白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/06/05(日)   CATEGORY: 未分類
チベット首相選挙の意味するもの
ダライラマ法王が政教一致のガンデンポタン政権の、政治の長の座から引退を表明したことについてはよく知られている。この件について亡命チベット社会のニュースサイト、パユルに、ロバート・バーネットの一文がのった。
彼はチベット学の中心地であるコロンビア大学で、現代チベット研究の部署の統括をしている人である。

原文はここにあるので、原文を読める方はここどうぞ。

ダライラマ、チベットの政治権力を新世代へと委譲する準備

ロバート・バーネット(コロンビア大学現代チベット研究所長)2011/5/27
水曜日、ダライラマは「中国外のチベット社会の政治指導者の役割を続けて下さい」とのいかなる要請をも明確に拒絶することを宣言した。この宣言により、まもなく亡命政府の政治的な権威者の地位につこうとしているロプサン・センゲに対する関心が再び再燃した。センゲはすでにメディアの注目に慣れてきてるようだが。

そう、先月行われた、チベット亡命政権の首相選挙は、スロヴァキアからインドネシアにいたるまで世界中のメディアによって報道された。いかなる国によっても公式に承認められていない政府の選挙がこのように大きく報道されるのは異例である。しかし、この喧噪の中で、選挙の実質的な意義の多くは見失われてきた。話題の大半は新しい指導者の経歴とスタイルに集中していた。つまり、43才のセンゲは育ちの良い弁護士の着こなしをし、自信に満ちた話し方をし、過去十年間ハーバート大學のロースクールで特別研究員をつとめていた。このセンゲのスタイルは、多くの亡命チベット人に見られる、控えめで優しいスタイルとはかけ離れている。

メディアの取材の大半は「アメリカのエリート大學で異例の出世をとげたチベット難民」という彼の経歴報道に集中した。CNNのヘッドラインニュースは「チベット亡命政府の新しい首相はハーバート大学のロースクールにつとめている」と流した。インドのメディアも同様に熱狂し、センゲが「自らの慎ましい出自」と呼ぶところの少年時代に焦点をあてた。これによると、インドのシッキムにあるダージリン近郊の小さな村で二~三頭の牛と暮らしており、そのうちの一匹は彼の学費を捻出するために売られたという。

せンゲの個人的なスタイルは重要と言えないこともない。彼の「インド・アメリカ風選挙運動アプローチ」は、公的な場でのディベートや容赦ない批判を行う選挙用ウェブを呼び物にして、活気ない二人の前任者たちよりも活発な選挙戦を展開した。

せンゲは「優先事項は伝統的なものである」という。それは「ダライラマがチベットの都ラサのポタラ宮のあるべき座へと帰還するための道ならしをする」ことである。しかし、彼は「チベット問題に新しいエネルギー、新しいアイディア、新しい勢いをもたらす」ことも約束し、「司法研究者としてのキャリアは中国との対話に助けとなる」とも主張した。センゲは55パーセントの得票をしニューヨークタイムズはこの勝利を「チベット運動における世代交代のシグナルである」と評した。

かくして、重要なのは、選ばれた人間よりも有権者の変化である。
選挙結果は、過度に官僚的で、教養に乏しく、変化を嫌うと広く認められている亡命政府の行政に亡命社会が変化をみたがっていることを示した。
有権者は亡命社会での教育と政府を改革するという約束を行使するかどうか厳しく監視することとなるであろう。そして、すでに亡命チベット人の中では、武力闘争か独立を求めるかといった通常の議論をこえた、洗練された議論が起きている。

 例えば、若い亡命チベット人の知識人集団は未来の指導者の主張が履行されるか否かをチェックするためのウェブサイトを開いた。彼らはすでにセンゲの財源についての議論を喚起した。ある者は「センゲの財源は彼が主張するようにハーバートからではなく、彼に特別研究員の資格を与えるように台湾の基金が大学にだしたものからであるという。


このように予期せずして政治が活性化し、亡命社会の中から批判が生まれたことは、ダライラマが正しかったことを証明している。ダライラマは亡命チベット人が彼の死後も生き抜いていく、強い指導体制をつくりあげるように亡命チベットに人にずっと働きかけ続けてきた。この三月、ダライラマは、未来に選出される官僚たちがチベット政府の代表として今の、そして彼の後に続くダライラマを、交代させるために憲法を変えるよう、亡命者議会を招集した。

