白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/05/30(月)   CATEGORY: 未分類
モンゴルにガンディー方式
 2008年のチベット人蜂起、2009年のウイグル人蜂起につづいて、今、中国の内モンゴルのシリンゴル盟のモンゴル人が蜂起している(くわしくはこのサイトで)。ちなみに、これらの蜂起の背景にはすべて同じ構図がある。すなわち、中華人民共和国によるこれら諸民族に対する武力制圧に対する恨みつらみ、民族地域へ流入してくる大量の漢人への恨みつらみ(彼らかは伝統的な社会を公害や資本主義によって破壊する)、その結果おきる自分たちの言語と文化の消滅に対する危機感などである。

 日本人の多くは知らないだろうが、実は、チベット人とモンゴル人は歴史的に密接な関係にある。13世紀にモンゴル人が世界帝国をつくるなかでチベットの高僧と出会った。元朝をたてたフビライ=ハーンはサキャ派の高僧パクパを師とし、その後も元朝を通じて皇室はチベット仏教に非常に傾倒した。元朝が崩壊するといったんチベット仏教は衰退するが、1578年にトゥメトのアルタン=ハーンがソナムギャムツォ(後のダライラマ三世)を青海に招いて帰依してより、モンゴルにおいてチベット仏教は爆発的に広がる。17世紀にはハルハ(現在のモンゴル共和国のあるあたりに遊牧していたモンゴル人)の王侯の師弟はチベットに留学し、そこで学んだ教えをモンゴルに移植した。このような留学モンゴル僧の一人ジェプツゥンダムパは、ダライラマと同じく転生によってその座を受け継ぐようになり、20世紀に入り、モンゴルが近代国家として独立を宣言した際に国家元首となりボグド・ゲゲーン政権を樹立した。

 ソ連とモンゴルが社会主義化した際にジェブツゥンダムパの化身を探索することはまかりならん、というお達しがでたが、ジェブツゥンダムパはちゃんとチベットに転生して、チベットが中国に侵略された後はダラムサラに亡命した。で、ソ連が崩壊した後、ジェブツゥンダムパは再びモンゴル共和国に親しく通うようになり、最近モンゴル定住を決意したそうな。ジェブツンダムパが彼の所化であるモンゴル人のもとにもどったのだ。ドナルド・キーンの日本帰化のニュースと同様にええ話しや。

 昨今のモンゴルにはナショナリズムが燃えさかり、チベット仏教も含めて外来の文化を低く見る風潮があるが、チベット仏教は何百年にもわたってモンゴル人の精神の重要な一角を占めてきたまぎれもなくモンゴルの伝統である。日本において仏教・儒教などあらゆる大陸の文化を否定したら日本の文化の大半が語れなくなる以上に、モンゴルにおけるチベット仏教の存在は重い。

 ロシアや中国にのまれたくないのなら、世界的にプレザンスの高いチベット仏教の伝統を復興していくのはモンゴル人にとっても悪いことではない。まあ、モンゴル共和国のチベット仏教はぼちぼちがんばっているみたい。内モンゴル自治区もカムやアムドからお坊さんをつれてきて中国が破壊したチベット寺をどんどん再建するといいよ。

 で、今回のモンゴル蜂起を受けて「民主中国」にモンゴル人作家のタシトンドゥプ(これ、原語のチベット語読み。モンゴル読みではタシドノロプ)の文章がのった。興味深かったのは、モンゴル人もチベット政府のやり方と同じく、モンゴル独自の文化の保持を優先して、独立ではなく「実質的な自治」を求めていること、その方法としても、チベット同様ガンジーの非暴力運動(サティヤグラハ)を採用していることである。

 みな気づいていると思うけど、「武力によって正当な要求をもつ少数者を黙らせる」というイかれた手段は、もはや世界中で通用しなくなっている。独裁政権であれ、イスラーム圏であれ、社会主義圏であれ、隣の拝金国家であれ、武力を用いて国民を黙らせている国がそれを誇り高く内外に示している例は皆無である。みな、自分の行いを必死に隠そうとしている。このような時代に、モンゴルが自分たちの文化をまもろうとする場合テロではなく、ガンディー・スタイルの民衆蜂起が選択されるのは当然の帰結であろう。

