白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/07/11(月)   CATEGORY: 未分類
震災ボランティア二題
 そろそろ震災から四ヶ月たつため、被災地にボランティアに行った学生に報告してもらうこととした。一人は被災地の子供に勉強を教える教育ボランティアで、一人は普通のがれきの撤去である。以下は聞き書きですので、細かいところは不正確かも。

 教育ボランティアはボランティアの中では結構珍しいものと思うので説明すると、彼の所属する教職大学院にたまたま被災地出身の子がいて、この子が何かできることはないかと考えて、教育経験を積みたい教師の卵を教師の足りてない被災地のこどもたちのもとに送ろうという組織を考えついた。

 それで、毎土日、レンタカー借りて東北自動車道に乗って被災地に入り、ハードな体験をした被災地の子供たちに勉強を教えているということ。

 彼の写真に映し出された学校は一階が津波でグチャグチャになって使えず、二階三階は避難所になっていた。給食も給食センターが被災してまだ貧困なものしか出せないので、へんな話だが、同じ学校内にいる避難所の人々は自衛隊の炊き出しでカレーとか食べていても、同じ学校内にいる食べ盛りの子供達がまともなものを食べられないという状態らしい。
 
 仮設住宅は一応あるにはあるのだが、不便で無機質で、入った瞬間に食糧支援が切られるので、みな避難所からなかなか出て行かないという。被災地の人の仮設住宅への感想は、都内に住んでいた人が多摩川の河川敷に住め、と言われるような感覚らしい。そのため、学校もなかなか正常化しないのである。

 そして、彼の写真は石巻とかから車で一時間くらいの小規模な集落を映し出すのだが、ここはまったく被災した時のそのまんま。、石巻や気仙沼みたいなメディアの露出の多いところはがれきの撤去も早いが、こういう地方になると「復興? それどこの国の話?」みたいになるらしい。

 で、ゴールデンウィークは地元のコーディネーターが裁けないくらいのボランティアが集まったが、その後はがくっと数がへって足りないそう。阪神淡路大震災の時には、すぐ近くに無傷の大阪とか、ちょっと離れれば広島とかあったので、元気な人がすぐにかけつけられたが、今回はそもそも人口密集地から離れた沿岸部が広範囲にやられたので、とくに小さな集落なんかはそのまんまらしい。

 で、避難所がうまく回っているかは子供達の表情を見ると分かるのだそうな。避難所のまとめ役をやっている人と避難所の人がうまくいっている場所では、子供は基本的に明るいし、過酷な体験をしても結構笑っているという。

しかし、大人同士がケンカしていて、クーデターとかがおきそうな避難所は子供も笑顔がなくて、ボランティアの彼らが、一緒に遊ぼうとかいっても、ボランティア、子供にバットでばんばん殴られたりするらしい。大人、仲良くしようや。

 また、ボランティアの方も、長期被災地にはりついている人は、仕事してないか、仕事やめてきたか、仕事休んでいるかという人で、そういう人の中には自分のやりたいことをやりにきた、みたいな姿勢なので、現地の人と物議を醸すこともあるらしい。

 で、彼らの組織は夏休みに入ったら他大の教師の卵も糾合して精力的に被災地での教師活動をやりたいらしいが、試算したら200万かかるという。レンタカー代、高速代、ガソリン代、現地の飲食費というが、それちょっとかかりすぎではないか。人間関係を培ったあとは、スカイプとか、ネットで分からないところを教えてあげるとか、もう少し効率よくしないと持続的にサービスは続けられないと思う。

 次はがれき撤去のボランティアに行ったBちゃんの報告。

初日は養殖業の漁師さんが、何年後かでも事業を再開できるように、タネガキをほって集める作業。二日目はシンプルにがれきの撤去。

 マスク、メット、釘とかガラスとかをふみぬかないようにするために鉄板入りの靴(消防士がはくやつでドンキに売っているらしい)をはき、特製ゴム手袋(ガラスとかで簡単にきれないやつ)で身を固めるため、ものすごく暑いらしい。これから夏に向かいボランティアの熱中症なんて話もでてきそう。

