白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/04/01(水)   CATEGORY: 未分類
五つの予断
 じつは最近いろいろあってふと不安に駆られたりすることがあった。ダライ・ラマ法王もごろうちゃんもダンナも元気なので、もちろん本質的な悩みではないのだが、ちょっと精神虚弱な人ならウツが入るクラスの出来事がたてつづけにおきたので。

しかーし、今朝その状況が一変。
「ペリカン便でーす。」
「んだよ、またダンナがアマゾンで本かったのか」と柄の悪いわたくしは舌打ちしながら応対すると、なぜか私あて。自分注文した記憶もないので、ダンナからのプレゼントかなと箱を開けてみると、

『世界の野鳥 本から聞こえる200羽の歌声』

ダンナ、すごいじゃん。感動した。

が、よく見てみると、メッセージが。何と送り主はダンナではなく、ルトランジェHさんからだった(そりゃそうだダンナ選んだにしてはスマートすぎ。そもそも男って生き物はプレゼントヘタだよね。プレゼントうまい男はチャラ男だし 笑)。

 Hさんはかつて『ツォンカパ伝』を出した時、私のいけなかったツォンカパの聖跡(セラチューディン・ラデン大僧院)などの写真を提供してくださった方。私のインコマニアぶりをご存じのため、お気遣い下さったのであろう。これも仏縁

 じつはHさんのご主人はフランスの方で芸術家。
 奇しくも本日より一週間東京駅の大丸10Fの美術サロンでご主人ドミニク・ルトランジェさんの個展が開かれています(くわしくはここクリック)

というわけで、単純おつむの私は野鳥図鑑(音付き)を抱えて、心から喜んだのであった(子供か)。

さて、とあるいきさつで、「モンゴル史研究の手引き」みたいな啓蒙書の編集委員になった。ようはモンゴルを研究している執筆者たちがみなで自分の研究しているテーマに基づいて、その研究手法、史料紹介、などを研究者の卵向けにかたるものである。で、締め切りが九月末なのだが、締め切りをまもる意識があまり高いとは言えない集団であるため、毎月月初めに追い込みのメールを送ることにした。

 で、第一弾として自分がかく内容の冒頭部分の覚え書きを回してハッパをかけてみた(それで皆がやる気でるかわかんないけど いやむしろ逆効果?)。せっかく作文したし、最近ゼミ生の一人が何か研究に興味もってくれてるみたいなので、以下にはっておく。

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 17世紀から20世紀に社会主義革命の勃発によってチベット仏教世界が壊滅的打撃を受けるまで、チベット仏教の諸相はモンゴル社会においてドミナントな社会現象であった。

 この時代のモンゴルの社会・政治・民俗・法政・経済を解明しようとする場合、研究者はチベット仏教の思想、並びに、仏教用語や僧院の生活などについて基本的な知識・教養を持つことは望ましいであろう。なぜならそうすることによって、チベット文・モンゴル文の年代記や歴史資料を著者の意図する通りに読解し、彼らの行動を理解することが可能となるからである。

 何はともあれ、この時代の研究において決してやってはならないことは、当時の史料を自分の理解できる部分だけを拾い読みする、あるいは近現代に入ってから生まれた概念をもちこんで解釈することなどである。

 モンゴル社会においてチベット仏教文化の持つ影響力はきわめて大きい。にも関わらず、モンゴル史の研究者にチベット仏教世界に関する知識や教養を持つものは驚く程少ない。また、その数少ない研究者についてもいくつかの予断が共通してみられる。モンゴル史の研究者にチベット仏教を学ぼうとする人があまり現れない理由、またすでにある研究の中にあるぬきがたい予断を以下に五つにまとめてみた。
 

