白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/08/19(木)   CATEGORY: 未分類
チベット学今昔
二冊目の学術書の出版をめざしているため、そこにおさめる十本の学術論文の耳を揃えるべく、毎日細かい作業を営々としている。一本は書き下ろしだけど、残りは過去に学術雑誌にのせたものである。

 この本を作る作業ってミュージシャンがベスト版のアルバム作る作業なんかににていると思う。今まで発表してウケタ論文はむろんのこと、埋もれて惜しいと思うものをとりあげて有機的なつながりのある1つの作品にしあげていくのである。

 で、一応一本書き下ろして九本選んだんだけど、そう簡単にいくはずもない。それは何年も昔に書いたものを今みると、文章とか論の運びとかが未熟というか、気に触るというか、自分で自分の書いたものにイラッとするのである。そこで、気になる部分を書き直すと、古い革袋に新しいワインをいれることになり、底が抜けるので、結局手直し部分は拡大していき、最初から書き直した方が早いようなものもでてくる。

 また、比較的最近の論文であまりいじらなくていいものでも、発表した後に新しい史料を見つけたりすると、その情報を論文のデータの最初の部分にメモにしておいてる。これをみながら論文内容にもいろいろ修正を行うので、残りの九本もけっこう手間暇かかる。

 結果、論文を約2つ書き下ろしつつ、その気晴らしに残る論文に手を入れるということになり、よく言えばマルチタスクの聖徳太子、悪く言えばザッピングADHDである。

 で、今回とりあげることを決めた論文の中には、実は一番最初期に書いたものが1つある。これを読み返すと、今なら簡単に分かることが分からないという扱いになっており、時代の変遷を感じた。

 かつては聖典名、人間名、事件の流れなど分からないことがたくさんあった。それが今分かるようになったのは、もちろんこの長い年月の間にチベット文化に対する自分の理解が深まったということもあるが、それ以外にもチベット語辞書の完備、チベット関連情報のデータベースの完備などに助けられて、歴史的な人物の伝記や著作について昔よりもお手軽に調べることができるようになったことが大きい。

 私が研究始めた頃は、チベット語の辞書は紙媒体のみで『蔵漢大辞典』三冊本もでておらず、チャンドラ・ダスとかイェシュケとかの辞書を使ってテクストを読むかしなかった。しかし、これらの辞書はいかんせん語彙数が少ないので、分からない単語も多かった。東洋文庫に研究員のゴマンの元座主ゲシェ・テンパゲルツェン師もいらしたが、なにしろ私が未熟だったので、テクストに書いてあることの何をどう聞いていいのかも分からない状態だった。ゲシェラも仏教の研究者ならいざしらず、歴史の研究者が何を求めているのか分からないから教えようもない。

 まあ、早い話が私が若い頃、チベットを学ぼうと思うと情報沙漠だったのだ。

 チベット語のテクストを手に入れようとすると、どこかの図書館に収蔵されているテクストをその図書館の言い値で焼き付けるために、安くても一枚百二十円とかいう焼き付け代を払っていた。1つ丸ごとテクストを手にしようと思うと万単位のお金が軽くとんでいった。

 ところが、今はどうよ。

 チベット語のオンライン辞書(http://www.nitartha.org/dictionary_search04.html)はあるわ、経典名調べようと思ったら、北京版のオンライン検索はあるわ(http://web.otani.ac.jp/cri/twrp/tibdate/search.html)、高僧の生没年、著作名、伝記などを調べようと思ったらTBRCはあるわ(http://www.tbrc.org/#home)、実際にテキストがほしかったら、スキャンしたデータをPDFにしたものを購入できる。さらに大学などの機関がTBRCに一定の金額を払えばオンラインでダウンロードできるようになっている。

 私の青春と金を返してくれ。

 思えば、このようなチベット関連のデータは、大谷大学の北京版大蔵経のデータをのぞけば、アメリカやヨーロッパの研究者と関係者ご一同の尽力のたまものである。ここまでチベット関係のデータが欧米でつくられるのは、欧米でチベット文化がちゃんと評価されていて、さらに研究者が多く、さらにはその研究も盛んだからであろう。

 満洲史やモンゴル史をはじめる時、こんな行き届いたデータ環境はないだろう。

 そこで、ことし四月からチベット語をはじめた院生Mに、「あなた自分がどんなに恵まれているか分かる? もし満洲語とか、古典モンゴル語をやろうと思ったら、まず紙媒体の辞書かうことになるのよ。チベットだからここまでデータが揃っているの。私が若い頃なんてね、テクストよむたびに人名や地名をカードにとってその情報をストックして、それをくりながら論文書いたいたんだよ。それをしなくてすんでんだから、さっさと一人前になって先生に楽をさせて」といってうざがられている。
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COMMENT