 あの多数の犠牲者をだした大川小学校の先の集落に入ったそうだが、80家族のうち60家族はもうここには戻らないといい、その残ったおうちの一つの家と敷地を70人で一日かけて清掃したのだそうな。A君も言うように、テレビにうつらないもっと周辺にある集落は橋はおちっぱなし、がれきはそのまんま、まったく手つかずの状態だという。

 津波で土台しか残らなかった家や横転した鉄筋ビルを見るにつけても津波の攻撃力の高さははんぱないことが分かる(7/10のNHK特集で鉄筋のビルがひっくり返ったのは液状化のためと報道されていた)。

二人が共通して言っていることは、「手つかずのところが広範囲にある」ということ、また、がれきを一応撤去したといっても、それは町の一箇所に集積されているだけで、それをどうするのかも決まっていないということ。人手は全く足りていないということ。

 Bちゃんはボランティアに行った先の被災地の人の言葉に感動したという。それは、「自然の力もすごかったけど、こうしてみなさんにいろいろ助けて戴いて、人の力もすごいと思う」と。

 まあ、みんなできるところからやっていきましょう。ちなみに、Aくん、「具体的な年齢をあげて、××才の人もきてるから、先生も大丈夫ですよ、いや、先生はとにかく金出してください」いうのヤメてくんない。
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COMMENT

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| URL | 2011/07/11(月) 14:25 [EDIT]
あとは現地で使う教材です。ここが一番重いですし、人数分集めるのは大変です。 あとは現地に教材などを置く現地事務所の管理費や備品代、いずれにしても最低限でやっています!だから先生!おか(ry
● ボランティア
ZIMA | URL | 2011/07/11(月) 21:55 [EDIT]
回り結構ボランティアに行っています。こがっちは普通に生保の仕事で仙台へ。自分も夏に行ってみます。個人じゃなくて会社で派遣されそうですが…リスクテイカー社内代表(笑)
子供のPTSD防止、大事ですね。。

福田 | URL | 2011/07/11(月) 22:02 [EDIT]
自治体の人も、政治家も、この悲惨な状況を前に、どうしたらいいか全く頭に浮かんでいないのだろうと思います。もちろん、僕だって分からないし、誰もが分からない。だから何も手を着けられていないのでしょう。

リソースが足りなければ、とにかく出来るところからでも少しずつ復興していくしかない、というのが、我々に残された最終的な知恵なのかもしれません。
● ご無沙汰しています
渕脇 | URL | 2011/07/12(火) 23:36 [EDIT]
私も6月に気仙沼へがれきの撤去に行ってきました。今週また行きます。

以下のコメントは、反論を目的としていません。

確かに、気仙沼でも「早い」がれきの撤去を遂げているところもありますね。でも、6月上旬の段階で、まだぐちゃぐちゃのところもありましたよ。地形の問題で、もともと目立って破壊されていない場所もありましたから、それで早く復興したように見えるのかもしれません。また、今の段階で、まだ7月末のボランティア要請が来ています。私もそれに志願していきます。

いずれにせよ、復興(復旧?)の度合いに差があることは確かのようです。

| URL | 2011/07/16(土) 23:06 [EDIT]
>Aくん
財務状況が持続可能な形で健全になったら投資しまーす。ホントよ~

>ZIMAくん
ミクシの日記見てるよ。相変わらず格好いいね。リスクをとる人少なくなっているから貴重な人材だよ。

>福田さん
ダライラマを日本の首相に迎えたらどうかしら。今チベットの方は引退されたのだから。

>渕脇くん
お元気そうで何よりです!何度も津波をかぶってきた地をどう再建するか、難し課題ですね

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