白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2006/04/29(土)   CATEGORY: 未分類
母に捧げるバラード
今日は母の命日。なくなってからもう十三年になる。

京都の比叡山にあるお墓に詣でたいものの、今年は五月三日に大阪にいく予定があるため、何度も往復するのも疲れるので、今回は家で命日を送ることとする。

母もそんなことくらいで怒りはしない。

このわたしを育ててくれたのだから、それは忍耐強く温厚な人であった。

命日に限らず、母のことを思い出さない日はない。
生きていた頃も、死んだ今も、私にとって一番身近な存在である。

自分の中にあるいろいろなもの、それは母との生活によって植え付けられたものなので、じぶんの中をみると母を見つけることができるのだ。

たとえば今、テレビで大峰山の山桜を映し出している。
すると私は「出っ歯」と思いだし、笑いがこぼれる。
昔、母が「山桜はね、花(鼻)より葉(歯)が先にでるから、出っ歯なのよ」と教えてくれたことを思いだしたからである。
京都の女子大に通っていた母は、鼻の穴の大きい人を「東山トンネル」とも呼んでいたな。
母が生きていた頃は、このようなくだらない話題で二人でよくもりあがったものだ。

いろいろ思いだして楽しい気持ちになる。

今、四十代の息子が親を殺したなどというニュースを目にした。すると私は

「殺すほど親がきらいなら、絶縁して自立しろ。甘えんな」とオッサンな価値観できりこむ。
この私の中の小さなオヤジも私の母が作り出したものだ。

私の父は私の生まれる一週間前になくなっている。
遺産を残してくれたので母は私の養育に困ることはなく、二人の生活はじつに非社会的でおだやかなものだった(家の中に仕事からかえって疲れた顔をする人が一人もいなかったからね)。

生まれた頃から父がいないとドライなもんで、
「父がいてくれたらなあ」とかいう、いじましい気持ちはまったくおきない。
父のいない人生を実感させる、父のいる人生というものが端からないからね。

話をもとに戻すと、母は父のことをいつでもほめまくっていた。一度も悪く言うことはなかった。
曰く、
「あなたのパパは本当にステキな人だったのよ。ダンディーでかっこよくて。芸者さんにも人気があって。でも、絶対女遊びとかしない人だったのよ」エトセトラ。

しかし、回りの人の話を総合すとる、父はたしかにおしゃれでかっこよく、女性に対しても紳士であったらしいが、性格はオヤジそのもの、すなわち、大きな赤ん坊のような人だったらしい。

そう、この大きな赤ん坊が、私のオヤジ性の起源なのですね。

母は私の中になき夫の面影を探し出しては、それを喜んだため、娘である私は母に喜んでもらおうと父ににた側面をとくにのぞんで開発したのだ。

たとえば、幼少のみぎり、わたしがうどんを食すと
「パパも、素うどん(笑)がすきだったわ。ママはうどんがあまり好きでないから、これはパパの血ね」と目を細めて喜ぶ。すると、わたくしには「自分は素うどんを好き」とのすりこみがなされる。

これがうどんくらいならいいのだが、オヤジなたべもの、オヤジな所作、オヤジな価値観とくれば、成人するころにはりっぱなオヤジ女と化すわけだ。

悲しい話だが、ここまでくるともう治らない。
そういうわけで、私のすべての思考や行動の中には、母の存在が、母を通じて醸成された父の存在がなお日常的におだやかに息づき、そのため、彼らの存在をつねに身近に感じるというわけ。

命のつながりというものは不思議なものである。
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COMMENT

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先生の忠実なる下僕 | URL | 2006/04/30(日) 02:05 [EDIT]
段々と寂しいことでございます。
お母様の十三回忌のお悔やみを申し上げます。
先生は以前「桜は母の病床と重なる」とおっしゃいましたが、同じ桜でも、山桜にはそうしたお母様とのかけがいのない思い出があるのですね。

そういえば、そろそろ森君の二回忌なんですね。本当に早いものです。あの時、先生は「同僚の(若い)死は仲間に生をかみしめさせてくれる」とおっしゃいましたが、私は「生をかみしめた」のかを今自問自答した時、それに100%そうだと言えるかは、怪しいです。
と同時に、ちょっとでもそうだと言えるような人生をおくりたいと決意する今日この頃です。
● 知り合いのご住職に命日のお経をあげてもらいました
石濱裕美子 | URL | 2006/04/30(日) 06:30 [EDIT]
そうおっしゃる通り、同じ桜でも、「大切な人を失った喪失感」と「一緒に花見をした頃の幸福感」の両方の感情がないまざります。
 身近な方の死も「人の命のはかなさ」を思うと同時に短い生だからこそ「よく生きる」ことを考える契機にもなりますし。
 
