白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/10/23(土)   CATEGORY: 未分類
ひとかけらの神性もなくなって
さて、BBC中国語サイトに、中国政府が支持するパンチェンラマはズルによって選ばれた人であることがのっていたので、翻訳してみました。私は中国語が苦手で、漢文のニュアンスとか伝えるのはムリなので、読める人は原文みてね。

 ちなみに、文中の赤字は私のツッコミです。
 
2010年10月18日 グリニッジ時間12:30 蒙克

 青海のクンブム=チャンバリン寺(原文は塔爾寺ですが、中国名は正式名ではないので、チベット名で。ゲルク派の宗祖ツォンカパの生地に建てられた由緒ある寺で、ダライラマ三世の時代にドゥルワチュージェーによって本格的な僧院としてスタートを切る。)の前僧院長で中国仏教協会副主席のアキャ・リンポチェ(活仏とありますが、この単語は中国人のみの使用言語。仏は転生しません。なので、原文は活仏ですが、リンポチェの尊称に変えます)がBBC中国語サイトの独占インタビューを受けた中で、中京がチベット仏教の指導者であるパンチェンラマを選んだ際の「金の壺でのくじ引き儀礼」において、ズルをしていたと語った(しかし、そもそも歴史的にくじ引き儀礼が高僧の転生者を選ぶ正式手続きでもないし、ダライラマの選んだ候補も入っていないし、ズル以前に数々の欺瞞がある・・・)。

 チベット仏教二番目の指導者パンチェンラマ十世は1989年に遷化され、その転生者を選定する儀式が、六年後の1995年11月29日早朝、チベット、ラサのチョカン(原文では大招寺)で秘密裏に挙行された。当時の国務委員羅干と国務院宗教局葉小文は中央政府を代表して、転生者を選ぶくじ引き儀礼と冊封儀式(原文ママ。いつの時代だよ。爆笑)に参加した。

 アキャ=リンポチェとその他のチベットの転生僧はこのくじ引き儀礼に当時参加していた。アキャ=リンポチェはこう回想した。

「彼らは当日午前三時にチョカンにいった。ポミ=リンポチェが跪いた後に直接金の壺からある候補者の名前を記した一本の籤をぬきだし、その場にいた羅干に渡した。」(中略)

 国務院宗教局前局長葉小文

 羅干は象牙の籤を時の西藏自治区主席のゲルツェンノルブにわたし、ギャリ県のゲルツェンノルブが籤にあたり、第十世パンチェンラマの転生者であると認定した。このことは後に、チベット人の間で、笑い話として知られることとなる。「ゲルツェンノルブがゲルツェンノルブを選んだ」と。

 アキャ=リンポチェは早朝五時にチョカンから宿泊するホテルに戻り、次の日の午前当局の配下にあるテレビや新聞はくじ引き儀礼は午前十時にチョカンで挙行されたと伝えていた。アキャ=リンポチェは当時テレビと新聞などの近影で三本の籤の長さが均等でないのを見た。アキャ=リンポチェのこの疑問は、後に北京に戻る専用機の中で裏付けられることとなる。

 パンチェンラマの転生者の選定と十一世パンチェンラマの即位式がラサで挙行された後、アキャ=リンポチェとジャムヤン=リンポチェは国務委員李鉄英と中央政府の特使である国務院宗教事務局局長葉小文とともに、専用機にのって北京へと戻った。

 高官「天の機密を漏らす」(どんな"天だ" 爆笑)

 パンチェンラマの選定と冊封(笑)は当局の計画にそって順調に進行し、いわゆる「ダライ集団の破壊」などというものは起きなかった(再爆笑)。葉小文は飛行機の上で、李鉄英、ジャムヤン、アキャ両リンポチェに向かい、誇らしげに、彼らがダライラマが別の転生者を宣布した後にいかに努力して臨機応変に対処したかを語った。

 アキャ=リンポチェは今年三月に「Surviving the Dragon」(中国語訳 (順水逆風)という英文の自伝を出版した。彼はその中で葉小文の当時の肉声をこう伝えている。

 「我々は転生者を選定する過程で、万に一つの過失を犯さないように、選ぶことになっている人の名前を書いた象牙の籤を包む錦のカバーの中に綿をつめ、我々が選んだ人の籤が高くなるようにした。こうして選ぶことになっていた人の籤をうまくあてた。」

 『人民日報』のチベットに駐在する記者劉偉は1995年11月29日のくじ引き儀礼の現場にたちあってレポートしている。劉偉が事後に発表したレポートによると、くじ引き儀礼が挙行される前に最後に籤の名前をしらべたのは葉小文であり、「彼は籤を調べ終わった後、お盆においた細長い黄色の緞子のカバーを手に取り、籤をつつんだ。籤ごとに緞子のカバーでくるみ、葉小文は非常に長い時間をかけた。ついに葉小文は落ち着き払って三人の名前がかいた籤に黄色の緞子のカバーでくるみ、頭をあげ、態度はっきりしており、すごくリラックスしていた。」
(御用記者がヨイショ記事?)

 アキャ=リンポチェによると、当局が指定したパンチェンラマは今にいたるまでチベット人の広い支持を得ているとは言い難く、多くの寺院ではこのパンチェンラマの写真を掲げていない。

 アキャ=リンポチェ曰く、くじ引き儀礼は清朝皇帝がチベットの諸事務に対して権威を持つことを象徴するために行ったものであり、チベットの転生僧の認定においてこのくじ引き儀礼を用いるか否かについては議論がある、という(確かに、今のダライラマも、前のダライラマもこんな儀礼へてませんがな)。チベットの伝統に基づけば、転生者の名前は大麦の粉を丸めてつくった団子の中にそれぞれいれ、それを箱にいれてゆらして、箱から飛び出した団子に入っていた名前をそれであるとする儀礼はある。

 最後にアキャ=リンポチェが述べた占い法はタクディル(rtag bsgril)という占いである。かつて転生者を選定する際には、前代の側近による面接試験、シャーマンの託宣、前代の残した様々な予兆などに加えてこのタクディルの占いなども用いていた。

今回の証言を行ったアキャ=リンポチェは×国共産党の選んだ偽パンチェンに仕えることが耐えられず、翌年亡命した。

 今中国政府がもちあげているパンチェンラマはニュース中にも触れられているように、チベット人の人気は惨憺たるもので、それでも一応籤にあたるくらいラッキーさはあるのかと思いきや、あの茶番、もとい、くじ引き儀礼自体がはじめからゲルツェンノルブを選ぶために設定されていたとあっては、彼にわずかばかり存在していたかもしれない神性もこれで一巻の終わりとなったというお話でした。

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Hisano | URL | 2010/10/26(火) 11:35 [EDIT]
ここまで、メッキが剥がれ落ちると、どんな錬金術師をもってしても、メッキのし直しは出来ませんよね。

偽パンチェン・ラマの件に限らず、最近の×国政府の行なっている事は、全て×国政府の思惑から外れているように思えます。
レアアースも日本はインドと締結しましたし、某島での特攻事件も欧米アジア諸国からヒンシュクを買い、他国からの経済支援も縮小され…因果の二文字が頭をよぎります。


シラユキ | URL | 2010/10/27(水) 19:21 [EDIT]
>Hisanoさん
それでも軍事国家だから、そう簡単に体制はゆるがないんですよね。チベットのとあるお坊さんは「毛沢東は特別なカルマをもった人だ」とおっしゃってました。そう簡単に地獄にいかないそうです(笑)。

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