 インドが開放経済になった時、ガンディーを「古い」「無力」といって否定した人がいたが、こういう人は「真実」にも賞味期限があり、「真実」を「無力」だと断罪しているに等しい。かりに近視眼的にいって無力に見えることがあっても、真実は時空をこえて生き延びている側面が見えていないだけなのだ。ガンディーが政治的手法として確立した非暴力運動は、1989年の東欧を変え、ソ連を解体し、今年はじめ中東のデモとなって現れた。そして、今、何とモンゴルの民族運動にまで息づいていることがそれを示している。

 以下訳ですが、途中だるくなってはしょりました。興味ある方はここに全文があります。

 「四番目の奇跡:天からいただいた自分のカラーを護ること」タシトンドゥプ

人類の歴史上、かつて数少ない民族だけが奇跡を起こし、人々をして驚かしてきた。いわゆる奇跡とは不可能を可能にすること、例外を現実にすることを指す。中華文明も一つの奇跡だ。彼らのいうことがホントなら、何千年も連綿と続いた古代国家であり、これは歴史の一つの例外と称するに堪えよう。
 日本が近代において起こした奇跡とは、明治維新後、地球上で唯一非白人ながら列強に加わり、今も毎年G7で他全部白人の中で唯一の黄色人種であるということである。・・・。まあ遠からずして中国もこの中に入っていこう。
ここで私が言いたいことは、モンゴル民族はかつて三回奇跡を起こしてきたことだ。それは過去の出来事であるが、記すに値しよう。

第一の奇跡 空前絶後のモンゴル帝国を築いた。これは疑いなく人類の歴史上の一大奇跡である。いわゆる空前絶後とは、かくのごとく広大な帝国はかつてなかったことであり、これ以後もないということである。これが第一の奇跡である。たぶんみんな知っているよね。だから多言をろうしない。

第二の奇跡 モンゴル人の人口は漢人の数百分の一であったにもかかわらず、漢文化に飲まれなかったこと。この種の強大な生命力は一つの奇跡である。真実かって? 歴史を見ると、すぐに気づくだろう。中華を征服した遊牧民はみな同化されて終わった。・・・・もし自分の文化を惜しげもなく捨てたならついには自滅に至る。唯我独尊の儒教文化を受け入れた満洲人は文化を失い、多元的に文化の共生をはかったモンゴル文化はかえって今にいたるまで続いている。

第三の奇跡 民主モンゴルの存在。ソ連が解体した後、新しく独立した中央アジアの国家をのぞけば、ロシアと中国の間で唯一独立国家となったのはモンゴルである。これは明らかな例外であろう。

 清朝末期、漢人の知識人は清朝を倒した後につくる国家の形を論じ、モンゴル文化も検証の対象とし、当時のモンゴル貴族と知識人の心を大いに傷つけた。火器の助けの下、漢人は強大無比となり、〔遊牧民である〕モンゴル人は武力によって漢人がモンゴル地域に流入することを阻止できなくなっていた。ハラチン部の知識人ハイシャンはモンゴル内外をくまなく踏破し、七十人以上の貴族と知識人に遊説した。彼の主張はモンゴル人の純朴な性格同様簡単である。彼はモンゴル人はモンゴル人として存在し続けるためには、Mal(家畜), Hel(言語), Hil(国境)の三つが必要だと思っていた。

 まず家畜。家畜を保有することでモンゴル人は基本的な経済をたもてて、生きる保障を得て、生物として生きることを確保することができる。そして言語。モンゴル語を話すことによって、モンゴル人は自分の文化を保つことができる。

 そして国境。以上の二つを保障するためには、モンゴル人は中国との間に国境を引き、独立国となり、潮のごとく流れ込んでくる漢人の流れを阻止しなければならない。しからざれば、満洲人のように消滅する轍を踏むこととなる。・・・・(このあと、ソ連の後ろ盾をへて独立をしたため、自国文化を自分で消滅させてしまうという悲痛な歴史がながながと語られる。)・・・

