白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/01/29(土)   CATEGORY: 未分類
カオスの宴
金曜日は後期最後のゼミ。四年生にとって学生生活最後のゼミとなる。

 事前連絡なしに突然06年卒の卒業生Yくんがひょっこり現れてびっくりする。五年ぶりに有給休暇がとれて明日からインドネシアに旅行にいくために上京してきたのだという。

 そこで彼もまじえて最後の授業となる。恒例、学生から社会人への橋渡し授業、という位置づけで、ダライラマ法王のお言葉を典拠に、これからの人生の指針を与えることにしている。

 ご存じの通りの就職氷河期。自殺は毎年三万人をこえ、日本は内向きになる一方。

 ある学生がいうには「自分たちの世代は損している。前の世代は日本経済が上向きだったから才能がない人でも成功できた。今は違う」などと自分たちは不幸だ不幸だ、と考える。彼のみならず、マスコミ報道、就活学生の不安な言動などが学生全体に蔓延し、大学にはなんだか末期的な陰鬱さがただよっている。

 こういう時にこういう学生に何いっても「精神論」とか一括される危険があるけど、私の精神論は具体例・事例つきのなのでひと味ちがう。

 六十五年前、この早稲田界隈は空襲で丸焼けだった。日本は戦後、国際的な信用もインフラも何もかも失った超マイナスの状態で再出発したが、その頃、アル中はいてもウツはこれほどいなかった。
 雇用機会均等法ができるまでは、女性が誇りをもって働ける場所といえば、公務員と教師と看護師くらいしかなかった時代もあったけど、その時代の若い女性たちはみな笑っていた。
 
 大学に入れた人も入れない人も、希望の仕事につけた人もつけない人も、いろいろいたけど、みんな生きる力はあった。笑う力があった。

 ダライラマ法王が1959年に亡命したときには、世界はほとんど彼のことを知らなかった。ても、52年たった今、彼の存在感はいやましている。

 チベット人は着の身着のままでインドに亡命して、たくさんの人が中国の侵攻や亡命の過程、そしてインドの気候に会わずに死んでいったが、客観的にいってこれよりひどい状態はないといった状況下においても、心を病むものは少なく、高僧たちにいたってはその陽気さを全く失わなかった。

 今の日本が焼け野原の頃の日本と比べてそんなに悪いとも思えないし、国を失ったチベット人より悪いという人はいないだろう。彼らの方がもっとキツイ時代を生きていた。でも多くはその事態を何とか乗り切っていた。

 日本人が自信をなくし、無力感にさいなまれているのは、何か客観的な事実があってそうなっているものではなく、しょせん「気分」レベルのものなのである。

 日本人の特徴として、現実・事実を直視し分析して、それに対処して行動するという論理的思考がないこと、とにかく現実・事実よりも「今の気分」を世界に投影してそれを「客観的な事実」と錯覚する情緒的な部分がある。

 観念が指し示すもの自体をつきつめていくのではなく、観念そのものをもてあそんで、うだうだうだうだループにはまっていくのだ。

 こんな状態では他人はおろか自分一人幸せにすることはできない。

 これから社会にでたら、もはや「お客様」ではなく、自分がものを作り・提供する側になる。毎日毎日、現実の中で人と関わっていくことになるんだから、その1つ1つをきちんと認識し、分析し、自分がいかにふるまうべきかを考えなさい。

 もちろん、社会人一年生はもちろんすぐに仕事できるようになるわけではないから、まずはこうしなさい。
 自分より能力があり、よく働く人間がいた場合、「こいつがいるから自分が怠け者に見える。」と思ってその人の陰口たたくのではなく、自分より能力のある人間はとにかくほめなさい。そしたらその人はあなたが困った時に助けてくれる。かりにその人が助けてくれなかったとしても、悪口を言わなかったことにより少なくとも自分の品性は下げなくてすむ。

 そして、将来自分より若い人が入ってきた時、その若い子が失敗した時、「お前の失敗でうちのチームの業績があがらん」とかいって責めるのではなく、「今回は始末をつけるが、次回からはこういうことがないように」ととりあえずの愛情を示してごらん。そしたら、その若い子も、次は失敗すまいと気をつけるから。もちろんまったく行いを改めない子もいるだろうけど、その場合はその人の資質の問題であり、先輩であるあなたたちが責めを負うことはない。

