白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
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DATE: 2006/05/07(日)   CATEGORY: 未分類
仏教と哲学の間
「仏教を現代に問う」

 五月四日は結婚記念日。ただ食事をするのも何なので、二人で勝手に対談とする。場所は某会席料理屋、隠れ家のような趣を呈するこじゃれた店である。
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 なお、MDもパソコンも面倒くさくて携帯しなかったため、すべてうろ覚えによる採録であることをここにお断りする。

石「いやあ、先生今日は京都から遠路はるばるありがとうございます」

福「イヤミですか。先生こそ、昨日は大阪日帰りですから、お疲れでしょう。」

石「なんのなんの、まだ若いですから、なんてことありませんよ。どっはっはっ」

福「『まだ』ってところに、かえって歳が感じられますよ。はっはっはっ」

司会(プリティごろう)「イヤミの応酬が終わったところで、本題に入りましょう。まず、『思想としての仏教の可能性』というテーマでお話頂けますか」

福「いやあ、ボクはねカントの言う超越論的主観というものと、唯識思想のとく虚妄分別とが同じものである、という考えを卒論の頃からもってましてね、つまりは、仏教はカントが『コペルニクス式転回』とかやる前から、主観と客観を超越した識というものを考えていたわけですよ。」

石「まあ、たしかに、人間の意識の分析について、仏教思想よりグッジョブしているものはみあたらないですよね。人間の意識について扱う学問に、心理学というものがありますが、そもそも心理学という学問を提唱したフロイトが、仏教思想の礼賛者であるショーペンハウアーの影響を受けて、『人間の意識は理性のみでなりたつのではなく「意識されないけどそこにある自我」の影響も受けている』ことに気がついたのだから、仏教が西洋思想より一枚上手であることはマチガイありません。
 それにしても、精神の不調はすべて、抑圧された性欲であるというフロイトの考え方、なんとかなりませんかね。まだショーペンハウアーのいう『ただ生きようとする盲目の意思』が人を欲動するという方が、あたっている気がする。フロイトこそ、一番治療が必要な人だったんじゃないすかねえ。」

福「話がそれてますよ。ボクは唯識思想からその後、仏教論理学の世界に入ったのだけど、仏教論理学と言っても、ボクが関心を持っていたのは、卒論からの流れで論理学の認識論的な側面、つまり認識の構造とか、自己認識とか、意識に現れるものとは何かとか、そういうことね。」

石「前から言おうと思っていたんだけど、仏教論理学ね、何度説明聞いてもわからないんだけど、あなたの表現能力に問題があるの? それとも私のアタマに問題があるの?」

福「数学の微分・積分をとくためには、まず数字を覚えて、足し算引き算からはじまって、様々な公式や定理を覚えなければいけませんよね、論理学をただ簡単に説明しろと言われてもそれは無理。まず定理や公式を覚える努力をしてもらわないと。」

石「じゃあ、その定理や公式をわかりやすく解説してよ。だいたい仏教はきわめて論理的かつ理性的な教えなのに、世の扱いは、仏教=宗教=いかがわしいの悪意の三段論法。これは仏教哲学の専門家が文献学ばっかやってて、仏教思想の論理性について伝える努力を怠っているからだと思いますよ。だから、仏青も凋落するんだよ」

福「仏青に人がこないのは、ネーミングだダサいからじゃないの」

石「教授会承認がなきゃ名前変えられないんだから仕方ないだろう。」

司会(ごろうザ・ワイズ)「はいはいはい、そこまで。では、『仏教が現代にもつ意義』について、語りあったりしていただけますか」

石「仏教のすばらしさは、人間とはこのようなものである、世界とはこのようなものである、ということを論理的に説明すると同時に、どうすれば、幸せになれるかという手段についても説いているところでしょう。事物を見通す智慧と、この苦しみから逃れる手段(方便)が二つながら備わっているんですね。これは学問に終始する哲学では及ばないところです。」

福「カントやショーペンハウアーなどの西洋哲学をいくら読み重ねても、目の前の問題は解決しないからね。哲学は学問であり、学問は人を幸せにすることに興味はない。たとえば、ヴィトゲンシュタインの言語哲学は、すばらしいものと絶賛されているけど、彼の人格は今的にいうと完璧な人格障害。自分も回りも徹底的に苦しめて、悟るどころの人じゃなかった。学問が人格に何の影響を与えない好例ですよ。
 そもそも、西洋の哲学ってのは、ギリシャの昔から学問以外のなにかであったことがない。例えば、アリストテレスは、哲学の根本である形而上学の他に、論理学や倫理学、自然学、心理学、詩学、政治学などの著作を書き、それが長い間、西洋の学問の基本になっていた。ところが、その後、そういう哲学の一分野だったそれぞれの学問が、時代が降るにつれて哲学から独立して客観的な学問として独立していく。
 一人とり残された哲学は、焦りまくり、そういう他の学問の基礎とか根拠とかを問題にすることに活路を見いだそうとした。全ての学問の根っこを押さえて諸学の母に返り咲こうとしたわけね。 こうして学問や学問の根拠を追求することに奔走していた哲学は、人生の問題を語ることはできなかった。そこんとこ誤解してる人が多いんだけどね。」
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石「哲学すれば人生のなんたるかがわかるようになる、って大いなる誤解か。その点仏教は違う。この世というものは、人の意識というものは、そして、仏法とはかくかくしかじかのものだ、と論理的に解き明かしてくれた上に、さらに、われわれの不幸のもととなっている煩悩をとりのぞくための手段(方便)というものも説いてくれている。」

