白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2008/11/25(火)   CATEGORY: 未分類
ニューヨークのフリチベ事情
29日、神谷町の光明寺でチベットのためのキャンドルナイトが行われるという。ゲスト・スピーカーは西本願寺ニューヨークの支部の方で、スピーチのテーマは「ニューヨークにおける平和運動」について。

 ニューヨークは言うまでもなくフリー・チベットの一大センターである。
 1987年に「チベット文化のサバイバルを行う組織が欲しい」とダライラマ法王が呼びかけたことにこたえ、当時からチベット仏教のサポーターとして知られていたリチャード・ギアとチベット仏教学の研究者であるロバート・サーマン教授と作曲家のフィリップ・グラスの三人が、ニューヨークにチベット・ハウスを設立した。

 このチベット・ハウスは諸外国がならった結果今や36ヶ国に及び、チベット文化の伝導に励んでいる(ちなみに、護国寺で行われている一連のイベントは、東京のチベット・ハウス主宰です)。

 ニューヨークのチベット・ハウスでは平日のほぼ毎日、チベット文化にまつわる講演や講義が行われており、大きなイベントとしては年に一回、チベット暦の正月にカーネギーホールにおいて、慈善コンサートを行って、寄附をつのっている。

で、この慈善コンサートに集まる面々がスゴイ。

往年のパンクの女王パティ・スミスは常連。デヴィッド・ボウイは複数回、一回だけだけどアダム・ヤウクもきていた。ロバート・サーマン教授はじつは女優のユマ・サーマンのパパだったりするので、このコンサートには、ユマもきまーす。

ちなみにユマはチベット語で「中観」(dbu ma)哲学のことでーす。

 サーマン教授は若い頃(1962-65)、チベットのゲルク派の僧院で出家し、アメリカ人としてはじめてチベット僧院のカリキュラムを厳格にこなした方である。なので、彼が「チベットの文化を維持する」という時は、まさにファッションではなく、王道をいっている。では、ちょっと聞いてみましょう。

 「瞑想しに行こうよ」というのが、時代のファッションだったわけです。しかし、ただ瞑想に心を静めるという効果を求めるだけでは、仏教のゴールである解脱には近づけません。混乱した心のままで瞑想すれば、混乱の度合いは余計ひどくなるでしょう。それに瞑想の場からまた現実社会に戻れば、そのギャップでもっと困惑してしまいますからね。

 仏教の三本柱は、戒律を守る倫理性の確立。
 瞑想を通じた内省。
 自己の内省から叡智を得ること、ですね。

※イシハマ注。サーマン教授は戒・定・慧の三学を述べています。また、「解脱」を目標としているところから、チベット仏教の定義する三つの動機のうち、中人物(小人物と大人物の間)の仏教修行を述べていることが分かります。彼が、外人のフリチベに中人物の修行法を説いているのは興味深いどす。

 それを体系的に体得していくのが仏教ですから、心を静めるための瞑想追求だけでは誤った仏教理解となります。

 アメリカ人の悪いところは過程を大事にせず、すぐにゴールに行き着こうとする癖です。

「解脱し菩薩となって生類を救う」という大義名分を掲げるのは素晴らしいことです。そのために密教をならいたいという人は後を絶ちません。
でも、その前には戒律がある。
断酒しなければならない、というと、「え? ビールを飲んではいけないの?」とくる。密教の奥義は習いたいが、ビールはあきらめることができない、という態度では本末転倒です(笑)。(『
ジッポウ』6, p.28)
 
 ですよね~。

 チベットの修道カリキュラムでは、まず戒律を守り、その上で仏の境地に関する様々な概念を体系的に学び、最後にその仏の境地を速やかに実現するための手段として密教が説かれ、それを修めて後仏の境地を得るとされる。

 密教は、高速道路でスーパーカーを高速で運転することだと考えるとわかりやすい。車についてよく知らなかったり、運転技術が未熟だったりすると事故るし、その際は一般道路を普通の車で走る時よりはるかに大きな痛手を被る。

 なので、チベットではちゃんと手順を踏んでから、高速に入る。

  努力しないで結果だけを求める横着者が多い現代、体得までに時間も労力もかかるチベットの仏教文化を維持していくのは大変だ。それも仏教の伝統が存在しないアメリカで、チベット文化の維持を続ける事業を行っているのだから、サーマン教授には本当に頭がさがる。

 昔から今にいたるまで、チベット仏教はその時もっとも繁栄した国々の人々の心を奪い、その人たちをガーディアンとして存続をはかってきた。

 もしまだ当分この状況が続くとするのであれば、われわれ外人はこの歴史にならって、とにかくインドにあるチベット僧院をできるだけ長く生き延びさせるお手伝いをすることであろう。