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● 新刊おめでとうございます!
zima | URL | 2010/08/19(木) 22:06 [EDIT]
本出るんですね!買って読ませていただきます。
でも大半授業でやった内容のような予感が早くもしているのですが…本が出る段階でナマで聞いてる人からすると大体そういう構造ですよね。
すでにアカデミズムから遠ざかって早数年なのでさっぱり読み進められない気がしますが…
先生の若い頃の努力があるからこそ日本でのレア価値があるのではないかと思います。日本でそこまで研究する人間がいないから、逆に大家と呼ばれる方も少ないのでは。
仕事していると本も読めないし書けないですね。
個人的にはチベットは秘境だったからこそ価値があったんですが、一般化してきましたね。手軽にいけるようになりましたし、ニュースにもでるようになりましたし、逆に需要は増えると思います。

中国語にしても電子辞書が出た段階で、簡単に調べられてレベルアップできるようになった反面、昔のような意味不明な文献を解読する喜びと苦しみがなくなってしまってなんか寂しい感じです。

別件ですが、ゼミの時に漢文で追っていた清朝末期のモンゴルのボスは誰でしたっけ。たまに気になるもののfar awayです。。。
仕事と研究で使う脳みそは別の部分ですね(笑)
● 気が早すぎます
シラユキ | URL | 2010/08/19(木) 22:29 [EDIT]
>zimaくん
学術書ですから、原稿ができてから、助成金の申請をして、助成金が降りることが決定してはじめて、じゃあいつ頃、できあがるかな、とかいう、一般書からは想像もつかないながーい道のりです。でも、一番時間かかるのは中身の研究ですから、それは本にするまでは歴史学の場合最低でも十年は研究しないとだめなので、ここまでくるとあとちょっとという感じはしますが。ゼミで読んでいたのはオタイですが、彼については私論文書いていないんですよ。
● よくわかります
Susumu | URL | 2010/08/19(木) 23:09 [EDIT]
 図書館や図書室にノートと辞書を持って通った学生時代を思い出しました。カメラを持って文献の複写をしたこともありました。そのうち、リコピーというのができて、便利さに感激したり。
 論文の英語の校閲をしてもらうのも大変でした。でも、僕の分野ですと、それ以上に実験方法の進歩はめざましく、学生時代には全く不可能ではないかと思われたことが可能になっています。
 でもその分、研究に膨大なお金が必要にもなっています。研究の進歩はどれだけお金を集められるかに掛かっていて、研究者がお金の獲得に汲々とするような時代になっています。
 定年退職したとき、もうこれで、自分の研究費はともかく、院生たちの研究のお金も集めなくてすむんだと、嬉しく思いました。

白雪 | URL | 2010/08/20(金) 00:27 [EDIT]
>susumu先生
日記から拝見するにじょじょに復調されてていらっしゃるようで、安心しています。鎌倉楽しみにしています。たしかに、理科系の実験ジャンルの技術の進歩は文系の比ではないでしょうね。そしてお金のかかりかたも・・・・。しかも、学生の研究費まで・・・。文系でよかったです。

mimaco | URL | 2010/08/20(金) 12:37 [EDIT]
恐らくイシハマ先生の数年下ですが、勉学に勤しまない学生だった私でも、資料を探すだけで膨大な時間がかかっていたあの頃を思い出します~。
Windowsもインターネットも一般的でなかった当時、全ては紙媒体が頼り(マイコンとか、パソ通とか、でっかいフロッピーディスクとか懐かしい)。演習のちょっとした発表をするのでさえ、専門図書館に赴いて閉架書庫のカードからあたりをつけて資料を請求し、10冊ほどページを繰ってみて全部ハズレなんてこともざらでした。教授のお手伝いで他県の資料館まで行き、古文書の変体仮名から必要な情報を探したこともありましたっけ(遠い目…)。
今ではデータベースをネットから検索して、電子データで請求することができたりするのですから、あの頃からすれば信じられないような進歩ですね。最終的には原本を目にする必要があったとしても、地方の大学の学生には専門図書館へ行く交通費だって馬鹿にならず、さらにそれをコピーしてもらうとなると、それは痛い出費でした。その点だけでも時間と出費が抑えられるのは夢の世界です。
先日、職場で同世代の人と「社会人になりっての頃はパソコンなんて真っ黒の画面に緑の文字がならんでるだけで、それすらあるのは物流とか経理とか限られた部署だけだったよね。」と話していたら、聴いていたワカモノ(と言っても30ぐらい)が、「えぇ?!じゃあどうやって仕事してたんですか?」とドビックリしてました。「モチロンだよ。データ集計した連票用紙から、結局アナログに手計算で分析したりしてたね」と答えたけれど、全くピンとこないようでした。ははは。

シラユキ | URL | 2010/08/20(金) 15:48 [EDIT]
>mimacoさん
>えぇ?!じゃあどうやって仕事してたんですか?
爆笑ですね。わたしは修論はワープロで提出しましたので、ぎりぎり手書き腱鞘炎の時代ではありませんっ。資料を紙媒体で集めていた時代、探していた時代、時間はかかったけど、探している間に別のことにきがついたりして、検索してたらみつからないことに気がついたりもしたので、あれはあれでよかったと思います。と思わないとやってられんし。
● 近くなら
モモ@八尾 | URL | 2010/08/24(火) 00:10 [EDIT]
ぜひ鬱病のリハビリとして働いてみたいです。
1日チベットグッズに囲まれて労働として
すごい幸せなことだと思います。



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