白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/08/20(水)   CATEGORY: 未分類
護国寺でLet's 断食
 ガンディーは何ももっていなかった。身にまとうのはインドの男性の伝統衣装ルンギー一枚。ただ「自由なインド」(Free India)を実現したい、との思いを胸に、日の沈まない国大英帝国と戦い、インドを独立に導いた。

 ガンディーは、宗主国に対して武力ではなく、道徳をもって闘った。

 よく知られたアヒンサー(英語にするとnon violence=非暴力)である。

 「あなたたちはそんなことをしていて恥ずかしくないのですか」。

 それを相手に伝えるための戦法である。具体的にいうと、イギリスがインドを支配するためにもうけた治安維持のための法律、それをあえて破って、怒った官憲にボコボコにされても、一切抵抗しない。これは臆病者ではできない。よほど根性すわってないとできないのである。

 この非暴力運動には二つの効果がある。一つは、丸腰の無抵抗の人間が、自分たちの国ではまったく罪にならないようなことでぼこぼこにされる姿を、世界がみたとき、イギリスの知識人とかヨーロッパの人々が

 「おい、インドは何やってんだ、みっともないな」と思わせるようにするのである。

 あともう一つの効果としては、インド人に自信をつけるという意味がある。

 当時のインド人はイギリスの軍事力や経済力に圧倒されて、支配されることになれてしまっていた。
 そういうインド人に対して非道に対して非道で応えないことによって、自分たちの方が道徳的に優位にたっていることを自覚させ、「あなたたちは、力で負けていても、道徳的には勝っている。」と自信をつける効果があった。

 でもって、ガンディーはアヒンサーを徹底させて、肉食は生き物の命をとることから、野菜食しか食べず、初期は牛乳は飲んでいたものの、搾乳も雌牛を苦しめると、ある時期から牛乳すら飲まなくなった。

 そんなわけでガリガリにやせ衰えていたのに、そのうえ、彼はしょっちゅう断食をした。

 どんな時に断食するかというと、非暴力デモが途中から暴動になっちゃったりとか、彼の運営するアシュラム内に争いがおきたりとか、イスラーム教徒とヒンドゥー教徒の中で主導権争いがおきたりなどした時、そのレベルにまで民衆が達していないのに、運動をはじめてしまった自らを罰するために断食したのである。

 ガンディーは当代のインド人すべてに慕われていたので、ガンディーが断食をはじめるとみな急いで武器をおいて争いをやめた。

 恐怖と圧政のまわりには秩序があるが、自由のまわりには必ず混乱が伴う。ガンディーは自らの命を危険にさらすことによって民衆の混乱を鎮めようとしたのである。

 断食には体を浄化し、より真理に近づくという意味もあった。共同体の汚れを祭祀長である彼が払ったのである。

 でこのガンディーのはじめた非暴力や断食といった政治的手法は、戦後の世の中を席巻して公民権運動やアパルトヘイト廃止運動、そのほかもろもろの政治的な転換期に、理性ある人々によって実行されてきた。

 つまり、非暴力と断食とは、きわめてアジア的かつ精神的な運動なのである。

 暴力をとめる時、アメリカがよくやるように、軍隊を派遣して暴力をふるっている当事者を力で制圧するという対処法がある。これは、たとえていえば外科手術によって肉体から悪いものを取り除くような手法である。

 うまくいくこともあるが、悪くすれば、手術によっておちた体力がもどらず死んでしまうこともある。アメリカ軍はイラクにもベトナムにも派兵したが、いずれも別の暴力の連鎖を生んでいるだけで、決定的な安定は生み出せていないのとか、いい例。

 一方、非暴力・断食などのアジア的な運動は内省的である。暴力をふるっているものに対してだけでなく、ふるわれているもの、また、第三者の観察者その三方の精神的な成熟を促すためにやる運動なのである。

 非暴力をたとえていえば、病を体質改善によってなおす東洋医学的な手法といえよう。即効性は期待できないし、最悪の場合、ひょっとすると病気が勝って肉体は救えないかもしれない。けれど、精神は、魂は改善される。

