白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/02/09(月)   CATEGORY: 未分類
ガワン先生の最後
  ※ 珍しく間を置かずに更新するけど。仏舎利展の前エントリも見落とさないでね。

 平岡先生がガワン先生の骨揚げにインドの再建ガンデン寺にいらして先日帰国された。お香典を届けてくれた方もいらしたので、御礼がてら平岡先生より伺った詳細をここにご報告したい。

 1月29日 朝ガワン先生は目が回ってご病状はいよいよ悪くなった。すると、弟子六人を枕元に招集しこうおっしゃられた。

 一つ、今まで瞑想してきたが、もう病が進んで瞑想をすることができなくなった。これ以上生かす努力はしなくていい。

 二つ、リンポチェ(先生の身の回りのお世話をしている一番弟子。前世は大行者だったらしい)、医療の手当をしてくれた平岡さん、平岡さんの奥様、平岡さんのお父上などお世話になったみなに感謝をしたい。

 三つ、自分の死後、遺骨を納入するために仏塔を造ったりする必要はない。お骨は海や山にまいてくれ。死を悼んで仏像を建立したりする必要もない。自分の部屋にはすでに弥勒像があるので、あれで十分である。また、自分の遺体に五仏冠や装束を着せることもない。それは世八法(体面を気にするなどの世俗的な心の動きを代表する八つの概念)である。本尊のヨーガは自分の心の中でするものであり、他人に冠をかぶせてもらったり装束をきせてもらったりしても意味はない。

 ※ここでガワン先生が却下したことはすべて高僧が亡くなる際に行われることである。

また、死後は7日ごとに『グヒヤサマージャ』 (秘密集会タントラ、無上ヨーガタントラの父タントラ。ガワン先生はこのグヒヤサマージャのプロだった)の「根本タントラ」を読んでくれ。

※49日間の中有において意識は一週間ごとに死ぬ。なので、七日おきに大きな法要を行うといい再生を得られると言われている。その際読む枕経をグヒヤサマージャにしろという意味。

 四つ、自分が一番心残りなのは、兄である。みな私に少しでも弟子として学恩を感じ、自分を大切に思うのなら、自分と同様に兄を大切にしてくれ。

※ この話は今回はじめて知ったのだが、ガワン先生には七つ年上のお兄様がいらっしゃる。中国が侵攻してくる前、二人はいずれも大本山ガンデン寺の僧侶であった。このとき、兄上は「闘う」と寺をでてしまって、一方ガワン先生は亡命されて離ればなれになった。
そしてずっと行方不明だったので亡くなられたのかと思っていたところ、十二年後、ひょっこりインドの再建ガンデン寺に現れ兄弟は再会を果たした。しかし一年一緒に暮らしたもののお兄さんは、再び、ガンデンから去って別々に暮らしていた。ガワン先生がギュメの副館長になったとき、身の回りの世話をする人をつけることとなり、それなら気心の知れた身内がいい、ということで、お兄さんを呼び戻して、再び兄弟は一緒に住むこととなった。それから後、お兄さんは還俗はしたものの、ずっと独身のままガンデン寺にあってガワン先生のお食事や身の回りの世話を続け、今や御年80才に。お兄さんにとってガワン先生は自慢の弟。出家をしてもこうやって兄弟の情がつながっているのは感動である。

 この兄弟の生き方一つみてもチベット人の激動の人生が忍ばれる。

 で、ガワン先生が以上のことを告げ終わると、他の弟子たちがびびって何も言えない中、最年長の弟子が「死ぬなんて云わないでください。どうかこの世に留まって下さい」と頼み先生がそうはいかないというと、「来世容易にみつかるように私たちの前に現れてください(※お招きしやすいように、中国占領下のチベットではなく、それ以外の場所にお生まれくださいという意味)。」とお願いした。すると

 ガワン先生「私は来世もまた人として生まれる確信がある。自分の生まれ変わりが、多くの人のためになると思えたら、自分を僧として育てなさい。」

He will be back!

 この先生の言葉について平岡先生は一昨年、近鉄名古屋駅の貴賓室で、ダライラマ法王とガワン先生がお会いした時の会話を思い出したという。

 ダライラマ法王は末期ガンの先生に対して「死に備えて『覚りへの道』(Bodhicaryavatara)を読んで心を整えなさい、来世もまた、私たちは弟子と師としてめぐりあうだろう。」とおっしゃったそうである。

 歴史書に書いてある師弟の定型会話が、21世紀の近鉄名古屋駅貴賓室の中でもそのまま行われていることに、私はモーレツに感動した。恐るべしチベット仏教。

余談だが、それを聞いたガワン先生のお弟子さんのリンポチェが、「ダライラマ法王に来世もまた師弟関係になるなんて言ってもらえるなんて、なんてステキなんでしょう! 僕だったらうれしくて仕方ありません」といったら、

