白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/06/27(日)   CATEGORY: 未分類
瞑想だけでは悟れない(法王横浜講演)
土曜日はダライ・ラマ法王の横浜講演にでかける。ものすごい人出で嬉しい。日本における法王の人気もやっと先進各国の下の方まで来たかという感じ。物事を曖昧にして白黒決しない日本人の欠点故、ホンモノが認識されるまでじつに半世紀の時を必要としたわけである。法王事務所のラクパさんのお話だと12000人入ったとのこと。いつもは平日だけど今回は土曜日だし、駅貼りのポスターが功を奏したのかも。

 午前はツォンカパ著の『釈尊が縁起をお説きにになったことを褒め称える書 善説の心髄』(rten 'brel bstod pa 以下善説心髄)に関する講義である。そのあとはお昼の時間に行われる声明や音楽のパフォーマンスを挟んで、午後は、一般的な演題での講演。

 『善説心髄』はチベット仏教の大成者である天才ツォンカパ(1357-1419)が、その哲学の神髄を完成した時に、感動のあまり著した短い詩である。フルタイトルの通り、「仏の教えの心髄は縁起である」ことを歌ったものである(経緯は『聖ツォンカパ伝』192頁を見てね)。

 ここに説かれている哲学とは手短に言うと、世俗の真実(世俗諦)である縁起(すべてのものは何かに依存して存在している)と究極の真実(勝義諦)である空(すべてのものに実体はない)は実は異なるものではなく、「縁起しているが故に空である」という関係にあることである。ただし、解説の時間がたりず、途中から逐語解説がなくなり、とにかく「他者の役にたちたいという心」(菩提心)を起こすんだよ、と最後はラッシュ。

 法王はまず、『解深密教』に説かれる、お釈迦様が生涯三種類の教えを説かれたという、いわゆる三転法輪の話からはじめられた。その、三転法輪とは

    初転法輪 四聖諦(1. 苦しみという真理・2. 苦しみの原因は我執であるという真理・3.苦しみを滅するという真理 4.苦しみを滅するための修道という真理)
    第二法輪 般若系経典  四聖諦の第三の真理にあたる
    第三法輪 如来蔵系経典 四聖諦の第四の真理にあたる

 で、このようなお釈迦様の教えはとくにインドのナーランダ大僧院で栄えて、このナーランダ出身のナーガールジュナが中観について、ダルマキールティ、ディグナーガとかが論理学などを説いた。

 このナーガルジュナこう言っている

「真実のありようと一致しないものは、釈尊の言葉であっても言葉通りにうけとっては行けない」

 これは仏様の教えには様々なものがあるため、時にはある教えとある教えが矛盾するかのように見えるが、それは弟子の資質にあわせて臨機応変にお釈迦差が説法してるいからである。つまり法王様がここでおっしゃりたいことは、「御釈迦様の言葉であるといってもそれを言葉通りに受け取るのではなく、ちゃんと分析してから理解しなさいよ」ということ。

 そして、次にこのナーガールジュナの哲学が八世紀のチベットに伝わった話が続く。時のチベット王ティソンデツェン王がナーランダ大僧院からシャーンタラクシタを招き、彼は中観を説いて、そしてこの哲学を支える論理学もチベットに導入された。八世紀にはこのシャーンタラクシタが落慶したチベット初の大僧院、サムエにおいて中国禅を説く和尚と、インド仏教の哲学を奉じるカマラシーラとの間で論争が行われ、カマラシーラが勝利した。
 
 この論争の際、和尚は瞑想(禅定、要するに座禅)するだけで悟れると主張したことに対し、インド仏教の代弁者であるカマラシーラは仏教哲学を勉強し、智慧を育むことによって悟ることができる、と主張した。つまり、勉強しなければいつまでたっても悟れないのである。

 さてここからテクストの説明

●第一偈

〔縁起を〕見て〔それを〕説かれたため
〔釈尊は〕無上の智者であり、無上の師である
〔故に〕縁起を見て、それを説かれた
勝利者(仏陀)に礼拝いたします。


 ここの解説のポイントは行ごとに前半と後半が対応していることである。つまり、
「縁起を見る」=「無上の智者」
「縁起を説く」=「無上師」
で、これをしたお釈迦様スゴーイ!!という意味である。

●そして、第二偈 
この世のいかなる堕落も
その源は無知(無明)である
〔縁起を〕見ることにより、それ(無明)を滅することができるため
縁起〔の教え〕が説かれた。


●法王は縁起には2つの意味があると説く。
 1つ目は「あらゆるものは原因に依存して存在している」という因果の法則という意味での縁起。
 2つ目の意味とは「あらゆるものは他のものに依拠して名付けられただけの存在である」という意味での縁起。

●そして縁起が2つなので、それに対応して無知(無明)にも二種類あり、その説明とそれぞれに対する対処法を含めて以下のように説いた。

まず世俗レベルの無知とは「因果の法を知らないこと」なので、この愚かさを滅するためには「あらゆるものは原因に依存して存在している」と知ることである。これを知れば来世人や天人に生まれることができる。