(1)漢字文化圏に由来する思考様式

 チベット仏教に由来する観念の多くは漢字文化圏に対応する概念がないことから定訳がない。そのため、漢文史料からチベット仏教世界の現象を読み取ることは本当に難しい。逆に言えば、漢文史料にチベット仏教的な現象が記されていないからといって、それはその時代、その場所に存在しなかったことにはならないのである。チベット仏教世界の諸相を明らかにするためには、チベット語・モンゴル語・満洲語史料を用いることは必須である。

 チベット仏教に関連した出来事が漢文で記される場合、その多くが漢人官僚むけに述べられたものなので、漢人官僚が理解できるような思想に基づいて記される。たとえば、世界観だとすれば自動的に中国を中心としてチベットを周辺とし、野蛮人扱いする中華世界観的な思考が語られるが、その上下関係が現実の社会の実態に存在したかどうかは、一次史料に基づく事例研究の積み重ねをまたねばならない。

(2) 国民国家的な思考様式

 国民国家という概念が東アジアに持ち込まれたのは19世紀も後半である。これからの類推により、チベットと清朝の関係を保護国と宗主国の関係ととらえたり、清朝のチベットに対する働きかけを「統治政策」「民族政策」「多民族統合」などの枠組みから思考する研究者が多い。しかし、19世紀以前には国民国家の概念はアジアに存在しないため、このような枠組みに基づく研究はじつに無意味である。歴史研究の仕事はその時代その時代に特有の現象をあぶりだすことにあり、現代の価値観を過去にあてはめて解釈したり、ましてやその当時の現象の善悪を断罪することではない。

 ちなみに、満洲文や漢文の一次史料を見ると、清朝はチベットに出兵する際には、ダライラマ政権の要請を待ってから行っており、軍糧は内地から移送するか現地で買い上げるなどしてチベットの経済に負担をかけないようにし、事態が収束した後には及ぶ限り速やかに撤兵を検討するなどして、国益にもとづく侵略と受け取られないように配慮していた。チベットから税を徴収したり、内政に干渉したりしていたとの証拠も今のところ見いだされてない。さらに、同時代の史料には、チベットと清朝の関係を高僧とその信仰者(應供と施主)という枠組みでとらえていることを考えると、当時の清朝・チベット関係の間に宗主国・保護国の上下関係があったかは限りなく疑わしい。

(3)社会主義思想に由来する思考様式

 社会主義の国々では国民に「宗教はアヘンである。封建領主が農奴たちを搾取するための便法である」という思考をすり込む。そのため、このような環境で育った研究者は自ずとチベット仏教を過小評価するか、研究の対象としても、「チベットにモンゴルの富が吸い尽くされた」「仏教を信じたことによりモンゴルが弱くなった」などの感情的な言説をとりやすい。しかし、歴史学の本来の仕事は、なぜこの時代、人々は競ってラマに布施をしたのか、その特殊な時代相を究明するところにあろう。

※昔とあるモンゴル人の友人が、パンチェンラマがモンゴルに巡錫した際「モンゴル人は自らの財産をすべてパンチェンラマに差し出し、パンチェンラマはチベットに通じる井戸にその布施を投げ込んでチベットに送った。おかげでモンゴル人は貧乏になった」、とものすごくチベット仏教を否定的に語ってくれました。

(4)ナショナリズムに由来する思考様式

 ソ連の支配から自由になった反動から、モンゴル学界においては、モンゴル・ナショナリズムが全盛である。その結果、モンゴルの場合は、シャーマニズム、牧畜、口承文芸などのモンゴル固有と思われる現象を研究しようとする人は多くとも、外来思想とみなされるチベット仏教的な現象を研究する人は少ない。

 しかし、たとえば当時モンゴルの知識人層の大半を占めていたのは高僧であり、かれらはチベット語で著作していた。それらは木版印刷で多くの人の目に触れていた。しかし、モンゴル学の研究者はこれらはチベット語で書かれているか故に、研究対象とすることはきわめてまれである。一方、識字率が低いため書記にも事欠いていた俗世にあって、モンゴル語で書かれた手書きの年代記や行政文書には多くの研究者が群がっている。多くの人の目にふれた木版のテクストを無視して、ただモンゴル語で書かれたという理由だけで、モンゴル文史料のみが研究されているこの現状はあまりにも偏っている。