 

モモ@柏原 | URL | 2006/05/01(月) 11:15 [EDIT]
一三回期目のご法要、お悔やみ申し上げます。
ウチの母は「仕事をひたすらする」ことに取り付かれ、
家族は母親の料理をほとんど食べたこともなく、
仕事でうまく行かないと当り散らされ、
つらい日々を送っておりました。
今でも私の病気を早合点して
ヨガだ体操だダンスだ気孔だとうんざりするほど紹介してくれます。
母が欝の原因だというのも、どうも理解したくないようで、
父方の祖母が自分にストレスを与えてるから
それが子に移るんだとあきれたことを言い出すh始末。

こんな母親には二度と生まれてきませんから、と
母が死ぬとき言うでしょう。
● 人間関係がどうにも苦しい時には
石濱裕美子 | URL | 2006/05/01(月) 15:21 [EDIT]
それ以上は相手に期待せず、できる限りその合わない相手とすみやかに関係を絶つことだと思います。
「なんで理解してくれないの」の裏には「理解してほしい」と思う気持ちがあり、嫌いな人間であるにもかわらず、その愛を期待するという自己矛盾があります。
「相手の悪口をいいながらも離れられず、その愛を期待する」。何かおかいしでしょ?
世の中にはいろんな人がいます。ヘビやサソリのように存在するだけで人を傷つける人はいます。そんな人に理解や愛を期待する方がムダ。わたくしの件が参考になるかはわかりませんが、わたくしは「合わない」人とは、つとめて関わらないようにします。距離をおくと、関係が改善することもありますし、みえてくるものもありますしね。

おせっかいなおじさん | URL | 2006/05/02(火) 18:53 [EDIT]
母にも子育ての上手、下手、いろいろあります。でも子に対する愛情はどの母親でももっております。たとえ、ありがた迷惑なことしかしないような母でもそれなりに心配はしているのだとは思えませんか。自分のことを理解してもらいたいと思いだけでは、怒りしかわいてきません。母親のことを理解してあげようと努力したことはありますか。
先生の仰るとおり、距離をおくことは大切です。けれども、たった一人しかいない母親はかけがえのない存在であること、じっくりとお考えいただきたい。

おじさん | URL | 2006/05/04(木) 15:26 [EDIT]
関係は断ち切れないと思いますが。
母と子の関係に限ってはまず無理です。
母を否定することは自分を否定することとなります。
結局は受け入れるしか方法はありません。
実際に母親に理解ある態度をとってみよと勧めたわけではありません。母の自分に対する愛を素直に感じてほしいだけです。
内観療法などよいのではないかと思います。その際に、身体的な距離をおくことは大事だと思います。
母親の愛を素直に感じ、受け入れる。小さな子供でも知っていることですが。
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2006/05/04(木) 22:19 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

元カルニート | URL | 2006/06/03(土) 15:53 [EDIT]
久しぶりにこのブログを訪れました。一ヶ月以上前の記事ですがコメントしたいです。
先生のお母様のお話とても感動しました。授業を聞いていて、この人本当に深いなあと生意気にもいつも感心し、どのようなご両親のもと育ってこられたのかなあなどをはじめ、人生行路に少し興味を持っていました。本当に素敵なお母様ですね。親の顔が見たいと言いますが、今の先生を見ればご両親が本当によい夫婦関係であったこと、また子供に愛を注いで育てたことがわかるような気がします(決め付けるのはあまり好みませんが)。亡くなられたお父様のことを娘の前で褒めまくるお母様が映画のワンシーンのように浮かんできて、関係ない僕の目頭まで熱くなりました。お父様も絵に描いたような理想の夫ですね。本当に妻のことを愛していたんだと思います、、、これ以上は考えると泣いてしまうのでやめますが。
これからも長生きして一人でも多くの学生に、先生のお話を聞かせていただければと思います。親がクリスチャンの僕でさえ心に通じるものがありますので、仏教にとどまらず宗教を超えて訴えるものがあるんだろうと思いました。長々すみませんでした。

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