白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/01/10(土)   CATEGORY: 未分類
彼我の落差
 今日は卒論の提出日。
去年は提出日の初日にまだ、執筆中という猛者が何人かいたことを思えば、今年はずいぶん正常化した。とりあえずみな提出できそう。
 年初ということで、みなでそろって晩ご飯にでかける。
 困った時の華●苑、そう早稲田祭の打ち上げでチベット万歳をかましてしまったあの中華料理屋である。

Wが最初からハイテンションで、どす黒く盛り上がる。
私がチベット現代史を熱く語っていると生徒たちはすかさず

「先生、猊下はそんなところで笑いませーん」

そして、話ている私の顔をデジカメでうつしては

「悪い顔しているなー」と笑う。なので

「師弟関係きるぞ」というと

「どーぞ」と言われる。

軽い師弟関係やな(笑)。

話変わって、大阪の平岡先生からガワン先生お言付けの中観のテクストを送って頂く。
去年の十二月にガワン先生が離日される際、

「般若思想と中観思想をしっかり学びなさい。仏果を求めて仕事しなさい」とおっしゃられた、そのお話を受けてのことであろう。

実はガワン先生は顕教の大学者でもある。

先生の所属するチベット仏教の最大宗派ゲルク派はもともと学問を重視する宗派で、密教修業は顕教をきわめた後に履修することが推奨されている。当然、密教学堂の座主をつとめたガワン先生は顕教の大学僧でもある。

ゲルク派の僧侶の階層はそれはきっちり学問の到達度で決まっている。

 三大僧院のどこかに所属して最低でも15年は論理学や哲学を学ぶ。そして、僧院の中で行われる試験に勝ち続けると、博士の最高学位である「ララムパ」位をとる資格が生まれる。

ララムパの試験は、チベット暦の正月に、ダライラマ御臨席の下、チベット中から集まった人々の見守る中で行われる。このディベートで勝利してララムパ位をとると、やっと密教学堂に進むことが許される。そして、密教学堂での修業を一通り終えると、ガンデン大僧院の座主候補者のリストに名を連ねることができる(このリストの中からダライラマ法王が指名する)。

 ガンデン大僧院は宗祖ツォンカパが1409年に建立したゲルク派の総本山。この大僧院の座主の座はチベットの学僧の最高位である。

 ガワン先生のすごいとこは顕教の博士号だけでなく、密教の博士号ももっていること。それは1990年のこと、ギュメ僧院(密教学堂)のララムパたちの一番を決めてみよう、という趣旨で、第一回密教弁論大会が開かれた。この時、並み居るララムパたちを制して一位となったのがガワン先生。

 つまり、ガワン先生は顕教でも密教でも一番という、頂上の頂上、文字通りのケドゥプ(学者にして行者)。

 なので、先生が「~しなさい」という言葉は、とにかく重くて、その通りに勉強していったなら、きっといい人間になっていけるだろうと自然に思う。

 私も先生といわれる身分だが、自分とガワン先生を比べた場合、
 彼我の落差に、大笑いがとまらない 
 とくに師弟関係のあり方とか(笑)。

で、平岡先生のお便りには続きがあって、先生が十二月にガワン先生をインドまでお見送りにいった際にガンデン寺でとった写真が同封されていた。

 それがこれ。


 説明すると、かつてガンデン大僧院には宗祖ツォンカパのミイラが仏塔に納入されて祭られていた。このミイラは髪の毛が伸びつづけるなど奇跡満載で、人々は幸せに拝んでいた。

 しかし、1959年、中国軍は4000mをこえるドク山まで律儀にのぼってきて(ホントあきれるよ)、ガンデン大僧院を土台から破壊して、ペンペン草も生えない廃墟にし、ツォンカパのミイラもみせしめに火の中に投じられ、僧侶たちはそれを見学させられた。

 ひどい話である。

 しかし、その時、ぱーんと炎がはじけて一僧の足下に何かがとんできた。僧は急いで足で土をかけて隠すと、人々がひきあげた後にその場所にもどってほりだし、大切に保管していた。それがこの頭骨である。

