白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/09/19(金)   CATEGORY: 未分類
『少年キム』に見るチベットと白人の百年
業務連絡
 二丁目の鈴木さん、The Way to Freedom ならびに白傘盖仏のお守りありがとうございました。
いつもすみません。

 数ヶ月前、元ゼミ生Aくんから、「この四月から某出版社につとめはじめました。もし可能だったら先生の本をだしたいです」なんて連絡があった。

 元学生の望みはできるだけ叶えてあげたい(でも自分が書くことが本当に彼の幸せにつながるかは謎なんだけど 笑)。

 で、チベットをテーマにした名作文学をとりあげて、この百年間、欧米の文学界でチベットがどんだけ美しいイメージで語られてきたかを示し、それが現在白人のチベット・サポーターの気合いにもつながっていることを書こうと思った。

 その動機は、わりと上の世代の日本の知識人は、社会主義思想に対しては簡単に籠絡されるのに、仏教思想とかはなから「わかりません」と却下するので、百年前から、欧米の知識人層がいかにチベット文化を評価し、愛し親しんできたかを客観的に示し、彼らの文学青年モードを再起動させて、チベットを理解させようというわけである。

 で、Aくんがのぞむ締め切りまでに書き上がるかどうかは永遠の謎なんだけど、とりあえず書き始めてみたりする。

 で、いま、1907年のノーベル文学賞作家キプリングの『少年キム』を読み直してみてるんだけど、これは面白い。みなさん是非図書館で借りて読んでみてください。 この小説は、キム(キンバル・オハラ)という名のアイルランド人のストリート・チルドレンが、人種、宗教も様々な大人たちとの出会いを通じて成長する物語である。

 以下ネタバレありのあらすじ。

 13才の白人少年キムは両親を幼くして失い、ラホールの町でストリート・チルドレンとして気ままに暮らしていた。ある日、聖河をさがしにインドに巡礼にやってきたチベットの高僧と出会い、一目で惹かれ、ともにインド平原へと旅立つ。旅の途中、キムはかつて父親の属していた連隊と出会い、首から提げていた出生証明書により白人としての身分が明らかとなる。事情を知ったラマ僧はキムのために高額の学資をだし、キムはインドで最高の教育を受けられる聖ザビエル校に入れられる。16才になり学業を終えハンサムで魅力的な青年に育ったキムは、再びラマ僧とともに聖河を探す旅にでる。
 そして、ヒマラヤを行く二人はロシアとイギリスの諜報戦、俗称「グレート・ゲーム」に巻き込まれていく。


で、クライマックスシーンで、ラマ僧がロシアのスパイに殴られてしまう。

今までキムがどれほど老ラマ僧を愛し、大事にしてきたかを見てきた読者は、ラマ僧が殴られたこの瞬間、キムの立場になりかわり、ロシア人に対する憤りを覚えるようになっている。
 ラマ僧を殴った瞬間、ロシア人は、ラマの高潔さも、仏教の教えも理解できない、民度の低い民として悪役へと真っ逆さまである。

 キムは瞬間にロシア人に飛びかかり、くんずほぐれつ斜面を転がりおち、息も絶え絶えの相手の頭を丸石にがんがんぶつけた。

 この部分を読むたびに、西洋人とチベットの高僧の関係はこの百年まったく変わっていないことに気づく。中国共産党の広報が、ダライ・ラマに対して誹謗中傷を投げつけたとき、西洋の若者たちが感じた怒りは、キムがロシア人に対して感じた怒りと同質である。キムが涜聖のロシア人にとびかかったように、白人たちはロンドンで、パリで中国が主宰する聖火リレーに特攻をかけたのだ。

そしていきりたち、ロシア人に復讐しようとする仏教徒のポーター達に対して、ラマ僧はこう叫ばねばならない。

「怒りは怒りを増すだけ! 悪は悪を増すだけだ! 殺生はならぬぞ。僧侶を殴る者は己の業に縛られるままにしておくがいい。輪廻は正しく確実にめぐり、些かも過つことはない! あの者たちは何度も生まれ変わるだろう。苦しみながら。」(斉藤兆史『少年キム』)