 で、前置きが長くなったけど、八月三十日、すべての命あるものの幸せと平和共存を祈って、この前の「世界中のキャンドルナイト」についで「世界中で断食デー」となります。
 日本のパブリック断食は、護国寺様で行われます。朝7時から夕方7時まで、みんなで断食。(ここクリック)。


 自宅でもできます(笑)。ふだんメタボ気味の方は、健康にもよくて、倫理性もあがって一石二鳥。

 あ、ポレポレ坐の会期中にはたぶんまにあわないモゥモチェンガのDVDが、この席では販売できるかも、という情報もあります。

 デリーではチベット人が水も飲まない断食やってて、死にかけるとインドの警察に強制入院させられて現在で三グループめ。

 このハンストのニュースをネットでみていたら、現場写真の中に民主党の国会議員、松原仁そっくりのチベット人がいた。で、よくみたら、ホンモノの松原仁だった。

 「仏陀の戦士たち」の戦場視察とは、けっこうイカしたことやりますね。

 次の選挙ではあなたに一票投じます。

 ちなみに、松原仁の対抗馬は何の因果か石原慎太郎の四男ひろたかクンです(笑)。
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| | 2008/08/22(金) 02:09 [EDIT]
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ぽぽんた | URL | 2008/08/22(金) 09:15 [EDIT]
Le Mondeのインタビューに応じたダライラマ法王が、チベットで中国軍が群衆に発砲したと述べられたようです。
飢えに苦しみ、もっとも食料を必要とする人々が断食をしなくてはならない世界。
クリスマスの存在すら知らず戦場で戦っている子供にクリスマスのご加護が届かない世界。
平和の祭典とされる五輪の最中に平和を祈ることすらままならない世界。
そんな世界に対して、悲しいとか憎いとかではなく、ただただ「途方もない」という感覚を持ちます。。そして、そんな世界と闘いつづけたガンジーやダライラマを見たとき、世界に対したときとは意味の違う「途方もない」という想いが生まれます。
凄いとかではなく、ガンジーの行動は「途方もない」。

P.S
先生のご自宅にハクビシンが遊びに来るようですが、祖母の話だとハクビシンの来る家には幸福が訪れるそうです。

カルマ♪♪ | URL | 2008/08/24(日) 12:07 [EDIT]
誰かが、視察に行ったとは、聞いてましたが、短い時間とはいえ、断食に加わっておられたのは、寝耳に水でした。(えらいねぇ。)
誰に入れるかは、“人”次第でしょうねぇ。
石原慎太郎氏は、最近、派手なチベットにかんするパホーマンスしてないからなぁ。
(やっても、首都方面のニュースそーすのみなのかな。ちょっと、さみしい。)
ちなみに、誰かさんが、
「私の友人は、アルカイダ。」
は、ダライ・ラマ法王げい下のことだと思うよ。
以前、アメリカで、ギャワ・リンポチェげい下さまが、
「私は、歩く、アルカイダです。」
みたいなことを語ったことがあるから。
げいかの発言は、ブラック・ジョークで終わるけど、日本人は、言ったとおりに受け取っちゃうから、怖いね。
他人も、迷信も、信仰も、あるがままに、見れないのは、他人を思い気遣う心を忘れ、いろんなことに忙しすぎて、心にゆとりがないのかな?
他人は他人、人は人と、みているから、見えないものが多いよね。ぼくも、そんな一人なのかなぁ。
はんせい、はんせい。
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| | 2008/08/24(日) 23:50 [EDIT]
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しらゆき | URL | 2008/08/25(月) 12:48 [EDIT]
>モモさん
住所教えてくれたらお送りしますよ。

>ぽぽんたさん
とにかく第三者か調査に入ってくれること、ラサに各国の領事館をおくことでしょう。人の目のないところで暴力はふるわれる。

>いやまっち
お返事おそくなつてすいません。

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