 四番目の奇跡は可能であろうか。内モンゴルは中華人民共和国の一部となり、これはいかんともしがたい歴史の帰結である。内モンゴルと中国の間には当然国境線がない。国境線なくして、われわれは自分の言葉をいかにして保つことができようか。ハイシャンの理論に則り、われわれの文化を保つことは絶対に不可能であり、漢人に同化されるのは時間の問題であると思われる。しかし、あなたはどう思う? 本当に不可能だろうか? もしかして奇跡が起きることはないだろうか? まさかわたしたちは奇跡を起こす力を失ってしまったのだろうか?

 漢人と仲良く暮らすこと、同時にわれわれの文化を保ち続けること、これはわれわれの代のモンゴル人の前にある奇跡だ。われわれが起こすのをまっている奇跡だ。しかしてあるものはただ怨んでいるだけ、あるものはただため息をつき、あるものは口論し、努力し、智慧を用いて奇跡を起こすことを忘れていないか。

 現在の国際・国内社会の政治環境の中で、われわれはいかにして戦うべきなのか、自分の事情の許す限りにおいて、・・・われわれはモンゴル人社区をたてねばならない。モンゴル人の自治社区内においてはモンゴル語を公用語に設定しなければならない。カナダのケベックはいい見本だ(ここはカナダの中でもフランス語が公用語)。当然少数の漢人の極端なナショナリストは民族の団結を破壊しようと、みだりにえらそうに漢文化をわれわれの頭上に押し付けようとし、われわれが同化しないことを恨むであろう。これはたいしたことではない。われわれが心の内に堅い信念をもっていれば、完全に彼らに勝つことも可能である。この種の戦いは暴力を通してなされることはない。われわれに剣は必要ない。たとえ対する相手の手の中に剣があったとしても。われわれが必要とするのは不屈の信念なのだ。

 何年も前のこと。南アフリカのある町の道の上を、一人のやせたイギリス人の弁護士が歩いていた。その向かいから白人至上主義の青年がきて、彼のいく道を阻み、舗装された道をおりて土の道をいくよう要求した。弁護士はその青年と争わなかったが、決して譲歩はしなかった。彼の眼には憎しみはなく、ただ堅い信念だけがあった。彼は淡々とその青年に言った。道は広い、われわれは歩くことができる。後にその弁護士と仲間たちは肌の色で人々を区別することを示す身分証を燃やした。居丈高な南アフリカの警察は、警棒で彼をうった。打たれて倒れても、そのたびに彼は再び立ち上がり、身分証を火に投じ続けた。武力で反抗せず、眼に憎しみはなかった。怒り狂った警察の棍棒が彼の頭上に振るわれたあと、集めてきた身分証は彼の手から地上に散乱した。しかし、彼はみをかがめて一つ一つそれを拾い上げ、再び火の中に投じ続けた。彼の額にはずっと血が流れ続けていた。これこそ聖なる英雄ガンディーの故事である。

剣は水をたつことができないのだ。

 われわれは数千年来騎馬民族をやってきて、今は馬から下りて水となった。かつ自分のカラーを保っている。それは青色である。天の色である。あの狼の色である。遠い昔天は自分の色を青き狼に与えた。狼はこの神聖なる青色をおびてチンギス湖をかけぬけて、草原にいたった。これがモンゴル秘史がわれわれに告げてくれる歴史である。われわれはこの狼の子孫である。心には天からさずかった青色が根付いている。漢人は自らを誇って龍の末裔といい、長年にわたりかがやく黄色をカラーとしてきた。民族は平等であり、わが民族のカラーは透き通った青色、天から授かった青色である。・・・・(疲れてきた。とばすとばす)・・
 祖先はかつて武力を用いて世界を征服した。われわれは非暴力をもって自分を救い、内モンゴルを救い、中国を救う。同胞たちよ。われわれの善と不屈の精神をもって夜明けの前の暗闇をとりはらおうではないか。
これ、これこそが、われわれの代の奇跡である。これはわれわれの世代のモンゴル人の奇跡なのである。
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