福「その方法っていうのは、人それぞれによって違う。お釈迦様は八万四千の法を説いたって言うけど、それはそれぞれの人に合わせて、その人に一番あった方法を説いたって言うこと。そして、いくつ方法があろうともその目指すものは、強すぎる欲望をコントロールして、他者を思いやり、それによって自分も幸せになろうってただ一つのこと。仏教は、その教えを心にとめて克己を始めた瞬間から、心のありようが少しずつでも変わっていく非常にプラクティカルな教えだよね。今風にいえば自己抑制のきいた自立し、かつ社会的な人格に徐々にだけどかわっていく。だから、一億総アダルト・チルドレン時代に、仏教は有効な教えだと思うよ。」

石「でもね、『~してほしい』『~してもらいたい』と極端に自分のことしかみえてなくて、そのくせ何かにすがりつかなければ立てないようなヘナヘナな人には、仏教は向かないんじゃない? そういう人はキリスト教の神様の方が温かく迎えてくれるかも(笑)。ヘナヘナな人は仏教にすがりついても、なんかアヤシイ方向へ流されて、気がついたら、仏の教えとはま逆の岸辺にながれついていた、なんてということになりかねない。」

福「仏様は人を選ばないけど、凡夫は自ら仏様を遠ざけるわけですね」

石「そうだよね~、仏の境地は、美醜やアタマの善し悪しで入場制限しているわけないもんね。仏様になれる可能性は誰にだって開かれているけども、多くの人は仏になれない。この事実は、われわれの度しがたさを物語っておりますな。」

司会(マイハニーごろう)「人間が度し難いという点では一致するところが、なんとも言い難いですね。
 気を取り直してまとめることとしましょう。仏教は学問としてイケているばかりか、人の幸せも実現してくれる実践的な教えであると。また、その教えとは、自立した大人の人格を作り出していくことから、一億総アダルト・チルドレン時代に必須の教えであると、しかし、あまりにも依存症の人には向かない、てなとこでよろしいでしょうか。」
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福・石「まあ、いいんじゃないでしょうか。」

司会(エンジェルごろう)「では、先生方、ゆっくりお食事をめしあがってください。ちなみに、ツケはどちらが支払われるのですか?」

福・石(同時に)「あなたでしょ?」

司会(ごろうマイラブ)「では割り勘ということで、お開きにさせていただきます」
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| | 2006/05/07(日) 15:32 [EDIT]
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どさん子 | URL | 2006/05/07(日) 18:51 [EDIT]
こんにちは。はじめまして。

北海道に住んでいる者ですが、ちょっと立ち寄らせていただきました。
ご迷惑でしたら、お赦しください。

私は、若い頃から人生について思索し、「生きるとは何か」を問い続け
て来ました。

60過ぎてからPCを覚え、「ブログ」にも挑戦してみました。
神の存在、人生の意味は何か、いのちと死の問題」などについて、
できるだけ、初心者にも分かりやすく、「ブログ」でキリストの愛の福音
を書き綴っています。

どうか、時間のあるとき、ご訪問ください。 

http://blog.goo.ne.jp/goo1639/

おやき | URL | 2006/05/08(月) 09:35 [EDIT]
ご結婚記念日おめでとうございます。v-20
こちらでははじめまして、おやき(横浜のさいとう)です。

ごろうちゃんのご様子が伺いたくて相変わらず
こっそりとのぞき見させて頂いています。

記念対談会はお二人の仲を取り持つような
司会のごろうちゃんがいい味だしてますね。
もう、最高~!!v-218

お二人の末永いお幸せと
ごろうちゃんのご健康をお祈り致します。

イシハマ | URL | 2006/05/08(月) 11:03 [EDIT]
ごろうちゃんはおかげさまで今日もこの世のものとも思えない可愛いさです。
ほむぺのごろうちゃんのページなかなか更新できなくてすみません。
可愛く写真にうつるのですが、家中がきたなくて、なかなか公開できるものが・・・・(汗)。

emichan | URL | 2006/05/10(水) 15:12 [EDIT]
お二人の仲睦まじい様子がうらやましいです ^ ^

最近、先生の「風」の公開講座もなく、さびしい思いをしておりましたが、このブログで仏の教えに触れております。

お忙しいこととは思いますが、学会が終わったら是非公開講座を開いてくださいませ。
先生の「ナマ講義」が伺いたいです♪

PS:頭痛、お大事になさってくださいませ。もう晴れてきましたよ!
● ありがとうございます!
イシハマ | URL | 2006/05/10(水) 20:30 [EDIT]
頭痛は治ったのですが、風邪っぽくなってきたので、
ここ一番ふんばるべく、チオビタのんで休んでいます。
どうも今回の頭痛は低気圧よりは風邪が主原因のよう。
emichanさんも、冥途喫茶探訪がんばってください!

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