(5) 現代日本人としての思考様式

現代日本においては、一般人が仏教と接する機会は法事か初詣の時くらいである。また、学問も教養も細分化を続けてきたため、現代人のほとんどに仏教学の知識はない。そのため、自分たちの現在の状況から類推して、「チベット仏教世界の知識人の脳内における仏教のプレザンスもたいしたものでない」との予断をもち、チベット仏教に関する事象を「王侯の私的な趣味」と矮小化したり、チベット仏教に帰依したことが明らかな為政者たちについては「チベット仏教を信仰するモンゴル人を支配するために、仏教を政治利用した」など、「信仰などというものが存在するはずはない」という前提の下に研究を行う人が多い。

 また、現代の派閥力学的思考を歴史資料に持ち込むこともよくない。清朝とチベット・モンゴル史などを例にとると、親清派と反清派などという派閥概念を人や集団にあてはめ論じることは大概建設的でも実態に即しているともいえない。

 この五つの予断を排し、チベット仏教に関する知識・教養を育めば、当時の史料をその時代の文脈のままに読み取ることができ、当時の人々の行動様式を知ることができるのである。

て、今気がついたけど、モンゴル史の研究者に向けたものなのに、二番はチベット史の研究者にむけての内容になっているよ(笑)。
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COMMENT

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● こちらこそ
H | URL | 2009/04/02(木) 01:43 [EDIT]
こんなにお喜び頂けたなんて!嬉しいです。
その上、個展のPRまでしていただいて、
温かいお心遣いを有難うございます。

先日も平岡宏一先生が
「石濱先生はホンマええ人やな~。」
としみじみとおっしゃってました。

カルマ・フォーチュン(♪♪) | URL | 2009/04/02(木) 20:56 [EDIT]
せんせいのおっしゃるとおりです。
確かに、軍が動くときは、・・・・・。
ただ、ダライラマを選ぶときになると、清王朝は、少し、きな臭くなってました。(パンチェンを担ぎ出してきてねぇ。)
何故だろう。
理由はわかりませんが、先代の、パンチェン・リンポチェの悲しげなお顔を思い出しました。

こどもの入学式に行ってきました。
そのあとの、説明会を聞いて、頭、くらくらです。
あぁ、それで、介護士のなり手、少ないのかなぁ。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2009/04/03(金) 13:25 [EDIT]
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シラユキ | URL | 2009/04/05(日) 21:41 [EDIT]
>Hさん
「へんな人」とはよく言われますが「いい人」って言われるのは結構新鮮。単純に嬉しいです。

>カルマさん
介護はこれからどんどん需要がでてくるお仕事なので、社会でもっといい労働環境にしていかないとまずいですよね。

>モモさん
それは大変でしたね(笑)。でもプレゼントに罪はないですから。

ハマーン | URL | 2009/04/06(月) 00:06 [EDIT]
>そもそも男って生き物はプレゼントヘタだよね

おっしゃるとおりです(笑)
気の利いた言葉とともに贈ることもヘタですね。

現在ないし個人的な価値判断による類推の問題については、
以前ブログで学生との論文?についてのやりとりのなかでイデオロギーを取り上げておっしゃっていたのを思い出しました。

カルマ・フォーチュン(♪♪) | URL | 2009/04/06(月) 08:43 [EDIT]
同感です。
もう、いきなり、単位さえ取れれば何とか成る世界じゃないとはおもってたけど、実技講習の時間(?)がぎりぎりで、一日も休めないから、だいじょうぶかなぁ。なんてね。
親がへこんでても、勉強するのは、子供なんで。
(ダメな親ですみません。)
でも、何かを考える時間はできたかもしれない。

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