ガワン先生曰く「お前は健康に興味はないのか」といい、みな大爆笑したそう。

 そして夜九時、ガワン先生はお弟子さんに「袈裟をかけてくれ」とおっしゃられた。世話をされているリンポチェが死装束だと思ってかけるのをいやがると、

「これは〔体面を気にした〕世八法じゃない。自分の生涯は釈尊の後に続く比丘(出家者)としての生涯だった。その誇りを持って死にたい

そして、袈裟をかけて間もなくして前述したような形で静かにおなくなりになられた。インド時間で29日午後9時30分、日本時間の30日未明のことであった。

 ご立派。

 『グヒヤサマージャ・タントラ』の生起次第についてのツォンカパの註釈に「死ぬ時は〔恐怖でなく〕歓喜が生じますように」という一句があるけれど、まさにその通りの最後であった。

 高僧がなくなると、トゥクダムが終わるまでは僧たちは寝ずの読経を続ける。
ガンデン寺の僧侶たちは話し合って、『グヒヤサマージャ』はトルマなどの準備が大変なので、準備が終わるまで『入中論』『現観荘厳論』を唱えることに決定。

※ガンデンは顕教の寺なので、僧侶たちはこの二つの経典に一番親しんでいる。理解が深い経典を唱える方がいいだろうということでこう決まったとな。

30日には 昼は一尊形ヤマーンタカの生起次第・究竟次第・自灌頂をやり、夜は『入中論』『現観荘厳論』を昼夜を徹して読経。

31日には遺言の通り『グヒヤサマージャ』と『ダーキニー』の法要を行い、

1日 インド時間6時日本時間の午前9時半にご遺体の鼻から血が流れるなどのトゥクダム(死の瞑想)終了の兆しが現れたので、その日のうちに荼毘に付されたという。

 火葬の際にはガンデン寺の中庭に護摩壇をくんで涅槃のお姿のまま炉に入られた。火葬の導師はガンデン大僧院北頂学堂の前僧院長がつとめられた。この方はガワン先生の同級生にあたる方で、このように、法要の際の導師はいろいろな形でガワン先生とご縁のある方が代わる代わるつとめられたという。



 5日、平岡先生はガンデンに到着して、夜は大法要が行われた。遺骨は分骨されて、平岡さんはもちろんのとことシンガポール、台湾などのお弟子さんも分けられたので、先生のご遺骨は世界中に散る。 

ラサにももっていかれて散骨されるという。

最後になったが、ガワン先生の訃報がダライラマ法王に届けられたのは、30日は夜も遅かったので、翌朝九時の朝一番にダラムサラにいるツェンシャプ・リンポチェが報告にあがった。

すると法王

「もう知ってるよ」

何か、報告のつもりだったのが、話の内容があまりに説話チックなので、年代記書いているよな気分になってきた。
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COMMENT

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カルマ♪♪ | URL | 2009/02/09(月) 09:16 [EDIT]
弟子は、師の死に際、どんなに離れていようとも、死が、師との間に立ちはだかろうとも、常に、師の傍らに居ることが出来る。
風が、心を運ぶからとも、夢が、具体化するからとも、聞いた。
だから、何処に生まれ変わろうとも、迷わず、師を探し出すことが出来ると、子供の頃に、師匠から、聞いた気がする。
だから、せんせいが、おっしゃりたい、お気持ちは、よく理解できます。

師が、息を引き取られたその場に、ギャワリンポチェさまは、何らかの方法で、その場に、おられたのだと思います。
● 石濱先生、ありがとうございました。
koichi | URL | 2009/02/10(火) 16:10 [EDIT]
同じ弟子のよしみで石濱先生には甘えさせていただいて、ガンワン先生のことを何度も取り上げて頂いてありがとうございました。
 全く存じ上げない方からもお悔やみを言っていただいたりと、このブログによって多くの方にガンワン先生のことを知って頂けて、供養になったと思います。ガンワン先生も喜んでらっしゃるんではないでしょうか。
 御傍仕えをしていたリンポチェが、ガンワン先生の居ないガンデン寺にいるのは淋しすぎて、耐えられないと言っていました。彼とは治療方針をめぐって大声で言い争いもしましたが、最後は戦友のようになりました。帰りにバンガロール空港まで送ってきてくれて、姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた光景を思い出すと胸が痛みます。
彼も私も悔いはありませんが、気分を切り替えるには時間がかかりそうです。
 しかし御弟子さんも皆言っていましたが、自分の意志によって逝かれたように思える、私たちの憧れの先生にふさわしい立派な最期でした。

マーハー | URL | 2009/02/12(木) 00:27 [EDIT]
今夜も拝読に参りました。
ガワン先生がお弟子さんを招集された時の、
そして最期に残されたお言葉に感銘を受けています。

私のような傍若無人なものの考え方・視座をもってしても
静かな感動を感じずにはいられません。

シラユキ | URL | 2009/02/14(土) 10:41 [EDIT]
>koichiセンセ
49日と一つ一つ節目を迎えるごとに気持ちの整理もついてくるのではないでしょうか。とりあえず中観の勉強でもしていましょうよ。

>マーハーさん
直接ガワン先生にお会いしたことのない人が、やはりこの最後の話を聞いて、「泣いた」といってました。わたしはとくに袈裟をかけてなくなられたところでグッときました。

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