白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/11/30(日)   CATEGORY: 未分類
ジブリから『死者の書』
 1993年にNHKスペシャルで放映された『チベット死者の書』が来年一月にジブリ学術ライブラリーから復刻される。で、その紹介文を書くという依頼を受けた。

 もちろん自分、このビデオをもっているが、最近ビデオデッキを片付けてしまったので、ずーっと見ていなかった。なので、ジブリから送ってもらったマスターテープをみて記憶を再生!と思ったら、なぜかnhkの世界のニュースが入っていた。後半部は問題なく入っていたので、たぶん担当者が間違ったdvdを送ってきたのだろう。関係ないけど、そのニュースがよりにもよって八月のオリンピックの開会日間近のもので、フランスの中国大使館の前で、フランスのチベットサポーターが、デモしている様子が流れていた。

 昔スタディ・ツァーで一緒にチベットいったお客さんが、今年八月フランスにいてデモに参加していたら、フランス人は日本人もチベット人も区別つかないのか、「がんばってね」とたくさんの人から暖かい言葉をかけてもらったという。完璧に人違いではあるけど、人の幸せを損得抜きで祈るって、美しいことだよねえ。

 いろいろあったなあ、今年。

 と遠い目をしていても始まらないので、話を元に戻すと、ジブリライブラリーとは宮崎駿監督が影響を受けた作品をだすという企画なので、宮崎監督は『チベットの死者の書』に影響を受けていたことになる。

 前から「ナウシカ」とか「シュナの旅」の設定には、何げに『失われた地平線』とか、チベットの風景が入っているなあと思ったり、今年一月のジブリのファンの会報誌『熱風』が「チベット」特集だったりしたから(私の雑文ものってまーす)、今回のdvd企画も、何となく腑に落ちた。

 知らない人のために言うと、1993年にこの『チベット死者の書』が放映されたとたん、大ブームがおきた。この番組を本にした『チベット死者の書 仏典に秘められた死と再生』(NHK出版)とこの番組の台本を書いた中沢新一氏の『三万年の死の教え』(角川書店)と、チベット語の原典から死者の書を飜訳した『原典訳チベット死者の書』(ちくま文庫)はどれも大ベストセラーになり、みなが、こぞって死について語り出したものだった。

 でも、それから二年後にオ○ム事件とかあって、彼らの愛読書の中にこの本があったりしたもんだから、みんなドン引きして、日本人の精神世界に対する興味は一気にしぼんだもんよ。

 いろいろあったなあ、あのころ。

 チベット死者の書で説かれているのは、死者が死んでから、次の体に生まれ変わるまでの、中有(パルド)の期間の出来事である。人は死ぬと意識からできた体となり、自らの意識が作り出す幻影におびえて縮こまる。そのパニック状態の死者の意識を導き、無事に次の生に送り出すためのテクストが、このチベット死者の書(パルドトゥドル=パルドで聞いて解脱する)なのだ。

 死は一般人が、日常的な騒がしい意識から離れて、仏の意識に近づける数少ないチャンスである。チベット密教においては仏の意識を得るための修行法として「生起次第」と「究竟次第」という修行法を説く。これによって、日常的な粗い意識を、瞑想によって鎮め、どんどん微細なものにしていき、最終的には「すべてのものは実体がない」(空性)を実現した意識を得ようとする。

 一般の人にはこのような瞑想はムリなので、死に際しておきる現象を例にとって、人の心と体のあり方について教えるという意味もある。

 ネット情報だから本当かどうか分からないけど、宮崎監督は「もののけ姫」(1997)あたりでこの『死者の書』の影響を受けたらしい。

 で、「もののけ姫」を思い出してみると(DVD買えよ)、思い出す限りでは、シシ神様あたりが、それではないか、と思いつく。シシ神様は昼は荘厳なシカの姿をとり、夜は透き通った巨大なデイダラボッチという巨人になる。生を与えることも、奪うこともできることから、生と死を司るあらゆるものの根源を視覚化したと解釈されている。

 マルクス主義者とか、物質主義者にとっては、生しかない。彼らにとって死後の世界は何もないものだから、考えるに値しないものである。だから、死を怖れ、死の直前まで死のことは出来る限り考えないようにする。しかし、チベットにおいては死も生も一体となって輪となっているわけであり、なおかつ、死の世界の意識こそ、もっとも根源に近づいているものだから、死を心と体の一部に抱えて生きている。

 チベットでは、仏の肉体は色身(形ある体)といい、覚りの境地を法身(真理の体)という。これを普通の人間にあてはめると、生きている間のこの肉体を色身、死んでから生まれ変わるまでの間の意識からなる体を法身ということもできる。

 で、これが宮崎作品にどう関係しているかだが、シシ神様が昼(生)はシカの姿でも、夜(死)は透き通った巨大な神様の姿になり、かつ、この夜の姿が穏やかな姿と恐ろしい姿があるあたりが、シカがシシ神様の色身で、デイダラボッチが法身にあたり、かつ、その穏やかな姿が死者の意識に現れるやさしい仏たち(寂静尊)で、恐ろしい姿が死者の意識がみる怒れる仏たち(忿怒尊)なのかもしれない。

