白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/08/06(金)   CATEGORY: 未分類
随喜の法則
※お知らせ  
 学生がツイッターの罠にはまって困り果てていたので、学生のためも考えて、仕方なくツイッタ始めました(かき氷屋か 笑)。
 http://twitter.com/okamesaiko

 さて、本題。

 昨日アンビリバボーで、催眠療法で突然ネパールのタマン語をしゃべりだした主婦の話を特集していた。彼女はネパールに行ったことも、ネパール語を学んだこともないそうなので、「これは前世の人格ではないか」と番組スタッフが彼女の話の裏付けを求めて、ネパールにいくという話。

 結局確たる証拠はつかめなかったのだが、彼女が正確なタマン方言をしゃべったという事実に対しては説明はつかなかったのであったった。

 で、そのあともうすぐ南インドのギュメ寺に行くという平岡さんと電話で転生話をする。今回の訪問の楽しみとは、元ギュメの管長であるドルジェタシの転生と会うことという。

 平岡さんが80年代後半にギュメ寺に留学(修業?)しにいっていた時の副管長さんがこのドルジェタシであった。彼はその後、管長になり、常日頃より「死ぬ時はガンで死にたい。〔卒中などの突然死と違って〕死ぬ準備ができるから」と言っていたそうだが、その言葉の通り1999年12月にガンでなくなった。

 で、なくなる間際の死の床に、ダライ・ラマ法王のファックスが届き、そこには「師であるわたし(法王)と観音を一体とみなして死を迎えよ」という旨が記してあり、ドルジェタシ先生はそれを見た瞬間にトゥクダム(医学的には死んでいるのだが、まだ心臓に不滅のティクレがまわっているので腐らない状態)に入ったという。そして、亡くなられる前に、「私のものはそのままにしておけ」といかにもまた戻ってくるという遺言を残されたそうな。

 平岡さんはその年もギュメを訪問していたのだが、彼が訪れた時はちょうどトゥクダムが終わった時点で、ドルジェタシ先生は右脇を下にした涅槃の寝姿で法衣をかけられていたそうな。

 ドルジェタシ先生はギュメ(密教学堂)の管長になるくらいの方なので、チャクラの観想とかもばっちりできていて「チャクラは経典に書いてあるそのままの形だった」とおっしゃていたそうな(ちなみに経典に説明されているチャクラの形は、よく人体マンダラに描かれる蓮の花型ではない)。

 このドルジェタシ先生が今回、10才くらいの少年になってギュメにもどってきたのである。平岡さんは前世の人格と密なおつきあいがあったそうなので、「少年の言動を左脇えぐりこむように観察してきてね」とお願いする。

 そいえば、前のエントリーで、ゲルク派では修業と学問が人的評価の基準といったが、まだ何もはじめない子供のうちから転生僧は高僧に扱われるから、おかしいんじゃない?と思う方もいるかもしれない。

 その答えはこうである。転生僧であるからこそ、人一倍「できて当たり前」というプレッシャーにさらされ、それに応えられないと、「あーあ」と言われて、なんちゃって転生僧として「今生はもう仕方ない、来世に期待する」とかいわれちゃうのである(笑)。

 そして、たとえ、転生僧であっても、大学僧であっても、もし還俗してしまったら、その瞬間にそれまでの評価はがらっと変わる。その人が高潔な行いと言動をしているうちは人々はその人を評価するが、そうしなくなった瞬間に評価は変わるのだ。そこには情も馴れ合いもない。

 その人の行いがあるだけ。

 私が「チベット仏教の高僧はスゴーイ」というと、「還俗したヤツもいる」「詐欺師もいる」「いい加減なやつもいる」といい「チベットを美化している、だまされるな」とかいう人がいるらしいが、こういう論法をとる人は寂しい人。

 私が「すごい」といっているのは、学を究めて、行によって有名になったホンマモンの高僧である。そして、その人を生み出したチベット僧院共同体もすごい、といっているのである。これについて反論ができるのならしてほしい。それをほめるのは、「エエことしている人に、エエことしはったなあ」と随喜をするためである。

 わたしはあくまでも「今その人が良いことをした」ことを評価しているのであり、その人が属する集団のすべての人が善い人だといっているわけでもなく、逆に、その人が悪いことをしたら、その行為を指摘するまでで、その人の他の部分について必要以上に責め立てることもしないし、ましてやその人が属している集団すべてが責めを負わされるべきだ、とも思わない。

 ひどいといって全てを否定するわけでも、その人が素晴らしいからといって、その人のすべてを無批判に受け入れているわけでもない。このようなものの考え方はチベット的評価方式という。この言葉、今考えついたんだけど(笑)。

 チベット人なら誰でもしっている仏典の言葉に「金の真贋を確かめるために、焼いたりこすったりするように、仏の教えも論理によって検討してその教えの真贋を判断せよ」というものがある。

 たとえば、ガワン先生が「ロサン・チューキゲルツェン(パンチェンラマ一世)はツォンカパの『五次第を明らかにする灯明』の内容を『五次第の心髄』で解説しているが、難解な箇所は飛ばしている」などとおっしゃっても、これは「自分はパンチェンラマ一世よりできる」などの気持ちでいっているのではなく、パンチェン一世を大学者として認めた上で、この部分は~というかたちで言及しているのである。

