこで、外国人観光客にチベットのおみやげを売るのだが、昨今のネパール情勢の不安定からもちろん売れない。貧しい暮らしだが、このおばあちゃん満足して暮らしている。毎日、マニ車をまわして僧院の回りをコルラして、痛む膝をかばいながら、五体投地を百回している。ヒマさえあれば、すべての生き物の幸せを祈っている。孫がたった十一才で死んで、他の孫たちが悲しんでいると、「私のような年寄りにお迎えがこず、こんな小さい子にお迎えがくる。これも前世の業だね。子供は汚れがないから、すぐにいい転生をするよ」と、たんたんと現実を受け入れる。
 
 そして、このおばあちゃん、ネパールからインドのダラムサラにダライラマ法王にお会いする旅にでる。一日中、お寺参りをして五体投地をしていたおばあちゃんは、24時間の列車の旅の間体動かせないのに、無意識のうちに手だけで礼拝していた。すごいな。

 で、いよいよモモチェンガがダライラマ法王と対面します。

 モモチェンガ「チベットはいつ自由になるのですか。孫の世代もこのままかと思うとやりきれません」

 どっひゃー。直球。

 ダライラマ法王「みな同じ気持ちですよ。みんな努力していますよ。」
 
 さすがダライラマ。ちなみに、おばあちゃんの前に、病気の子どもをつれてきた男性がいた。この男性はたぶんダライラマ法王の奇跡の力で、子供の病気を治してもらおうと思ってきたのであろう。が、

 ダライラマ法王「薬は飲んでますか。チベットの薬をのみなさい。イェーシェー医師につくといい。あ、チベットの薬とインドの薬を一緒に飲むときは、二時間あけた方がいいですよ。」

 指示が細かい(笑)!

 そういえばダライラマ法王はかつて

「わたしに会いに世界中から病人がやってきますが、わたしは病気を治したりする奇跡はおこせません。みな病院いってください。」といっていた。それを初めてリアルで見た。

 何年か前ダライラマ猊下が国技館で講演した時、「円盤が見える」人が宇宙人についてダライラマについて質問した時、私は「猊下に何きいとんじゃ、ゴルァ」と殺気だったが、猊下はあっはっはと笑って

「わかりませんねー(I don't Know)」と応えられた。

 ダライラマ法王は神秘めかしたり、偉そうにしたりして、自分を大きくみせようとしない。分からないことは分からないと率直に言い、ひたすら「事実に基づく真実」のみを語ってきた。その言葉にひきつけられる人は時をおって増えている。
 
 日本人は、宗教=狂信、非論理的、知性低い、と考えがちだが、チベット仏教では「正しいものは、論理によっても証明できる」と考え、仏の境地を論理学によって考察することにやぶさかではない。だから、ダライラマ法王にしても、このモモチェンガにしても、チベット人は信心深く宗教的ではあるけれど、知性もユーモアもあり、その度合いはむしろ、われわれよりも上なのだ。

 先進国のわれわれはいつも不幸。物質的に豊かなのに、足りないものばかりあげつらい、不平不満に満ちあふれている。宗教に接するときにも、その接し方がわからず、救済してもらおうと全面的に依存してだまされたり、逆に、軽蔑して遠ざけたりと、それはもう極端。

チベット人は

賢者たちが焼いたり、切ったり、こすったりすることによって金を調べるように、私(仏)の言葉を採用するべきであって、ただ〔私を〕尊敬するがゆえに採用するべきではない。」

という仏の教えに従って、たとえ仏の教えであろうも、金の真贋を確かめるように徹底的に吟味する。一方、日本人は真贋どころか、善悪すら見分けられないレベルである。

 よく、「亡命政府の言うことと、中国政府の言うことどちらが正しいか分からない」といい、自分は中立だといいたげな学者や民間人やジャーナリスト(全員やん)がいるが、そういう人たちにこう言いたい。

 「論理的に考えてみて」
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COMMENT

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● 境地
マーハー | URL | 2008/08/14(木) 21:59 [EDIT]
今回も耽読させていただきました。
とても興味深かったです。

だれが所有している方法であっても良いものは良いと賞賛し、
わからないことを誠実にわからないという。

真贋は権威が決めることではなく、
真理が決めること。

そうおっしゃることは簡単なようで至極難しいことだと思います。

自尊心が強くはたらくわたしたちにはなかなか到達できない境地ですね。

だから、ただいらっしゃるだけですばらしい。


>日本人は、宗教=狂信、非論理的、知性低い、と考えがちだが、チベット仏教では「正しいものは、論理によっても証明できる」と考え、仏の境地を論理学によって考察することにやぶさかではない。

科学が柱にしている論理は、
そもそも仏教などの宗教から生まれた、と
ある本で読んだ時のことを思い出しました。

だから、宗教を狂信、非論理的、知性低いと位置付けるのは
まさしく愚かなことなのかもしれませんね。

LALA@FreeTibet | URL | 2008/08/14(木) 22:33 [EDIT]
おばあちゃんの説明の所は、読んでて悲しくなってきました。
おばあちゃんの正直な所、法王のユーモアのあるコメント、辛い現実にいるはずなのに、なぜか心が明るくなります。
これから、ますます、チベット支持者が全世界で増える事でしょう。
どうか日本でも、世論の高まりでFreeTibetチベットムーブメントが根付いて欲しい。

domino | URL | 2008/08/15(金) 00:06 [EDIT]
私も日曜日ポレポレ座に行ってきました。
「モモチェンガ」だけを観て帰るつもりだったのですが
友達の知人のスタッフの方に勧められ、
最後のトークショーまで参加してきました。