次に、究極の意味での無知とは「ものごとの真実のあり方を知らないこと」である。この無知を滅するためには「あらゆるものは何らかの他のものに依存して考えられた(名付けられた)ものであるがゆえに空である」と知ることである。このタイプの無知を滅すると解脱の境地に至る。

お釈迦様は「祈ることよって悟れる」などとは決して説いていない。四聖諦も「自分で自分の煩悩を滅して解脱しろ」と言っている。

●悟る、つまり、仏になるためには、善行を行い(福徳)智慧を育む(智慧)という二種類の資糧を積まねばならない。

・因果に基づく縁起を知ると、善いことをすれば善い結果が生まれ、悪いことをすれば悪い結果がでると理解できるので、他の人に害を与えることを慎み善行(福徳)を行うようになり、仏の色身(身体)が得られる。

・そして「他者の役に立ちたい」という菩提心を育むと、智慧の資糧を積んで、仏の法身(空性を悟っている智慧)が得られる。

 この福徳と智慧の2つが揃うと仏になれるのである。

 あらゆるものはそれ自身の力でなりたっているのではなく、他に依存して存在している。従って、意識の対象に対して実体を見いだしてはならない。世の中は戯論である。

●最後に、みなで菩提心(他者の役に立ちたいと思う心)の生起をやりましょう。

 というわけで、以上の法王様の講義を端的にいうと、縁起の法を学ばずして、つまりは仏教哲学を勉強せずに、ただ瞑想してても悟れないよ。ものごとの有り様とは「すべて何らかのもの原因に依存してなりたっている」(縁起)ので、その実体なるものを探し求めても何もない(空)、ということなのである。

 はいここで時間切れ。平岡センセが2つおいた席にいらっしゃったので、ご挨拶をし一緒にお昼に行く。平岡センセは昨日から横浜にいらしていて、法王がお泊まりのホテルの10階下に部屋をとっており、昨晩謁見されたそう。
 
 今回は、密教の観想定番である、「世界中のすべての生き物が仏の姿に変わって自分自身にしみこんでいく」ことの意味について伺ってみたそう。法王様の答えはこれは世界をかたどったマンダラを自分の身1つに収斂する瞑想と同じで、体全体にめぐっている「風」(生命エネルギー)を心臓のところにある「不滅の滴」(死に際して最終的に顕現する意識)に収斂していくためのトレーニングだそうな。つまり、前者が器世間(環境世界)で、後者が情世間(その環境世界の中に住む生き物たち)を用いて、風を収斂するトレーニングをしているということ。

 お昼は事務所の計らいで準備された立食パーティのお部屋でいただく。そのお部屋に法王さまが顔を出して下さり、ダンナ様と私と法王様という並びでスリーショットを撮ることに成功。しかして、その写真を見た院生のM

 「先生、囚われの宇宙人みたいですね」

 吹いた。

 疲れたので午後の部は次のエントリーで。
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COMMENT

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木魂 | URL | 2010/06/27(日) 02:21 [EDIT]
お疲れ様でした。ウチからはランドマークがよく見えます。

まこと | URL | 2010/06/27(日) 08:49 [EDIT]
先生、貴重な法話の記録、ありがとうございます。あらためて文章で読むとさらに理解が進みますね。まあ、理解と言っても僕みたいな凡夫だと超浅いモノですが...法王様の午前中の法話、すごーく良い内容でしたね。感動しました。
会場のモニターに最前列で平岡先生とご一緒におられるのが、ばっちし映ってましたよー。あ、ご挨拶に行かなくてすみません。
エントリ、ありがとうございました。午後の部もお待ちしています。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2010/06/27(日) 10:28 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

匿名希望 | URL | 2010/06/27(日) 11:18 [EDIT]
きのうの昼食会場にご一緒したものです。
突然の法王様のお出ましに大変驚き感激しました。
法王様は大変フレンドリーにみなさんに対応なさいますが、それに甘えてなのか、自分はこんなに法王様と親しいのよ!と見せたいのか、一部のご婦人方の馴れ馴れしい態度にはちょっと引きました。
戒律を守ってご修行なさっているチベット僧にむやみやたらに抱きついたりしてはならないと思います。第一、僧に対しての尊敬の念があれば、そういう態度はとれないはずです。その点、先生の法王様への敬意ある態度はさすがでした。

シラユキ | URL | 2010/06/29(火) 10:05 [EDIT]
>木魂くん
会場はパシフィコ横浜でした。ラードちゃんブログよかったでしょ?

>まことさん
遠方よりおこしいただきありがとうございました。私のところからは画面が見えなかったので、自分がさらしものになっていたとわしりませんでした(汗)。

>おこぞうさん
たぶんみなさんに期待されていると思い記憶がうすれないうちにとメモをアップしました。

>匿名希望さま
法王は修業と学問を両方おさめた高僧なので、凡夫のわが身としては、分をわきまえねばならないという気になります。さらに、本土のチベット人はどんなに仏教をまじめに実践していても、法王とあいたくてもあえないということを考えると、さらに身が縮まります。

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