白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/11/01(月)   CATEGORY: 未分類
素人天国日本
 ダライ・ラマ法王のおっかけまではやっていないので定かではないが、法王が一年に二回も日本に来られるのは今年が初めてではないだろうか(違ったらごめん)。これは日本においてもダライ・ラマの評価が高まった証と言ってみたいところだが、そう単純ではないな。

 日本の招聘団体がダライラマを招聘する契機は圧倒的に自らの主宰するイベントの賓客としての場合が多く、ぶっちゃけ彼の知名度をかりて場をもりあげたい、的なノリがおおい。法王の教えを聞きたいから、施主一同心をこめて梵天勧請、みたいな正当派の会合は実はほとんどないのである。

 それに、ダライ・ラマやチベット仏教に対する理解度も、日本は先進各国の中でずぬけて低い。日本ではチベット文化に対する理解もなくチベット語も一文字もよめなくとも、平気でチベットについて語る人たちがおり、それが許されている。ちなみに、欧米ではチベットの文化や歴史はよく理解されているので、生半可な解釈やレッテル貼りはできないし、もしそのような人がいても相手にされない。

 しかし日本ではチベット事情について知る者が圧倒的に少ない。しかし中国ウォッチャーも、マスコミも政治家も中国とのからみでどうしてもチベットに言及せざるを得なくなると、ただ中国の主張とダライ・ラマの主張を並列させて述べ、自分をその中間におきたがる。
 
 でも、真実は一つなんですが(笑)。

 そしてサイアクの人は、中国の主張をそのまま述べる、あるいは、自分の既存の概念をチベットにあてはめて理解した無自覚かつ無責任な言説をとる。なんでこんなこと書くかというとこの一週間立て続けに香ばしい体験をしたからである。

 まず、チベット語はおろか、中国語すらできない某大学の某准教授から、「チベットに関わるとある地域について報告するので、パワーホーイントのチェックをしてくれ」と頼まれた。見ると、どこからつっこんでいいのか分からないくらい、ムチャクチャなものであった。

 用いる概念や単語は「誰かそれがこういっていた」レベルの根拠の乏しいもので、そこにもりこむ様々な実例も基本的な誤謬に満ちあふれている。

 たとえば、北京の天壇と熱河の普楽寺をならべて、この二つは似ているから普楽寺は〔チベット式でなく〕漢式建築とか言っている(爆笑)。この二つは形は似ているがそのコンセプトも施主の建築動機も天と地ほどもへだたっている。

 天壇は中国人の「天は丸く、地は方形」という思想に基づいて、天をまつるこの場を天にちなんで同心円の重層建築にしているのであり、普楽寺は乾隆帝が生涯信仰したチャクラサンヴァラ・マンダラの立体マンダラとして円形の重層建築の姿をしているのである。

 形は多少似ていてもよってたつ思想は全く異なり、この二つを並べて似ているとかいっても、お盆と月が似ているというようなもので、何の意味もないなさないただの思いつきである。

 どうもこの研究者は現地のパンフに書いてあったことをそまま受け売りして、漢式・チベット式といった概念を使っているらしい。

 仕方ないので私はこう引導をわたした。
 
「この素材で何か学術的なビジョンを述べようとすれば、豊かなチベット仏教、中国仏教の知識を持った上で、中国語やチベット語や満洲語の一次史料をよまねばならない。つまり、チベット語も中国語もできないあなたが、明日の発表で何か学術的なヴィジョンを提出するのはムリでしょう」と。

 幸いにとても頭の柔軟な方であり、ご理解いただけた。しかし、もしここで逆ギレとかするようなタイプだったら、私も果敢に受けて立つので(笑)、議論に勝っても人間関係を荒廃させるというパターンに陥るところであった。

 そいえば、チベットやダライラマについてまったく知識がないのに自信満々に一民族の運命について語る最右翼といえば、やはり気合いの入った×ルクス主義者の方々である(あ、左翼か 笑)。

