白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/05/05(水)   CATEGORY: 未分類
出雲でターラー伝授
というわけで、チベッと仏教の伝統の前では、「連休中ダラダラしたい」という私の意志などはまったく無力であり、三連休は平岡さんのご命令によりチッタマニの伝授を受けるべく出雲の古刹峯寺にこもる。

 平岡さん曰く、伝授の場に魔が入ると、たとえば、私か平岡さんのどちらかかが病気や事故で目的地までこれなかったり、近所で火事があってジャマが入ったりして、最後まで終わらないらしい。逆に言えば、伝授がつつがなく終わることはとてもいいことなのだそうな。
 
  たしかに、ネット上の謎の旅行会社から買った格安航空券がホンモノだったことも驚きだし、金剛鈴とか金剛杵とかカパーラとかはいったカートが羽田の保安検査を通ったのも不思議である。平岡さんが巨大なターラー仏のタンカをもって怪しまれずにつくことができたのも、みな何かの力によるものであろう(笑)。

room 峯寺はかつてガワン先生が在世の折に無上ヨーガのダーキニーの灌頂を行った地である。そして、平岡さんのご命令によって整えられた勝手に命名「伝授の間」は、ガワン先生在世の折、平岡さんがここで密教を学んだ場であり、さらに先生の死後も、先生のご遺言で当寺に送られたダーキニーの像が祭られている。つまりはこの場は「聖者によって祝福された空間」なのである。

 これまで渋谷のスターバックスで伝授を行っていたのに比べると格段に気合いが入っている。

 そして、三日間、ひたすらチベット語の儀軌を前にマニアックな話を拝聴する。
 
 平岡さんはこのチッタマニの伝授を1989年8月、当時のギュメの管長からまずうけており、2006年にはガワン先生からも受けている。平岡さんはガワン先生の24時間にわたる伝授のテープを見ていて、ガワン先生の口伝は自分以外に伝わっていないことに気がついたそうな。

 そのため、ガワン先生なき今、平岡さんは自分のところでこの口伝がとまることに大層責任を感じ、密教の素養は?でも、ともかくチベット語を読める私にこの法を伝授しようと思いたった訳である。

garden そのような事情もあり、伝授を終えると平岡さんは本当に安堵した表情を浮かべられた。しかしよく考えてみたら、今度は自分にも「この法をしかるべき人に授ける」という義務が生じたわけで「ああこうして密教の法統はつながってきたのね」と理解する。

 中日の3日には峯寺の書院でチベット仏教のお話をさせて戴く。
 島根ばかりか、広島、岡山、鳥取からチベット・サポーターの方が集まって下さり、峯寺は一瞬にしてチベット仏教の菩提道場と化す。

 お昼は峯寺さんの管理する遊山荘でテントゥクのご接待があったのだが、テントゥクに用いた小麦粉はこの日記のエントリー「生きる」で紹介させて戴いたNさんが送ってきて下さったもの。これが象徴するように、とてもよい集まりとなった。
 
 伝授の合間にも、平岡さんの奥様の妃女さんが、ご自分でたてた御抹茶やコーヒーを出して下さり、峯寺の御夕食も、ご当地料理の焼鯖のちらし寿司に始まり、副住職のKさんがその朝掘ったという筍や、本堂の裏にはえるギボウシ、また裏の弥山でとれるゼンマイが精進料理となって食卓に並び、彩りには境内の紅葉が添えてあったりして、私の腐りきった普段の生活からは想像もつかない、精神的にも肉体的にも和の心とチベットの心がまざりあったスローライフでゼイタクな時を過ごさせて戴いた。

 最終日の朝には六時起きして、峯寺のたつ聖山、弥山に昇る。

tyojo この登山も行の中に組み込まれており、頂上では平岡先生が導師となり、チベットでもよく高山のてっぺんで行われるグヒヤサマージャ尊のトルマ供養を行った。峯寺の副住職のKさん、平岡さんの奥様、私、Tさんと遊山荘の方が、眷属なってお経を聞く。