この老僧の言葉には、ダライラマを侮辱されて憤慨する西洋の若者たちを鎮めようとしたダライ・ラマ14世の姿が重なってみえる。

それから、ラマ僧は自分の心の中にまだ怒りがあったことに衝撃を受けて病に倒れてしまう。かいがいしく世話をするキムに対してラマはこう言う「おまえはわたしに優しすぎる」。するとキムはこう答えるのである。

「そんなことはありません。・・連れ回しすぎたし、おいしいものを持ってきてあげられないこともあったし、暑さにも無頓着だったし、道で人と話し込んでほったらかしにしたし・・おれは・・・おれは・・・ああ! でも、お師匠さんが好きなんだ。」(斉藤兆史『少年キム』)

この何を措いてもラマの役に立ちたいというあふれる思いは、百年後、チベットの高僧たちと出会ったニューヨークの若者が、自分の師に対して抱く思いとなんと似ていることか。

キムが
「お師匠さんの肉体はぼくに頼っておられるけど、ほかのすべてのことにおいてぼくはお師匠さんに頼っているんですよ。ご存じでしたか?」
と言う言葉が、チベット・サポーターとして名高いリチャード・ギアの「チベットを救うことは、自分自身を救うことになる。」という言葉とどれだけ呼応していることか。

『キム』が百年たった今も、まったくその輝きを失わないのは、今現在、世界中の先進各国のキムが、国を失ったチベット僧と出会い、その教えから気づきを得ているからなのである。


チベットという国は失われてしまったけれど。
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COMMENT

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ゆず | URL | 2008/09/20(土) 02:02 [EDIT]
この本の名前は聞いた事はありますが、読んだ事はないです。是非読んでみます。私は老僧の「怒りは怒りを増すだけ...」のところが印象的でした。この言葉を聞いて真っ先にマハトマ・ガンディーを思い浮かべました。いくら暴力がダメだと分かっていても、パレスチナやイラク、アフガニスタンでは報復の連鎖が続いています。あたり前だけど紛争や暴力が多発している今一番必要な言葉だと思います。

マーハー | URL | 2008/09/20(土) 12:52 [EDIT]
>お師匠さんの肉体はぼくに頼っておられるけど、ほかのすべてのことにおいてぼくはお師匠さんに頼っているんですよ。ご存じでしたか

わたしが今の仕事をするきっかけを作ってくださった人は、
脳性まひという障がいをもち、
その二次障がいで30年近く寝たきりになられている人なのですが、
わたしは彼から多くを学びました。
彼とわたしの関係は、
キムの、師匠に言われた上の言葉どおりの関係だったように思います。


彼から教わり、いまでも追求しつづけたい言葉があります。

「芭蕉は絶景をあたまで考えて句を詠んだのではなく、かれの体をして絶景に詠まされたんだよ。」

いま、キムの師匠への思いに通ずるものを感じています。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2008/09/22(月) 10:07 [EDIT]
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しらゆき | URL | 2008/09/23(火) 20:53 [EDIT]
>ゆずさん
是非オススメです。ガンディーお好きなら結構いけてます。キプリングはインド生まれで、インドで仕事についたの゛て、インドの描写がリアリティがあっていいですよ。

>マーハーさん
素晴らしい方ですね、どんなにお金もってても健康でも、自分のことしか考えていない人は孤独だし、その反対でも人に愛されて幸せな人はいるということを再認識させられます。

きどりー | URL | 2008/12/28(日) 21:21 [EDIT]
 ロシア人はキムの時代からまるで駄目ですね。共産主義はもちろんのこと、帝政も無茶苦茶だ。何もいいことをしていない。この国は本当にどうしようもない。

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