 マルクス思想のサポーターの方々は世界的にみれば絶滅危惧種であるが、島国日本ではまだまだ健在である。最近私が聞いた例でも、とある高校の先生は、2008年のチベット蜂起を「貧富の差が原因の階級闘争」(笑)、「ダライラマが支配するチベットでは人の皮をはいでいた」、「農奴が抑圧されていた」、「チベット人は全然非暴力でなくて暴力的である」、果ては、「ダライラマは人民のために亡命したのではない(自分のためにしたのだ)」みたいなことを平気で教壇で語っていたそうな。

 この高校の先生は実はマルキシストの某帝大系列の大学のO教授さまに触発された結果、こうなったらしい。このおふたりはむろんチベットの歴史も、文化もまったく知ることはない。そのような彼らが、滅びる瀬戸際にある一民族の一つの文化の未来をもてあそぶ権利があるんでしょうか。ないでしょう。
 
 こういう人たちの書くものを共感を持って読む人たちは自分が「チベットに対して何もしなくていい理由」をみつけて安心することであろう。しかし、マルクス思想を後生大事に護って、チベットの文化を滅ぼしても、結局困るのは、我々自身であることは梵天勧請以来の真実なのである。

 この世の不幸は貧富の差をなくす政治によって解決できる、というマルクス思想は、19世紀から20世紀にかけて、知識人の間に流行した。しかし、近年は政治が救える人の不幸なんて上っ面なものだということは共通の認識である。ちなみに、これも二千五百年前のお釈迦様の時代からの真実である。

マルキシストは貧困問題は普遍的問題なので、民族問題を上回ると考えているようだが、チベット仏教は人の不幸を内面から救う普遍的な思想を持っており、その論理性・妥当性については多くの人々に受け入れられている。マルクス思想の普遍を救うためにチベットが犠牲になっていい言われはないのである。

ダライ・ラマは貧困をなくすというマルクス思想には惜しみない賛辞を加えた上で、「でもあなたたちには精神性が欠如しているでしょう?」と問いかけているのである。いい加減、マルキシストも、ダライ・ラマにならって、自分の足りないところを反省して、学問の名をかりた自己の信条の垂れ流しとチベット文化に対する攻撃をやめてくれ。

いくらチベットを攻撃してもマルクス思想に足りないところがある、という事実は変わらないのだから。
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COMMENT

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月夜野 | URL | 2010/11/01(月) 20:39 [EDIT]
>日本ではチベット文化に対する理解もなくチベット語も一文字もよめなくとも、
>平気でチベットについて語る人たちがおり、それが許されている。

ううう、耳が痛い…。
精進します。

シラユキ | URL | 2010/11/01(月) 21:25 [EDIT]
>月よのさん
大丈夫、これ学者とか、ジャーナリストとかある程度の権威があると言われているひとたち限定だから(笑)。

月夜野 | URL | 2010/11/01(月) 23:03 [EDIT]
お慈悲を戴きありがとうございます。

そんな一人(?)、中松氏を新宿で見かけ思わず激写してしまいました。
さすがにゲルク派の帽子は被ってなかったですが…。

カルマ・フォーチュン(♪♪) | URL | 2010/11/05(金) 12:20 [EDIT]
勉強不足ですみません。
でも、僕のサイトは素通りしていく子ばかりで、殆ど誰も観てった気配がないからなぁ。(しくしく。)
多い日10人、少ない日は、ひとりもおらんよ。
ランキング入れてないから。どうだろうねぇ。
宣伝みたいでごめんなさい。
僕も思い当たるもんで。

cuki | URL | 2010/11/07(日) 03:45 [EDIT]
それ、うちの両親です ←マルクス思想
貧困問題、まさに、取り組んでますよ~。
散々聞かされて育ちました。
でも、「活動」や「署名」などのお願いする時は、話が早くて助かります。

シラユキ | URL | 2010/11/07(日) 09:06 [EDIT]
>cukiさん
立派なご両親ですね。マルクス思想もってても、チベットを攻撃しないのなら、健康的じゃないですか。

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