 ガワン先生がなくなられた直後、平岡先生がダライ・ラマ法王と謁見した時、ガワン先生の遺影をごらんになられて、法王が涙ぐまれた。その時、平岡さんのお父上が

「同世代の人がなくなるのは悲しいですね」みたいなことを言うと法王は

「同世代がなくなって情で悲しいのではない。仏教を究めた碩学がいなくなったのが悲しいのだ」とおっしゃられたという。

 たしかに、ガワン先生が若い人にやった説教の口癖も「仏教を学ぶときの動機で、自分の名前を挙げようとか有名になろうとかいう気持ちでやってはならない。私が法王に可愛がられるのは、私が学問と修業をきちんとやっているからである」であった。ガワン先生の評価基準も「修業と勉強」という善をなしたか否か。

 ガワン先生の晩年、日本で療養中のガワン先生のもとに、リンリンポチェの転生者があしをのばしてお見舞いにこられた。よれよれだっガワン先生はその時、しゃきっと背筋を伸ばして、わざわざ日本までお見舞いにきてくれたリン・リンポチェに対して、

「若いうちはフラフラ外国に出歩かず、僧院にこもって修業と勉強をやれ」と説教したそうな(笑)。

 こうして若い転生僧は高僧に叱責されるうちに、高僧になっていくものと、還俗して寂しい生涯をおくるものとに分かれるのである。転生僧であろうが、何であろが、評価の基準は「どういう善いことをやったか」。

 このようなものの考え方には学ばされる。人は極端に走りがち。自分が一人気に入らないヤツがいると、坊主にくけりゃ袈裟までにくい、で、その人の属する集団、そのほかまですべて毛嫌いする。逆に好きとなると、何もかも全面的に受け入れて、金を貢いだりする。しかし、チベット人はもっと理性的に「今その人が何をやっているのか」を問題にする。

 そして、何かを言挙げする時は、あの人はああいうワルいことをした、というよりも、いいことをした方をあげる。平岡さんがいうてはったけど、ダライ・ラマ法王はむろんのこと、ニンマ派のお坊さんでも、どこの宗派のお坊さんでも、「高僧」になると他宗派や他宗教人を悪くいう人はいないとのこと。なんで大阪弁がうつってるんや。

 批判すべきところは批判し、評価すべきところは評価する。部分をもって全体を否定することも、全体をもって部分を否定することもなく、情やなれあいではなく、事実と結果が重視される、こんなチベット的評価方式をわたしもできるだけ身につけていきたい。
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COMMENT

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● ついにコメント送ります!
bunbun | URL | 2010/08/06(金) 23:49 [EDIT]
はじめまして。

ダライ・ラマ法王の魅力に気付いてからは、いつも先生のブログ楽しく拝見させてもらってます。

チベットの人々の考え方や先生の強い信念はとても私を導いてくれています。
本当にありがとうございます!自分がこんなに色んな事考えられるようになるとは思いませんでした(笑)

今まで与えられるがままに受け取って、その上何もせぬままのくせに、満たされないような感覚を持っていたように思います。


今は、目に見える事だけがすべてじゃないと学びました。すべては繋がっているのだと本当に色んな場面で感じます。正しい目で物事を見る訓練のため、これからもよろしくお願いしますね、先生。


今日は広島の日でしたね。こんな日に初めてコメント出来、感激です。

みかん | URL | 2010/08/07(土) 12:45 [EDIT]
>転生僧であっても、大学僧であっても、もし還俗してしまったら、その瞬間にそれまでの評価はがらっと変わる。その人が高潔な行いと言動をしているうちは人々はその人を評価するが、そうしなくなった瞬間に評価は変わるのだ。そこには情も馴れ合いもない。

:金持ちだった者が貧乏になった時の世間の見る目が変わるのと似てますね。俗世とシステムが似てますね。

>こうして若い転生僧は高僧に叱責されるうちに、高僧になっていくものと、還俗して寂しい生涯をおくるものとに分かれるのである

:還俗したら寂しい生活になるんですか~。恐ろしいですね。。
俗に言う挫折って奴ですかね。 寂しい生活か~
本当に高僧の生まれ変わりだったら還俗しても何かしら自分で立ち上げて世のためになる力があると思ってました~
袈裟が有るか無いかで変わってしまう世界なんですね~

どうも興味深く読ませていただきました!

白雪 | URL | 2010/08/07(土) 17:56 [EDIT]
>bunbunさん
コメントありがとうございますっ! 私のいうことも、そのまま採用しないで、適宜場面にあわせてカスタマイズして利用してくださいね。ただポジティブな側面をみることは、どんな場合でもとてもいいことだと思います。

>みかんさん
還俗するとやはり施主も弟子も失いますから、一から信頼関係を新しい世界で築くことになりますし、哲学の勉強をしていても、チベット語しかしゃべれないと、現実社会では工場労働者しか職がないというのが現実ですから。いきおい嫁さんに食べさせてもらうとかいうとほほなことになりがちです。
ちなみに、妻帯を認めるニンマ派の行者には還俗という概念がありませんから、あまり変わらないかもしれません。

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