 この供養の際には土地の神々もお祭りするため、出雲大社の遙拝場である弥山にふさわしい行と言える。

 平岡センセの行が始まると、突然風が吹き始め、神秘的な気持ちになる。五月の弥山は若葉が美しく、鳥がさえずり、頂上にたつテレビ塔さえ見なかったことにすれば本当に美しい大気に満ちた世界であった。
 
 不思議なことに、峯寺について伝授をはじめたとたん風邪気味だった体調はよくなり、四月はじめから続いていた肩こり、頭痛、ダルさなどもいつのまにか治っていた。家に帰ったとたんこれが全部もとにもどったので、やはり峯寺の、山中の自然と食べ物と空気と水と、峯寺ファミリーの穏やかな心と伝授の伝統が、私の不定愁訴を治していたのだろう。

 幸せとか健康とかは、やはり人と人の和、つながり、食事その他すべてがくみあわさって生まれてくるものであることが、今回の体調の変化を見てもよく分かった。

 最後に読者の方々のために、今回の伝授でもっとも印象に残った平岡先生のおことばを伝える。

 「1989年、私ギュメ寺でこの伝授を受けていた時、当時は通信事情が悪かったので、昭和が終わったことを知りませんでした。11月にルーマニアでチャウシエスク政権が倒れた時(つまり東欧革命が起きた時)、インドの新聞にその写真がのったのですが、チベット人がインドの地方で暴動が起きたといっていたので、そうだと思っていました」
 
 さすがわ行者。
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COMMENT

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みねまつ | URL | 2010/05/05(水) 20:37 [EDIT]
先生、三日間の伝授、本当にお疲れ様でした。
また、貴重な講演をこの出雲の地でしていただき、本当にありがとうございました。県外からいらっしゃった熱心なチベサポの方々はもちろんのことですが、一番反応を気にしていた地元の人たちも、先生の世界に引き込まれたようです。本の完売がそれを物語っています。しかも新たな注文がうちにきたくらいですから。
次回の伝授も、是非峯寺伝授の間をご利用くださいませ(笑)

けい | URL | 2010/05/05(水) 22:23 [EDIT]
お疲れさまでした。講演会も大盛会だったようですね!

常々、伺いたいと思っていた峯寺で、先生の講演会が行われるとあって、ものすご~~~~~~く、参加したかったのですが、予定が先に入っていて涙を飲みました。。。。
なので、みねまつ様がおっしゃってるように、次回に期待をしております(笑)

それにしてもさすが先生、濃い三連休で、とても羨ましいです。
写真も素敵ですね!とくに三枚目がほっこりしましたv-22

makoto | URL | 2010/05/07(金) 06:39 [EDIT]
先生、先日はありがとうございました。
すばらしい講演をお聞きでき、大変幸せでした。目からウロコが落ちるとはこのことでしょうか。
峯寺でのご伝授、好天に恵まれて何よりでしたね。

ところで、
>家に帰ったとたんこれが全部もとにもどったので
は、いかがなものかと...
ご自愛下さいませ。

Penba Yakdu | URL | 2010/05/07(金) 12:51 [EDIT]
石濱先生、みねまつ様
ご盛会だったようでなによりです。
私も昨夜帰国しました。
中国ではこのサイト「无法显示网页」となり見ることができなくなっていました。前までは見れたのですが・・。

シラユキ | URL | 2010/05/08(土) 19:44 [EDIT]
>みねまつさん
三日間ありがとうございました。いかに自分が不健康な毎日を送っているか身にしみました。やっぱ地元の方にうけないかな?って心配していましたよね。私も心配でした(笑)。

>けいさん
峯寺の精進料理は美味しいですよ~。出雲大社は今仮社殿ですが、小泉八雲とか能見寛とかを訪れていくのもいいかもしれません。るりは元気です。

>makotoさん
ありがとうございました。こちらこそ楽しかったです。ちなみにこのブログには本当にごくごくまれ~にしか荒らしは来ません。ので、雑草抜きはそんなに大変ではありませんのでご心配おかけしました。

>Penbaさん
無事に帰国おめでとうございます。やっぱNowるんたのブログにリンクはってあったのが原因かしら(笑)。これは勲章なのか悲しむべきことなのか。


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