 まあ、文書書くのは前半部を見てからにしよう(笑)。

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COMMENT

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ゆず | URL | 2008/11/30(日) 20:21 [EDIT]
そうだったんですね。なんとなく聞いた事はありましたが。チベット人にとって死は終わりでは無く、輪廻するものなので怖くはないと聞いた事があります。今良い行いをすれば来世は人に、悪い行いをすれば動物に生まれ変わるかもしれない。だからみな仏教を熱心に信仰し、喜捨をすることにより教団が支えられる。よく出来たシステムだと思います。中学の時の担任の先生が無神論者でしたが、私は宗教と科学は分けるべきだと思います。どの宗教も道徳であり、生き方を説いているはず。大抵の日本人は輪廻と聞いてただの迷信だ、あり得ないと思うでしょう。オカルトの分野にさえなってしまっています(笑)。でもチベットの人の仏教に根付いた生活を見ていると思います。決して豊かではない、楽な生活ではないけど信仰があるから幸せそうだと。

マーハー | URL | 2008/11/30(日) 23:27 [EDIT]
わたしは死ぬと無になると思っていますが、
だからといって死後の世界を否定しません。
なぜなら、そこには尊い教えがありますから。
消滅するから、はかないから人は美しく尊い。
だから周りの人や娘を大事にしたいと強く思うようです(笑)

わたしは死んだら、墓には入らず、
できればほかの生き物の栄養になるようにしてほしいと思っています。無理なのでしょうけれど(笑)
他の動植物の栄養になって、
その一部となる。
まさに食物輪廻ですね(笑)

mimaco | URL | 2008/12/01(月) 08:39 [EDIT]
NHKスペシャル『チベット死者の書』、非常に懐かしいです。
そうそうあれは、社会人なりたての頃だった(と、私も遠い目になってしまいました)。
確かにあの当時はブームになって、関連書籍も沢山出て、本屋さんに山積みになってました。私が積極的に興味を持ったのはそれよりも後ですが、あのブームがあって"チベット"への認識が出来たように思います。
一時のブームやオ○ム事件を乗り越え、今こそが真にチベット仏教が認知され、広まっていく時期になればいいですね。

yikuyo | URL | 2008/12/01(月) 13:44 [EDIT]
はじめて書き込みいたします。
大好きな宮崎駿監督作品とチベットがこんなに影響し合っていたとは、知らなかったです。4歳の娘もポニョポニョ言ってるし、私も10代最初まで本気でナウシカになりたい!と思っていました(笑)でも、「1993年にこの『チベット死者の書』が放映されたとたん、大ブーム」の波に私は乗れず、ちょっと残念です。。

カルマ♪♪ | URL | 2008/12/03(水) 08:38 [EDIT] | URL | 2008/12/03(水) 10:34 [EDIT]
「風の谷のナウシカ」の初期設定の段階から、チベットの昔話や伝承をひぱって来たような描写あり、「シュナの旅」の巻末のあとがきに、
「是非、中国人のスタッフの手で、アニメ化をしてほしい。」
と、あった気がする。

しらゆき | URL | 2008/12/03(水) 10:43 [EDIT]
>ゆずさん
そうそう、チベットでは輪廻があることによって「あらゆるものをかつて自分の母であった」と思い慈しみ、さらに来世のために善い行いをしようと考えます。「今後のことを考えて、責任をもって行動する」わけです。道徳的ですよね。

>マーハーさん
たしかに、人生に限りがあるということが、善い意味で人生を真剣に生きさせることはあります。転生思想の場合も、来世何に生まれるか分からないから、結構真剣に生きているようです。とくに人に生まれることは善行を行う能力があるということで、善い行いをするように勤めます。言い古された言葉ですが、死を意識することは生を充実させることにつながるんですよね。

>minacoさん
 私もこの話を聞いたと時、遠い目になりました(笑)。本当にあの当時はすごいブームでしたよね。予断を排して他文化を理解することは難しい。今度こそ、チベット文化の正確な文脈の中で理解されるといいなと思います。


>yikuyoさん
お若いんですね(笑)。この手の話題をだすたびに、年齢がばれていく。ははは。ブームなんて乗らない方が正解。情報量が多くなればなるほど、その正確度は下がりますから。価値ある思想やものはブームと関係なしに地味に浸透していって欲しいと思います。
● 漫画のナウシカの後半はチベットの匂いが濃いですね
Hiromi | URL | 2008/12/04(木) 02:57 [EDIT]
昨年、曾祖母が亡くなったとき、病院からもの言わぬ姿で帰ってきた曾祖母の枕のそばで、いのりつつ、私はお経も知らないので、ちくま文庫の「チベット死者の書」を心の中で読みました。死にゆく人だけでなく、残された人にとってもこの教えは尊いものだと思います。死と転生のプロセスを具体的にイメージすることによって、自分自身のことや生き物全てのことを、もっとリアルに考えられるようになるからです。

NHKスペシャルのころには、チベットや法王猊下がこんなに自分の近くに感じられるなど、思いもしませんでした。チベットや仏教そのものの教えは、苦しい世の中を強く優しく生きてゆくための心の支えになると思います。ほんとうに、地道ひろまって、安らぎと元気を求める人の心に浸透していってほしいと思います。

コンク | URL | 2008/12/05(金) 00:25 [EDIT]
そういえば、シュナの旅にはヤクにそっくりな動物とか出ていたような気が。

今年は本当に色々ありすぎて
10年位年とったような気分です。
お肌の曲がり角どころではありません・・・

しらゆき | URL | 2008/12/06(土) 15:43 [EDIT]
>Hiromiさん
ひいおばあさまを愛していらしたんですね。私は母がなくなつた時にはまだこの『死者の書』を知らなくて、もし知っていたらたぶんずいぶん慰めになったことと思います。

>コンクさん
わたしはここ数年苦しんできた荒れ肌が治りました。なぜかしら(笑)。

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