白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2006/04/03(月)   CATEGORY: 未分類
弁財天カモ~ン。
新学期が始まるため、ダンナは京都に旅立ってしまった。

週一にはもどってくるけど。

ダンナはそういうわけで毎週JR東海に貢ぎまくっているため、最近は普通車の料金でグリーン車にのれるサービスとか受けている。

いつか、JR東海から付け届けがくるやもしれん。

これからまとまった休みはしばらくないので、とりあえずさしせまった、14世紀の聖者伝の和訳をここ数日気合いを入れて行う。

朝から晩まで(ウソ、私が飽きるので、そんなに続かない)パソコンあけてむかいあって、チベット語の文献読むのだから、実に不毛であった。

ダンナは、「まとまった時間がとれるうちに、終えておかなきゃ。はいっ、座る。そして、やる。」と毎日私に机に座らせようとする。しかし、ねっからの自由人の白雪姫がそのようなまっとうでスジのとおったセリフで動くわけない。

そもそも、翻訳・研究なんてものは、何かに追いたれられるように、ガチガチになってやっても、いいものはできない。

地べたにひろげまくった参考文献や参考資料の間を、いったりきたり、寝たり起きたりしながら、漫然とたらたらやっているうちに、知らないうちに、論文とか翻訳とかはしあがっているものなのだ。

重要なのは、人ではなく自分のペースにそって動くこと。そうすれば、どのような仕事であっても、いつのまにかふさわしい内容をもって完結するものなのだ。

といっても、去年の暮れ締め切の原稿すらあげてない白雪姫のゆうことに、耳を貸すものはいない。

この春休みは研究が進んだような進まないような変な感じだった。目を通すべき先行研究はだいたい目を通し、思いつく史料はだいたい渉猟し、メモも結構な分量になってきているので、そのような意味では進んだといえるのかもしれないが、何か最初の一文字を書き出そうという、気持ちがおきない。

こういう時にはもう少しの試行錯誤が、もっとハイレベルな視点や新たな発見とかもたらすので、仏様がストップをかけているという可能性もあるので、ムリには書きださない方がいい。

チベットの高僧は著作をものす際、著作を薦める人がいて、資金がととのい、また著作を祝福するかのようなよい兆し(必要な参考文献が手に入る、とか、弁財天が夢枕にたつとかetc.)があると、縁起(いろいろな条件)が整った」といって、筆をおこす。そして、書き始めや書き終わりを吉日にあたるようにする。

つまり、何か書きだそうと思った時、新聞の集金人がきたり、電気釜がこわれたり、餓鬼道がさかったりしているようでは、機が熟したとはいえないのである。

新聞の集金をはらって、電機釜を新調し、餓鬼道のさかりは・・・・

まだ続いている・・・。

はやく縁起が整わないことには、いい加減困る。
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