白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/09/11(金)   CATEGORY: 未分類
ギュメ大僧院こぼれ話
 インド学仏教学学会に来て下さった方ありがとうございました(ここクリック。)。オカメインコのごろう様とひきとったばかりの子猫るりJr.の世話があるため、私は失礼させていただきました。いろいろな方が来て下さったとの話をきいて、お会いしたかったなあと思いました。すみません。
 
 さて、その学会が終わった後、一行はロイホに向かった。みながドリンクバーにいって平岡センセとダンナが二人になったところで、平岡センセはダンナにダライラマご直筆の病気平癒のルンをくださった。

 何年か前に病気のガワン先生のために、ダライラマ法王がその時滞在されていたバンガロールのホテルで、備え付けの便せんにその場で書いたものだ。

 東京に帰ってきたダンナ、テクストを読んで私にルン(テクストを音読することによってその力をつたえる儀礼)を授ける。

「ダライラマ法王→平岡先生→ダンナ→イシハマって、史上最短のルンの相承だな。」

ダンナ「正確にはガワン先生がこの偈のルンをダライラマから頂戴した時、平岡センセが横にいて流れルンをもらったわけ」

「で、サンスクリット語で書かれているけどこのマントラの意味は?」

ダンナ「聞いてない」

というわけで、平岡先生に直電。

で、その意味が

オン ペルテンラモ女尊よ。私のあらゆる病と障りを止めてください。
オン ペルテンラモ女尊よ。私の長寿と智慧と徳を増してください。


説明しよう。一行目が息災(悪いこととめて)で、二行目が増益(善いことふやして)の形式に則っているのであーる。

「何でペルテンラモにお願いするんですか」

平岡センセ
「歴史学者とは思えないオコトバですな。ダライラマ猊下の護り本尊は・・・」

「ああ、ペンデンラモでしたね」

平岡先生
「ダライラマ法王が亡命される時も肌身離さなかったタンカは、ダライラマ二世の描いたペルテンラモだってご存じですよね。ガワン先生がまだお若い頃、体を壊された時、ダラムサラに呼ばれてこの猊下の大事にされているペルテンラモのタンカを頭上において加持されたことがあるんですよ」

「ダライラマ二世はラモラツォ(女神の湖)を開いた方だから、自分が見たペルテンラモを書いたんでしょうね」

平岡先生「ラモラツォってあの「アカマの湖」ですか?」

「そう」

説明しよう。ラモラツォとはペルテンラモの霊力を宿す湖として知られていて、未来をうつすので、現ダライラマ14世の捜索隊もこの湖にうつった「アカマ」の三つの文字と金色の屋根の映像を手がかりにダライラマ14世にたどりついたのであーる。

平岡センセ「じつはガワン先生の護り本尊もペルテンラモ女尊なんですよ。それについてはおもしろい話があるんですわ。ぷくく」

「なになになに」

平岡センセ「昔ギュメがチュメリンにあった時、近くに大きな川があってギュメに行く時はそれをわたらなければならなかったんですわ。で、ある時坊さんを満載した船がひっくりかえって、でも、その中にいた結構偉い坊さんの一人が超能力使って全員無事だったんですわ。でもね、ギュメは密教学堂だけど、人前で超能力使ったら寺から追放される掟があるんですわ」

「ハリー・ポッターのホグワーツ魔法学校と同じ規則ですね、わかります」

平岡センセ
「で、その時のギュメの管長が、護り本尊がちゃんと仕事していないから、偉い坊さんが寺を出なければならなくなった、と怒って、ペルテンラモをギュメから追放したんですわ。」

「どうやって。」

平岡センセ「その夜ギュメのお堂から泣く泣くでていく女の人が目撃されたそうですわ」


「ふーん」

平岡センセ「そんでもういらないって川にすれてられたペンデンラモのタンカが流れ流れて下流で拾われてガンデン大僧院のチャンツェ学堂の護り本尊になったんですわ。で、ガワン先生はチャンツェの僧だから、猊下と同じペルテンラモが護り本尊なわけです」

「その話どこに書いてあるんですか。」

平岡センセ「ギュメの僧ならみな知ってますわ。チャンツェ学堂がこの話を裏書きしているかはしりません」

で、もう一ついただいたのが今年4月24日にこれまたダライラマ法王がダラムサラのテクチェンリン(大乗寺)の居殿で著された「ガワン先生の生まれ変わりがはやくこの地に生まれますように」という短い偈。
いかが翻訳。

私たちが今から仏の境地にいたるまでの間に
今積んでいる善、これから積むであろう善のすべてが
この地に聖なる方の最高の生まれ変わりが
速くお出ましになる原因となりますように。

という偈。

 灌頂を受けていない人でも、ガワン先生がもう一度生まれてきてほしいと思う方はどなたが唱えてもいいそうです。
[ TB*0 | CO*2 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する
● ハモ・マーソーマ
koichi | URL | 2009/09/12(土) 15:54 [EDIT]
 印仏ではお会いできず、残念でした。嫁さんは「石濱先生がいらっしゃってないなら、楽しさ半減。けーへんかったら良かった」などと申しておりました。

 さて、うちには一幅のハモ尊のタンカがあります。これはテンパ先生が東洋文庫を退職して印度に帰られる時に頂戴したものです。
 偶然にも、ハモ尊の中でも、ガンワン先生が信仰していたハモ・マーソーマだったので、「日本にきても、ご縁があった」とガンワン先生は大変喜ばれていました。
 最後の帰国の際に、タンカにかけられた、ガンワン先生のカタは今もそのままです。

 今回石濱先生が紹介して下さったハモ尊のメモは、2008年1月17日に、自坊の本堂の落慶で一時帰国していたガンワン先生が、関空行きの飛行機に乗る直前、同じくバンガロール滞在中だった法王様から、届けられたものです。
 
 前回、九州で法王様に謁見した際、ガンワン先生の横で私は“流れルン”を頂戴しました。その際に法王様は、ガンワン先生に「必ずチベット人に生まれ変わって来るんだ」とおっしゃっているのをラクパ代表と聞いていたのを思い出します。
 私は生まれ変わりが認定されれば、その時はまた関わることになると思いますが、厳しく接して前世と同様、多くの人々に福音をもたらすような方になって頂こうとこ心に決めています。

シラユキ | URL | 2009/09/16(水) 00:29 [EDIT]
>私は生まれ変わりが認定されれば、その時はまた関わることになると思いますが、厳しく接して前世と同様、多くの人々に福音をもたらすような方になって頂こうとこ心に決めています。

わたしもガワン先生の生まれ変わりに早くお会いしたいです。前代同様立派なお坊さんになってくれると嬉しいですよね。あと正確な日付ありがとうございました。猊下の直筆のマントラってよく考え見たら、歴史的な意味がありますよね。法王自体が歴史的存在ですから。ありがとうございました。

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © 白雪姫と七人の小坊主達. all rights reserved. ページの先頭へ