その友達は「なんでdominoはとつぜんチベットの応援はじめたの?」と
映画の前は不思議そうな感じでしたが、帰りの電車ではチベットのことを
もっと知らないといけないね~と言っていました。

おばあちゃんの質問の法王のお答えは
その明るい声とは裏腹にとても悲しいものでしたね。
声を上げられないチベットの方たちの分も、
フリーチベットのイベントなどに参加してゆきたいなと思いました。

mimaco | URL | 2008/08/15(金) 08:37 [EDIT]
私も同じ日の上映を観るつもりでしたのに、暑さで?ぼんやりとしていたために、上映時間を1時間遅く勘違いしていて間に合わなくなりました。
先生の解説をお読みして、やっぱり観るべきだった!!と後悔しきり。次の機会は必ず観ようと心に近いました…。
"宇宙人"のみならず、ダライラマ猊下はありとあらゆる場所でちんぷんかんぷんな質問を沢山受けるでしょうに、いつも本当に率直に、そしてきちんとお答えになりますね。すぐ「だからー、何度も言ってるじゃん」などと言ってしまったり、暗に相手が求めている答えに沿うようにしてしまったりする自分を反省します(器が違いますけど)。

タヌキ | URL | 2008/08/18(月) 18:14 [EDIT]
某大●保男子工科大(苦笑)のタヌキです。

モモチェンガ、私も2年ほど前に新宿での上映会に行きました!
おばあちゃんがダライラマ法王に直球の質問をしたとき、思わず号泣しました。本当に、おばあちゃんの想いのすべてだったんですよね。

>日本人は、宗教=狂信、非論理的、知性低い、と考えがちだが、チベット仏教では「正しいものは、論理によっても証明できる」と考え、仏の境地を論理学によって考察することにやぶさかではない。

理系のタヌキとしては「掌の中の無限―チベット仏教と現代科学が出会う時」という本を興味深く読みました。

コンク | URL | 2008/08/18(月) 22:10 [EDIT]
そういえば私が法王の講演を聞きに行かせて頂いた時も質問で
駅で喧嘩している人がいました。
自分は何もできずに見ているだけでしたがそういう場合はどうしたらいいんですか?
と言う問いに
「何もしないのが一番。かなわないと思ったら逃げなさい」
とおっしゃっていらっしゃいました。
そういうおおらかを通り越した心の広さやユーモアがなければ
高度な自治でいい。とは言えないのかもしれないな
と思いました。

しらゆき | URL | 2008/08/19(火) 00:08 [EDIT]
>タヌキさん
国がない、自分たちの文化を自由に継承できる場がない、チベット人は本当に大変だと思います。日本人が国を失っても日本文化を維持できるかといえば、そもそも自分、お花もお茶も書道もみなできず、それ以前の問題に気づくいたりして。

>コンクさん
私の好きな法王のことばに「解決できる問題なら気に病むな。解決できない問題なら、気に病んでもしかたない」というぐっドなやつがあります。おかげで、グジクジ悩まなくなりました(笑)。
● ま、またしても
モモ@大東 | URL | 2008/08/19(火) 11:54 [EDIT]
大阪での開催はないのですね・・・残念です。
>先進国のわれわれはいつも不幸。物質的に豊かなのに、足りないものばかりあげつらい、不平不満に満ちあふれている。宗教に接するときにも、その接し方がわからず、救済してもらおうと全面的に依存してだまされたり、逆に、軽蔑して遠ざけたりと、それはもう極端。

盲目的になるか
科学で武装して戦うかしかない
我々先進国の不幸。

カルマ♪♪ | URL | 2008/08/20(水) 10:33 [EDIT]
おばあちゃんのおはなし、たのしそうですね。
でも、そのおばあちゃんも難民暮らしという、悲しい現実もある。
早く故郷に、帰れますように。
心から、チェンレシーにお祈り申し上げます。

宇宙人の話ですが、多分、幽霊と同じで、みた人は、
「居る。」と、言い、見たことがない人は、居ないというから、
ギャワ・リンポチェげい下さまは、写真でしかUFOや幽霊を、見たことがないので、
「わからない。」と、お答えになったのだと思う。
とかく、転生認定者は、何かしらの能力を持っていると、むかしから、信じられている所為か、たびたび、そういった話に、尾ひれがついた話を、お聞きいたしますが、大抵は、噂に尾ひれがついたものが多いのは、確かです。
サムディエーン・ドルジェ・パグモ女史の、モンゴル軍を幻影で、追っ払った話の仕掛けも、タネをバラスと、霧と見まがうくらいアヘンと大麻草を大量に燃やした話も有るそうです。
(主人の、ご両親の墓前で、かんじたことですみません。)
迷信ばかりが目立ち、それだけを見て、
「信仰=いかがわしいこと」だと思い込み、
かんじんの信仰心が、損なうことは、あってはならないことだと思います。

しらゆき | URL | 2008/08/20(水) 15:50 [EDIT]
>モモさん
メールもしましたが、大阪のカフェでチベものトークがあります。もしよろしかったらどうぞ。

>カルマさん
チベット人は神秘的な体験をしてもそれはすべてそれを体験した個人のみに対するメッセーと考えて、それにとらわれないんですよね。神秘体験をみだりにかたることはたしか戒律でも禁止されていたはず。だから、ある人が~した、という噂はあっても、その当人に確認すると笑い飛ばされることって結構てります。

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