チベット亡命社会は20年前に同じ内容のダライラマの提案を退けた。しかし今回はダライラマの戦略は予期せずして成功した。つまり、多くのチベット人とその組織は公式に世俗の近代的な政治体制の誕生を歓迎したのである。これは理論的には中国に対して圧力を加えている。なぜなら北京の戦略が予期したように、精神的な指導者が死ねば亡命社会の企図はすべて崩壊するということはほぼありえなくなったからだ。

しかしセンゲの登場は、主に国内問題とインドにあるよりダイナミックな亡命社会の将来に対して衝撃を与えた。国際的な観点においては、今回の選挙で重要なのは、選挙が中国と中国がチベットを支配する能力について示していることである。選挙は現在のニューデリー政府に対する北京政府の影響力は、限定されたものであることを示した。そうでなければ投票がインドで行うことは許されなかっただろう。このことはほとんどメディアでは報じられなかった。ネパール政府のスポークスマンによると、ネパールにいる13000人のチベット人は「亡命政府による選挙は反中活動にあたる、従って、ネパールの外交政策に反する」という革新的な理由から投票用紙をネパールの機動隊に奪われた。これは中国はかつてない重要な影響力をネパールにおいて獲得しつつあることを意味している。

 これらのより大きな問題については、チベット人の97パーセントにあたるチベット本土にとどまった540万人のチベット人について言及するダライラマを除けば、亡命社会ができることは限られている。

 なぜなら、北京政府はつねに「自分たちはダライラマ個人の代理としか話しをしない」と主張し、亡命政府を攻撃しセンゲの選出を不法とし、「亡命チベット人はダライラマが引退しようがすまいがダライラマが北京政府との接触を主導し続けろと要求する」と主張しているからである。いずれにせよ、中国の戦略は主に亡命政府の政治家ではなく、ダライラマにむいている。なぜなら、ダライラマこそが中国の支配するチベット本土にすむ何百万人もの信奉者たちが、唯一従うカリスマ的な指導者だからだ。だから、北京の亡命社会に対する政策は、ダライラマが生きている間はダライラマとのまじめな話し合いを引き伸ばし続けること、ダライラマが死んだ後にはその後継者の選択をコントロールすることに集中し続けるだろう。

しかし、北京はこれらの政策を続けがたいと気づくことであろう。たとえば、今は四川省に含まれているチベットのガバ地域では、北京はチベット人との大きな衝突にまきこまれている。その土地の僧院(キルティゴンパ)はもう数ヶ月にわたって軍事封鎖されており、この僧院の三百人の僧侶が法的な教育のために連れ出され、二人の村人が兵士に殴り殺された。この事件はすべて一人の土地の僧侶が三月十六日にたった一人で抗議の焼身自殺をしたことから始まった。彼の行動は三年前(2008年)にここでおきた抗議行動で中国の警察に撃たれて死んだ十人のチベット人を悼んでのことであった。

 亡命チベット人の新しい指導者がこのガバの弾圧についてできることは少ない。しかし、ダライラマは(先週カリフォルニアで学生を相手にして倫理について講演をした)特に、もし北京政府が過去にそうしたように、ダライラマに具体的な助力を求めるならば、まだ大きな影響力をもつことができる。なぜかというと、センゲの登場により、ダライラマは公的な政治的な役割から解放されているため、北京政府はメンツをつぶすことなしにダライラマにアプローチすることが容易になったからである。我々が問わねばならない問題は、従って、かっこいい首相が亡命政府の内閣を震え上がらせることについてではなく、蜂起している中国のチベット人が中国の支配を受け入れるか否か、また、他の人がダライラマの政治的な地位を引き継いだ今、続く抵抗活動が北京政府を最後にはダライラマとの対話へとおしやるのかということなのである。

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| | 2011/06/06(月) 13:41 [EDIT]
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シラユキ | URL | 2011/06/06(月) 14:13 [EDIT]
ヌーさん、ありがとうございました。あれじゃ辛亥革命がおきますね。訂正しました。

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