 1995年、インドに再建されたガンデン僧院から独りの博士がラサに潜入してきた。この博士は件の僧から頭骨の破片を譲り受けると、インドにもどってそれをガワン先生に献上した(ガワン先生はガンデン大僧院北頂学堂の所属)。

 そして、2000年、ガワン先生はネパールで作らせた仏塔にこの聖骸を収めて、インド・ガンデンの北頂学堂に公式に安置したのである。

 私はこの話を聞いた時、不謹慎にも「50年代はたくさんのお坊さんがなくなったから、ツォンカパの頭骨でなくてもそこいらに頭骨あったんじゃないの」と言ったが、

 この写真で台座に書かれているチベット語を見て反省。

「偉大なる聖ツォンカパのまごう方なき聖骸でございます。」

[ TB*0 | CO*8 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

koichi | URL | 2009/01/10(土) 10:59 [EDIT]
石濱先生、ガンワン先生の灌頂に来て頂いただけでも9回。遠くは出雲峯寺までと、何度もお運びいただき、ありがとうございました。また他の多くの学者方と違い、チベットの仏教文化や伝統を守ることに本気で取り組んでおられる姿勢に、ガンワン先生は大変喜んでらっしゃいました。日本で今後の指針を私に言付けられたのは石濱先生だけでした(福田先生含む)。石濱センセは決めたら一ッ直線!ですが、私が言うと厭味に聞こえるかもしれませんが、そういう姿勢でないと、『六支ヨーガ』にあるように、ラマの心は動かせず、御加持を受けることもできないんだなと今強く思っています。

マーハー | URL | 2009/01/10(土) 12:45 [EDIT]
>「先生、猊下はそんなところで笑いませーん」
>そして、話ている私の顔をデジカメでうつしては
>「悪い顔しているなー」と笑う。なので
>「師弟関係きるぞ」というと
>「どーぞ」と言われる。
>軽い師弟関係やな

きっと弟は師のことを信頼しているのでしょうね。
弟の、師への愛情を感じます(笑)

ところで、わたしごときが言うのは僭越極まりないですが、
ガワン先生は石濱先生だからそうおっしゃられたのかもしれませんね。

先生のおことばに対して、
最後の「…まごう方なき…」がまこと答えになっていますね(笑)
わたしも不謹慎でした。

PENBA YAKDU | URL | 2009/01/10(土) 15:47 [EDIT]
石濱先生
>博士の最高学位である「ララムパ」位

最高学位を「ララムパ」とい言うのですね。チベット、コンボ地方で地図にない山名調査をしていたとき、地元民が「ラルムパ」と呼ぶ山峰がありました。発音も意味もはっきりせず「Ralungpa」と記録していましたが、チベットの山名はほとんどチベット仏教に関係しますから、あるいは「ララムパ位」のことではないのかと、今思いました。また探ってみます。
ラサから東に行く機会があるときは必ずガンデン寺に立ち寄ることにしています。80年代の悲惨な廃墟時代からすればかなり復興いたしました。再建されたツォンカパ霊塔には散逸したツォンカパの遺骨を集めて収めたと聞いていますが、悲惨なことです。

koichi先生
この場をおかりして、はじめまして。
11月に峯寺でお会いできなかったのが残念です。住職から『幻のギュメ寺を甦らせた男』をいただき読ませていただきました。
ギュメ寺にも、インドのガンデン寺にもいつか行ってみたいと思っています。この場をおかりしてお礼申し上げます。

izumoK | URL | 2009/01/10(土) 20:38 [EDIT]
先生、あけましておめでとうございます。あれだけ当山にお越しいただいたガンワン先生ですが、私自身知らないことばかりで、どのような形でガンワン先生が顕教と密教の博士号をとられたのか、全く存じませんでした。お恥ずかしい限りです。
先生から「~しなさい」と言われた場合、koichi先生やマーハーさんの仰言るように、石濱先生だからこそではないでしょうか。
私にいただいた最後のお言葉は、「峯寺の仕事をしっかりしなさい」でした。それはガンワン先生が認める一僧侶に対しての言葉では、もちろんなく、今の日本の世相が求めている日本の僧侶に対しての言葉と受け取りました。しかし昨年夏から通して私が常々思うことは、行だけをしていても意味がない、ということでした。チベット仏教の論理学を学ぶだけでも長い年月をかけなければなりませんので、ラマ僧にはとても及びませんが、これからを生きる日本僧侶として、今年以降、出来る限りの勉強をしようと、koichi先生にもお願いしました。
今年もどうかよろしくお願いいたします。