 とにかく随喜すること。これはチベットのお坊さんの言ったことなので、確かなかこと。

 というと、卒業生のYくんも職場の人間関係のあり方についていろいろアドバイスをしてくれる。気のせいか私が話す時よりも、Yくんの話す時の方がみなちゃんと耳を傾けて聞いている。

 しかし、いろいろ話しているうちに驚愕の事実に気づく。

今年卒業するのって十人中、四人だけ。あと六人は留年である。

Yくん「負け越しですね」
Nくん「魁皇が調子悪い時の星みたいですね」
K太「卒業式の記念撮影、正装が四人であとは平服というすごい絵面になりますね」
 留年の理由は留学、病気、単位の不足、就活の不調、主義(笑)などさまざまである。カオスである。

 そのあと三年のKくんのおうちでたこ焼きパーティをやるというので、十人でおしかける。もともといった四人をくわえ十四人となり、明らかにワンルームにははいりきれず、玄関にいたるまですわりこんでたこやきを食べる。

難民キャンプである。つかなぜ私がここにいる。

 そして、そのあと同じ日に閉店する印度料理屋に行こうとしたのだが、満員で入れず。仕方ないので、向かいのビルの地下にある中国料理屋に入る。そしたら

K山くんが感慨ふかげに「ここ、三年で最初のゼミ飲みの時にはいった店だ。」。そしたら

kちゃんが「私達ここで始まってここで終わるんですね。あー、学生生活が終わっちゃう」

と言われて私もなんとなく思い出してきた。もうあれから、二年たって、みんな卒業なんだ・・・。何もかも懐かしい・・・(沖田艦長風)。

 って、半分以上留年するがな!

で、難民たちはみなで餃子を百四十個以上はたべた。

その日のKくんの日記

「一番最初のゼミ飲みで使った場所が最後の飲み会の場所になるってところが最高だった。あの頃コイツとはあわないなと思っていた御仁と今は親しいんだから月日って凄い。

泣きそう」

 みんな良い子。
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COMMENT

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あくび母 | URL | 2011/01/30(日) 13:12 [EDIT]
みんな良い子・・・ たしか前回もおっしゃられていたような・・・
良き師の周りに、良き学生が集う、うらやましいです。
 ご卒業おめでとう。 
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| | 2011/01/31(月) 19:10 [EDIT]
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嶺のシラユキ | URL | 2011/02/02(水) 23:50 [EDIT]
>あくび母さん
二年も見守っていると自然と情が移るんですよ。私に限らず誰でもそうだと思いますよ。

>モモさん
チベットのためにいろいろ考えてくださってありがとう。マスコミがチベットをへんに報道することは今にはじまったことでないので、気にしない方が精神衛生にいいですよ。
● 先日はありがとうございました。
ジーマ | URL | 2011/02/03(木) 09:30 [EDIT]
先生の研究室の前で待ってたんですが、時間割すらわからず、困ってましたが、ぶらぶらしてたら授業に遭遇できました☆
かなり偶然のタイミングでしたが3,4年生のゼミに顔を出せてよかったです。まさかの偶然。名渕氏も結婚、新井山邸には毎年3回ゼミ生で集まっています。行雲流水ですね。

mixiで書いたら北京大学一緒にいってた社学の友達もゼミで呼ばれて社会人講演会したみたいです。院の先輩からも、露文の井桁先生みたいに卒業生を集めて授業やりたい、とか、最近そんな話をしています。
社会人×学生、もっとやりたいですね!なんだかんだで我々世代の日本は自分達で支えなければならないですから。主体的に戦えるネットワークを重層的に構築する事が出来たら楽しいですね(笑)最近仕事飽きてきたので(5年もやってれば慣れてきて)、色々プライベートで勉強会等ワサワサやってます。
学生生活なんてうつになっている暇なかったですけどね。新しいこと、楽しい事だらけで(笑)求めれば何でもあった。どこでもいけた。どんな状況であっても前に進むことでしか切り開けないですね。
どんな状況でも笑顔でいきましょう☆
またプラッと行きます(笑)よろしくお願いします!
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2011/02/16(水) 11:03 [EDIT]
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| | 2011/04/01(金) 13:52 [EDIT]
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● Re: カオスの宴
シラユキ | URL | 2011/04/02(土) 15:46 [EDIT]
コメント、ありがとうございます。フリチベで武装していくなら、「料理は料理」だからいいと思います。そもそも中華料理が諸民族の料理の集大成ですから。

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