 だから、チベット・ハウスが、講座や講演を通じてアメリカ人にチベット文化のすばらしさを伝え、共感した人々によってイベントをおこない寄附金をつのる、というやり方は今のところ最善の策であろう。

 最後になりましたが、サービスで、慈善コンサートの常連、パティ・スミスがチベットをうたう「1959年」(ダライラマが亡命した悲劇の年)を訳します。
 もし訳や解釈が違っていたら、ご教示いただけると嬉しいです。
そいえば、早稲田祭の最終日、ゼミ生k君が、パティのTシャツ着て、来てくれてたな。

1959年(Peace & Noise 1997)

わたしの話を聞いて
二つ話したいことがあるの
一つは落ちた栄光の物語※(チベットのこと)
一つは虚栄の物語※(アメリカのこと)
世界の屋根※(チベットのこと)は途方なく
でも、わたしたちは「それ」※(社会主義のことか?)を大丈夫だと見た
わたしたちが「それ」を作ったから。
でも、「それ」には羽が生えた
1959年に

智慧とは
堕天使が愛と共に上から
注いでくれるお茶みたい。
あらゆる種類の光のように諍いに火を付け
ハデなデザインで動き
「それ」に滑り込んで、「それ」には羽が生えてしまった
1959年に

それは太陽に輝く血だった。
自由を!
アメリカの主張が「それ」を加速させた
自由、自由、自由を……

中国は大荒れ
狂気が横行した
〔ダライ・〕ラマはまだ若かった
自分の国が炎に包まれるのを見た
栄光が雲の端に引きずり下ろされた。
なんて悲劇だ。
もう一つの『失われた地平線』。チベットは墜ちた巨星。
智慧と慈悲は潰えた。シャングリラの地で。
しかし、インパラとハネウェルの国※(アメリカのこと)では
大丈夫なように見えた。
われわれが「それ」を作ったのだから。
でもそれには羽が生えてしまった
1959年に

われわれが「それ」を作ったのだから。
でもそれには羽が生えてしまった
1959年に
それは最高の時代でもあり、最悪の時代でもあった
1959年は
1959年、1959年、1959年
それは最高の時代でもあり、最悪の時代でもあった
1959年
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COMMENT

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domino | URL | 2008/11/26(水) 14:04 [EDIT]
1959の訳をどうもありがとうございます。
動画見てもいまいち分からなかったので...

ようつべにライブの動画があったので先生の訳も一緒に見ました。
「patty smith 1959」←これででてきました。

カルマ♪♪ | URL | 2008/11/27(木) 10:01 [EDIT]
同感。
確かに、チベット密教は、日本の禅宗の僧侶の戒律よりも、厳しい所あります。
でもその前に、ぼく個人は、他人をとやかくいう前に、日本の仏教についても、学んだ方が、いいかもですね。

非難の応酬は、度を越すと、喧嘩になっちゃう。
それを否定されてしまうと、活仏認定者だと言う証拠も根拠もなくなる。
記憶は、過去のモノでしかなく、生まれ変わりは、そういう人がいるに過ぎず、確定的な証拠にはならない。
誰も、前世の話を信じてくれなければ、何処に生まれても同じこと。誰にもそれは分からない。
げい下が何処へ生まれるかは、結局、ギャワ・リンポチェげい下様次第なのだから。
今は、まだそのときではないのは、確かです。

しらゆき | URL | 2008/11/27(木) 10:32 [EDIT]
>dominoさん
Patty → Patti ではないですか。たぶんどっちでも検索できるとは思いますが。

ゆず | URL | 2008/11/27(木) 11:19 [EDIT]
西本願寺のニューヨーク支部があるなんて初めて知りました(笑)。アメリカ人がチベット仏教に惹かれるのはそれだけ、現代社会に対する不安、反発があるからなのでしょうか。もちろん興味本位でってのもあるかも知れないですが、チベット仏教がそれだけ素晴らしく高度なものだって事なのでしょう。に比べ今の日本の仏教はどうなってるのでしょうか。ほとんど葬式仏教か寺も観光寺院化して形式だけになり、仏教離れがどんどん進み、本来の教えが失われてるような気がします。情けないです。この国の仏教はどうなるのでしょうか。チベット仏教より日本仏教の将来の方が危ないのではないでしょうか。

domino | URL | 2008/11/27(木) 22:37 [EDIT]
ご指摘ありがとうございました。pattiでした(汗)
そしてどっちでも一番上にでてきました。

しらゆき | URL | 2008/11/30(日) 18:45 [EDIT]
>ゆずさん
私も始めてしりました。ニューヨーク本願寺(笑)。在米日本人の心の拠り所のようです。中華街の関帝廟みたい?

>dominoさん
いえいえ、ささいなことですって。

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