ゆず | URL | 2009/01/11(日) 02:37 [EDIT]
ミイラの髪の毛が伸びる とても興味深いですね。仏教以前の土着の信仰の名残なのでしょうか。チベットでは山岳地帯が多く、土地が少ないので長男以外は幼い頃から、僧院に預けられるという事が多いと聞きます。うまく出世出来れば僧院長になるかもしれないし、一生手伝いで終わるかもしれない。チベット仏教との最初の出会いは、クシナガラでの小さなチベット仏教寺院でした。夕刻にも関わらず、私を本堂の中に案内して下さった方と、中に掲げられていたダライ・ラマとポタラ宮の写真が印象的でした。故郷を捨ててまで、異国の地で伝統と文化を守ろうとする姿は、まさに生きている仏教だと思います。今の日本の僧侶とは雲泥の差ですね。

manuel | URL | 2009/01/12(月) 16:17 [EDIT]
ガワン先生のお名前は11月のbtibetの時に初めて知りましたがそれほど偉大な方だったんですね・・・文字通り敬服です。

>ミイラの髪が伸びた
少し前に弘法大師のご遺体の髪が伸びたことがあったので興味深く感じました。
それにしても聖跡荒らしにわざわざ4000mの山を登ってくるとは腹立たしいというかあきれるというか・・・
そういえばツォンカパ大師の遺骨の一部は来月新宿の仏舎利展で展示されるそうです(こちらは生前採取したものだそうで)
是非お目にかかりたいしたいものです。

カルマ♪♪ | URL | 2009/01/13(火) 13:41 [EDIT]
せんせい、うちの子、無事、短大(健康福祉学科)合格いたしました。
あとは、何とか卒業するだけです。
ギャワ・リンポチェさまのお写真、拝んでたお陰かな。
介護士になる夢、叶うといいな。

先生と生徒さんの楽しそうな会話、うらやましいです。
チンベットのお寺でも、お弟子さんとお師匠さんとで、楽しく学べる環境になるといいですね。

しらゆき | URL | 2009/01/14(水) 10:44 [EDIT]
>koichi先生
今は大変ですが、これを乗り越えれば、またいろいろなことが開けてきますよ。猊下もおっしゃるように解決策がないのなら、考えても仕方ないんですよ。

>マーハーさん
師弟関係というよりゃ、友達関係になったのが失敗の始まりなのかもしれません・・・(笑)。


>Penba Yakduさん
「ラルムパ」ですか。地名はチベット語として何を意味しているか分からない単語が多いですが、それが正しいか正しくないかは別として「なぜそう呼ばれているのか」という説明があると思います。それもたぶん複数。訛りもあるしで地名の文字表記は難しいですよねー。

>IZUMOKさん
 わたしがkさんの年にガワン先生にもしお会いしていたとしたなら、たぶん「チベットの歴史をしっかりやりなさい」というアドヴァイスだと思いますので、やはりKさんの精神の成長にあわせて、チベットのお坊さんたちのアドヴァイスも進化していくと思いますよ。

>MANUELさん
仏舎利展を教えてくださってありがとうございます。ゾバ・リンポチェに献上された聖骸展覧会って、これは行かなきゃ(笑)。

>カルマさん
ご子息合格おめでとうございます。受験生を抱えているおうちは受験生当人はもとより、ご家族の方もハラハラですよね。よかったですね。

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © 白雪姫と七人の小坊主達. all rights reserved. ページの先頭へ